多くの教育機関で学習面・校務面のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進む一方、ICTを学びにどう生かすか、また教員の校務をどう効率化するかといった課題が顕在化している。
文京区にある「郁文館夢学園」では、デジタルキャンパス化構想を進めて成果が出始めているという。同校の法人管理本部人材開発室 室長の藤井崇史氏、主任の榊原賞氏、滝井徹也氏、教員で同室にも携わる井内かおり氏、キヤノンITソリューションズ 文教ソリューション事業部の田口進一郎氏に、キヤノンITソリューションズが提供する「in Campus」によってどのように教育情報を集約し、ポータルサイト「IDC(Ikubunkan Dream Campus systemの略)」の構築に至った背景や導入後の変化、DXに必要な要素などを聞いた。
「夢教育」実現のためのDX
--郁文館夢学園の教育についてお聞かせください。
藤井氏:郁文館夢学園は中高一貫の私立学校で、郁文館中学校、郁文館高等学校、郁文館グローバル高等学校、さらに広域通信制高校のID学園高等学校があります。1889年に男子校として創立され、2003年には渡邉美樹理事長が就任し、2010年に共学校となりました。
教育理念として「子どもたちの幸せのためだけに学校はある」を掲げ、25歳に自分らしく輝く人になることを目指し、その夢をかなえるべく人間力、学力、グローバル力の3つの力を育む「夢教育」を導入。逆算思考が身に付く「夢手帳」の活用や、その内容をもとにした担任の先生との面談などを通じて、生徒は将来の夢に向かって努力を続けています。また、学校改革に着手し、学校DXにも取り組んできました。

--郁文館夢学園でのDXの概要を教えてください。
藤井氏:郁文館夢学園では「子供たちの幸せのためだけに学校はある」という教育理念のもと、生徒ひとりひとりの夢や個性に応じたオーダーメイドの夢教育を行っています。DXの取り組みは、この「夢教育」をより進化させるための基盤整備の一環として行われました。学習環境・教職員の働き方・保護者・進路指導などすべてをICTで統合・最適化し、全校的に業務改革・教育手法改革を同時に進行させることで、「教育DX日本一のモデル校」を目指しています。このDXをけん引する司令塔が、2020年から立ちあがった「人材開発室」です。
課題の顕在化から再出発
藤井氏:郁文館では2015年頃から、生徒のためのデジタル学習環境の構築を目的として、1人1台端末や高速代用容量の通信ネットワークを一体的に整備し、さまざまなデジタル教材を導入しました。結果として、生徒の学習環境の改善と、学力向上に一定の効果はあったように思います。ただし、運営管理体制などを整えず多様なシステムを入れたため、教員側から見たときに、情報があちこちに分散して簡単に探し出せないとか、機能の使い方がわからないなど、逆に事務作業が煩雑で手間がかかってしまうなど多くの課題が生まれ、「デジタル化することでかえって忙しくなった」といった不満の声も出ていました。
人材開発室を開設した2020年頃はまさにコロナ禍で、オンライン授業への対応などを進める中、本校としての教育DX戦略をしっかりと考え、運営管理体制をきちんと整えた中で進めようと「デジタルキャンパス化構想」が立ち上がったのです。そこからは、これまでの反省点を踏まえ、生徒の学びの最大化はもちろん、教員の生産性と働きがいにも焦点を合わせ、「教える効率と働き方の効率の最大化」を目的にシステム開発を行ってきました。
田口氏:人材開発室の立ち上げられる際に、弊社にDXに関するご相談をいただきました。当時は藤井先生のお話にもあったように、デジタル化が進む一方で作業がむしろ煩雑になり、生徒と向きあう時間を十分に確保できないという課題を抱えていらっしゃいました。
この課題を解決するために、弊社ではまず、教職員の働き方の棚卸しをさせていただきました。業務のどの部分をICT化していくと、どのように効率化できるのか、ご相談を重ねながら可視化していったのです
--具体的にはどのように効率化していったのでしょうか。
藤井氏:教育支援情報プラットフォーム「in Campus」を導入し、先生・生徒・保護者が利用する情報サービスの入口として「IDC」というポータルサイトを構築しました。ここから必要な情報や各種サービスへワンクリックでアクセスできる仕組みです。また、サービスごとにバラバラだった先生方のID・パスワードは統合認証基盤で集約し、ひとつのID・パスワードですべてのサービスにログインできるようにしました。
保護者はスマホからIDCで、お子さんの成績情報をいつでも閲覧できるようになっています。こうすることで、紙の成績表を渡すこともなくなり、保護者の問合わせも減少し、先生方が対応する労力も減りました。
榊原氏:IDC導入以前に先生方にヒアリングしたところ、二重で行う作業が多いという課題がありました。そのひとつが出欠確認で、教室で出欠簿に手書きした後、職員室で教員が学籍システムに入力していました。出欠簿はその後毎週確認を行い、さらには学期末や年間で計算して締めたのち、改めて学籍システムに入力する必要がありました。
そこで、出欠簿を電子化し、今は保護者からの連絡もすべてIDCを通じて行われています。先生が確認して承認ボタンを押すだけで学籍システムに反映されます。これにより、ミスもなくなりました。
今年度からデジタル成績表を導入したことで、欠席や遅刻の記録ミスが大幅に減りました。万が一誤りがあっても、先生がシステム上で修正すれば即時に反映され、保護者や生徒もすぐに確認できます。これにより、効率化とデータの信頼性の両立が実現できました。

