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小規模自治体における教育DXの可能性…利島村教育長 弟子丸知樹氏

 小規模自治体における小規模校の教育は、都市部における標準校と同じように考えるべきではない。むしろ、小規模だからこそできる最適な教育の在り方があるはずだ。その解を求め、教育ICTの先導者である平井先生と、利島村で教育長を務める弟子丸知樹氏が対談した。

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小規模自治体における教育DXの可能性…利島村教育長 弟子丸知樹氏
  • 小規模自治体における教育DXの可能性…利島村教育長 弟子丸知樹氏
  • 利島村の義務教育
  • 15の春自立シート
  • 教師が育つ島
  • LTEモデルで校外学習の幅も広がる
  • 利島小中学校の「義務教育学校化」について

 本企画では、教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわる平井聡一郎先生と、各自治体や教育委員会などでICTを利用した教育のために奮闘する担当者の方との対談から、各自治体に合った教育の形を探る。今回の対談は日本で3番目に人口が少ない自治体である利島村(としまむら)の教育長、弟子丸知樹氏を迎えオンラインで開催された。

 日本の少子化が進んでいる。令和4年の出生数は72万6千人となり、1899年以降で初めて80万人を割り込んだ。連動するように地方の過疎化は進んでいる。現在、1市区町村あたり小学校と中学校が1校ずつの市町村は自治体の17%にものぼる。約1/5の自治体が、地域に1校しか小学校をもっていないということだ。今後もこの傾向は続くことになるだろう。

 小規模自治体における小規模校の教育は、都市部における標準校と同じように考えるべきではない。むしろ、小規模だからこそできる最適な教育の在り方があるはずだ。その解を求め、教育ICTの先導者である平井先生と、利島村で教育長を務める弟子丸知樹氏が対談した。

利島村の教育環境

平井先生:私は現在、各地で小規模校の教育などにも携わっていますが、小規模校にしかできない学びの形があると考えていて、今日は利島村の例を伺うことで、その糸口をつかみたいと考えています。まず、利島村はどんな場所ですか。

弟子丸氏:利島村は東京都の離島で、伊豆諸島北部に位置していて、東京からは大型船で7時間半、高速船で2時間半ほどかかります。約300名の人口に対し、小中学生が30名ほどいますが、人口のわりに子供の数が多いのは、Iターンなどで子育て世代の移住者が多いからです。先進的な教育環境を用意することができれば、それも島の魅力になって、さらなる移住者増につながると考えており、自治体の生き残り策としても、通常の教育環境の整備だけでなく独自の尖った取組みが必要だと考えています。

利島村の義務教育

平井先生:たしか利島村には高校はないですよね。

弟子丸氏:利島村には高校はありませんので、高校進学を希望する場合、島を出ていく必要があります。高校がないから教育環境的に悪いかといえば、そうでもないと考えています。利島村の子供たちは、13、14歳ごろから自分の将来に目を向け、真剣に考え出しますし、その分、学習意欲も高いです。

高校がない自治体だからこそ「15歳で自立できる」教育を実施

平井先生:高校に進学するためには、進学者は全員が寮に入るなどして、親元を離れて暮らすということになるんですよね。

弟子丸氏:そうなんです。利島村の子供たちは15歳で島を出ることになります。高校進学までに自立しなければなりませんが、そもそも「自立とは具体的にどのような状態を指すのか」ということを教職員や島民のみなさんと議論して「15の春 自立シート」を作成しました

15の春自立シート

 これを作ることで、「自立とはどのようなことを指すのか」という抽象的な部分を可視化し、子供たちに関わる大人たちの共通理解を図れるようになります。知識・技能、思考力・判断力・表現力などを見える化し、データとして活用できるようにしたいと考えています。

平井先生:やはり自治体の行政サービスとして教育を提供する以上はアセスメントが必要で、その指標となる具体的な項目が必要です。その意味でもこのシートはとても有意義ですね。自分たちの現在地を知るうえでも重要です。さらに頑張りどころを「学校、家庭、地域」で整理しているところもそれぞれの役割を認識することになり素晴らしいと感じました。

弟子丸氏:作成当初は、学校主体で考えていた項目について、記載を変更したところもあります。たとえば16番の「SNSの良さとリスクを理解し、使いこなすことができる」などは普段の生活の中で学んだほうが良い、家庭を中心に身に付ける力といえます。11番の「自分から挨拶できる」や12番の「自分から知らない他者に話しかけて、コミュニケーションできる」などは、住民の皆さんと一緒に取り組みたい、地域主体の項目です。仮に「最近の子供は挨拶ができない」という地域住民の方の声があるとすると、それを嘆くのではなく、子供たちに働きかけていくのは地域の大人の役割です。島民約300名という小さなコミュニティだからこそ、みんなで子供の自立のために関わってほしいという想いがあります。

