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平井聡一郎先生と語る、教室の今と近未来<9>コロンビア教育大学院在学 田原佑介先生…公立高教員の海外進学

本企画では、教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわる平井総一郎先生と、教育現場で奮闘する先生との対談から、変わりゆく教室の今と未来を見ていく。第8回目の対談は、米コロンビア教育大学院へ留学中の田原佑介先生と、オンラインで開催された。

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平井聡一郎先生と語る、教室の今と近未来<9>コロンビア教育大学院在学 田原佑介先生…公立高教員の海外進学
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 急速なグローバル化やAIの技術革新、環境問題の深刻化等により、将来の予測が困難になる中で、国は次世代を担う子供たちの「生きる力」を育むために学習指導要領を改訂し、学校現場に導入している。新学習指導要領では、GIGAスクール構想が進められているとともに、社会の変化に対応するためにプログラミングや外国語教育を充実させる等、学校現場が大きく変わり始めている。これからの時代の教育現場にはどんな教員が必要となり、どんな授業が展開されていくのだろうか。

 本企画では、小中学校教諭・校長・教育委員会指導主事として長年活躍し、今は教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわる平井総一郎先生と、教育現場で奮闘する先生との対談から、変わりゆく教室の今と未来を見ていく。現場の先生から日々の取組みや教育に対する思いを聞き、今後の教室を展望するヒントを得たい。第9回目の対談は、「教員こそグローバルリーダーに」を実践するべく米国コロンビア教育大学院へ留学中の田原佑介先生と、オンラインで開催された。

田原佑介先生



 埼玉県の公立高校で8年間教員として勤務中、2018~2019年に経済産業省「未来の教室」実証事業の1つである「Hero Makers」に参加。2021年秋より、1,000万円の奨学金を得てコロンビア教育大学院に30歳で留学。現在、コロンビア大学でスクールリーダーシップを学びながら、有志と学生団体「JISE(Japan Interdisciplinary Scholars for Education)」を設立。日本の教育に向けて提案する場を企画するほか、学外でも、ハーバード大学やMIT等海外で教育を学ぶ大学院生をつなげ、勉強会を開催している。2児の父親で単身赴任中。

生徒と一緒に取り組んだ「学校を変える」改革



平井先生:田原先生は白川寧々さん(※1)が創設した「Hero Makers」(※2)に参加したのがきっかけで海外に進学したんですよね。なぜ既定路線から降りて人生の分かれ道に立ち、切り拓く道を選んだのか、背景を伺いたいと思います。まず、留学前の教員生活はいかがでしたか。
※1 起業家、教育革命家。海外進学に関する情報をYouTube等さまざまなメディアで発信し、サポートしている。2015年に海外・国内研修や探究教材を提供するタクトピアを共同創業。2018年に「教員をグローバルリーダーに。」というミッションを掲げて「Hero Makers」を創設、経済産業省の2019年度「『未来の教室』実証事業」にも採択された。
※2 「グローバルリーダーとしての視座をもって理想の未来を描き、学校内外のリソースを用いてその実現に向かって行動し、そして、その姿を子供たちに見せること」ができる未来の先生を育成するためのプログラム。研修を受けた参加者が実際の教育現場で改革を推し進めることを目指す。


田原先生:埼玉県の公立高校2校で8年間英語教員として勤務していました。1校目では授業がうまくいかなくて寝てしまう生徒も多く、なんとか授業の質を上げたいと思いました。新卒から6年間NPOに所属して、模擬授業の勉強会をする等模索していました。

2校目は国のSGHとSSH(※3)に指定されている進学校。当時学校を再編する大きな流れがあって、学校改革のプロジェクトチームが作られたんです。そこに自分も関わろうと、生徒と一緒に学校改革を進めて、新しい探究のプログラムを作ったりしました。
※3 SGH(スーパーグローバルハイスクール)、SSH(スーパーサイエンスハイスクール):国際的に活躍できる人材と科学技術系人材の育成を重点的に行う高校を指定する国の制度。

