2020年度から本格化したGIGAスクール構想により小・中学校で1人1台端末が整備され、全国でICT端末を使った新しい学びが模索・展開されている。その中で、大阪府吹田市では、端末を積極的に活用するとともに、2021年度から他の自治体に先駆けて「デジタル・シティズンシップ教育」を重要な政策として位置づけ、市内の全小・中学校にて同教育を実施。自らの判断と責任でICTを積極的かつ安全に活用する、デジタル社会の善き担い手を育成する「デジタル・シティズンシップ教育」は、欧米を中心にデファクトスタンダードとなりつつあり、GIGAスクール構想が進む日本でも急速にその重要性が高まっている。吹田市ではどのようにICT教育を進め、また、どうしてデジタル・シティズンシップ教育に力を入れるようになったのか。その取組みと、現状の課題、今後の展望等について大阪府吹田市立教育センター所長の草場敦子氏に聞いた。
小学校で端末を「いつでもどこでも使う」が定着
平井先生:まずは、吹田市のGIGAスクール構想の状況についてお聞かせください。
草場氏:小学校はiPad、中学校はWindows PCで、アプリはタブレット学習用のオールインワンソフト「ミライシード」を入れています。小学校では直感的に操作ができることと、善き使い手になるようにということで、iPadを採用しました。中学校はタイピングも増えますし、ビジネススタンダードでもあるWindowsのほうが良いのではということもあり、端末を変えて導入しました。
小学校ではiPadの操作性の良さやどこへでも持っていける利便性もあり、授業のみならず日常使いをしています。たとえば、端末を連絡帳代わりに使い、ミライシードを経由して先生から連絡帳の内容を子供の端末に送っている小学校もあります。また、学びの連続性を重視して、必要なときに持ち帰りをしており、授業の中で生まれた問いを各自で深めるために家で続きを進めたり、係活動等の続きを友達同士で行ったりといった使い方もしています。
平井先生:学校でも家でも、授業でも授業以外でも、「いつでもどこでも」使っているのは素晴らしいですね。中学校についてはどうですか。
草場氏:中学校はどちらかというと授業で使う形で、日常使いの例があまりあがっておらず、これは課題としてとらえています。
どちらかというと、直感的な操作が可能なiPadが小学校の教育に親和性があるのに対し、Windows PCを使っている中学校では、最初からタイピングの早さ等の操作性の面で個人差が出てしまっている例もあります。
また、中学校の教職員にとっては、端末を活用することによる授業の進度への影響や、自らが先導して子供たちに使わせなければならないという意識が負担となり、少しハードルが高いと感じているように見受けられます。
平井先生:その辺は全国的に同じ傾向で、どうしても中学校のほうが時間も活用レベルも低くなりがちなことが課題です。でも最近は、小学校でICT端末を使ってきた子供が中学校に進学し、子供発信で自然と活用が増えていく事例も出ているので、小学校からいつでもどこでも使う取組みを進めていく必要があると思います。
人権教育と親和性が高いデジタル・シティズンシップ教育
平井先生:では、デジタル・シティズンシップ教育について、吹田市ではどのように取り組まれているでしょうか。
草場氏:本市がデジタル・シティズンシップ教育に力を入れ始めたのは、GIGAスクール構想が一気に進むというタイミングで、私が当該分野の第一人者である今度珠美先生にデジタル・シティズンシップ教育のことを学んだことがきっかけです。
もともと吹田市は、「ともに学び、ともに育つ」人権教育を非常に大事にしておりまして、それを基盤に教育センターとしてもさまざまな事業を進めてきました。そのひとつが2019年度に起きた「いじめの重大事態」を受けて取り組んでいるいじめ予防授業です。いじめ予防授業の中では、HERO行動(Help・Empathy・Respect・Open-mind)について学びます。これは、社会を構成する一市民として責任をもってどう行動するのか、そのためのスキルをどう身に付けていくのかという点でデジタル・シティズンシップ教育と親和性があります。こうした背景のもと、デジタル・シティズンシップ教育を推進してきました。
吹田市の「ICT教育グランドデザイン」を作成するに当たって、その土台に人権教育としてデジタル・シティズンシップ教育を位置づけました。デジタル社会を生き抜く子供達が積極的にテクノロジーを利活用して、善き使い手になるために、今度先生や、同じく第一人者の豊福晋平先生に協力いただき、カリキュラム化を進め、導入しました。
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子供も保護者も先生も一緒にデジタル化社会の知識を身に付ける
平井先生:なるほど。実際に、どのように学校の授業の中に落とし込んでいますか。
