本企画では、教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわる平井聡一郎先生と、教育委員会で奮闘する担当者の方との対談から、自治体の教育ICTの取組みを探る。第4回目の対談は、日本一大きな基礎自治体であり、市内に約500校もの小中学校を配する神奈川県横浜市の教育委員会から教育政策推進課長 佐藤悠樹氏、同課指導主事 河瀬靖英氏、小中学校企画課情報教育担当係長 奥村未緒氏を迎え、オンラインで開催された。
横浜市は、26万人以上もの児童・生徒のビッグデータを有する等、教育DX推進都市として大きなポテンシャルをもつ。現在、最先端のICTを駆使しながら教育に関する調査・研究・開発や人材育成等を行う新たな教育センター「(仮称)スマート教育センター」を整備しており、作成中の第4期横浜市教育振興基本計画(2022年度~2025年度)でも、同センターを教育DXのハブとして機能させ、DX戦略に基づき「教育を科学」することで、子供の学びの質の向上を目指す「横浜教育DX」を進めるとしている。
今回は、市内発の教育ベンチャーであるLoiLoとの連携や、ICT活用状況の違いに対する対応、働き方改革について等、横浜市のICT教育や教育DXの取組みについて対話した。
目的に応じて小学校はiPad、中学校はChromebookを整備
平井先生:横浜市はICT活用が大分進んできたと感じています。まずは市のICT環境の現状の全般について聞かせてください。
佐藤氏:端末については、小学校はiPad、中学校はChromebookを整備しています。ネットワーク環境に関しては、学校とデータセンター間の通信回線の帯域保証を進めており、2022年度に全区間が帯域保証できる見込みです。
平井先生:ネットワーク環境については、繋がらない自治体が多くて国も対策を打ち出していますが、横浜市は帯域保証の形で繋がる環境を整備する等、状況に応じて進めているのですね。端末について、小学校でiPad、中学校でChromebookにしている理由は何でしょうか。
佐藤氏:端末導入については、多様な観点から検討しました。小学校は持ち運びやすさ、写真・動画の編集のしやすさ、起動の速さ、タッチパネルの操作性の良さ等が大切だという認識でiPadを選定しました。iPadにはロジクールのキーボード付きカバーを合わせて導入し、小学校高学年になるとそれを使ってキーボード入力を学んでいます。中学校はタイピングやマルチウインドウ機能の活用場面が多く想定されるため、Chromebookを導入しました。
平井先生:小学校でどんな授業で活用されるかを踏まえてiPadを選んだのですね。今後は、端末も学校の活用の仕方もどんどん進化していきますから、その都度見直しが必要ですね。また、キーボードの入力は鉛筆の持ち方と同じように習得が鉄則だと思いますので、素晴らしい取組みだと思います。
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市内ベンチャーのLoiLoと提携、活用の幅広がる
佐藤氏:横浜市発のベンチャーでもあるLoiLoと連携協定を結んで、児童生徒が現在ロイロノート・スクールで1人1アカウントを使っています。横浜市ではロイロノート・スクールとGoogle for Educationの2つのソフトがICTを活用した教育の基盤です。実際の活用状況については、小学校のほうが授業での活用が進んでいる一方で、中学校ではタイピングは実施していても、対話的な授業での活用等は進んでいない傾向でしたので、学校の活用状況に差があるという課題認識のもとで、各校に活用状況を聞いて支援にあたっています。
平井先生:ロイロノート・スクールとGoogle for Educationをうまく組みあわせている点が素晴らしいですね。これらについて、たとえば両方を併用する等の活用法のイメージはありますか。
河瀬氏:小学校では先生方がロイロノート・スクールで学習カードを作ったり、動画を利用して授業を進めたり、思考ツールで子供達の意見を集約したりと、活用の幅が広がっています。一方の中学校では、ChromebookとGoogle for Educationとの親和性が高いので、Google Classroomを活用して意見を集約する等の活用が行われています。
ただ、学校の中でも先生や教科によって差がある点が課題です。また、小学校ではロイロノート・スクールを多用していたのに、中学校では急に使わなくなってしまう、ということをよく聞きます。お互いの使い勝手の良さを発揮しながら移行を進めなければと感じています。
活用の差を埋めるため課題抱える学校に個別対応
平井先生:自治体間、学校間、先生間の差をどう埋めていきますか。
佐藤氏:ICT活用の実態を調べるために、まず2022年春に本市独自の全校アンケートをとりました。その結果、活用が進んでいる先進校が全体の約13%、複数の課題に直面している学校が約6%、その間がボリュームゾーンとわかりました。それを踏まえ、6%の複数の課題に直面している学校に対して個別に聞き取りを行い、課題も把握したうえでオーダーメイドの支援を進めています。2022年度内に授業での最低限の活用や校務活用等をできるようにしようという共通の目標をもって進めています。
その他のボリュームゾーンは引き続き全体的な研修を活用してもらうのと、プロジェクター等オンライン授業を促進するための具体的な機器の整備を行い、先進校における良い取組みについては横展開を進めていくという形で、3層に対する働きかけを行っています。
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各校でICT化進める「ICTコーディネーター」を育成
平井先生:きちんとアセスメントを取ったうえで、診察から診断、治療という医療機関のような形でしっかり個別対応ができているんですね。研修体制についてはいかがですか。
