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校務支援と自動採点のシステム連携による働き方改革、奈良県が進める校務DX

 全国的に働き方改革が進められる中、依然として厳しい状況にある教育現場の勤務実態を改善する動きが加速している。働き方改革を目指した校務DXを推進するため、奈良県が採用した校務支援システムと自動採点システムの連携について話を聞いた。

教育行政 教育委員会
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奈良県立教育研究所の笠置氏(左)、中尾氏(中央)、野口氏(右)
  • 奈良県立教育研究所の笠置氏(左)、中尾氏(中央)、野口氏(右)
  • 【スクールエンジン】観点別成績入力画面(サンプル)
  • 【スクールエンジン】講座別履修者名簿(帳票サンプル)
  • 【百問繚乱】採点画面
  • 【百問繚乱】答案画面
  • 【百問繚乱】問題別の正答率

 全国的に働き方改革が進められる中、依然として厳しい状況にある教育現場の勤務実態を改善する動きが加速している。内閣府は2024年に取りまとめたデジタル行財政改革において、校務DXの推進を教育分野の旗頭のひとつに掲げ、デジタル化による校務負担の削減を明確に打ち出している。文部科学省も校務DXを推進する方針を掲げており、教職員の働き方改革は多くの自治体において喫緊の課題である。

 奈良県は教職員の働き方改革を目指した校務DXを推進するため、校務支援システムと自動採点システムの連携という先進的な事例を実現した。この取組みについて、奈良県立教育研究所と、システムを提供したシステム ディ、シンプルエデュケーションの担当者に話を聞いた。

奈良県立教育研究所

教育情報化推進部 副主幹(兼 高校教育情報化係長)中尾考周氏、指導主事 笠置慎一氏、教諭 野口浩幹氏

ステム ディ

公教育ソリューション事業部 事業部長 池内崇氏

シンプルエデュケーション

代表取締役 平田直紀氏

教職員の働き方改革と生徒の学習定着を目指す挑戦

 政府主導のもと、各自治体が校務DXに着手し始めているが、取組みの進度には大きな差が出ている。奈良県はセカンドGIGAに向けた調達において、数ある提案の中からシステム ディが提供する校務支援システム「School Engine(スクールエンジン)」と、シンプルエデュケーションが提供する自動採点システム「百問繚乱」の連携を採用。「教職員の働き方改革」「紙資源の節約」「生徒へのタイムリーなフィードバック」というメリットが想定されること、さらに奈良県が独自で進めている教育改革を推進するために画期的な方策だったと、奈良県立教育研究所の笠置氏は採用の理由を語った。

 奈良県では、2年前から定期テストのあり方を見直し、単元別テスト(小テスト)を都度実施する方針へと転換する独自の教育改革に着手している。奈良県立教育研究所の中尾氏は、「定期テストは一時的な学習になることが多く、その後の定着度に課題がみられることから、奈良県では単元別テストで学習の定着を図る方針になりました。また、観点別評価をするうえでも1回のテストではなく、都度実施する単元別テストで細かく評価ができています」と話す。しかし、テストの実施回数が増えたことにより教員の業務が増える場合もあるという。そのため、校務支援システムと自動採点システムの連携は、課題の解決策として期待がもてる提案であった。

校務支援システムと自動採点システム、それぞれの特徴

 「スクールエンジン」と「百問繚乱」は2024年3月1日に各学校に導入され、新年度にあわせ4月1日より本格的な連携をスタートした。「百問繚乱」は3月1日以前からチェックを兼ねたテスト運用も行ったという。

校務支援システム「School Engine(スクールエンジン)」

 奈良県は、次世代校務DX環境への移行を実施するにあたり、従来活用していた閉域網ネットワークのシステムから乗り換え、ゼロトラストベースによる統合型校務支援システム「スクールエンジン」を採用。基本的な出欠・成績処理や、データの全校統計処理など、児童生徒情報の自治体統合管理を実現するシステムとして、小中高校、特別支援学校で使われている。システム ディの池内氏によると、さまざまな学校種に対して、1つのベンダーで同じサービスを提供できるという点がスクールエンジンの強みだという。

