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京都府教委、大規模DX研修と生成AIへの期待

 教職員に求められるICTスキルの向上。しかし、新たなスキルを身に付けるための時間の確保が難しい現状もある。こうした課題に立ち向かい、府立学校全体、さらに市町とも連携した大規模DX研修を実現した京都府教育委員会の取組みについて話を聞いた。

教育行政 教育委員会
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京都府教育委員会の小西氏、磯和氏、藤田氏(左から)
  • 京都府教育委員会の小西氏、磯和氏、藤田氏(左から)
  • ICT教育推進課長 兼 京都府デジタル学習支援センター長の小西氏
  • ICT教育推進課 企画係 課長補佐 兼 係長の磯和氏
  • ICT教育推進課 推進係 係長の藤田氏
  • 京都府教育委員会の小西氏、磯和氏、藤田氏(左から)
  • 【左】京都府の教育の基本理念/【右】基本理念を実現するための6つの推進方策

 GIGAスクール構想は端末整備の完了とともに、第2期へと移行。文部科学省は第2期の重点項目として、「高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)」や「次世代の校務デジタル化推進実証事業」に取り組み、加えて長時間労働や過度な業務負担など、教職員の働き方改革も大きな命題としている。

 これらを実現するために不可欠なのは、教職員のICTスキルの向上だろう。しかしながら、新たなスキルを身に付けるための時間の確保が難しい現状もある。今回は、こうした課題に立ち向かい、府立学校全体、さらに市町とも連携した大規模DX研修を実現した京都府教育委員会の取組みについて、ICT教育推進課の小西氏、磯和氏、藤田氏に話を聞いた。

京都府教育委員会

小西良尚氏ICT教育推進課長 兼 京都府デジタル学習支援センター長。元 高校教諭で担当は情報。2年前まで京都府教育委員会 高校教育課 総括指導主事。昨年度は府立高校の副校長。2024年4月より現職。

磯和宏憲氏ICT教育推進課 企画係 課長補佐 兼 係長。ICT教育推進課の立ち上げ時より在籍し、今年度で4年目となる。

藤田一寿氏ICT教育推進課 推進係 指導主事 兼 係長。前職は高校教諭で担当は数学。ICT教育推進課に携わり2年目となる。おもにICT活用に係る研修等を担当。

京都府の未来を創り上げる教育の基本理念と3つの力

--はじめに、京都府が目指す教育について伺います。

小西氏:京都府では、2021年度に次の10年間を見据えた新たな教育指針となる「第2期京都府教育振興プラン」を策定しました。その中で示している京都府の教育の基本理念は、「誰もが周囲からの愛情や信頼、期待などに『包み込まれているという感覚』を土台として『自己肯定感』をはぐくむことにより、『主体的に学び考える力』『多様な人とつながる力』『新たな価値を生み出す力』を少しずつ身に付けながら、『目指す人間像』へと成長していく」というものです。

ICT教育推進課長 兼 京都府デジタル学習支援センター長の小西良尚氏

 ここで言う「目指す人間像」とは、今後さらにめまぐるしく変化していくであろう社会において、変化を前向きに捉えて主体的に行動し、より良い社会と幸福な人生を作り出せる人であり、そのような人を育成したいと考えています。

 さらに、基本理念を実現するために、毎年「学校教育の重点」を作成しており、「豊かな学びの創造と確かな学力の育成」「学びを支える教育環境の整備」など、6つの推進方策を示し、中には「文化振興と文化財の保存・継承・活用」といった京都府ならではの項目も設けています。これらの推進方策をうまく融合・連携しながら進めていくことが重要であり、それらをつなぐ手段として「ICTの効果的な活用」を大きなテーマとして取り組んでいます。

ICTの効果を最大化するリーダー育成研修

--ICTの効果的な活用には、先生方の学びの機会が重要だと思いますが、教職員研修はどのように実施されていますか。

藤田氏:ICT活用を推進する教職員研修については、京都府教育委員会内のICT教育推進課推進係と京都府総合教育センターの一部の所員で構成される京都府デジタル学習支援センター(通称:DLC)が担っています。京都府では、従来からICT利活用の充実と教員のICT利活用指導力の向上といった課題があり、DLCはこれらの課題を解決するべく、2022年4月に開設されました。

 おもな機能としては、「ICTを活用した新しい授業を実践できる人材の育成」「デジタル学習に係る学校への技術的サポート」「デジタルコンテンツの配信など、デジタルを活用した学習支援」の3つを柱としています。この内、1つ目の「人材の育成」として取り組んでいるのが、「エバンジェリスト育成研修」と「学校DX研修」です。

