教育ICTは、子供たちの学びを支え、教員の働き方を改善するという本来の目的を実現するため、校務領域における活用の重要性が一層高まっている。文部科学省が示す次世代校務DXでは、校務をクラウドで安全かつ効率的に運用することが前提とされ、全国の自治体でクラウド型校務支援システムの導入検討が進んでいる。山梨県は2025年度、こうした方向性を早期に見据え、県立高等学校および特別支援学校にフルクラウド型校務支援システム「BLEND」を導入した。さらに2026年度から、県内すべての市町村(組合)立小中学校で「BLEND」の共同利用を開始する。
山梨県教育庁義務教育課 教育指導担当 主幹・指導主事の八巻一貴氏、教育指導担当・指導主事の三森翼氏と鷹野敦貴氏、ならびに「BLEND」を開発・提供するモチベーションワークス 自治体調整本部 部長の作左部暉氏に「BLEND」導入の背景や経緯、今後の展望について聞いた。
クラウド前提で生まれた「BLEND」
--「BLEND」の特徴について教えてください。
作左部氏:校務支援システムにはオンプレミスで稼働していたシステムをクラウドに移行するものが多いのですが、「BLEND」はゼロからパブリッククラウド環境であるアマゾン ウェブ サービス(AWS)で開発・構築をしていることが特徴のひとつです。また、自治体間・学校間でのデータ連携、さらに児童生徒や保護者にもご利用いただけることが強みです。2025年3月に文部科学省が改訂した「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」にも準拠していますので、安心してご利用いただけます。
意識したのは丁寧な説明
--山梨県の小中学校の共同利用における取組みは、どのように進められましたか。
作左部氏:当社では、サービス提供にあたり、これまでの業務手順をそのままシステムに置き換えるわけではないことを丁寧に説明しながらサポートしてきました。システムは先生方が「やりたいこと」を実現するための道具であり、そのためには業務の流れとシステムの運用方法をかけあわせて見直す必要があることを説明しながら、運用フローの整理を進めてきました。先生方の業務が足し算で増えるのではなく、しっかりと引き算することが大事です。私たちがこれまで支援してきた事例を紹介しながら、より良い運用方法をご提案しています。
市町村ごとにネットワークをゼロトラストで再構築し、校務系と学習系を一体化する取組みも進んでいます。そうした意味でも「BLEND」との親和性は高く、そうした強みを生かして今後の構築や運用サポートをできればと考えています。
教育理念実現を目標に県と市町村が協力
--山梨県が小中学校での共同利用に「BLEND」を選んだ経緯をお聞かせください。
八巻氏:山梨県が策定した教育振興基本計画では、「主体的に学び、他者と協働し、豊かな未来を拓くやまなしの人づくり」を理念として、子供たちの教育の充実や未来を生きる子供たちに必要な力を育む教育の推進を目標に、先生方は子供主体の授業への転換に注力しています。また先生方の働き方をより効率化して、授業準備や子供たちに向きあう時間を確保したいと考えています。
山梨県は2020年からほぼ全域で校務支援システムを共同調達して運用してきましたが、5年が経過して更新時期に差し掛かりました。文部科学省から次世代校務支援システムのあり方や校務DXなどが提言されておりましたので、それらを念頭においてクラウド型校務支援システムの共同調達の検討を開始しました。
市町村教育委員会の皆さまにはクラウドに変わることや文部科学省が求める次世代校務DXの考え方、費用などさまざまな部分について時間をかけて説明し、ご理解いただけるよう努めました。私たちは、システムを入れれば良いという考え方ではなく、先生方の働き方を良くして、先生という仕事の魅力を向上するという強い思いをもって取り組んでいます。そのため市町村の行政の方や学校の管理職、教務主任、担任、養護教員などさまざまな職種の方々に意見を求め、課題整理も並行して実施しました。

