学校の学びを根本的に変える可能性のあるGIGAスクール構想。児童生徒1人1台の情報端末整備はほぼ全国の小中学校で達成しているが、その利活用の段階には大きな差が出始めている。そんな中、群馬県下仁田町は約人口7,000人、小・中学校1校ずつという小さな自治体ながら、ICTを取り入れた新しい学校教育の形を体現している。全国でも先進事例として注目される同自治体のICT教育はどのように導入され、浸透していったのか。後編となる今回は、教員の働き方改革と「アンラーン」の重要性、そして今後の課題について聞いた。
※下仁田小学校:全校児童数135名、全8クラス 下仁田中学校:全校生徒数75名、全5クラス(2022年5月1日時点)
「平井先生×下仁田町教育委員会 佐藤氏 対談企画」
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下仁田町教育委員会 事務局 学校教育係 係長 佐藤 敦保氏
2016度より下仁田町教育委員会にて教育ICT特別担当に従事。下仁田町のICT教育導入の立役者として、GIGAスクール構想に先行して教育ICTの導入・活用に取り組んできた。
ICTを活用した教職員の働き方改革
平井先生:ここまで、授業でのICT活用やプログラミング教育について伺ってきました。授業以外でのICT端末の活用事例はありますか。
佐藤氏:校務においても大きな変化が見られます。中学校では職員会議の資料はすべてGoogleドキュメントやGoogleスプレッドシートで作成し、Googleドライブで共有するようになりました。ペーパーレスになり、共有した資料の修正もその場で行えるので、議事録も効率的にとることができます。このような小さなことの積み重ねが先生方の働き方改革にもつながっていると思います。
さらに、授業の振り返りにもスプレッドシートを活用することで、クラス全体の課題や達成度を横軸で見ることができますし、子供ひとりひとりの成長過程を縦軸で見ることもできるようになりました。経年での子供の成長を振り返ることが紙では難しかったのが、スプレッドシートに溜めていくことで容易になりました。
最近お話しした下仁田中学校の教頭先生が「他の学校も(デジタル化)すれば便利になるのに」とおっしゃっていたことが印象的でした。さまざまな場面でICTを活用し、校務の省力化を実感したうえでの本音だと思います。
平井先生:先生の仕事の中で、デジタル化することで効率的に仕事ができるようになる部分は大きいと考えています。コンピュータで処理できることはコンピュータに任せることで、より本質的な学びのほうに時間を使うことができますからね。その意味で、ICT化しないことは、一種のサボりだと思うのです。昔のやり方に固執しないことが大切ですよね。デジタル化できる環境が整っているのだから、使わない手はないと思います。
教育のデジタル化に必要不可欠な「アンラーン」の姿勢
平井先生:私が研修やセミナーで最近よく使うのが「アンラーン(Unlearn)」という言葉です。アンラーンとは、今まで学んできたことを一度ゼロに戻し、学び直すことで自分の知らない新しい知識を身につけることです。デジタル化社会になり、パラダイムシフトが実際に起こっていることを、もっと認識してほしいですね。
佐藤氏:元のやり方で大きな問題も起こっていないのに、なぜ変えなければならないんだろうという思考が、教育現場のデジタル化を阻んでいると思います。
先生方は「授業は自分を介さなければ」という意識が強く、「先生が教壇で話すのが授業だ」というパラダイムをもっている方が多いのかもしれません。ICTが効果的に使われている授業では、子供たちが自分で学んでいき、先生はそのような場面を作るために、発問、課題設定、評価等を工夫して「仕掛け」を作り、あとは裏方に回っていることが多いですが、それに慣れていないのでしょう。
平井先生:下仁田町は、教育委員会が主導して環境を整え、研修も毎年定期的に実施することで、少しずつ変わっていきましたね。やはり、少しずつしか変わっていかないということは、そこに先生たちの葛藤があるのでしょう。
佐藤氏:下仁田中学校で、こんなことがありました。ICTを使った反転学習の形で数学の授業を実施した際、生徒が事前に考えてきたことをもとに話しあうという授業だったのですが、「それは私たちが話しあうことではなく、先生が教えることなのではないか」と素朴につぶやいた生徒がいたのです。意識改革は、先生だけの問題ではなく、生徒や保護者含め、みな必要なのだと痛感しました。
平井先生:自分から学ぶということに慣れていない、これこそが教育改革を阻害している、もっとも根深い課題かもしれませんね。染みついている習慣からの脱却は、どんな人でも不安を感じます。その不安を払しょくするようなコミュニケーションをとっていくことが大切ですね。