 学校改革は教員がカリキュラムを考えて授業に落とし込む形が多いのですが、学校の主役は生徒なので、彼らがどういう学びを今求めているのか、どういう人に将来なりたいと思っているのか、それらを知らずして10年後の学校なんて作れるはずがない。生徒が感じる学校の課題はなんなのか、どうやって解決できるのかを考え、生徒が自らプレゼンするという経験をさせることで、それ自体が彼らにとっての学びの場になったんですね。生徒は社会を変えるという経験を積めたし、私自身も教員として学校を変える改革を経験しました。

平井先生:その経験はすごく大きいですね。PBL(※4)にもなっている。新しいチャレンジができる環境にいたのがラッキーで、それも1つのターニングポイントだと思います。
※4 PBL(Project Based Learning):課題解決型学習。生徒が自ら課題を見つけてその課題を解決する過程でさまざまな能力や知識を得るアクティブ・ラーニングの手法。

教員こそが日本を牽引するグローバルリーダーに



平井先生:「HeroMakers」にはどうして参加しようと思ったのですか。

田原先生:「教員こそが⽇本を牽引するグローバルリーダーに」というキャッチコピーに共感しました。日本の多くの高校は高校生をグローバルリーダーに育てようという学校目標を掲げているものの、教員である私がグローバルリーダーであるという自信がなく、英語を使えた先の世界を知らない。なのでまずは自分がグローバルリーダーを目指そうと思って参加しました。

平井先生:私がやっている研修もそこなんですよ。先生が知らない経験を子供たちに伝えられるか、教育に落とせるかというと無理がある。だからまずは先生が経験して視点をもつのが重要で、先生が変わらないといけない。HeroMakersに参加してどう思いましたか。

田原先生:学校を変えようという人たちが日本中から集まっていたので、熱量と勢いがあった。仲間の取組み事例が毎週貯まっていったので、自分もやらなければという気持ちになり、それで取り組んだのが先ほどの生徒との学校改革です。学校改革に並行して、グローバルリーダーの話を聞く機会がたくさんあり、彼らがワクワクしながら教育に関わっていることを知りました。じゃあ自分もグローバルな世界に挑戦しよう、と思ったんです。

第1期HeroMakers最終発表会のようす

改革の経験が奨学金につながる



平井先生:自分の足元の流れを変えていこうというのと、外のいろんな刺激が一緒になって、これからどうするか、という選択になったときに、じゃあ外に行ってみようとなったと。

田原先生:海外に行こうと思った理由は、公立教員の限界を感じたことも大きかったです。たとえば埼玉県の教育の課題とそれに対するアプローチをまとめて教育委員会にもって行ったのですが、まったく相手にされなかった。確かに実績も影響力もない若い教員ですが、自分としてはこうすれば埼玉県の教育はよくなるという実例もあるし、なんで聞いてくれないんだと悔しくて。

平井先生:本当にわかります。海外進学を言い出したときの周りや家族の反応はどうでしたか。

田原先生:当然最初は理解されず、親の反対や妻の心配もたくさんあったんですけど、海外進学すればもっと、自由な形で教育にアプローチができるという僕の気持ちを説明しました。当時がちょうどコロナ禍1年目で、「今年じゃなくても良いのでは」とも言われました。ただその年、高3生を担任することになっていました。彼らはコロナ禍での受験に不安を感じていたとしても、「今年の受験やめとこう」とはできません。だったら、私だけ逃げるのはずるい気がしましたし、高3生と一緒に受験したいと思いました。1年間給料が入らずかなりの費用負担がかかるので、なぜ安定している職業を休んでまで進学するのかというのを周りにわかってもらうのは大変です。奨学金を貰えるようにする等、不安を1個1個解いていくことになると思います。