利島を知り、利島を考える教育

平井先生:14番の「ふるさと利島の良さと課題を自分なりに話すことができる」という項目は重要な観点ですね。自分の住んでいる国や地域のことを知らない、語れないのは、日本の学校全体に共通する課題だと思います。まずは自分の地域を知ることが大切でしょう。

弟子丸氏:そうですね。最初は「良さを語れる」と表記していたのですが、課題も含めて語れる必要があるよね、と島民の方と議論する中で出てきました。子供たちに利島の課題を聞くと最初は、「コンビニがない」などの意見が出てきます。しかし、コンビニと村にある商店では、何が違うのか、コンビニでないといけないのかなど、一緒に深堀りすることで地域の良さに目を向けていくことができると思っています。

 離島の良いところは、都市部と違い、住民がほぼ顔見知りということです。そうすると、誰がどのような仕事をしているから、今の島の生活が成り立っているのかという仕組みがわかります。働いている人が身近だからこそ、現在の島の課題も見聞きしているし、理想の島の在り方をイメージして持ち合わせておくことができると思っています。

 最近、総合的な学習の時間の中で、島の課題と未来について、小学生が村長にプレゼンする機会を設けました。利島村は約20万本といわれるヤブツバキに覆われており、そこから取れる椿油の生産は、島の基幹産業となっています。椿の木の老木化が課題なのですが、これを知った小学校6年生の子が、「実験地帯を作って、一部の木で、どのくらいで老木化しているのか、実の数を確認して、まずは測ることが必要だ」と提案したんです。この提案は、島の大人たちももっていた課題意識を言い当てていました。今後、島の大人たちが並走し、政策や取組に落とし込む過程を経験するなど、「島を良くするために自分が役立っている」と子供たちが実感できる機会を増やしていきたいと思っています。

平井先生:やはり、自分事になると学びがリアルになりますよね。私も仕事柄多くの校長先生たちと意見を交わしてきましたが、自分が社会と繋がっているという経験こそが学びにつながると、先生方は口を揃えて言っています。社会とリンクするということですね。学んだことを生かして提案したことが、地域の役に立つ経験は、利島村のように学びの場と地域との距離感が緊密だからこそできる体験だと思います。これによりOECDの「Education 2030 プロジェクト」でもポイントのひとつとなっている「自己効力感」を育むことにつながりますね。

利島での経験が、教員生活のキーポイントに

弟子丸氏:地域との近さだけでなく、1学年2~5名程度という学級の規模感も、利島村の教育の特徴です。利島村には東京都の教員が人事異動で赴任してきます。都心部から赴任してきた先生方と話すときには「小規模な学級だからこそ、ご自身のやりたい授業にチャレンジしてみてほしい」と伝えています。少人数でできないことは、また東京に帰って40人学級を受け持ったときにもできないでしょう。教員として、利島村での経験を、新しい授業の形を児童生徒と一緒に作るチャンスだと捉えてもらえる環境を作りたいと思っています。時には利島での生活は生活面で不便だと感じることもあるでしょう。しかし「教師としての力量が上がる、新しい教え方にチャレンジしやすい島」として教員の中で認識してもらえるようになれば、自ら手を挙げて利島に来てくれる先生を増やすことにもつながると思っています。

 利島で教員をしたことで子供への理解が進んだとか、ICTを有効に活用できるようになったなど、何かしらお土産になるような経験やスキルを持って帰ってもらえるようにしていきたい。学習者用端末にGoogleのChromebookを導入しているので、Google認定教育者の取得を推進しています。このような取組みをすることで、意欲のある先生に利島に来てもらえるような環境を作っていこうとしています。

平井先生:私が関わっている群馬県などの山間地域でも同じことを考えて教員のスキル向上を推進しています。やはり離島や中山間地域にある学校の教員は異動が多い傾向にあります。それを嘆いても仕方がない。それならば、指導力のある先生を育てる研修センター的な立ち位置を確立していければ良いと今は思っています。

弟子丸氏:そのとおりですね。私が利島に着任した際、「離島のような小規模校の教育は、教育の原点だ」と多くの文献で読みました。そのとおりだと思う一方で、教育委員会としては、そうなるような環境を整備し、働きかけていかなければと感じています。島での経験が、教職員人生のキーポイントとなるような良い経験だったと思えるようにしてほしいと願っていますし、村の教育委員会には、そのための具体的な取組み・仕組みづくりが求められると感じています。

 そのような先生方の積極的な挑戦の姿勢は、子供たちにも伝わるんですよね。逆に、硬直的なことしかしていないと、島の子供たちも育たない。チャレンジする大人の背中を見せていきたいと考えています。それは私自身も同じですので、積極的にチャレンジしていきたいです。

