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平井聡一郎先生と語る、教室の今と近未来<11>関東第一高校 田中善将先生…生成AIで自主的な学びと業務効率化

 本企画では、教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわる平井聡一郎先生と、教育現場で奮闘する先生との対談から、変わりゆく教室の今と未来を見ていく。第11回目の対談は、ChatGPTを用いた授業を展開している田中善将先生と、オンラインで開催された。

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平井聡一郎先生と語る、教室の今と近未来<11>関東第一高校 田中善将先生…生成AIで自主的な学びと業務効率化
  • 平井聡一郎先生と語る、教室の今と近未来<11>関東第一高校 田中善将先生…生成AIで自主的な学びと業務効率化

 今年教育業界を大きくにぎわせているトピックのひとつに「生成AI」がある。ChatGPTの台頭をはじめ、テキストや画像、動画などを高いクオリティでアウトプットする生成AIの登場は、社会に大きなインパクトを与えており、生成AIの教育への利活用について、「ChatCPTで課題を解いたら創造性が失われる」など否定的な論調も多い。しかし、文部科学省は2023年7月4日、小中高を対象とした「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を発表。国として「一律禁止ではなく、徐々に使いながら使いこなすための力を育んでいく」方向性を示した。では今後、生成AIを教育現場でどのように活用していけば良いのだろうか。

 本企画では、小中学校教諭・校長・教育委員会指導主事として長年活躍し、今は教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわり、前述の文部科学省が発表した「ガイドライン」取りまとめにも携わった平井聡一郎先生と、教育現場で日々奮闘する先生との対談から、変わりゆく教室の今と未来を見ていく。現場の先生から授業にまつわる取組みや思いを聞き、今後の教室を展望するヒントを得たい。今回の対談は、教育ICT活用推進事業を手掛けるスクールエージェントの代表取締役を務め、関東第一高校の情報科教員としてChatGPTを用いた授業を展開している田中善将先生と、オンラインで開催された。

田中善将先生

 東京学芸大学教育学部卒業。高校教員を経て、バングラデシュで貧困層向けの小中一貫校を設立。帰国後は教員をしながら、2018年に教育ICTを支援するスクールエージェントを創設した。現在は、現役の教師として授業をしながら教育ICTコンサルタント、学校DX戦略アドバイザー(生成AI)としても活動している。

前向きに使うことを示した文科省ガイドライン

平井先生:文部科学省が通知したガイドラインについて、どう受け止めましたか。あのガイドラインは「前向きに、気を付けながら使っていこう」という内容だったものの、翌日の新聞を読み比べたら、各紙の書き方がかなり違いました。否定的な印象を与えるような表現の新聞もあれば、バランスよく書いている紙面もあって、これから使おうとしている先生が否定的な報道を目にしてしまったら、使う気がなくなってしまうのではと思いました。

田中先生:今回のガイドラインは、「ポジティブに使っていきましょう」ということを伝えたい内容だと思います。

 気を付けるポイントとしては「個人情報が入らないようにしよう」「プライバシーに気を付けよう」「出てくる表現を吟味する」だったのにも関わらず、「難解なのでは」と誤解してしまった方もいたと思います。

 僕はChatGPTの本質は「自己複製」だと思っていて、自分と同じ脳みそを複製・外部化して、同じような仕事をしてくれるように指示できるわけですね。枝葉の手段から入るよりも、「自己複製という概念で業務が簡単になる」というゴールの具体例が示されれば、後は各学校でそれぞれのビジョンに合わせて利用していけるのではないかと思います。もっと具体的にいうと、「自己複製できるような指示の出し方」や、「どう自己複製したらChatGPTが先生の代わりになるのか」などを何パターンか示してあげるとわかりやすい。そうした明確なゴールに落とし込んでいくのが今後の課題だと思いますね。

自己複製により作業自動化、やりたいことに集中できる

平井先生:なるほど。自分と同じ考えを外にコピーして、並列処理でどんどん作業を進めてくれる。もちろんそれには、活用する側も適切なプロンプト(指示文)を書かなければならない。「自分がたくさんいて、一緒に考えてくれる存在である」のが生成AIの特性だと捉えて良いでしょうか。