平井先生:奨学金は大事ですね、でもなかなか貰うのは難しいイメージがあります。

田原先生:ここが、私がSNSで一番強く発信しているところでもあります。奨学金というと、自分とはまったく違う世界に住んでいる優秀な人がもらうものだと思いがちですが、まったくそんなことはない。奨学金のエッセーでアピールしたのは、NPOで模擬授業を6年間続けていたのと、生徒との学校改革をやってきたという、その2つだけです。

 奨学金をいただいている財団の代表の方になぜ自分を選んだのかを聞く機会がありましたが、「東大首席卒業の人も応募してきたけど、私はあなたを採用した。公立教員でこんな取組みをやっている人はいなかったのと、学歴は劣っていてもこれからの社会へのインパクトは大きいと思ったからだ」と言ってくれたんです。これまでなかなか認められなかったことが多かったけれども、この方はしっかり私のことを見てくれて、期待をかけてくれたと感動しました。日本の先生方もすごい取組みをされている方が数多くいるので、それをエッセーにできれば、認めてもらえる人はたくさんいるし、高い壁ではないと伝えたい。海外に来て思うのは、日本の先生は世界的に見ても非常に優秀ですし、熱意もあります。1人でも多くの人に挑戦してもらいたいです。

平井先生:そこで大事なのは、今自分でやれることをしっかりやってきたというベースがあるから次につながっていることですよね。
田原先生:おっしゃるとおりで、元々海外進学したかったわけではないんです。ずっと教育を良くするために活動をしてきました。まず授業力向上の活動として、学校で研修を企画したり、公民館で勉強会を企画したりしてきました。今度は学校改革をやろうとなって、それでも変えられないとなったときに海外につながっただけなんです。なので、先生方が日々見ている課題にアプローチすることはとてつもなく大事であり、社会的に意義があることだと思います。

平井先生:経済産業省の「50センチ革命」(※5)ですね。やっている中からだんだん広がっていって、その延長線上に海外進学があった。常にもっと先へと進めていこうとしていなかったら、その先も見えない。
※5 経済産業省 「未来の教室」と EdTech 研究会が2018年に発表した第1次提言で提案されたもので、「50センチ革命」「越境」「試行錯誤」の3つの力の育成を教育改革のキーワードとした。「50センチ革命」とは、現状に満足せず変化に向けた小さな一歩を踏み出すことを意味する。

子供たちは枠を壊して新しい道を示す大人を待っている



平井先生:県や国も先生たちが学び続ける体制を整える必要がありますね。田原先生が切り拓いたところはこれからの人に道を指し示すものになるのでは。周りの子供たちはどういう反応でしたか。

田原先生:それも非常に良い経験でした。単純に「勉強しなさい」という言葉よりも、自分も勉強しているので言葉の入り方が違うんです。休校中はオンラインでつないで一緒に受験勉強をしていましたし、勤務時間終了後も教室で、生徒の隣で自分も勉強をしました。生徒からすると1人の受験生として、フラットに見てくれていたんだろうなという気がします。生徒ひとりひとりがものすごく勉強を頑張って、大きな成果をあげました。この経験から学んだのは、教育の質をあげるシンプルな方法は、教員が挑戦する姿を見せることだということです。点数があがらずに苦労しながら、それでも目の前の大人が勉強していれば、生徒も勉強します。

平井先生:子供たちもガチガチのマインドセットで、これまでの小中高の先生方と、親たちの枠の中で生活しているから、それを壊してくれるような大人との出会いが今までなかったと思うんですよ。そこに自分たちの今までの概念を崩してくれるような大人として、田原先生が新しいロールモデルを示してくれたんですね。

