栃木県は、これまで独自に進めてきた紙ベースの県版学力調査から、県全体でCBTを活用した学力チェックへと舵を切った。来年度より導入される「CBTとちまるチェック」は、児童生徒ひとりひとりの理解度を素早く可視化し、授業改善や学習改善につなげる仕組みだ。
2025年11月、本格導入に先駆けて栃木県立矢板東高等学校附属中学校にて行われた事前検証では、教員・生徒・県教育委員会それぞれの立場の意見から、紙の調査では見えにくかった「学びのプロセス」が浮かび上がった。栃木県が描く新たな学びの方向性と現場の手応えについて、栃木県教育委員会 事務局 義務教育課 学力向上推進担当 副主幹の清水友晶氏、矢板東高等学校附属中学校で国語科を担当する小池美帆教諭、事前検証に参加した2年生の前野さん、山下さん(いずれも仮名)の2人の生徒に話を聞いた。
栃木県が描く「CBTとちまるチェック」の構想
--「CBTとちまるチェック」導入の背景について教えてください。
清水氏:本県では2014年度(平成26年度)から「とちぎっ子学力アッププロジェクト」を展開してきました。その要となったのが年1回の悉皆による県版学力調査「とちぎっ子学習状況調査」で、小学4・5年生と中学2年生を対象に、学力や学習状況を把握する独自の取組みです。全国学力・学習状況調査とあわせ、義務教育9年間を通して子供の成長を捉え、学校ごとに課題を分析し、授業改善を行う。そうした県独自の学力向上に向けた検証改善サイクルを構築・運用し、一定の成果を得てきました。
しかし、紙による調査では結果の返却に2~3か月ほど時間を要すため、多くの学校では分析を経て授業改善に取り組むのは夏休み以降となり、改善点を踏まえて即座に授業改善を行うことが難しいという課題がありました。また、調査は4月に実施するため、出題される問題は前年度の学習内容となり、教員が結果を「自分の授業にどう生かすか」という意識が生まれにくいという課題もあります。こうした課題を解決するために、CBT(Computer Based Testing)へ転換することとしました。
CBTは即時に結果を返し、すぐに分析・活用できるため、スピードと柔軟性をもちつつ学力診断の効果を高める手段として適しています。今回、新たに整備した栃木県独自の「CBTとちまるチェック」は、シンプルエデュケーションのCBTシステムを活用し、問題配信から採点、集計、分析までが自動化され、結果をすぐにフィードバックできることが特長です。
栃木県では、単に事実的な知識を問うだけではなく、現実の課題に向きあい、未知の状況にも対応できる思考力や判断力、表現力等の育成につながる深い学びを支えるチェックを目指しています。

--「チェック」とよぶのには理由があるのですね。
清水氏:はい、そこには明確な意図をもっています。「テスト」や「調査」という言葉には、どうしても点数や順位を比較するという印象がついてきます。しかし「CBTとちまるチェック」は、児童生徒ひとりひとりの理解度を把握し、先生方が指導を改善したり、子供たちが自分の学習を調整したりするためのツールとして運用することに重きを置いています。そして、各教科の本質的な学びに向きあってもらいたいと考えています。
また、年間を通して複数回の小さなPDCAを回すことを重視しており、4月に「スタートチェック」、7月・11月・2月に「定期チェック」を行うことで、定期的に学習状況を確認し、授業改善に生かせるようにしていきたいと考えています。
現場で見えた変化
--「CBTとちまるチェック」利用のための事前準備やサポート体制についてお聞かせください。
小池先生:最初は生徒たちが対応できるか不安でしたが、実際の操作面では大きな問題はありませんでした。一方で、準備段階に少し手間がかかりました。生徒たちが混乱しないように、情報教育担当や、パソコンに詳しい教員と連携しながら、設定や接続確認、当日の実施体制づくりを進めました。
ただし、今回の実証では教育委員会とシンプルエデュケーションのサポートが手厚く、動画やマニュアルが用意されていたので、大きな混乱はありませんでした。動画を見ながら手順を確認できたこと、困ったときにすぐ相談できる体制があったことは大きかったです。
当校のように、ICTに詳しい教員が校内にいる場合は比較的スムーズですが、すべての学校が同じ状況とは限りません。今後、県全体で一斉に導入する際は、初期設定やトラブル対応などのつまずきポイントを明確にして、「どのように準備を進めれば安心して実施できるか」という部分を、県と学校が一緒に整備していけると良いと感じています。
やはり現場としては「自分たちの手で扱えるようになる」ことが大切です。先生方が操作や準備に自信をもてるよう、支援してもらえるとありがたいです。