田中先生:そうですね。自己複製をしようとする過程で自分の考えが見えてきて、AIに対する壁打ちができるようになる。検索と混同しがちなのですが、生成AIは「情報を具体化」する検索とは逆で、具体化した情報の中から価値観に合わせて抽出もしてくれるし、流れにそってフレームワークにもしてくれる。自分の価値観や仕事のやり方をコピーしていけるイメージで、それが本質だと思います。

平井先生:どうしても皆使い方など浅い枝葉の部分で議論しがちだけど、生成AIの本質はそこにある。今回のガイドラインは暫定版であり、ChatGPTと一緒に進化して行くべきだと考えています。

田中先生:おっしゃるとおりで、そもそも教科書も全部そうだと思います。もはや紙では追いつけないし、AIの成長速度に対して人間ははるかに緩やかで、差が開いていくばかりであることを前提に、教科書を設計し直す必要がありますよね。オンラインで最新のものを端末から見る、というような形になるのではないでしょうか。

平井先生:教科書も転換期にありますね。高校1年の情報Iに代表されますが、法律だけでなく、紙の教科書がテクノロジーの進化についていけなくなっている。教科書の検定制度そのものが変わらなければいけないし、根本的な解決が迫られている。生成AIの登場による変化に、行政にはいかに早く対応できるかが問われますね。

評価においてもAIと人で適材適所の分担を

平井先生:もうひとつ、ChatGPTに関して皆さん迷うのが評価の部分。生成AIを活用した成果物に対して、いかに評価するのか。

田中先生:教師側の安心材料として、「プロセスが保存できるようになっている」ことがあると思います。つまり、ChatGPTもほかのLLM(大規模言語モデル)も、生成した履歴がちゃんと見られて、どんな会話をやり取りしたのかをリンクで共有できるようになっている。それを踏まえて試験や課題の最終的な出し方を変える必要があると思うんです。「LLMを使ってOK」という前提にしたうえで、プロンプトをリンクで共有しなさいとする。「ChatGPTだけで利用した部分」はリンクで共有して、テストで評価する部分は「紙で書かせる」とか、コピペができない状況を作ってから課題を出すとか。逆に、「人による改変は禁止、ChatGPTのみで小論文を書け」というやり方もできますね。

平井先生:リンクをたどれば、どんな指示を出したのかというプロンプト自体のレベルが見えてきますね。生成の履歴を見ることで、どんな学びをしてきたかを評価する。これも評価のひとつの回答ですが、ちょっと大変そうですね。

田中先生:それなら生徒の生成の過程について、今度は先生のChatGPTで「以上の流れを思考力・表現力・判断力をこんな基準で評価して」とやると、さっと評価してくれますよ。これをやると「ChatGPTはブレることもあるんじゃないか」という声が出るんですけど、そもそも人の評価はブレていないのか。教員の評価も必ず主観が入るし、表を用いて測定するルーブリックも、客観評価ができると言いつつも、レベルの境目は人の主観なんです。

 なので、評価においてもAIと人間で適材適所の分担をして、ABCを付けるといった一律の評価はデジタルで出して、先生方は成果物に対して褒めたりアドバイスするといった具体的なフィードバックに注力するほうが良いと思うんですね。

平井先生:確かにChatGPTのほうがある程度客観的な評価につながるかもしれないですね。先生たちが活用に慣れてくるとか、ChatGPTがまた進化するといった動きに合わせてガイドラインも改訂しないといけないし、モデル校的なところでどんどん実践を重ねていく必要がありますね。

田中先生:先ほどの話の続きで「評価をChatGPTで行う」とすると、ブレを小さくする工夫が必要になります。そこで、6月のアップデートで追加されたChatGPTの新機能「Function calling」が役に立ちます。これで、関数をあらかじめ決めておくと指示をした際にその関数に立ち返ったふるまいを手軽にできるようになったんですね。

 だから、ルーブリックを関数で決めておくと、ルーブリックに立ち返った評価やフィードバックができるようになり、ブレにくくなる。つまり、プロンプトだけでなくある程度プログラミングで制御するという考え方もミックスしておくと、LLMが精度よい反応を返すようになったんですね。こういうことを試していくモデル校は間違いなく必要ですし、そこにはこうした技術的なこともしっかりわかっている先生がいないといけない。