【スクールエンジン】観点別成績入力画面(サンプル)

自動採点システム「百問繚乱」

 自動採点システム「百問繚乱」は、タブレット上のテストはもちろん、紙のテストをスキャンして効率的に自動採点することができるシステム。採点システム特有の面倒な事前設定を徹底的にわかりやすく、簡単にすることをコンセプトに設計されており、定期テスト、小テストと幅広いテストに対応している。現在、20都道府県で導入されているが、校務支援システムとの連携を図ったのは奈良県が初めての試みだ。

【百問繚乱】採点画面

最大の目標は履修者名簿の連携、システム連携を一段上のステージへと引き上げた

 校務支援システムと自動採点システムの連携は全国的にもあまり例がない。そのため、連携初年度は「システムの安定稼働」を目標とし、校務支援システムのベースとなる名簿情報と採点システムを抜け漏れなく徹底的に連携させることに注力した。高校の生徒名簿は小中学校と違い、クラス名簿だけでなく、履修科目別の履修者名簿が存在する。学びの多様化により同じクラスでも履修科目はバラバラということも珍しくない。今回のシステム連携では、この履修者名簿をすべて連携させることを目指した。

 だが、履修者名簿までカバーしようとすると情報量は格段に増える。校務支援システムで作成した履修者名簿を、自動採点システムに手入力しながら反映させることは労力がかかっていたが、その反映作業をシステム連携でカバーできることの効果は大きい。

すべてを連携しない…学校現場の最適解を考えたシステム構築

 システム連携を図るうえでもうひとつ目標としたのが「生産性をあげるシステムを作ること」だったという。実現するためには、教員の手が必要な部分以外は意識せず稼働するようなシステムにする必要がある。そこで、履修者名簿を含むさまざまな名簿情報を校務支援システムに作成すれば、自動採点システムに反映される仕組みを構築。「データの一元管理を可能にしたことで、目に見えない部分の業務もサポートすることができている」と、シンプルエデュケーションの平田氏は語った。

 一方で、百問繚乱の採点結果は、自動で校務支援システムにフィードバックされる仕組みにはなっていない。当初、この部分も連携できないかという話もあったそうだが、システム連携する際には運用フェーズのことも考えて設計する必要があり、「何でもすべて連携することが、運用上必ずしもベストな方法になるとは言えません。奈良県においては、現場の教員の業務効率化・生産性向上を第一に考えて、線引きを明確にしました」とシステム ディの池内氏は話す。

【スクールエンジン】講座別履修者名簿(帳票サンプル)

 その結果、完全な自動連携ではなく、百問繚乱の採点結果をスクールエンジンにそのまま取り込める形式のエクセルファイルで一度出力し、先生が校務支援システムに取り込む形を採用した。この点について、シンプルエデュケーションの平田氏は「教員にとって、名簿の連携が自動で行われることにあまり違和感はないのですが、成績は別です。自分の手を介さずに出てきた採点や成績に不安を感じる傾向があります。なので、自動採点で出てきた結果をエクセルで見てから校務支援システムに取り込むという、確認作業を取り入れました」と、半自動半手動を採用した理由を述べた。

システム連携による学校現場の変化

 連携開始から7か月が経ち、システム連携の効果について奈良県立教育研究所の中尾氏は「まだ数値化はできていませんが、現場の先生からすごく便利になったという声は聞かれます。特に小テストを多く実施している学校では採点にかかる時間と労力の軽減だけでなく、テストの結果をすぐに生徒の情報と紐付けて一元管理できるようになり、日々の学びの評価が付けやすくなったと喜んでいます。まだ数字での効果は見えていませんが、紙資源の削減や印刷コストの低減にもつながっていると思います」と語っている。

 百問繚乱は、自動採点によるスピーディーな答案返却と同時に、ひとりひとりの成績を分析した成績グラフが児童生徒のタブレットに返却される。フィードバックの速さと質が向上したことで、成績返却後にすぐに復習に取りかかる生徒や、質問に来る生徒が増えたという。