三森氏:市町村の担当者と最初に話した際には、行政の立場上、費用面を心配される場面が多くありました。実際、2023年度に検討を始めたときには私たちも「システムを更新する」ことに主眼を置いていたため、話しあいが平行線で終わってしまうなど、苦い経験をしました。そこで私たちは、先生方にどのような効果が生まれるのか、校務がどのように改善されるのかを丁寧にお示しすることに力を入れた結果、導入の意義についてご理解いただくことができました。また実際に使われる先生方や教育委員会の皆さまとお会いして対話し、アンケートにもご協力いただいたことで現状や課題を整理し共有しました。どのように解消していくか改善するのかなど、目指す方向性を提案しながら新たな環境での業務フロー検討を進めました。
具体的な課題として多かったのは、同じ作業を何度も繰り返していることや、帳票を作成するたびにデータを入力し直す必要があり、作業が煩雑で時間が掛かってしまうという点でした。さらに、教員同士の情報共有が十分にできていないという課題も見えてきました。
八巻氏:現状、運用設計・構築を進めていますが、少しでも新しいシステムに馴染んでもらえるよう、11月後半には、先生方がデモ環境で操作できるようにします。さらに、11月末から2月にかけては、小規模の集合研修、オンライン研修、オンデマンド研修などを組みあわせ、教職員全員が参加できる研修を順次実施していく予定です。
「BLEND」の導入はゼロトラストセキュリティ対策環境の整備とも密接に関係しています。これまでは、特定のネットワークからでなければ閲覧できなかった情報も、適切な権限設定と適切な制御のもと必要なデータへアクセスできるようになります。従来のExcelを用いた調査では市町村教育委員会が学校ごとの情報を取りまとめて県に提出するという流れですが、バージョン管理も煩雑で、やり取りにも多くの時間がかかっていました。新しいシステムを用いることでこうした手間が省け、正確にデータを共有できるようになる点は大きな改善だと感じています。
業務の標準化を基本方針に設計
--市町村ごとに異なる帳票やワークフローがあると思います。共同利用では、標準化や自由度について、どのような方針で決められたのでしょうか。
八巻氏:2020年度から運用している校務支援システムは県内小中学校で同じシステムを利用していますが、導入当時の個別カスタマイズが多数あり、その結果、先生方は県内で学校を異動するたびに業務のやり方が変わり、そのことが負担になっているという現実があります。業務手順を標準化すれば、たとえ異動したとしても新年度の立ち上がりもスムーズになります。そのため、業務の目的や現行手順を確認しながら、教育委員会の職員や先生方と一緒に改善案を整理していきました。フルクラウドのシステム「BLEND」を導入しますので、まずは標準化を基本方針として、個別用件に対しては、システムの構成等に支障をきたさない「アレンジ(設定変更)」を組みあわせて進めています。
小中高を通じたデータ連携の実現による支援の一体化
--今後の展望や期待をお聞かせください。
八巻氏:これにより欠席連絡がすぐに出欠簿に反映されるようになるほか、保護者には、スマートフォンアプリから「BLEND」を利用してもらう予定です。保護者会の出欠連絡や面接日程調整などもできるようにしたいと考えています。
さらにスクールカウンセラーもシステムを利用できるようにして、児童生徒ごとの情報を可視化されたダッシュボードで状況を把握しながら、個別最適な対応を行えるようにしたいと考えています。
三森氏:義務教育課に配属される前は小学校で教員をしていましたが、当時は手書きの校務に疑問を感じる場面が多く、業務改善の必要性を強く意識していました。一度に仕組みを変えるのは難しく、負担も大きいのですが、今回それらを解決に向かわせる業務に携わることができていますので、とても楽しみにしています。

鷹野氏:成績処理は属人化する場合がありますが、「BLEND」を使えば、ほかの先生方と情報を共有しながら作業することができるため、相談しやすい等チームで対処しやすくなります。ダッシュボードを用いて、個々の児童生徒の状況を把握することができるので、日常の業務で「BLEND」内に蓄積されているデータの効果的な利用方法について、先生方と一緒に学んでいきたいと考えています。
また私は中学校の教員という視点から県立学校と小中学校が同じ「BLEND」を使うことで、中学から高校へ進学する際の情報連携がスムーズになることに期待しています。さらに、山梨県内であれば、小学校から県立高校まで一貫してデータを連携できるようになることも楽しみです。