榊原氏:Webサービスのアカウントをシングルサインオンに利用しているため、IDCにログインすればこのWebサービスが提供するメールやドキュメント、表計算ツールを使うことができます。複数導入している学習系のアプリもこのアカウントに連携してあるので、速やかに使えます。また、保護者はIDCの学校からのお知らせを確認するだけで必要な情報を把握でき、生徒はLMS(学習管理システム)を通じた課題配信や自身の学習状況を記録するポートフォリオも利用できます。
教員の「伴走力」を支えるシステム
滝井氏:本校のIDCは、いわゆる「統合型ダッシュボード」でもあります。ここには、定期考査の結果や全国模試のデータをはじめ、出席状況、学習記録など、生徒に関するあらゆる情報が一元管理されています。従来のように複数の帳表やシステムを行き来する必要はなく、教員は1つの画面から生徒の全体像を瞬時に把握できるようになっています。
このシステムを活用することで、教員は面談の際に具体的なデータに基づいた対話を展開できます。「前回の模試から数学の偏差値が5ポイント上がっているね」「この分野の理解度が少し課題かもしれない」といった、根拠に裏打ちされた指導が可能になり、生徒ひとりひとりの夢の実現に向けた、きめ細やかな伴走を実現しています。
IDCのダッシュボードとしての側面がもつユニークな機能のひとつが、他の在校生や卒業生の成績データとの比較機能です。「将来、医師になりたい」「国際的な仕事に就きたい」といった同じ夢を抱いた先輩たちが、高校時代にどのような成績を修め、どの科目に力を入れ、最終的にどのような進路を選択したのか。そうした“軌跡”を可視化することで、生徒たちはより現実的で具体的な目標設定ができるようになります。

「デジタル成績表」がもたらす変化
滝井氏:ダッシュボードのもうひとつの重要な機能が、「デジタル成績表」です。これは従来の紙の通知表を完全にデジタル化したもので、毎学期の成績を教員だけでなく、生徒本人と保護者もリアルタイムで確認できる仕組みになっています。
「うちの子の成績は今どうなっているんだろう?」そんな保護者の不安に対し、このシステムは透明性の高い情報共有で応えています。いつでもスマートフォンやパソコンから子供の学習状況を把握できることは、保護者の安心感につながっています。
さらに、紙の通知表特有の誤配布や紛失のリスクも、デジタル化によって完全に解消されました。個人情報保護の観点からも、セキュアな環境で成績情報を管理できることは大きなメリットといえます。