 生成AIの教育活用を進めるにあたっての大きなテーマである、「授業の活用」「業務改善」「評価」。これらをモデル校で具体化して、学校教育にもそのプロンプトを落とし込んでいくと、無料のAIでもできることがたくさんあると思います。

生徒は体験を通して適切なプロンプトや情報取捨を学ぶ

平井先生:そのとおりですね。無料のChatGPTでもかなりのことができるし、多くは表面的なところの活用で止まっているので、「ここまでできるんだ」というところを示して、取組みを広げていくことが大事になりますね。

 では具体的に、田中先生が進めているChatGPTの授業活用事例も教えてください。

田中先生:高校1年の情報科で進めているChatGPTの授業活用について「GhatGPTを使い始めるとき」と「慣れてきたとき」の2つの事例を紹介します。

 使い始めるとき子供たちは「検索と同じように使う」のです。知識を得るためだけに使い、それをそのままコピペしてしまう。そこで、僕は「修正せず、ChatGPTのみで書いてください」という課題を出しました。この課題に何度もトライ&エラーをしていく中で、「プロンプトの書き方でどう変わっていくのか」を体験しながら学んでいく。注文することを覚え始める段階においては、「ChatGPTだけで何か課題をさせる」というのが非常に有効かつ安心であると感じました。子供たちは慣れないときはコピペばかりしてしまうので、コピペをしても大丈夫な、安心な空間を作ったうえで、プロンプトによる挙動の違いをひとつひとつ見ていく。

 次に、英語でやり取りしてから成果物を日本語訳したものと、日本語で直接出した成果物の違いを比べる授業をやりました。そうしたら英語で出したものを日本語訳したほうが充実しているんですよ。本当に全然違うものが返ってきます。「言語モデルってやっぱり英語のほうがたくさん学習されていて、多様な情報を含みやすくなってるんだな」ということを最初に勉強するわけです。

平井先生:子供たちの反応はどうでしたか。

田中先生:非常に面白いのが、ChatGPTと一緒に学ぶというだけで、授業がおおいに盛り上がるんですよ。子供たちはとても触りたいし、ChatGPTの挙動もとても良いので、どんどん加熱していく。

平井先生:なるほど。それがChatGPTに慣れてくるとどう変わるんでしょうか。

田中先生:慣れてくると、たとえばプレゼンテーションをする情報の授業で「壁打ち」に使っています。プレゼンをブラッシュアップするために、途中の段階でお互いのプレゼンを見てフィードバックし合うのですが、ここにひと手間かけて、発表前にChatGPTに投げてみるんです。

 まずプレゼンがうまい人の動画を見て、その感想をクラス全員から集めてChatGPTで要約すると、プレゼンがうまい人の要素が集まりますよね。それをベースの観点としつつ、生徒がそれぞれプレゼンをした録音データをテキスト化して、一緒にChatGPTに投げて、評価してもらうんです。

 すると、ChatGPTが「こういう流れにしてはどうですか?」などと提案をしてくるのですが、生徒が慣れてくるとその提案を鵜呑みにしないんです。

 つまり、大人が勝手に「コピペばかりするように育つのでは」と懸念していたけど、子供たちはそうはならない。ChatGPTが出す解答が必ず良いとは限らないことを自分たちで学んでいるんですね。完璧な答えは出てこないので、7割の精度でも良いとして叩き台を出してもらう。7割の精度から、ChatGPTの提案について「ここは採用するけど、ここは不採用」と判断していき、僕1人が生徒40人を対象に手間暇かけてフィードバックするより、はるかに短い時間で改善・テコ入れできているんです。

先生もプロンプトエンジニアリングを学ぶべき

平井先生:僕自身も、今はひたすら壁打ちしています。壁打ちする中で、自分の考えを整理したり、プロンプトにいろいろな考えを入れたり、今後の授業でも良い使い道になりそうだというのは非常に感じていますね。すぐに完成形を求めようとするのではなく、7割で良いとするのも良い考え方ですね。

