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平井聡一郎先生と語る、先進自治体が切り拓く教育の未来<3>鎌倉市教育委員会 濱地優氏…伝統と先進性が同居する鎌倉市が見据える教育の形

 本企画では、教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわる平井聡一郎先生と、教育委員会で奮闘する担当者の方との対談から、各自治体の教育ICTの取組みを探る。第3回目の対談は、鎌倉市教育委員会教育指導課 指導主事・濱地優氏を迎え、オンラインで開催された。

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平井聡一郎先生と語る、先進自治体が切り拓く教育の未来<3>鎌倉市教育委員会 濱地優氏…伝統と先進性が同居する鎌倉市が見据える教育の形
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 本企画では、教育ICTの環境構築と普及の先導者として全国をまわる平井聡一郎先生と、教育委員会で奮闘する担当者の方との対談から、各自治体の教育ICTの取組みの現状や課題、今後への展望を探る。第3回目の対談は、鎌倉市教育委員会教育指導課 指導主事・濱地優氏を迎え、オンラインで開催された。

 2019年(令和元年)に発表されたGIGAスクール構想。コロナ禍に後押しされる形で、当初の予定よりも早く全国の小中学校における児童生徒1人1台の情報端末整備は完了しつつある。今後は、このICT端末を使った新しい学びをどのように展開していくかという新しいフェーズに入ろうとしている。自治体ごとにその利活用の段階に差が出始めている今、先進事例を広く共有することこそ、地域間の格差を埋めるひとつの手段になり得るのではないかーーそのような意図から、今回の企画は始まった。

 第3回目となる今回は、LINEみらい財団との連携や、「鎌倉スクールコラボファンド」等、教育委員会を中心に新しい取組みを次々と行っている鎌倉市のICT教育について聞いた。

鎌倉市教育委員会 教育指導課 指導主事 濱地 優氏

 鎌倉市、横浜市の小学校教員として勤務したのち、現在は鎌倉市教育委員会の指導主事として先進的なICT教育環境整備を進める。

ICT教育の土台となるネットワーク環境…SINET実証実験で得られたもの

平井先生:ICT教育の基盤が全国で整いはじめ、その質の部分が問われ始めています。教育ICTの環境構築や普及のために多くの自治体の教育現場を見て回る中で、やはり取組みの進度に差が出てきているなというのが正直な感想です。自治体間、学校間の差をどうやって埋めていくか。そのひとつの解決策として、良い事例をロールモデルにするということがあげられるでしょう。住んでいる場所によって、子供たちの学びに差が出てしまうことはできるだけ避けたい。鎌倉市はそんな中でもICT教育を上手く活用し、さらに独自の施策もされているという先進事例として、鎌倉市の取組みについて伺いたいと思います。

濱地氏:ありがとうございます。鎌倉市の岩岡寛人教育長は文科省出身です。鎌倉市の教育は、岩岡教育長がリーダーシップを取って進めているからこそ、新しい挑戦に次々と取り組めていると言えます。

平井先生:教育委員会もICT教育の基盤を整えるために尽力していたところに、実行力も理念もある教育長が加わって、さらにパワーアップした感がありますね。

 まずは鎌倉市のICT環境の現状について教えてください。

濱地氏:鎌倉市では、iPadのセルラーモデルを導入しています。理由は、やはり「どこでも」使えるというメリットを最大限享受したいからです。教室に留まらず、校庭や体育館等でも活用できるようにしました。鎌倉市ならではの神社仏閣や、自然観察等の際にも、セルラーモデルだからこその学び方ができていると感じています。

 また、iPad セルラーモデルは、学校側の管理面で大きなメリットがあります。1人1台端末について必ず出てくる課題として「紛失」がありますが、セルラーモデルならGPSで探すことができるため、見つけやすいのです。

セルラーモデルの端末は、校庭での体育の授業でも活用できる

平井先生:どのような場所でも学びを止めずに学習を深められるという点は素晴らしいですよね。ネットワーク環境についても、鎌倉市は新しい取組みをされていましたよね。

濱地氏:2021年度(令和3年度)、GIGAスクール構想に伴う小中学校へのSINET(サイネット)解放を目指して、全国5都市で実証実験が実施されました。鎌倉市はSINET活用実証地域に選んで頂き、SINETの情報通信ネットワークを利用させて頂くことができたのです。

 これにより、2021度の鎌倉市の通信環境は飛躍的に改善しました。SINETを利用する以前は、ネット環境が安定しておらず、大勢の児童・生徒が一斉にICT端末を起動した際には、速度制限がかかる等があり、Wi-Fiを切ってLTEで対応するということもありました。

平井先生:ICT教育は、やはりネットワークが安定して初めて成り立つものですから、ネットワーク環境の整備は重要課題ですね。その意味で、SINETが小中学校でも使用できるようになることで、ネットワーク環境の問題はもしかしたら解決するかもしれないという希望がありますね。

濱地氏:SINETによりネットワーク環境が安定していたからこそ、鎌倉市のICT教育は想定以上に進んだと言っても過言ではありません。実証実験期間は終わってしまいましたが、2022年度中に鎌倉市独自でSINETに接続することを目指しています(※)。