作左部氏:「BLEND」は進化するシステムとして改善し続けていきたいと考えています。機能を充実させていくのはもちろん、情報を集約するダッシュボードや学習系のアプリやソフトとの連動などを、先生方にご提案できるよう取り組んでまいります。出欠状況や成績のほかに、検定取得や課外活動の記録など、本人や家庭から校外活動の記録も蓄積されるシステムだからこそ、今後はAIを活用した帳票所見文章の提案機能や個別最適な学びや授業に活用できる機能を搭載したいですね。

八巻氏:経験の少ない若手の先生が気付けない部分をAIで見える化して、よりきめ細かな指導につなげることで、子供たちがキラキラした顔で学ぶ姿を見るという喜びを感じてもらいたいですね。若い先生が子供たちと校庭で遊ぶ姿を見る機会が増えてきていますがそうした大切な時間をもっと生み出したいと考えています。
鷹野氏:そのためには勤務時間の中に創造的な余白をつくることが重要です。先生方の校務は年々増え続けていますが、「BLEND」の導入によって校務を効率化し、教材研究や授業準備にしっかり向きあえる時間を確保してほしいと考えています。特に、入試学年の担任は多くの手続きに時間を取られるのが現状です。そこで、データを活用し、入試対応の負担も軽減できる方法を今後検討していきたいと思います。
ポイントは明確なビジョンと丁寧な対話
--さまざまなご苦労があったと思いますが、ここまでたどり着けた要因は何だとお考えですか。
八巻氏:2024年に行政の情報部門から職員が教育委員会に異動し、彼と一緒にゼロベースで見直しましたが、最大のポイントは、市町村との丁寧な対話です。導入の目的や、導入後に生まれるメリットを繰り返し説明し、共通理解を積み上げることが何より重要だと感じています。
三森氏:ICTやDXは“目的”ではなく“手段”であるという点を改めて認識し、常に大切にしてきました。加えて「BLENDを使うことで、先生方の手間やミスを減らせる。その仕組みを一緒に考えましょう」と、市町村教育委員会の職員や先生方もプロジェクトの一員として取り組んでもらっています。
既存の業務フローを見直すのは確かにハードルが高いことです。だからこそ、対話を尽くし、先生方の声にしっかり耳を傾け、現場が本当に求めていることを正確に把握しながら進める必要があります。そのうえで、関わる皆さんと「ぶれない目的」を共有することを重視しています。
鷹野氏:導入後の学校の姿を共にイメージし、前向きな気持ちで取り組むことも大切です。「こんなことができるようになる」「ここがもっと良くなる」—そうした未来の姿を描きながら進めていくことで、学校や地域がより魅力的になり、「先生になってみたい」と思ってもらえる環境づくりにつなげていきたいですね。
作左部氏:山梨県では「どのような働き方を実現したいのか」「どのような業務の形を目指すのか」がきわめて明確に示されていました。その明確な方針があったからこそ、当社としても現場の実態に即した提案を行うことができたと考えています。今回の事例からは、業務フローの見直しは製品だけではなく、伝え方や運用の仕組みづくりといった人へのアプローチによっても実現し得ることがわかります。当社には教員経験を有するスタッフも多く、現場の文化や慣行を踏まえたうえで、より現場に近い言語で対話しながら方向性を共有してきました。それが教職員のためとなり、最終的には児童生徒への還元につながると考えています。こうした環境づくりを今後も目指して取り組んでまいります。

「BLEND」導入に際し、教育DXの理念や目的を市町村の方々に丁寧に伝えながら、現場の意見を集約して取組みに反映していった山梨県。そのプロセスでは、コミュニケーションの大切さを実感するとともに、担当者の皆さんの大きなやりがいも感じられた。今後は、この取組みを通じて先生方の働き方が改善され、授業準備や子供たちと向きあう時間がさらに増えていくことに注目したい。
【協賛企画】アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
フルクラウド型校務支援システム「BLEND」は、2019年のサービスイン以来、全国の自治体および私立の幼稚園・小学校・中学校・高等学校・中等教育学校・専門学校・大学までの各種学校で導入・運用され、私立高等学校ではシェア50%を越えている。毎朝400万以上、日次で2,000万以上のアクセス利用がある中、AWSのマネージドサービスを活用しながら、安定稼働とセキュリティ強化を実現し、さらなる進化を続けている。