 デジタルで成績を返却するにあたり奈良県が危惧したのが、名簿と成績データのズレが生じてしまう可能性だ。教職員からも当初その点を指摘する声があがったが、綿密な連携システム構築により、間違いが起こることなく運用できているという。奈良県立教育研究所が当初想定した校務DXによるねらいは着実に実現しているようだ。

今後の課題は意識改革

 現在のシステム連携において、テストの実施と採点、返却までが非常に効率的になり、業務負担削減についても効果が表れつつある。一方で、児童生徒の成績管理については、手元にある手帳などで管理したいと考える教員は少なくないという。奈良県立教育研究所の中尾氏は「そこは教員の意識改革を進めないといけない部分です。今回のシステム導入時も、百問繚乱の教員向け研修をやっていただき、アーカイブを公開しています。今後は視点を変えて、便利な実践事例なども積極的に共有していきたいです」と述べた。

 また、紙のテストを自動採点システムに取り込む際に使うネットワークスキャナーを普及させることも課題にあげている。現状、各校に最低1台、自動採点に必要な機器が導入されているものの、システムの稼働にともない、ネットワークスキャナーが複数台ほしいという声があがっているという。

ほかの教材との連携による校務DXの可能性

 さらに次の展望として、学習支援教材との連携もあげている。小テストで返却された結果をもとに、学習支援教材が個別に最適な学習を提案。「履修者名簿の連携が実現したことによって得られた児童生徒の学習ログは、子供たちにとっても県にとっても大きな財産です。ひとりひとりに最適な学習方法を提供するために、また子供たちの進路や将来の可能性を実現していくために、学習ログをどう有効に活用していくか。すべての子供たちを取りこぼすことのないよう、県の研究所として取り組むべき分野だと考えています」と中尾氏は今後の展望を話してくれた。

ゼロトラストベースの連携が示す可能性

 今回の奈良県の事例について、「ゼロトラストベースでクラウドサービス間が連携するのは、業界の中でも先進的な事例だ」と、システム ディの池内氏は話す。ゼロトラストベースでの連携の実現は、システムを提供するシステム ディ、シンプルエデュケーションにとっても大きな前進であり、他社にない強みになるという。閉域網ネットワークに限界や使いづらさを感じている自治体も少なくない。今回の奈良県の事例は、校務DXを加速度的に進めていくきっかけとなるのではないだろうか。

 シンプルエデュケーションの平田氏によると、自動採点システムは高校、特に進学校での利用実績が非常に多いという。「テストを多く実施しているから学力が高いのか、学力を上げるためにテストを多く実施しているのかは定かではないが、この点は子供たちの効果的な学力向上に向けたひとつのポイントになるのではないか」と話す。「百問繚乱でテストを行うための業務負担を限りなく軽減できれば、子供たちのために必要なテストを必要なときに実施する体制を敷けるのではないか。次は子供たちのためになるようなシステムを作っていきたい」と今後への想いを語った。

 加えて、平田氏は高校入試などのWeb出願システムと自動採点システムの連携を構想しているという。入試においてWeb出願が主流になりつつあるが、出願と採点のシステム、さらに中学校の評価評定の取得などをワンパッケージにすることで、入試業務をさらに効率化できるのではないか、とその可能性を探る。

 システム ディはWeb出願システムにも注力しており、出願手続きや出願料の納付など、保護者のスマホで完結できるシステムの開発に力を入れているという。入試分野での連携、さらには各都道府県の教員採用試験などでの活用と、ネットワークに縛られないゼロトラストの連携は大きな広がりをみせる可能性を秘めているようだ。

校務支援システム「School Engine(スクールエンジン)」

自動採点システム「百問繚乱」


 今までは、校務と学習を管理するプロダクトは完全に分離されていた。その点が、先生たちの業務が増えてしまうという矛盾の原因のひとつだったのかもしれない。ゼロトラストのシステム連携による校務と学習のシステム一体化は、働き方改革に直結する大きな1歩となりそうだ。今後、奈良県のような事例の広まりとともに、校務DX市場は大きく変化していくだろう。また、その先にある子供たちの学びと進路の多様化にも対応できる可能性は、大きな価値を秘めているのではないだろうか。

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《畑山望》

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