面談記録の共有で、学校全体が「チーム」に
滝井氏:現在、本校ではダッシュボードのさらなる発展に向けて、面談記録機能の充実に力を入れています。「いつ・誰が・どんな内容を生徒や保護者に伝えたか」を、担任だけでなくすべての教員が共有できる体制を目指しています。
これにより、学校全体が1つのチームとして生徒の夢に伴走する環境が実現します。「夢教育」の質を高めるためには、個々の教員の熱意だけでなく、組織としての連携とデータの力が不可欠です。本校のダッシュボードは、まさにその両輪を実現するプラットフォームとして、日々進化を続けています。
効率化で創出した時間を学びの質向上へ
--IDCを導入後、先生の授業や働き方にどのような変化がありましたか。
井内氏:私は人材開発室でも数少ない教員のひとりで、理科を教えています。現在、生徒も私もiPadだけで授業をしています。黒板への板書は一切していません。
従来はプリントを印刷して生徒に配布し、生徒たちはそれに手書きで記入して提出し、私が確認して返却していましたが、今ではそれらすべてのフローをデジタルで行っています。LMSに資料が保管されるので、欠席した生徒も自分の端末でアクセスすれば学習できます。紙のプリントを余分に保管する必要もありません。

井内氏:理科では、カラーの資料のほうが理解を促すのに有効だと考えていますが、カラー印刷はコストが掛かります。その点、LMSでの閲覧はコストメリットもあります。QRコードを資料に載せれば動画を見せることもできます。


井内氏:板書をしないことで大幅な時間削減になり、授業スピードも上がりました。その結果生じた時間的な余裕で、協働しながら探究する授業もできるようになりましたし、演習の時間や小テストの回数を週1回から週2回に増やすこともできました。

現場が主体となる推進体制の必要性
--IDCの構築にあたり、大事にされてきたのはどのようなことでしょうか。
田口氏:事前に、担当エンジニアと、難しい要件であっても、一度はすべてお受けしようと相談しました。そして、可能な限り知恵を絞り、どうしたら実現できるようになるかを考えていきました。
弊社としては、郁文館夢学園が目指すDXの実現に協力していきたいという強い思いがあります。これからも、何事も実現する方向で考えながら、先生方の働き方の改革を進め、いかに子供たちの学びの質を高められるかに最大限の知恵を絞りたいですね。
--DXの推進のために、郁文館夢学園ではどのように組織づくりをされたのでしょうか。
藤井氏:もっとも注力したのは、「文化の醸成」です。DXをうまく推進していくためには、皆が同じ方向を向いて歩みを進めることが大切で、言葉の使い方や巻き込み方、キーマンのおさえ方、コミュニケーションの取り方に力を注ぎました。
導入から3年間は毎週、人材開発室でシステムへの要望や不満を受け取りPDCAで改善をしていたのですが、そうした働きが認知されるにつれ、先生方はみなさん協力的になり、チームとしてまとまっていきました。
目的とPDCAがDX持続の鍵
--文部科学省が提唱するダッシュボードの利活用は、進んでいない学校も多いと聞きます。そうした自治体や学校のみなさまにメッセージをお願いします。
田口氏:in Campusのように、情報を集約して活用するソリューションはいくつも存在していますが、これから本格的な活用が始まっていくと考えています。情報を入れて集めるだけではなく、それをどう分析してどう活用するのか、そうしたコアとなる考えが大切だと思います。
藤井氏:まずは目的が重要と考えます。私たちはIDCをはじめとしたダッシュボードを整備することで、生徒の情報を一元化して見やすくし、そこから生徒指導の質の向上へとつなげました。その目的は、やはり生徒ひとりひとりに合ったオーダーメイドの「夢教育」を行うということにあります。逆に目的が明確でなければ、先生方はいずれそのシステムを使わなくなってしまうのではないでしょうか。
次に大事なのは、PDCAサイクルを回すための体制です。システムはニーズに合わせて育てていくもので、同時に、やめるものを決めていく必要があります。作業が増える一方では先生方の負荷が大きくなり、結局使われなくなる。その意味では、全体のバランスを見ながらオーナーシップを発揮する部署や担当者がPDCAを回していく体制がきわめて大切だと思います。

藤井氏の「システムは作って終わりではありません」という言葉が印象に残った。DXには、まず目的とPDCAを回す体制づくりが重要であることも多くの教育機関の参考になるだろう。郁文館夢学園の夢教育がさらに進化し、子供たちの夢や幸せが実現することを期待したい。
郁文館夢学園郁文館夢学園「デジタルキャンパス化構想」
キャノンITS「 in Campus School IM」
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小中学校・高等学校向けに提供する、キヤノンITソリューションズ独自開発の教育支援情報プラットフォーム「in Campus School IM」は、2023年のリリース以降、アマゾン ウェブ サービス(AWS)上で安定稼働を続けながら、今も進化を続けています。