校長になって教育の成功モデルを広げたい



平井先生:今はどのような勉強をされているのですか。

田原先生:コロンビア教育大学院は、ティーチャーズカレッジと呼ばれる大学院です。プログラムが100個くらいあり、世界中から約5,000人の学生が集まって学んでいます。私が履修しているのは、学校を変えるスクールリーダーを育てるためのプログラムです。たとえば教育の選択肢の考え方とか、政策や交渉、ファイナンス等、学校の変え方を多方向から学んでいます。学校の変え方を理論として学びながら、実際にニューヨークの学校と毎週オンラインでミーティングを行い、コンサルティングをしています。授業に加えて、「JISE(Japan Interdisciplinary Scholars for Education)」という学生団体を立ち上げました。ここには、ビジネス、法律、政策等さまざまな専門の学生が集まり、教育テーマについてディスカッションする勉強会を企画しています。また、教育を学ぶ海外大生とのコミュニティーもつくりました。ハーバードやスタンフォード等、さまざまな大学で教育を学ぶ学生との勉強会です。これらの活動をしている意図は、ネットワークの形成です。教育改革はソーシャルイノベーションなので、1人の力ではどうしようもありません。いつか彼らと日本で大きな動きをつくることにつながればなと思っています。

JISEでのディスカッションのようす


平井先生:日本の教育では学校の組織論やマネジメント等は習いませんね。マネジメント教育を受けないまま教員として過ごし、双六のようにあがり校長先生になるのはどうなのかと思います。

たとえば茨城県は高校校長を民間公募したんですが、そうやってオープンにすると、企業のマネジメントをやってきたような良い人材が来る。その人たちが核になって、必要な位置に人員を配属すれば学校が変わるんじゃないかな。田原先生は日本に帰ってきてから今の学びをどう生かす予定ですか。

田原先生:いずれは校長になりたいと思っています。校長になって、教育長になって、地域から教育を変えたいです。アメリカをはじめ海外では、修士号をとったのち、若くして管理職になるケースが珍しくありません。彼らが新しい教育実践を始める火種になります。日本でも、もっと柔軟に校長になれると良いなと思っています。教員は新たなヒーローであると同時に、子供たちをヒーローに育て上げていく人です。学校を変えるようなマインドやグローバルな視点を、彼らが身に付ける研修をしていきたいです。そういう研修プログラムを形にして全国的にやっていかないといけないと思います。

平井先生:そういう制度を作っていくのも現場を変えていくのも両方必要だけど、それに適した人材が少ないのが今の日本教育の弱点なんでしょうね。そのへんを今経済産業省や文部科学省の事業でやっていて、日本教育を制度的にも大きく変えなければならない時期に来ていると感じます。そういったところで、田原先生の役割はすごく大きなものになると思う。私立学校でも成功モデルを広めていく動きが出てきていて、日本の学校はこれから変わっていけると思いますね。

常にできることに挑戦し続け、道を切り開く



 日本のガチガチなマインドセットの教育現場を飛び出し、世界視野で柔軟に教育を考え、「学校を変えよう」としている田原先生。既定の安定路線を降りて、大人になってからも挑戦をし続ける姿は、一緒に受験勉強をしていた生徒にも勇気と希望を与え、人生の楽しみ方を示していたのではないだろうか。できないからと諦めずに、今やれることをやりながら、さらに新しい教育を切り拓いていく田原先生の挑戦が日本教育に穴を開け、うねりを生む日が待ち遠しい。

平井聡一郎


情報通信総合研究所 特別研究員。元・教育委員会 指導主事。小学校、中学校の教諭、管理職22年間と指導主事11年間の経験を経て、2017年より現職。古河市教育委員会で3年間にわたり、全国初のセルラーモデルiPad導入、クラウド活用、エバンジェリスト制度というリーダー教員育成システム等、先導的な教育 ICT 環境構築に取り組んでいる。
《羽田美里》
羽田美里

羽田美里

執筆歴約20年。様々な媒体で旅行や住宅、金融など幅広く執筆してきましたが、現在は農業をメインに、時々教育について書いています。農も教育も国の基であり、携わる人々に心からの敬意と感謝を抱きつつ、人々の思いが伝わる記事を届けたいと思っています。趣味は保・小・中・高と15年目のPTAと、哲学対話。

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