 ChatGPTによる完璧ではない回答はどんどんアウトプットされていきますが、その真偽はどう見極めていくべきでしょうか。

田中先生:これはそもそもChatGPTを使う前の段階で真偽を見極める力をもっていたのか? というのが大きな前提ですね。GIGAスクールによって、ネットを使うようになりましたが、そこに書かれていることが本当に正しいのかという吟味はおそらくしていない。

 ChatGPTは適当なことを返してしまうハルシネーションが問題だから、真偽を見極める能力が重要、とみんな言いますけど、そもそも前からやっていなかったんです。

 なので、重要なのは真偽を判断する力よりもどんな論拠からそうなっているのか、論拠を調べる・紐づけるくらいまでで良いのではと思います。上手に使いこなすために必要なのは何かというと、ひたすら論拠を明確に、プロンプトを書くことだと思うんですね。今うちの学校では探究の授業でもChatGPTを使い始めていますけど、探究はまったく専門外の担任の先生が担当することも多いので、そこは迷わずChatGPTに聞く。その判断材料は何だったのかネットでも調べる。多方面に調べていくのが探究の面白いところで、先生は教えないことが重要だと思います。

平井先生:逆に授業で使っていくうえでの課題はどこにあると思いますか。

田中先生:課題は明らかで、先生方がなるべく早いうちにプロンプトエンジニアリングを学ぶということ。それと、「思い切って投げる」ということですね。回答の精度が低いから、つい先生が解説したくなるけど、子供たちが正解にたどり着く経験を摘んでいることにもなるんです。先生が1度だけ解説する授業と、生徒が自ら何回もやりとりした授業では理解の質が違うんですね。先生も保護者も、体験の中で学ばせるマインドをもってほしいと思います。

平井先生:なるほど。先生方が意識を変えて、子供たちに学びを委ねることになる。子供のより主題的な学びが大事になってくるので、新しい授業デザインの力が求められますね。

 最後に、今後のAIの活用についてどうお考えですか。

田中先生:2つシナリオがあって、ChatGPTが今後劣化していくケース。これはAIが生成した精度が悪いものをAI自身が学習データに取り入れ始めたからで、今後GPTが発展していかないときにどうするかは、プロンプトエンジニアリングを身に付けることで、指示を明確にして主張を担保し、パフォーマンスを保つこと。もうひとつは、研究が進んでGPTの劣化が止まるケース。これはしっかり自己複製をして、知識技能をストリーミングできる時代になることを前提にそれをくみ上げる力を磨いていく。

平井先生:そうなったときに、何がしたいかという主体性は必ず必要になるから、それは今の学習制度が目指している学びそのものですね。AIの登場によって、自分がやりたいことにとことん注力できる環境を整えてくれるツールを手に入れたのだから、子供たちの未来をひらくためのツールとして、先生方もAIをうまく学校教育の中で生かしていくことが大事になると思いました。ありがとうございました。

生成AIがもたらす自主的で新しい学びと業務効率化

 生成AIによってもたらされる、新しい形の授業と学びを示してくれた対談だった。ChatGPTによりおおいに盛りあがり、生徒がみな自主的にいきいきと興味のあることを調べる授業は、それだけでもやってみる価値があるのではないだろうか。新しい未知なる技術と対峙するときに感じる躊躇は、まずは試していくことで払拭できる。生徒とともに試しながら学んでいき、使いこなせるようになったとき、生成AIは頼もしいパートナーとして授業活用・業務改善・評価においておおきな価値をもたらしてくれるだろう。

平井聡一郎


合同会社未来教育デザイン代表社員。元・教育委員会 指導主事。小学校、中学校の教諭、管理職22年間と指導主事11年間の経験を経て、2017年より現職。古河市教育委員会で3年間にわたり、全国初のセルラーモデルiPad導入、クラウド活用、エバンジェリスト制度というリーダー教員育成システム等、先導的な教育 ICT 環境構築に取り組んでいる。
《羽田美里》

羽田美里

執筆歴約20年。様々な媒体で旅行や住宅、金融など幅広く執筆してきましたが、現在は農業をメインに、時々教育について書いています。農も教育も国の基であり、携わる人々に心からの敬意と感謝を抱きつつ、人々の思いが伝わる記事を届けたいと思っています。趣味は保・小・中・高と15年目のPTAと、哲学対話。

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