奥村氏:学校内でICT活用のマネジメントができる教員「ICTコーディネーター」を育てる取組みを進めています。また、各校にICT支援員を派遣して、ICT活用に課題を感じている先生の支援も進めています。集合研修に来られない学校には訪問型で研修したり、ICT活用に課題を感じている先生にはマンツーマン研修も行ったりすることで、底上げを図っています。Google、LoiLo、Appleの各社もかなり協力的で、企業と連携した集合研修も多数開催しています。
平井先生:学校の中でICT活用を進めていく中心人物となる先生を育てているのですね。さらにICT支援員がタッグを組んで、課題を感じている先生向けに丁寧にサポートされている。ICT支援員は密に学校に行っていますから、支援員から得られる情報は大きいですよね。
他方で、デジタル化は授業だけでなく校務にも影響してきます。横浜市の働き方改革についてはどうですか。
ICTの働き方改革で子供と向きあう時間を生み出す
佐藤氏:国立教育政策研究所が市内で行った調査で「授業準備にICTを活用している頻度の高い教員のほうが、児童生徒と向きあう時間の確保がよくできている割合が大きい」というデータが出ました。このデータをもとに、校務におけるICT活用は、まず何よりも「子供たちと向きあう時間を生み出すために有効なツールである」ということ、そして働き方改革にも効果があるということを、各学校に伝えていきました。
市内500校すべてにICT活用をすぐに浸透させるのは難しいものの、ある程度浸透してきたきっかけは、コロナ禍での出欠連絡や健康観察です。横浜市は2021年9月の分散登校の際に、教育委員会が旗を振ってオンライン出欠連絡・健康観察に切り替えました。
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学校が自ら考え独自の教育課程を編成してほしい
平井先生:一部の小学校で取り入れている午前5時間制(午前中に1単位40分の授業を5コマ実施することで下校時間を早める取組み)はいかがですか。
佐藤氏:取り組んでいる学校からは非常に好評ですし、関心を持ってくださる学校も増えているとは思いますが、必ずしも全校で40分×午前5時間をやってほしいと考えているわけではありません。いちばん大事なことは、学校が自校の状況を踏まえて、主体的に教育課程を編成することです。
一方で、大胆に教育課程を編成するとなると、各学校ではこれまでの慣習から「できない」「本当に大丈夫か」となってしまいがちですので、教育委員会から「予備時数は必要最低限」で良い旨を明記した通知を発出し、その中の一例として40分×午前5時間の実践を紹介しました。一校一校の主体的な判断の積み重ねにより、結果的に40分×午前5時間が増えるのは良いのですが、学校の状況を踏まえて、教職員一丸となって考えてもらうのが何より大切だと思っています。
平井先生:校務改革を含めて、学校が自分たちで考えて作ることがポイントですね。学校はどうしても安全安心を求めてしまい、市に決めてほしいとなりますが、そうした体質を変えなければならない。ある意味自治権を与えるようなもので、学校ごとに自分たちで考えて作るという意識をもって進めてほしいというのが横浜市の大きな願いなのですね。
最後に、現在の課題と今後の展望や希望についてお願いします。
データを用いて、より確かな子供の理解と学びの充実を
佐藤氏:今後を考えると、1つは教育EBPM(エビデンスに基づく政策立案)やデータ活用ということについて、教育委員会だけでなく、学校単位でも意識を根付かせていきたいと思っています。具体例をあげると、市の学力・学習状況調査をIRT(項目反応理論。問題への回答状況から問題の精度や難易度、受験生の能力等を推定する理論)型に全面改訂して、子供ひとりひとりの学力の経年での伸びを把握できるようにしました。ただ、これについての学校現場の理解・浸透はまだまだこれからです。また、学級の経営状況を判断する一助としても活用できるY-Pアセスメントというツールがあり、ひとりひとりの自尊感情等を通じて集団や個の社会的スキル育成状況を把握するためのものです。横浜市はこうしたツールは充実しているものの、使いこなせていない学校も少なくないという課題があります。
今の時代は、先生が培ってきた経験と勘という財産だけではなく、それにデータを掛けあわせることで、より確かな子供の理解やひとりひとりを大切にした学びの充実を実現していくことが求められます。GIGAスクール構想や教育DXが、先生方が日常的に子供と接する中での教育実践にも使えるものであるということを、IRT型学力調査等を通じて発信し、教育DXとして現在策定中の第4期横浜市教育振興基本計画に位置づけて学校現場への浸透を図っていきたいと思います。
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平井先生:DXは単なるデジタル化ではなく、デジタル化を通した学校そのものの改革であるということですね。そのためには、いろいろな数値をデータ化するアセスメントが必要で、それによって自分の学校の課題を明確にし、各学校が自ら考え、自分ごととして自主的に改革を進めていく。そして、横浜市が各校のそうした取組みをしっかりとシステムとして支えていると感じました。これは他の自治体でも、大小に関わらずできることですので、ぜひ広く伝えていきたいと思います。
各校の自治・改革をシステムでバックアップしICT活用を促す
人口377万人を抱える大都市であり、500を超える学校があるゆえに、各校の違いが浮き彫りとなった横浜市は、そうした実態をまずデータで捉え、課題に沿った対応を行い、きめ細やかな底上げを図ろうとしている。また、教育DXの推進により、各校が課題を捉え、自ら考え、改革し、それぞれの教育を作り出していく自治をシステムからバックアップする方針でもある。学校が自ら考えICT活用に取り組む改革を支援する横浜市の取組みは、多くの自治体で参考になりそうだ。