佐藤氏:ICTを効果的に使うことによって学習が変わる未来像を、教職員だけでなく、生徒や保護者を含め、関係者みんなで共有していく必要があると感じています。
平井先生:意外と伝わっていないんですよね。そもそもGIGAスクール構想や学習指導要領の改定内容、その意義を理解していない保護者の方はいると思いますよ。そこを丁寧に根気強く伝えていくことは、今後も続けていく必要がありますね。

自治体を越えてICT教育を根付かせるためには
平井先生:コロナ禍が後押しとなり、予定よりも早くGIGAスクール構想が進んでいます。これからどのような授業を実施していくか悩んでいる学校も多いかもしれません。先行している下仁田町の今後の課題は何でしょう。
佐藤氏:先生の異動があるため、ICTをなぜ使うのかの理解度については常に気を配りたいと思っています。やはり、デジタル端末を小手先で使い、「ICT教育っぽく」するだけでは意味がありません。ICTを授業に効果的に取り入れることを通じて、どのような学びを目指し、授業自体をどのような方向へ変えていくのか、というゴールを共有することが大切だと痛感しています。
平井先生:子供たちの力がしっかり伸びることが大切で、そのやり方としてICT教育が有効なのだと皆の意見を一致させることができれば良いですよね。先生の異動は下仁田町としては痛いけれど、一方で下仁田町の筋の通ったICT教育への考えや手法が他の自治体に伝播するという面では、異動も良いことだと思います。
佐藤氏:確かに、下仁田町から異動した先生が、次の学校でもICT教育の中心メンバーとして活躍しているという話はよく聞きます。
ハード面で言えば、他の自治体よりも先に機器の更新の時期がきます。町の予算を使っていくことになるので、議員の方や地域の方へご理解頂けるよう、より一層情報発信に力を入れていく必要があると考えています。
ありがたいことに、現状でも予想以上にICT教育へのご理解を頂いています。下仁田町のICT教育が先行しているということで、一定の評価を得られています。
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平井先生:地域全体の方にわかってもらえるように、情報発信をしてアピールすることは大切ですよね。
GIGAスクール構想で全国的にICT環境が整い、ICT教育が上手くいっている自治体と、そうでないところと、さらに差が出てくるフェーズに入りました。そうすると、運用方法や、そもそも授業のコンセプトに問題があるかもしれないのに、「ICT教育を取り入れたことで、授業の質が落ちた」という論調になる可能性があります。そんなときに、下仁田町のような成功事例がたくさん発信されていることが、とても大切になってきます。先生や保護者、地域の方々がICT教育の真髄を理解することこそ、ICT教育が根付くためにもっとも必要なことだと思います。
佐藤氏:異動してくる先生方は、「下仁田町はICT教育を積極的に推進している自治体だ」という認識をもって、赴任してくることがほとんどです。ICT教育への強い懸念を示されることがなく、これもICT教育が根付いていると言えるエピソードかもしれませんね。
平井先生:ICT教育を根付かせるためには、組織の中でリーダーとなれる存在が必要不可欠です。学校内でICTのリーダーとして引っ張ってくれていた先生が異動してしまったらまたゼロに戻るような体制では根付きません。
そんな中で有効だと思うのが、ICT教育の環境を整えることができる人を毎年数人ずつ育て続けるということです。毎年欠かさず育てていけば、異動していった先でも波及効果が見込めます。ICT教育のリーダーになれる人材を下仁田町から周辺自治体へ派遣していくイメージですね。
佐藤氏:そうですね、昨年は下仁田町ではGoogle for Education 認定教育者プログラムの認定を中学校で4人、小学校で3人の先生が取得しました。今後も町として継続的に指導者を育てていこうと思っています。それが下仁田町はもちろんのこと、群馬県全体の子供たちの学びに繋がっていくと考えています。
子供たちに、より良い教育を、下仁田町から
小さな自治体ながら、早い段階でICT教育やプログラミング教育の環境を整えてきた下仁田町。佐藤氏は最後に「大人になってからアンラーンしていくことはとても難しいことだと感じています。その原動力となるのはやはり、今の自分たちの行動が『子供たちにとってより良い未来』の実現につながっているという意識でしょう。ゴールを共有することで、苦労も報われる。町全体として今後もICT教育に力を注いでいきたいです」と力強く語った。下仁田町のICT教育の潮流が、この記事を通して少しでも伝播していくことを願う。
平井聡一郎
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