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平井聡一郎先生と語る、先進自治体が切り拓く教育の未来<4>大子町教育委員会 大森和行氏…先進的なICT活用で「子育ての町」を目指す

 本企画では、教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわる平井聡一郎先生と、教育委員会で奮闘する担当者の方との対談から、自治体の教育ICTの取組みを探る。第4回目の対談は、茨城県大子町教育委員会 大森和行氏を迎え、オンラインで開催された。

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平井聡一郎先生と語る、先進自治体が切り拓く教育の未来<4>大子町教育委員会 大森和行氏…先進的なICT活用で「子育ての町」を目指す
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 本企画では、教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわる平井聡一郎先生と、教育委員会で奮闘する担当者の方との対談から、各自治体の教育ICTの取組みの現状や課題、今後への展望を探る。第4回目の対談は、大子町(だいごまち)教育委員会 大森和行氏を迎え、オンラインで開催された。

 2019年(令和元年)に発表されたGIGAスクール構想。コロナ禍に後押しされる形で、想定よりも早く全国の小中学校における児童生徒1人1台の情報端末整備は完了しつつある。今後は、このICT端末を使った新しい学びをどのように展開していくかという新しいフェーズに入ろうとしている。そこで、自治体ごとにその利活用の段階に差が出始めている今、先進事例を広く共有することこそ、地域間の格差を埋めるひとつの手段になり得るのではないかーそのような意図から、今回の企画は始まった。第4回目となる今回迎えた大子町は、茨城県の北西部、県境に位置しながら、日本でも屈指のICT教育推進自治体となっている。同町の教育委員会の大森和行氏に取組み状況と秘訣を聞いた。

大子町教育委員会 教育指導課 指導主事 大森和行氏

 大子町の公教育の全般を担う。特にICT担当としてICT機器を活用した授業を展開し、子供たちの学力向上を目指している。

コロナ禍の休校中いち早くオンライン授業を開始

平井先生:茨城県の最北端に位置していて、県の中心部から離れている大子町。自然豊かな町というイメージですが、ICT教育に力を入れていますよね。GIGAスクール構想が実施される以前からChromebookを導入して、ICTを活用した教育が根付いている先進的な自治体だと思います。大子町のように比較的小規模な自治体が、さまざまな工夫によりICT活用の先進事例となることで、全国の多くの自治体のお手本となるのではないかと思って期待しています。

大森氏:平井先生には、ICT教育導入期の機器選定の段階から、大子町のICT教育の骨格を作る過程でアドバイス頂き、本当に感謝しています。クラウド型校務支援システムや、プログラミングロボット、AI学習ドリルの導入でもお世話になっています。

平井先生:それは、大子町の教育改革に取り組む強い意志があればこそです。実際、今ではすっかりスタンダードになりましたが、大子町はGIGAスクール構想前からChromebookを導入していますね。

大森氏:情報のスムーズな共有こそICT化の最大のメリットだと考えていました。当初はiPadかWindows端末の導入を検討していましたが、Googleのサービスを使うことで、クラウドを活用した協働的な学びが実現するというChromebookのメリットを知り、最終的にChromebookを導入するに至りました。端末の価格が安く抑えられるという面でもメリットは大きかったと思います。規模の小さな自治体だからこそ、アプリを有効活用することで、最小限の予算で実現できることが大切です。

 平成30年度にはGoogle Workspaceを稼働し始めることができ、同時期に校内Wi-Fiも設置されました。おかげで、コロナ禍による臨時休校が実施されたときも、いち早くGoogle Workspaceを活用したオンライン授業を開始することができました。

時間割や行事をGoogleカレンダーで生徒と共有しており、欠席時には、自宅から予定をクリックするだけで教室とオンラインでつながることもできる

共有することで深まる学び

平井先生:Chromebookのノート機能を使い、それぞれの意見を共有しあって授業を進めているんですよね。この授業スタイルに取り組む学校が全国でも増えてきたので、大子町の事例は非常に役立つと思います。

大森氏:クラウドを活用した授業は進んでいますね。先日見学した中学校の国語の授業では、意見文を書くグループワークをしていました。まずは自分の意見を書き、それを他の生徒とアプリを通じて共有していました。その過程で、新しい視点をもつことができ、最初の意見から変化が生まれます。Googleドキュメントの機能で自分の編集履歴を見ることができ、授業を受ける前と後で生徒自身が変化を感じられるという内容で、大変面白いと感じました。