※対談は8月に実施。鎌倉市では2022年10月より、SINETへの接続が開始した。

平井先生:ネットワーク環境が安定するだけでなく、セキュアな環境を担保するという意味でも、SINETを使う意義がありますよね。SINETが整備されて、小中学校でもクラウドプラットフォームが快適に使用できるようになると、GIGAスクール構想の狙いである新しい学びの促進にもなります。SINETの活用は自治体のネットワーク整備として有効な手段の一つでしょう。

「GIGAワークブックかまくら」の制作と、その意図

平井先生:さまざまな場面での端末活用が進んでくると、デジタル・シティズンシップ教育の必要性も感じると思います。鎌倉市の取組みについて教えてください。

濱地氏:2021年度までは各学校でそれぞれ対応いただいていたのですが、今年度、LINEみらい財団と連携し、「GIGAワークブックかまくら」という鎌倉市独自の教材を制作しました。情報リスク・情報モラルだけでなく、情報活用能力の育成や向上を図るためのデジタル・シティズンシップ教材です。現段階では、おもに小学校高学年(4年生~6年生)向けの教材ですが、小学校低学年版や中学校版も順次制作していく予定です。

「情報モラル」と「情報活用能力」の育成や向上のための教材「GIGAワークブックかまくら」

平井先生:リスクやモラルを把握したうえで、デジタルツールの効果的な利用方法や能力を身に付けるということですよね。これはやはり、端末活用とセットで教育していくべきだと私も考えています。

濱地氏:良い学びをするには、良い使い手にならなければならない。禁止事項を教え込むのではなく、どのように使うと効果的なのかということを、子供自身が考えられるようにしていく狙いが、「GIGAワークブックかまくら」にはあります。

平井先生:「GIGAワークブックかまくら」という教材を使って、どのように学んでいくのかという過程も大切ですね。「自分で考えられる人に育てたい」となると、「自分でルールを決めよう」という話になりがちですが、私はこの方法には懐疑的なんです。なぜなら、子供は「ルールを決めなさい」と言われると、厳しすぎるルールを自分に課してしまうことが多いからです。穴のない、完璧なルールを決めて、それで安心してしまうという事例を見てきました。それでは本来の「デジタル・シティズンシップ」という考え方に反してしまうでしょう。ルールを決めましょう、という指導ではなく、本来の意味での「デジタル・シティズンシップ」の意味を学んでからでないと、真意が伝わらないのではないかと思います。教員側のリテラシーも上げていく必要がありますよね。

濱地氏:そのためにも、鎌倉市ではICT教育ビジョンの策定を進めています。教育委員会からのトップダウンではなく、現場の先生方からの意見を反映したボトムアップ型のビジョンをつくることで、先生方にそれぞれ、どのような授業をやっていくのか、その先にある大きな目的は何なのかを考えてもらえたらと考えています。

管理職による理解が必須

平井先生:ICT教育ビジョンがあると、教育委員会から発信するメッセージや、研修内容にも1つ筋が通りますよね。鎌倉市では、教員に対する研修はどのようなことを実施されていますか。

濱地氏:鎌倉市には、小中学校合わせて25校あるのですが、各校に研修担当の指導主事が出向いて、現場で実施する研修があります。さらに、ICT教育推進担当者会というものもあり、各校に1名いるICT教育推進担当者の方が定期的に集まり、意見や情報交換をする場を設けています。

 また、現場の先生だけでなく、管理職、つまり校長・教頭先生たちの研修も重要だと感じています。昨年度と今年度、管理職と教諭が同じ研修に参加してディスカッションする研修を実施しました。学校として同じ方向を向いて指導に当たることが大切だと考えています。

平井先生:子供たちの新しい学びと、先生の働き方改革の両面で、学校DX・学校全体のデジタル化が求められていますよね。その際に、学校のトップ層である管理職の先生方が目指す方向性をしっかり理解できるような研修が必須だと常々考えています。

 学校DXの一番のキモであるクラウドプラットフォームの活用の内容や意義を理解できるようになることで、学校の運営や授業の内容は大きく変わるでしょう。

保護者とのコミュニケーションがGIGAスクール構想の成否を分ける

濱地氏:学校運営におけるデジタル活用も大きく進んでいます。職員会議等でもペーパーレス化が進んでいますし、出欠確認にも端末が使われるようになってきました。校内や、学校間の連絡ツールにはSlackを使い、情報共有の効率化を図っている学校もあります。学校DXは着実に進んでおり、ICTを前提とした運営は定着し始めていると言えるでしょう。

 その現状を踏まえ、研修で扱う内容も、ICT端末の使い方から授業内容へとシフトしています。昨年までは、ICT端末を使って教員が教えるという授業スタイルがメインでしたが、今年度は、学習者主体で学ぶ授業の実施に注力しています。

平井先生:そのためには、保護者の方々ともしっかりコミュニケーションを取っていく必要がありますね。私自身が校長をしていた時代に、子供たち主体で考え、教員はそのサポートをするという、今のGIGAスクール構想で理想とされている学び方を実践したことがあります。その際は、保護者の方から「先生、ちゃんとした授業をしてください」とご意見を頂いたこともありました。