--「エバンジェリスト育成研修」とはどういったものですか。

藤田氏:エバンジェリスト育成研修は、ICT活用能力の高い教員の引き上げを目的に2020年度に開始しました。エバンジェリストには「伝道者」という意味があり、各校でICTの効果的な活用を最大限引き出し、DX化とICT教育を先導するリーダーの育成を目指しています。5年目を迎えた現在は、府立高校各校で3人目が受講中、全体では府立学校(※1)と小中義務教育学校(※2)をあわせ今年度末で約400名のエバンジェリスト認定教員がいます。
※1 府立学校:府立高等学校、府立特別支援学校、府立附属中学校
※2 小中義務教育学校:各市町(組合)立の小学校、中学校、義務教育学校

磯和氏:GIGAスクール端末の整備が進む中、まずは府・市・町立の小中義務教育学校においてエバンジェリスト認定教員を中心に研修内容を各学校に落とし込んでいくという流れで、3年間取り組みました。

 続く2023年度からは、次の3年間を見据え、府立高校・特別支援学校にも広げ、さらなるリーダー層の育成拡大を目標のひとつとしましたが、ICT機器の使い方や基礎的な内容に不安を覚える教職員たちへ広く浸透させていくのは多少無理があるという課題感を抱えていました。というのも、2022年3月の文部科学省「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」から、教員が「ICTを活用して授業する能力」が府全体(京都市含む)では全国36位、さらに高校は43位、特別支援学校は47位という結果であることがわかり、特に府立学校の教員のICTスキルの向上が喫緊の課題という状況が明らかになりました。

 府立高校では、2022年度より保護者負担で生徒がデバイスを持ち込むBYOD(Bring Your Own Device)による1人1台端末の整備を年次進行で進めており、府立学校全体としてのICTスキルの底上げは急務でした。そこで「エバンジェリスト育成研修」とは別に、府立学校の教員全員を対象とした「学校DX研修」の計画が立ち上がったという経緯があります。

ICT教育推進課 企画係 課長補佐 兼 係長の磯和宏憲氏

市町とも連携し京都府全域での学校DX研修を実施

--「学校DX研修」は府立学校の全教員を対象とした悉皆(しっかい)研修ということですが、どのように実施しているのでしょうか。

藤田氏:学校DX研修は、2023~2024年度の2か年の悉皆研修としてスタートしました。初級・中級・上級と各レベルに応じた講座を用意し、府立学校は全教員が受講する悉皆研修、小中義務教育学校については選択研修という形で希望者が受講できる体制を取っています。

 悉皆研修の受講にあたっては、事前に各自のレベルにあった受講コースを選択するためのアンケートを実施。1講座受講で1ポイント取得とし、初級・中級は各年度2ポイント、計4ポイント。上級は各年度1ポイント、管理職は指定の2講座を受講することとし、さらに追加で受講可能な選択研修も用意しています。

 また、事務職員や図書館司書、養護教諭など、授業を担当しない教職員については選択研修という形で積極的な受講を促しています。2024年度は初級向け6講座、初級・中級向け6講座、さらに初級・中級・上級向け58講座を用意しました。

--研修実施にあたり課題や工夫された点をお聞かせください。

藤田氏:学校現場からは「参加者の管理をするのが大変」といった意見があがりました。そこで、学校DX研修用に、専用の受講管理システムをMicrosoft TeamsやFormsと連携させて、学校現場がリアルタイムで管理していただけるシステムを構築しました。

 最大の課題は、やはり全員に受けてもらう悉皆研修にする、という点です。人数的にも管理職約250名、教職員約3,100名が対象と大規模であるため、ICTが得意な先生と苦手な先生との温度差が大きい、苦手な先生が一歩踏み出せないなど、ハードルはかなり高いものでした。

 そこで、多忙な先生方が無理なく参加できるよう、放課後の午後4時から50分間のオンライン研修と、オンデマンドで受講できる形式をメインとしました。加えて、基本的なICT機器操作に苦手意識のある方に向けた対面での集合研修も設定し、それぞれが参加しやすい方法で自己のペースで受講できるよう、環境整備にはかなり力を入れました。

現場の声を踏まえ改善した学校DX研修2年目

--参加された先生方からの反響について教えてください。

藤田氏:1年目の実施結果や受講報告アンケートの結果などを踏まえ、2年目は一部改善しながら取り組んでいます。たとえば、現場からの要望を受け、今年度は事務長も管理職研修の悉皆対象としました。