平井先生:従来の授業であれば、指名された児童生徒や手を挙げて発言できる児童生徒の意見しかピックアップされなかったけれど、この方法であれば、児童生徒みんなが主体的に学ぶ姿勢を育てられますよね。

大森氏:児童生徒同士のやり取りが活発にできるようになったということは、とても大きなメリットだと思います。国語の授業に限らず、他の教科でもこのような活用が進んでおり、まさに新しい学びだと感じました。

教育の力で町の人口減少を食い止めたい

平井先生:全国的には、機器やWi-Fiインフラを整えたばかりで、これから新しい学びの方法を模索していこうという段階の自治体や学校が多い中、大子町のICT教育は一歩先を行っています。ところで、大子町は学び以外でもICT機器やクラウド環境をうまく使っていると聞いています。

大森氏:中学校では委員会や生徒会の活動等でもさまざまな形で活用されています。文化祭のテーマ決めの際には、生徒会がフォームを作り、全校生徒から意見を求めて決めていくという姿が日常になりつつあります。ある中学校では、プレゼンテーションタイムという時間を週に1度とっており、子供たちがスライドでプレゼン資料を作り、全校生徒に発表し、フォームでコメントをやり取りするという双方向の取組みをしている事例もあります。

 大子町は筑波大学と連携し、筑波大学に留学で来ている海外の学生との交流も行っているのですが、実際に会う前からオンラインで交流が深まっています。現在進行しているプロジェクトでは、週に1回、台湾の小学校とオンラインで交流をしている小学校があります。

平井先生:大子町の取組みは知れば知るほど素晴らしいですね。県外の人がそれを知る機会が少ないと思うので、もっと発信していったほうが良いのではないかと思います。昨今は移住やUターン等で若い方が戻ってくる流れがありますから、大子町の教育は素晴らしいとわかることで、移住先の候補となりうると思います。

大森氏:その視点は高梨町長も非常に重視しています。大子町の人口減をなんとか食い止めたい。コロナ禍で社会的にDXが進んだことで、電波さえあれば仕事ができる時代になってきました。町としても移住先の候補となるように取り組んでいるところです。そこに教育委員会としても協力し、子育ての環境が素晴らしい町として認識してもらえるように動いていきたいと考えています。

平井先生:発信する際には、先生や大人だけではなく、実際にその教育環境で学んでいる子供たちに表に出てもらうことで、説得力が増すと思いますよ。学びの主人公である子供たちに、どんなふうに授業が変わったのかをフォーラムのような形で発表していってもらうと良いのではないでしょうか。

大森氏:大子町では「子ども議会」というものをオンラインで実施しています。町長や議会に対して質問や提言をしていく場があるのですが、まずはこのような場を利用しながら大子町で成長した子供たちの力をアピールしていきたいです。

小学1年生がGoogle Jamboardを使いこなして算数の学習をしているようす

校務支援ツール「BLEND」の活用で進む、学校の働き方改革と保護者とのコミュニケーション

平井先生:さて、大子町は2022年度からフルクラウド型校務支援ツール「BLEND」を導入しました。導入した決め手や、セキュリティ対策等について教えてください。

大森氏:フルクラウド型校務支援ツールの導入は、県内でも早いほうだと思います。校務支援ツール導入のハードルのひとつに、財政的な問題があげられますが、フルクラウド型だと大幅に経費が削減できます。「BLEND」は普段使っているブラウザで動作するため、セットアップが簡単なことも大きな利点です。一方で、確かにセキュリティ面は気になるところだと思います。アクセスできる環境や教員の管理を細かく設定するとともに、二段階認証を実施しています。さらに、今年度から導入したGoogle Workspace for Education Plusの機能を活用し、ダウンロードしたファイルをメールに添付できないようにし、保存可能なフォルダも限定するといった対応をしています。

平井先生:まだ導入して半年ほどだと聞いていますが、お話から学校がスムーズに導入できているという印象を受けます。

大森氏:うまく活用ができている理由は、ツール導入に至るまでの過程にその答えがあります。先んじて教育のICT化でクラウドを利用した学びを実践している中で、教育委員会としてクラウド型校務支援ツールの必要性を感じ、導入に至りました。授業での活用を通して、現場の先生方がクラウドサービスの活用に慣れていたことで、クラウド型校務支援ツールの導入がうまくいったということが、大子町の大きな特徴だと思います。