-- 実際にCBTを使った感想をお聞かせください。
小池先生:いちばんメリットを感じたのは「結果がその場で返ってくること」です。紙のテストだと採点や集計に時間がかかり、次の授業で振り返るころには生徒の関心が薄れてしまいます。

一方、CBTでは、解いた直後に解答だけでなく、誤答傾向なども表示されるので、生徒がつまずきやすいポイントが一目でわかり、生徒たちも興味を示していました。結果を見ながら「なぜそう考えたのか」「どうすれば正解できたのか」を全員で話しあうことで、授業が対話的になります。採点の負担が減り、先生も生徒も次の学びに時間を使えるようになるという、大きな期待を抱きました。

特に安心できたのは、生徒が誤って終了したり、先に進みすぎたりしても教員側で操作し再開できる点です。どれだけ注意しても生徒は想定外の操作をすることがあるので、教員の手元の操作でリカバリーできるのは非常に助かります。

生徒の反応が示す、CBTによる学びの広がり
--実際に体験した生徒の皆さんは、どのように感じましたか。
前野さん:最初は紙のテストと違って少し緊張しましたが、問題を解き終えたあとにすぐ結果が見られるのが新鮮でした。テストを受けた熱が冷めないうちにどこを間違えたのかわかるので、すぐに復習できるところが良いなと思います。
山下さん:残り時間が画面に表示されるのが便利でした。解説がすぐ読めるのもとても良かったです。家で見直すときにも使いやすいと思います。

--先生がクラス全体の正答率なども共有していましたね。
山下さん:あれはとても良かったです。普段のテストでは、クラスの平均点や自分の位置を意識する機会があまりありません。でも、今回のようにクラス全体の傾向を見せてもらえると、「自分はどの問題でつまずいたのか」「みんなはどこができているのか」が一目でわかります。平均点と自分の点数を見比べながら、客観的に振り返ることができるのはとても役立つなと感じました。
前野さん:CBTは紙のテストよりも自主学習に生かせそうだと思いました。学校の端末には他の学習アプリも入っているので、テスト結果をもとに弱点を確認して、そのまま練習問題に取り組めるのが便利です。CBTだと同じ端末の中で次の学習につなげられるので、復習がしやすいと思います。
山下さん:解説を読んで納得したあと、もう一度解き直せるのが良いですね。教科書やノートの出し入れをする必要もなく、手軽に復習できるので、時間も無駄にならない気がします。
--操作性について、改善してほしい点はありましたか。
前野さん:紙のテストでは解答に行き着くまでにメモ書きをすることが多いのですが、CBTでも同じようにメモが取れるよう、メモ欄をもっと大きくしてもらえると良いなと思いました。
山下さん:紙のテストでは、どれくらいの問題があるのか、あるいはどのような順番で解くかなど考えていました。CBTでは、最初どれくらいの問題があるかわからなかったので、一目でわかるようにしてほしいと思いました。
--こうした意見をどう受け止めていますか。
清水氏:貴重な意見をありがとうございます。子供たちが「どう学びたいか」を意識していることが素晴らしいと思います。操作性の改善は単なる使いやすさの問題ではなく、どこに力を入れ、どう振り返るかを自分で判断するなど、学習者の自己調整を図る力を育てる観点でも重要です。そのプロセス自体が、私たちが目指す「主体的な学び」や「深い学び」につながると考えていますので、こうした意見を反映していきたいと思います。
研修と改善の両輪で目指す学びの変革
--全県導入にあたり、どのような支援体制を構築する予定ですか。
清水氏:導入初期は、先生方が安心して操作できるように、県主催の事前研修を実施します。シンプルエデュケーションの協力も得て、解説動画や教材を整備し、学校現場で迷わないように支援していく予定です。最初の数回は戸惑いがあると思いますが、実際に動かしてみればすぐに慣れていただけるはずです。まずは、先生方に取り組んでみようと思ってもらえることが大切だと考えていますので、研修や資料等で先生方をサポートしていきたいと思っています。