 講座内容についても、1年目は端末やアプリの操作方法、情報モラルなど基礎的な内容をおもに取り扱いましたが、受講報告アンケートで「国語や数学など教科に特化したICTの活用方法が知りたい」との意見がもっとも多く寄せられたことから、2年目は、基礎的な部分を残しつつ、教科に展開できる実践的な活用方法にシフトした講座を組んでいます。具体的には、エバンジェリスト認定教員等40名が実際の授業におけるICT活用について発表する教科等活用講座を全70講座中22講座予定しています。

 一方で、Zoomの使い方がわからない、受講報告を行うFormsにサインインできないといった問合せも多く寄せられました。これは想定していた範囲でもありますので、エバンジェリスト認定教員等にサポートしていただきました。2年目となる今年度は、こうした基本的な操作に関する問合せは大幅に減っています。

ICTスキル向上にかける京都府教育委員会の想い

--悉皆研修について、最初から先生方の理解は得られたのでしょうか。

小西氏:悉皆研修でなくても良いのではないか、といったご意見は確かに頂戴しました。ここは、研修を実現するにあたっての最大の課題でもあった訳ですが、京都府教育委員会としても譲れない想いがありました。

 先にも触れましたが、2022年度からスタートする新学習指導要領で学習の基盤となる能力に情報活用能力があげられていること、GIGAスクールによる1人1台端末を中学校で経験した入学生が2024年度に入学してくることから、2021年度に数校の先行校で試行後、2022年度入学生から全員(通信制をのぞく)に1人1台端末を活用した学びを推進することとしました。

 その端末の導入については、授業中だけでなく、家庭における自学自習や探究的な学習など個人の学びの進化につながる場面の活用が小・中学生に比べ重要視されること、さまざまな場面での活用方法を高校生自らが発見し主体的な学びにつながることが期待できること、文房具のようにいつでもどこでも活用できることが必要なことから、公費での整備とせず、保護者負担で購入いただくいわゆるBYOD方式としました。

 2024年度には全日制の1~3年生全員に端末が揃い、学校全体で活用できる環境が整ったところです。京都府教育委員会がもっとも重視したのは、保護者負担で揃えていただいた端末をいかに効果的に利活用できるか、という点です。それはやはり教員が率先してやらなければならない、必須命題なのです。こうしたことから、府立学校を対象とした悉皆のDX研修をまずは2年間やらせてほしいと要望し、実現に至りました。

 各校においても悉皆研修に対する疑問の声があがることがあったと聞いていますが、おもに管理職の先生方を通じて実施の背景を丁寧に説明し、明確な目的を理解していただくことで、ご理解、ご協力をいただけたと思います。

藤田氏:実施した結果、「環境は整ったけれど、じゃあ何ができるの?」という部分が掴めなかった先生方から、研修を受けて具体的な利活用のイメージをもつことができたとのご意見をいただきました。

 たとえば、Formsでアンケートをとり、Excelで共同編集をするといった機能を知ることで、これまで意見が表出しづらかった生徒の意見も吸い上げることができ、クラス全体の活性化につながった。また、協働的な学びや個別最適な学びが実現できるなど、教員が「これなら活用できる」と実感できたことは、大きな1歩だと感じています。

ICT教育推進課 推進係 指導主事 兼 係長の藤田一寿氏

Microsoftアカウント活用による教育効果

--京都府では府域全体でMicrosoftアカウントを導入しているとのことですが、どのように活用していますか。

藤田氏:京都府では教職員、生徒ともにMicrosoftアカウントを発行しています。教職員、生徒ともにTeamsやFormsが使えたり、Officeの共同編集機能が使用できたりと、学びのあり方が変わってきていると感じています。

 さらに、府域全体でMicrosoftアカウントが利用できるという前提がありますので、学校間の連携がしやすくなりました。教員も生徒も、学校の枠を超えて探究的な学びのグループを作るなど、新たな学びに取り組みやすい環境を作ることができています。

 教育委員会においても恩恵は大きく、これまで機関や人を介して連絡していた小中義務教育学校の先生たちと、適切なルールを設定したうえで直接やり取りできるようになった点は、働き方改革や風通しの良さに直結するポジティブな変化であったと思います。

--学校現場でも注目が高まっている、生成AIの研修についてはいかがでしょうか。

小西氏:生成AIであるMicrosoft Copilotについては、2024年度から学校DX研修で研修を実施しています。そのほか、Chat GPTや高校の外国語等で生成AIを活用した授業を紹介する教科等活用講座なども開催し、生成AIを知る機会を設けています。

