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平井聡一郎先生と語る、先進自治体が切り拓く教育の未来<2>鹿嶋市教育委員会 冨田佳延氏…ICT教育の体制づくりと「未来の共有」

 本企画では、教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわる平井聡一郎先生と、教育委員会で奮闘する担当者の方との対談から、自治体の教育ICTの取組みを探る。第2回目の対談は、茨城県鹿嶋市教育委員会 冨田佳延氏を迎え、オンラインで開催された。

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平井聡一郎先生と語る、先進自治体が切り拓く教育の未来<2>鹿嶋市教育委員会 冨田佳延氏…ICT教育の体制づくりと「未来の共有」
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 本企画では、教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわる平井聡一郎先生と、教育委員会で奮闘する担当者の方との対談から、自治体の教育ICTの取組みを探る。第2回目の対談は、ICT先進自治体のひとつである茨城県鹿嶋市の教育委員会 教育指導課 冨田佳延氏を迎え、オンラインで開催された。

 鹿嶋市と言えば、2020年4月から本格実施となったプログラミング教育において、人気ゲーム「Minecraft(マインクラフト)」を一部の小学校へ導入したことが話題となった。ICT教育先進自治体としての取組みと、より良い教育のためのICT活用の未来について語ってもらった。

鹿嶋市教育委員会 教育指導課 冨田佳延氏

 茨城県の小中学校教員として勤務したのち、令和4年度から鹿嶋市の指導主事として現職。鹿嶋市の情報教育(GIGAスクール推進リーダー)研修会を担当している。

デジタル教科書導入の前に、負荷テスト実施は必須

平井先生:ICT活用教育アドバイザーとして、鹿嶋市のICT教育のスタートから伴走してきましたが、鹿嶋市とのご縁は当初はプログラミング教育アドバイザーからでしたね。それ以降、鹿嶋市は2020年の小学校におけるプログラミング教育必修化のときから、しっかり前向きに新しい教育に取り組んでいます。今日はまず、GIGAスクール構想に伴うICT環境整備の現状について教えてください。

冨田氏:鹿嶋市では、小中学校共に1人1台端末としてChromebookを導入しています。また、各教室には電子黒板が配備され、現在は特別教室にも電子黒板の設置が進んでいます。校舎内のWi-Fi環境も整っており、体育館でも繋がるように整備しました。いつでもどこでも、授業で端末を使用できる環境が整いつつあります。

鹿嶋市の小中学校では、1人1台端末としてChromebookを活用している

平井先生:Chromebookを配備したということは、Googleのサービスを使うことが前提だということですね。そうなると、ネットワーク環境が重要な要素となってきます。ネットワーク環境の整備は整ったとのことですが、負荷テストは実施していますか。

冨田氏:ネットワークについては、休校時にリモート授業を実施した際に音声が途切れることが何度かありましたが、授業が成り立たないレベルではありませんでした。スピードは上りも下りも1Gbpsほどあるため、困っていないという認識ですが、負荷テストは未実施です。

平井先生:昨年度まではICT環境の整備が中心でしたが、今年度以降は授業での端末活用の比重がどんどん増えていくことが考えられます。そうした環境に耐えられるかどうか、負荷テストは実施したほうが良いでしょうね。私はたまに、子供たちに「今から全員で動画を見て良いよ」と言って、負荷を試しています。理論上は大丈夫でも、見落としがある場合があるので、テストは必須です。

冨田氏:なるほど。各学校に周知して実施していこうと思います。

平井先生:休校中は、各家庭のネットワークを使っていたと思います。しかし、これからは学校で一斉につなげる機会が増えるでしょう。その意味で、負荷テストは今の段階だからこそ重要ですね。

進む鹿嶋市のICT教育、今年度からは質を追求していく段階に

平井先生:ICT環境の整備は順調のようですが、授業等での活用状況についても教えてください。

冨田氏:端末をいつでも使用できる状況を作ることで利活用機会を増やしてもらうため、小中学校共に、端末の持ち帰りをさせています。調べたいことがあった際にいつでも調べることができるという意味で、PBLの一環にもなっているかと思います。

平井先生:授業のどの場面で端末を使用するのか、活用することでどのような力がつくのかを考えて、授業内容のデザインができるようになることがこれからの課題かもしれませんね。これまでは、とにかくICT端末があるという状況に慣れてもらわなければならなかったので、必然的に使用量を重視していました。しかし、これからはどのように使うのかという質が重視されるべきです。

冨田氏:各学校が設定している校内研修のテーマにも変化が見られます。今年度は多くの学校が「ICT端末導入による、深度のある学び」を掲げており、現場でも質の部分の重視の必要性を認識しています。

平井先生:ICT機器活用の質の部分は数値化することが難しいため、学校間の差に気付きにくいことがあります。そんなときこそ、教育委員会が主導して標準化できるようなモデルを作ったり、活用状況を数値化してみたりといった取組みが有用となるでしょう。