草場氏:小・中学校の各学年で、道徳や総合的な学習の時間、特別活動のうち年間4時間をあてて、教材を使ってデジタル・シティズンシップ教育を進め、9年間で学びを積み上げています。導入1年目の2021年度は、米国の教材である「コモンセンスエデュケーション(Common Sense Education)」を活用して、豊福先生と今度先生に訳していただき、カリキュラム化を進めました。続く2022年度は、経済産業省のSTEAMライブラリーに公開された教材を活用しています。
進め方としては、校務分掌にて全学校にデジタル・シティズンシップ教育担当を位置づけ、研修をしております。研修内容は、提供している教材や指導案、ワークシートを用いた説明で、担当者は各学校に持ち帰り、校内研修を行っています。授業実践を行うのは担任です。初年度の教材は「コモンセンスエデュケーション」だけでしたので、文化風土の違い等からなかなか難しいという声もありました。そこで市内の約2,000人の教職員に対して、日時だけ設定してオープンに参加を募る「教材について語ろう会」も実施して、改善を進めてまいりました。
加えて、保護者と地域の方々をどう巻き込むかも大きなポイントで、地域に広めることが今後の課題です。保護者用のワークシートにQRコードを付けて、子供が授業で見ている動画教材を見られるようにして、保護者に感想を記入いただく等、共通理解を図れるようにさまざまな作戦を練っています。
平井先生:素晴らしいですね。保護者のアンケートでもフォームを活用して、保護者にもテクノロジーを実感して頂くとさらに良いかもしれません。実はデジタル・シティズンシップ教育は大人にも必要です。子供と保護者と先生が一緒になって、デジタル化された社会を生きる知識や考え方を身に付ける。吹田市の取組みはそのステージに入っているように思います。
失敗も学び、思う存分経験させる
草場氏:デジタル化の場面で、小学校では児童が教員の先を行く姿がよく見られます。そうしたときに大人はどう考えるのかという拠り所にするためにも、デジタル・シティズンシップ教育があると思っていて、子供の姿を見て、教員が変わっていくのではないかと思います。
たとえば、小学校では、低学年の子たちもTeamsを使って係活動を行うことがあり、どんどん実践しています。たとえば、2年生では、国語の授業で学んだ説明文を活用して、係活動で折り紙を折っていく順番を説明する動画を制作したり、6年生の授業でブログを作成して発信したりしているのを見ると、子供達はすごいなと感じています。
作成したブログは、当初学校内のみで公開する予定でしたが、校長にも協力してもらい校外に発信するブログにも載せてもらいました。子供達が自らの責任で世界に発信するときに、どういった内容にするのかを一生懸命考えて、精査したうえで、いよいよ校長のブログへ掲載。子供が自ら考え、相手の立場に立って行動することができたため、学びが大きかったと聞いています。
平井先生:子供自身が発信する活動は良いですね。子供が自分達の学びを作り上げて、教科の壁を越えている。先生方がそうした子供の変化を実感すると、そこから先生方も変わっていく。時間はかかるけど、まずは下から、小学校から変えていこうというのは良いことだと思います。僕は「学校は教習所だ」とよく言っているんです。いきなり路上に出る前に、まずは多少の事故が起きても大丈夫な教習所でどんどんやらせることが大事なのではないかと。
草場氏:同感です。9年間の義務教育で思う存分やらせる、こちらがすべて掌握できる範囲で、失敗も含めてたくさん経験させる。そのときの軸足となるのがデジタル・シティズンシップ教育なので、非常に大事な教育だと思います。持続可能な開発のための教育(ESD)を目指すためにも。
平井先生:学習指導要領では、自ら考えて判断し、行動できる子供達を育てることを目指しています。それがまさしくデジタル・シティズンシップによって支えられた学びで、共通の価値観だということを、学校・保護者・地域で共有できると良いですね。
また、指導計画は学校ごとに常に見直して、診断しながら進めるのが大事です。たとえば、今の中学1年生が3年生になったときにはその分の学習の積み上げがあるわけなので、内容も今より高度化していく必要があります。吹田市がやっている取組みは非常に有効なロールモデルになると感じます。ぜひ挑戦を広げていってください。
吹田市のデジタル・シティズンシップ教育がロールモデルに
デジタル・シティズンシップ教育は、その重要性が認識されつつも、難しく捉えられがちだ。しかし今回の対談からは、それは人権教育につながり、学習指導要領が目指す自ら考え判断・行動する子供を育てることにも通じる、教育の基礎であることが示唆された。すべての大人と子供がデジタルの善き使い手になるための新たな学びの実践に、吹田市の取組みが良いロールモデルとして参考になることだろう。