 8月2日に開催された京都府DLCカンファレンスという年1回開催の大規模イベントの中でも、エバンジェリスト教員による実践発表や、体験会を実施しました。体験会の1つでは、Copilotを使用して学級通信を作るという内容を実施し、参加した教員の9割以上が非常に満足したと回答するなど、満足度の高いイベントになりました。

--安全性の高い環境で生成AIを活用されていると伺いました。

小西氏:Copilot自体はMicrosoftアカウントがなくてもブラウザ上で使用することができますが、京都府ではMicrosoftアカウントを導入しているため、保護済みのCopilotを利活用できるメリットがあります。

 保護済みのCopilotの特徴は、生成AIへの命令文(プロンプト)に記入した内容を学習されない、させないという点です。通常、生成AIに記入した情報は、生成AI自体が学習し、ほかでの活用に使われていきますが、Copilotの保護されたアカウントでは、入力した情報を取り込まれることがありません。もちろん、個人情報の扱いは慎重にするべきですが、生成AIを非常に安全性が高い環境下で利活用できるというのは大きなメリットであると感じています。

藤田氏:Copilot講座は、今年度開講される学校DX研修講座のうちのひとつですが、実はもっとも人気の高い講座です。生成AIで実現できることに対して、先生方には純粋な驚きと発見があったようです。加えて、保護された生成AIを活用できるというところの重要性や安心感は、しっかり講座の中でお伝えできたと思います。

ICTスキルや生成AIをどう生かすのか

--生成AIの活用について期待されていることを教えてください。

藤田氏:校務の部分で、文章を作る際の叩き台として活用したいとの意見が多くありました。挨拶文や学級通信、行事のしおりなどの叩き台を生成AIで作り、そこから自分流にアレンジしていくだけでも、校務負担は大きく軽減するでしょう。まずは使い方を知って、実際に使いながらポイントを押さえることで、その先の授業における問題作成などに発展していってもらう、そのきっかけを提示できたのではないかと思っています。

小西氏:今の時期、受験学年の担任の先生は推薦書の用意に追われています。Copilotは、そうした書類の叩き台としても有効に活用できるのではないかと感じています。たとえば、推薦書を書くうえで大学のアドミッションポリシーを読んで理解するだけでも相当時間がかかりますが、それを生徒ひとりひとりについて記述しなければならないため、相当な時間と労力を要します。Copilotであれば一瞬でアドミッションポリシーを理解し、わかりやすくフィードバックしてくれる。もちろん、使う側の教員たちが、生成AIの情報を鵜呑みにしたりすべて頼るということではなく、必要な情報を抽出し、実際に生徒をしっかり見てきた教員たちが精査しながら活用する、ということが大事なのではないでしょうか。

 先日、生成AIを活用した英作文の授業を見学する機会があったのですが、一瞬で英作文を作成するだけでなく、生徒ひとりひとりの解答に寄り添って修正点をフィードバックするようすに驚きました。個別最適化された対応を見て、改めて生成AIの活用方法を考えなければならない時代が到来したことを実感しています。良し悪しではなく、使わざるを得ない。じゃあどうやって使っていくかという局面にきていると思いますし、京都府としてどのように向き合っていくかは今後の大きな課題のひとつと言えるでしょう。

--ありがとうございました。


 京都府教育委員会の研修について、「域内全員で悉皆研修を行うということ自体、非常に難しく全国的に見ても珍しい試み」と、元教員で日本マイクロソフト GIGAスクール政策室 室長代理の栗原太郎氏は話す。教員だけでなく、図書館司書や養護教諭、府域を超えて市町にも受講可能という体制を構築した点、管理職研修も最初から整備し、対面・オンライン・オンデマンドと選択可能にした点は、言葉にするよりはるかに難しいことで、京都府の想いの強さ、熱意に脱帽する思いだと語った。

 京都府の取組みは、教員全体のICTスキルの底上げ、リーダー層の育成、そして生成AIの活用は働き方改革に直結する効果をもたらす可能性がある。教職員がスキルアップし、意識を変えることは、働き方教育だけでなく教育の質を高めることにも直結するはずだ。京都府の取組みが、2年後、5年後にどのような花を咲かせるのか、今後も注目したい。

 今回の記事で紹介した無償のCopilotに関するパンフレットは、下記のボタンから閲覧できる。

⁠⁠Microsoftパンフレット「今すぐ使えるCopilot」
《畑山望》

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