ICT教育を浸透させるための体制づくり

平井先生:今後はICT教育の先に、子供たちにどのような力を身に付けさせたいのかを教員間で共有することが重要となってきます。それを実施するためには、やはり研修が必要かと思いますが、鹿嶋市はどのような研修や体制を構築していますか。

冨田氏:昨年度の実績になりますが、研修はオンラインを含め、7回実施しました。そのうち、2回は公開授業です。平井先生には、5回講演を頂きました。その他にも、他自治体から異動してきた先生方がキャッチアップするための研修資料の作成や、利活用事例集等も作成しています。

 また鹿嶋市では、学校ごとに選ばれたGIGAスクール推進リーダー、サブリーダーの2名を中心にICT教育を推進しています。新しいことを始めるにあたって、その推進をしていく人はどうしても孤立しがちで、それがプロジェクトのネックとなる場合が多いと考え、2名体制にしています。

平井先生:さまざまな自治体で、担当の先生が孤立してしまうという課題は確かによく耳にします。やはり2人だと進めやすさに違いがありますか。

冨田氏:仕事を分担できるという面でも、相談できるという面でも、1人で進めるのとだいぶ違いがあると思います。GIGAスクール構想推進というと、どうしても技術や理数科目の先生が担うイメージが強いと思いますが、できればすべての先生に経験してもらいたいと考えています。今後は、年度ごとにリーダー・サブリーダーを変えていき、前年度の担当教員がアドバイザーのような立ち位置で関わっていくことで、学校が一丸となってGIGAスクール構想を実現していくことができるようになればと思います。

平井先生:GIGAスクール構想の担当の先生は、腰が重い現場と、推進したい管理職の板挟みになってしまうことが多い。2人体制にしつつ、毎年度持ち回り制にするというのは、とても良さそうですね。

 また、管理職研修もやっていますが、その効果はどうですか。

冨田氏:管理職研修は、校長先生と副校長先生・教頭先生でそれぞれ分けて実施しました。同じ管理職といっても、立場や担う責任が違うので、一律ではなくそれぞれの立場にあった研修を実施したことは、ひとつのポイントだと思います。

 この研修を実施したことで、学校のトップがICT教育の可能性や、GIGAスクール構想の真髄を理解したため、GIGAスクール推進リーダーの先生方にとって、進めやすくなったのではないでしょうか。

平井先生:研修する前と後では、学校の経営計画の中でICT教育やGIGAスクール構想への言及が増えるので、その効果はわかりやすいです。やはり管理職、推進リーダー、その他の先生方と、さまざまな立ち位置で分けて研修する必要がありますね。

 管理職やリーダーではない一般の先生方の研修では、Google for Education認定教育者取得を推奨しているのですよね。

冨田氏:はい、Google for Education認定教育者レベル1を取得するための研修をしています。受験料の補助については、予算の都合上、市内で受験者数を限定しています。レベル1を取得した先生方は、ぜひレベル2にステップアップできるよう挑戦してもらいたいです。

平井先生:ぜひ継続してもらい、取得者を増やしてほしいところです。たとえば、学校ごとに取得者の人数を公開すれば良い刺激になるかもしれませんね。

先生たちの働き方改革を促進する学校業務のデジタル化

平井先生:ここからは具体的な活用例を聞いていきたいと思います。Google Workspace for Educationの活用が進んでいるようですね。

冨田氏:Google Classroomを中心に、授業やそれ以外の学校生活全般で活用が進んでいます。宿題等の提出も、保護者宛ての手紙の配布も、ほとんどGoogle Classroomで行っており、連絡帳を使わない学校や学年が増えてきました。

 児童の遅刻・欠席連絡や健康管理についてはLEBER(リーバー)というアプリか、Google Formsを使用しています。タイムラグなく生徒のようすをご家庭と共有できるため、とても有効だと感じていますし、おそらく保護者の方々にもICT化の利便性を感じて頂けていると思います。

平井先生:先生方の意識改革も大変だったと思いますが、なぜそこまで早く進んだと考えていますか。

冨田氏:鹿嶋市に限りませんが、コロナ禍における休校はICT化が進んだ大きな要因のひとつです。以前は先生が1件1件電話連絡をして、子供たちのフォローをしなければなりませんでしたが、Google Classroomの活用により、1回の投稿でクラスのすべての子供たちにメッセージを届けることができるようになりました。このような休校中の活用を通して、時間や手間の削減といったICT化のメリットを現場の先生方が実感してくださったことが大きかったと思います。教育委員会からのお便りや、給食の献立表もGoogle Classroomで配信しています。

平井先生:昨今、教員の業務過多が社会問題として認識されていますが、先生方は本当にやることが多くて大変ですよね。鹿嶋市の学校現場においては、ICT化が進むことで、教員の働き方にも良い変化が生まれているということですね。

冨田氏:職員会議での資料共有にもGoogle Driveを活用している学校が増えました。資料の管理や共有がすごく楽になったことで、教員同士の知見の共有にもつながり、授業の準備等にも役立っているようです。紙で管理すると、整理にも大きな労力が伴いますが、それがオンラインでは簡単にできるので、子供たちと向きあう時間に当てられますよね。