教師が育つ島

学校だけでなく島全体でDXが進んでいる

平井先生:なるほど。そのひとつの取組みが、Google認定教育者資格ですよね。レベル1、2と取得していくことで、何ができるようになるかというと、Googleのツールを使いこなすことではありません。ICTを活用し、いかに面白い授業ができるかを考えられるようになるということですよね。先生の引き出しを増やすということになると思います。たまに、Google認定教育者資格はOSが変わると意味がないといった議論になることもありますが、OSやデバイスに依存するような知識ではなく、ICT活用の土台を得るということですね。

弟子丸氏:実際に、取得した先生方から「取得して良かった」という感想をいただきます。利島は現時点では、全国最先端のICT活用ができているというわけではありませんが、利島の環境を生かした、デジタル端末の日常使いはかなりできるようになってきたと感じています。

 1年前の着任時は、まだ黒板と鉛筆が学びの中心にありましたが、1年かけてICT活用に取り組んだ結果、現在は子供たちが有効活用する姿が見えるようになりました。ある程度日常使いができるようになると、そのあとは勝手にどんどん新しいツールを探して利用していたりもします。ICT活用のおかげで、それぞれの得意分野を生かす土壌が促進できていると感じています。

平井先生:1年でそこまで進んだのは、やはり小規模自治体のメリットですね。教育委員会や教員が働きかけると、すぐに浸透しますよね。そして、子供たちは慣れるのも早いです。

弟子丸氏:そうですね。子供たちの教育のために導入するデジタルサービスは、通常規模の自治体であれば、初期導入コストの削減のために、ICT担当の教員と、子供たちの端末だけに導入するのが一般的です。しかし、小規模な利島では全教員に導入してもコストはあまり変わりません。子供たちが使う新しいツールは、先生たちも使っていこうという姿勢を共有しています。子供に配布したタブレットは、学校ではWi-Fiで活用しますがLTEモデルですので、各家庭ではWi-Fiの整備状況に依存しない形で活用できます。

 連絡帳をデジタル化したり、子供たちが写真を撮ったり動画を編集したりできるようになったので、普段の学校のようすを保護者にも伝えやすくなっています。

 実は利島では、村役場から各家庭に1台タブレットを配布しています。現在は島の生活で必要な情報を伝えるために活用しているのですが、島内全体でデジタル活用を進めています。

平井先生:LTEで学校外でもネット環境を整備できているのは、子供の校外学習の幅も広がりますから、良いですね。これも、小規模自治体だから手厚くできるという面もあるでしょう。今後、各家庭に配布された端末もあるとのことで、保護者だけでなく、島全体でDXがさらに加速しそうですね。

LTEモデルで校外学習の幅も広がる

利島だからこそできる学びを島民全員で考えていく

弟子丸氏:移住者の割合が人口に対して多いということもあってか、新しい取組みに対しても前向きな声をいただくことが多く、それも後押しになっています。

 先日は授業研究会で大型モニター3台に投影して授業をしていました。この日の研究授業実施のクラスは生徒数が2名だったので、大型モニターが3台あれば、生徒の思考のようすが手に取るように感じられるんですよね。これは少人数クラスだからできることです。

 利島含め、離島へ赴任することに躊躇する先生もいらっしゃるのが現実です。しかし、小規模校だからこそ、チャレンジできるという実例を今後示していきたいと思っています。

 現在は組織上分かれている小学校と中学校を来年度から義務教育学校に移行します。義務教育学校になると、特色あるカリキュラムづくりが可能になりますので、島民参加型で“利島だからこそできるカリキュラム”を考えていく予定です。

利島小中学校の「義務教育学校化」について

平井先生:ICTを活用することで、多くの人と繋がることができます。繋がることで、当事者を増やすことができる。利島の取組みには大きな可能性を感じました。今後も、柔軟な発想でICTを活用した教育改革に取り組んでほしいと思います。

弟子丸氏:そうですね。手前味噌ですが、利島村の例は、離島に限らず、中山間地域など多くの小規模自治体の教育関係者にも示唆に富む事例になると思って日々活動しています。まだ道半ばですが、今後も子供たちのためにも頑張りたいと思います。


 デジタルの発展により、住む場所や環境による差異を埋めることができるようになった現代。教育環境の面では、むしろ小規模地域のほうが恵まれていると考えることもできる。東京都心と同水準以上の教育を提供することを前提としながら、特に利島だからこそできる先進的かつ尖った取組みに注力していくと、弟子丸氏は語った。すでに移住者の多い利島村。教育環境が話題になり、それによりさらに移住者が増えることになったならば、その他の小規模地域への大きな示唆となるだろう。

《田中真穂》

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