平井先生:他の自治体では、校務支援ツールがデジタル化してから授業でのICT活用が進むという流れが多いのですが、大子町はその反対だったというのが面白いですね。

 大子町の教育環境は、校務支援ツールの活用という面でも先進事例だと思います。子供たちの学びに真剣な大子町の取組みというだけあって、先生たちの業務負荷軽減のためだけではなさそうですね。

大森氏:クラウド型校務支援ツールの導入は、確かに教職員の負担軽減につながっていますが、それだけではありません。先生たちの働き方改革と同じくらい、子供たちや保護者の方へのメリットもあるのです。まず、学校のICT化は学校の運営の可視化につながります。さらに、保護者とのコミュニケーションも円滑になるというメリットがあるでしょう。小さなことですが、生徒の出欠確認をリアルタイムで受け取ることができるようになりました。電話では伝えにくいようなことでも、アプリケーションを通すことで、そのハードルが下がったと聞いています。教育のICT化が進めば進むほど、保護者との距離は縮まっており、とても良い関係ができていると感じています。

少子化が進む大子町の課題・小規模校はどのように質を保つか

平井先生:先進的な取組みで、子供たちの学びを深化させている大子町ですが、「教員の異動」という課題にはどう向き合っていますか。

大森氏:せっかくICT教育の本質を理解し、高度な授業をできるようになっても、すぐに異動して他の自治体に出て行ってしまうということは残念ながら多くあります。だからこそ、クラウド化によって町全体で情報を共有し、蓄積するようにしています。さらに、大子町は小学校6校、中学校4校の計10校という小さな自治体ですが、その中で2校がGoogle for Education 事例校の認定を受けており、自治体の中で教えあう環境を作っています。今後は情報をもっと整理してデータベース化し、誰でも気軽に見ることができるようなサイトを作ろうと考えています。

平井先生:その他、大子町が抱えている課題は何かありますか。

大森氏:やはり少子化が大きな課題です。学校によっては児童が学年に1人というような学校が出てきており、学びあいが難しい状況があります。質を落とさずにどのように学校を運営していくかという問題が顕在化してきました。2020~2021年度には茨城県教育委員会から「小中学校における遠隔教育実証研究事業」の指定を受け、優れた指導力をもつ教員による遠隔授業を実施しました。ICTを使って他校との連携が可能となることで、小規模校の運営で出てくる課題を解決していけるのではないかと考えています。

他校に算数の授業を配信しているようす

平井先生:それ以外にも、学年の枠を超えて学んでいくこともひとつの解になるでしょうね。イエナプラン教育のような学年の概念を取り払った学びの形は注目されています。小規模校の良さを引き出していけると良いですね。

大森氏:ICT授業のやり方や校務支援ツールの使い方含め、小規模校の増加にどのように対応していくのか。大子町で育つ子供たちのために、現状にあわせながら進化していきたいと思います。

平井先生:茨城県最先端のクリエイティブな学びを実施している大子町だからこそできるような、未来志向の教育を実施してほしいです。そのために、次のステップを見据えたビジョンをもち、日本の教育を引っ張っていってくれることを期待しています。

小さな自治体でもできるという希望の星、大子町の目指す未来

 茨城県はもちろん、日本全国でもトップクラスのICT教育を進める大子町。財政面や人員面等でさまざまな課題を抱えつつも、できない理由を並べるのではなく「どのようにしたらできるのか」と考えながら、未来を担う子供たちのために日々努力していることが伺えた。公教育を充実させることで、少子化という大きな課題を乗り越えられるか。今後の大子町の取組みから目が離せない。

平井聡一郎


情報通信総合研究所 特別研究員。元・教育委員会 指導主事。小学校、中学校の教諭、管理職22年間と指導主事11年間の経験を経て、2017年より現職。古河市教育委員会で3年間にわたり、全国初のセルラーモデルiPad導入、クラウド活用、エバンジェリスト制度というリーダー教員育成システム等、先導的な教育 ICT 環境構築に取り組んでいる。

平井聡一郎先生×教育委員会 対談企画
第3回 鎌倉市編はこちら

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《田中真穂》

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