平井先生:それは重要なポイントです。業務のオンライン化により、効率が上がることで、本来時間を割くべき業務に集中できるようになりますね。授業だけでなく、学校全体にICTを上手く取り入れ、それが機能していることがわかりました。

冨田氏:今後は、クラウドサービスをもっと活用したいと考えています。Google Workspaceの良いところは、どの端末からでもログインできるところです。その意味では、今後はICT端末を子供たちが持ち帰らなくても、家の端末からアクセスできるようになるのではないでしょうか。そうすることで、移動時の故障リスクを減らすことができますし、子供たちの荷物も減りますよね。

鹿嶋市におけるプログラミング教育の現状とこれから

平井先生:私が最初に鹿嶋市に関わったのはプログラミング教育からでしたが、鹿嶋市のプログラミング教育は、現在はどのような状況でしょうか。

冨田氏:正直に申し上げて、GIGAスクール構想のためにICT環境を整えていくことのほうにリソースが偏ってしまっている点は否めません。

平井先生:GIGAスクール構想の優先はしかたがない話ですが、プログラミングというものを、どれだけこれからの学びの中に組み込んでいくことができるか、これは大きな課題ですね。高校の「情報I」や「総合的な探究の時間」につながるような学びを、中学までに先取りしておいてほしいと考えています。

冨田氏:先日の全国学力テストの内容を見ていても、小学校の算数や中学校の国語等で従来型の教育からの変化を感じました。しっかりキャッチアップしていかなければなりませんね。

プログラミング教育の充実は、鹿嶋市に限らず多くの学校にとっての課題だ

鹿嶋市の現状と課題

平井先生:鹿嶋市のICT利活用の現状は、国内においてはとても進んでいるものの、課題もあると思います。どのようなことが、喫緊の課題でしょうか。

冨田氏:これからの社会を生きる子供たちの資質・能力をつけていくためのICT活用方法を追究することが課題だと思います。有害コンテンツを排除するフィルタリング機能があるとはいえ、児童生徒の情報モラルやリテラシーが追い付いていないために、不安に感じる保護者の方々もいると思います。研修で、今年度の重点項目にデジタル・シティズンシップを掲げている推進リーダーもいます。本当の意味での情報活用能力がこれから必要になってくるのかなと思います。

 また、鹿嶋市教育委員会は、授業改善プロジェクトとして「主体的・対話的で深い学びを実現する授業改善」に取り組んでいます。児童・生徒に必要な資質・能力を身に付けるために、どのようにICTを使うことが有効なのかをこれからも試行錯誤しつつ、鹿嶋市モデルを作っていきたいですね。

平井先生:たしかにそうですね。我々は今、これから必要な学力とはなんだろう、ということを深く考える場面に立っていると思います。そこから離れてしまっては、本末転倒です。

冨田氏:ICT端末を利用した、ただの繰り返しドリル学習みたいになってしまったら意味がないですよね。

平井先生:自分で課題を見つけ、それを自分の中で再構成、再構築し、アウトプットしていく、そういった授業作りに取り組んでいくことが大切ではないでしょうか。

 また、すでに保護者の方々からも理解は得られていると思いますが、これから揺り戻しが起きることも考えられます。「子供たちのやっていることを見ていれば、わかってもらえるだろう」とは考えずに、これからも丁寧に、市教委が教育現場の取組みを発信していくことが大切です。

 「未来の共有」と私はよんでいますが、この教育を実施した未来に、どのような子供の成長が見られるのか。子供たちが大人になって生きる未来はどのような社会か。GIGAスクール構想がどのようなビジョンで進められているのかを共有することが大切でしょう。

冨田氏:そのとおりですね。これからも鹿嶋市の教育を進化させていくために、さまざまな関係者の皆さんと手を携えていければと思います。

変化に必要なことは未来の共有

 これまで脈々と引き継がれてきた、紙と黒板を使い、先生が教える授業。教育現場にはそういった伝統が今も残っており、それを打破することは容易ではない。しかし、鹿嶋市は学校や地域、保護者との対話によって壁を乗り越え、未来への学びの環境を整えてきた。その要因はやはり「未来の共有」だ。対談中、何度も出てきた「これからの学び」というキーワードが教育現場にも共有され、先生方の間に浸透しているように感じた。従来の大きな流れを変えるときに必要なことは、変化のしかたや方法ではなく、その先にある未来をみなで共有することなのだろう。今後も、鹿嶋市のGIGAスクール構想推進の取組みに注目したい。

平井聡一郎先生×教育委員会 対談企画
第1回 下仁田町編はこちら

平井聡一郎


情報通信総合研究所 特別研究員。元・教育委員会 指導主事。小学校、中学校の教諭、管理職22年間と指導主事11年間の経験を経て、2017年より現職。古河市教育委員会で3年間にわたり、全国初のセルラーモデルiPad導入、クラウド活用、エバンジェリスト制度というリーダー教員育成システム等、先導的な教育 ICT 環境構築に取り組んでいる。
《田中真穂》

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