 少し前までは「良い授業」というのは先生が教壇に立って熱心に教えるというものでした。現在は、ICT端末を使って、生徒の習熟度に合わせて基礎学力の部分を学習し、そのうえで考え、発表し、議論するという授業を目指すべきです。先生はあくまでもファシリテーターに徹する。このことは、できるだけ丁寧に保護者の方とコミュニケーションを取って伝えていく必要があるでしょう。

濱地氏:情報発信という意味では、岩岡教育長が鎌倉市教育委員会の公式noteで積極的にさまざまな取組みについて発信しているのですが、教育委員会としても、教室での学びの姿を発信していこうと思います。

「教員主体」から「学習者主体」の授業スタイルへ

全国学力調査の問題から見る、これから必要となる学び

平井先生:今年度の全国学力・学習状況調査の内容の変化からも、今後の教育は変わっていかなければならないことがわかりますよね。中学3年生の国語の問題では、クラウドプラットフォームを使って他の生徒の作った課題に、コメントを加えてブラッシュアップしていくという場面設定がありました。同じく中3の数学ではデータ分析に使用する箱ひげ図が出題され、小6の算数ではプログラミングの問題が出題されています。これらは文部科学省からの強いメッセージではないでしょうか。改訂された学習指導要領の狙いを理解して授業をしていく必要があります。

濱地氏:小中高と続いていく学習をしていかなければなりませんよね。たとえば、高校の「情報I」にはプログラミングが含まれますが、そこにつなげていく学びをしていかなければと思います。

 鎌倉市では、2021年度からライフイズテックと連携協定を結び、プログラミング学習教材を活用した授業を実施しています。現段階では、提供頂いているプログラミング教材を使用して学習を行っています。今後は、先生自身でもプログラミング教育を行っていけるよう課題を整理していきたいです。

平井先生:そうですね、連携が終わったらプログラミング教育の歩みも一緒に止まってしまうということにならないように対策が必要ですね。

新しい資金調達の形「鎌倉スクールコラボファンド」

平井先生:さまざまな外部機関と連携して効果的なICT教育を推進している鎌倉市ですが、資金面での工夫を聞かせてください。コロナ禍による税収減で、どこの自治体も今は予算の確保が難しくなっていると聞きます。そんな中、自治体としては新しい資金調達の試みをしているんですよね。

濱地氏:はい、「鎌倉スクールコラボファンド」という取組みで、ふるさと納税の仕組みを活用したガバメントクラウドファンディング(GCF)です。リアルな社会課題に基づくプロジェクト型学習を、企業やNPO等とコラボレーションして実施するための資金を募りました。2021年度は目標金額(750万円)を達成し、市立小学校1校・中学校1校で「SDGsをテーマとした課題解決型学習」を行うことができました。今年度も寄附を募っています。

平井先生:集めたお金の用途はどのように決めているのですか。

濱地氏:学校に対して、「これだけの予算があるけれど、それを使ってプロジェクト型学習をやりたい学校はないか」と募集をかけ、決定しました。各校に均等に振り分けてしまうよりも、効果的に使用できるのではないかと思っています。

平井先生:この資金調達の方法はとても画期的だと思いますし、他の自治体にも広がりそうです。連携してくれている企業のことも、もっと大々的にアピールすることで、連携先も広がりそうですね。

ICT教育を支える端末管理の問題点

平井先生:いろいろと先進的な取組みをされている鎌倉市ですが、現在、課題に感じていることは何でしょうか。

濱地氏:直近の課題としては、年度末更新や端末の管理でしょうか。今は先生方がなんとか対応してくださっていますが、業務過多になっていると感じています。

平井先生:ICT端末の保守・管理業務の問題は多くの自治体が抱える悩みです。先生方に端末管理まで任せることは、確かに難しいと私も考えています。端末トラブルがあったときに問題を切り分け、ここまでは家庭で、ここまでは学校で、ここからは専門業者で、というふうに、誰にどの部分を依頼すれば良いのかを判断できるようになることが重要です。

ワクワクする教育を促進する外部とのコラボレーション

 教育長が自らnoteで情報を発信し、外部パートナーとの連携を試みながら、独自のICT教育環境整備を進める鎌倉市。特に「鎌倉スクールコラボファンド」の取組みは、他自治体にも広がることで、全国の子供たちの教育が一歩進みそうな先進事例だ。

 「鎌倉スクールコラボファンド」について説明する際、濱地氏は「外部の魅力的な人材や組織とコラボレーションすることで、子供たちがワクワクできる学びの体制を作りたい」と語った。机に向かい、1つの解を求めて暗記するような勉強ではなく、自分の頭で考え、判断し、解決していける力をつける学び方こそがGIGAスクール構想の狙いだ。鎌倉市教育委員会の姿勢は、まさにその手本となるような先進的なものと言えるだろう。

平井聡一郎先生×教育委員会 対談企画
第2回 鹿嶋市編はこちら


GIGAスクール構想で進化する学校、取り残される学校
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《田中真穂》

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