--導入後にはどのような支援を予定していますか。
清水氏:継続的な支援として、各チェックの結果に基づいて、先生方には「指導資料」を、子供たちには学習改善に生かす「サポート資料」を用意し、授業内外で活用してもらいます。また、チェックとチェックの間の通常授業がもっとも重要だと考えていますので、日常的に振り返りと改善ができるよう、システムを常時稼働させる予定です。
さらに、教員が一度各種チェックで使った問題を「コンテンツバンク」に格納することで先生方がいつでも活用できるような環境を整える予定です。先生方が過去の問題を再提示することで、児童生徒は自分のペースで繰り返し学ぶことができます。加えて、長期休業中には「夏休みチャレンジ」や「冬休みチャレンジ」といった家庭で学習するプログラムを提供し、子供たちが家庭でも学びを継続できるようにします。
こうした全体的な取組みを通じて、私たちは「とちぎの学び」そのものを変えていきたいと考えています。すべての学校で、「主体的・対話的で深い学び」が実現され、子供たちの資質・能力が育まれる、そして社会に出てからも通用する学ぶ力を身に付けてほしい。「CBTとちまるチェック」はそのための出発点だと捉えています。
新たな学びのサイクルへの期待
--最後に、「CBTとちまるチェック」に期待することをお聞かせください。
小池先生:子供たちは本当に多様です。基礎・基本が十分でない生徒もいれば、より難しい問題に挑戦したい生徒もいます。こうした中でCBTは、今の子供たちに適した、まさに「個別最適な学び」を支えるツールになると感じています。
また、ICT機器ならではの良さにも期待しています。紙では学習が進みにくい生徒でも、画面上だと集中して取り組める生徒がいます。チェックの仕組みを家庭学習にも広げられれば、授業と家庭をつなぐ新しい学びの形になるでしょう。
清水氏:小池先生のお話のとおり、「CBTとちまるチェック」はひとりひとりの学びを支えるための取組みです。「チェック」を通して子供たちが自分の学習状況を知り、次の行動を主体的に考えるようになる。教員はその変容を見取りながら、授業を改善していく。その往還の中で、教える側も学ぶ側も成長していくことを理想の姿としています。
私たち教育委員会としては、こうした学びの循環を全県に広げ、どの学校でも、これまで以上に児童生徒ひとりひとりに寄り添った学びを実現したいと思っています。「CBTとちまるチェック」は、そのためのプラットフォームであり、これからの教育を支えるツールとなるよう、しっかり構築していきたいと考えています。

「CBTとちまるチェック」は、紙の学力調査からの単なる移行ではない。年1回の調査ではなく、授業の中で繰り返し行う「チェック」を通じて、深い学びの実現を図る。即時に結果を返し、誤答の傾向をもとに授業を再設計することで、教員の指導改善と児童生徒の学習改善を同時に進める。このことが教員、そして児童生徒にもたらす効果は計り知れない。
実社会に即した深い学びの実現に向けて、栃木県が掲げる新たな学力向上のかたち。データを基にしながらも、学びの中心に人と人との対話を据える「CBTとちまるチェック」は、県全体の教育を次のステージへと導こうとしている。
栃木県教育委員会シンプルエデュケーション【協賛企画】アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
シンプルエデュケーションは公立学校・自治体向けの「テスト」支援に特化したソリューションを提供。自社開発の「百問繚乱」シリーズは、 アマゾン ウェブ サービス(AWS)の安定した稼働に支えられ、 全国約500自治体・6,000校以上で利用されている。CBTシステムは、学力調査にとどまらない「気軽な悉皆テスト」をコンセプトに、自治体が保有するコンテンツの有効活用も実現。また、自治体ごとの課題に応じたオリジナル作問と独自機能の両輪で、地域の教育を支える仕組みづくりを支援している。














