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課題はベテラン教員不足、経験に加えてデータ活用を重視する奈良市の取組み

2020年3月10日に文部科学省・総務省が開催した「学校における先端技術・データ活用推進フォーラム(成果報告会)」のパネルディスカッションから「奈良県奈良市」の事例を紹介する。

事例 ICT活用
奈良県奈良市の取り組み
  • 奈良県奈良市の取り組み
  • 学校現場の現状
  • データ活用の目的
  • データを活用するための仕組み
  • 統合データベースの特長
  • データ利用のプロセス
  • 実践の背景と方針
  • 児童生徒アンケートの概要と設問項目と設問数
 2020年3月10日に文部科学省・総務省が開催した「学校における先端技術・データ活用推進フォーラム(成果報告会)」のパネルディスカッションから「奈良県奈良市」の事例を紹介する。なお奈良市からは、奈良市教育委員会 事務局 学校教育課 情報教育係 係長 谷正友氏が発表者として登壇した。

経験重視に加えてデータ重視へ



 奈良市は経験年数が15年以上の教員の数が少なく、小学校中学校ともに10年未満の経験年数の教員が全体の50%以上を占めている状況だという。そのため、学校現場で行われてきた教員の経験を重視した教育に加え、データを重視した教育への転換が必要と判断し、本実証事業を中心にデータの活用を進めている。

学校現場の現状

 実証事業における目的は下記の3点。

1.学び残しの確実な防止
2.問題点・課題をピンポイントで特定
3.教員集団の学び合いの促進と深化

データ活用の目的

 そのうえで、「子どもひとりひとりの学力の保障」「早期発見、早期対策に基づく組織的支援」「教員の指導力向上と学校教育の質向上」という目指すべき姿の実現を進めている。

 学校のデータは大きく2つに分類されている。ひとつは、児童生徒・教員の氏名や所属情報、出欠情報、日常所見情報、単元テストなどの「校務系データ」、もうひとつは児童生徒アンケートなど教室で取り扱う「授業学習系データ」。これらはセキュリティ上、分離して整理・保管されている。この2種類のデータを統合データベースに集約し、用途に応じて2つのデータを掛け合わせて可視化し、学校現場に還元、教育の質の向上につなげていく

データを活用するための仕組み
データを活用するための仕組み

 統合データベースは児童生徒のIDをキーにしている。そのため、児童生徒が変更あるいは進級しても、前年度との連続性をもって参照可能。システム利用者の立場や権限、用途に応じて、さまざまなデータから必要な情報を取り出すことができる。

統合データベースの特長
統合データベースの特長

 データ活用は、1.調査、2.評価、3.対応策検討、4.指導・支援の4つのプロセス。調査で校務系データと学習系データを取得・蓄積、評価では学級全体の状況や傾向を把握し、注目すべき児童生徒を確認する。その後、必要に応じて児童生徒のより詳細な情報を参照しながら対応策を検討。対応策が決まると個別の指導、授業内容の修正、声かけ等の個別対応などに取り組む流れとなる。また、学校長や教育委員会とも情報共有し、より効果のある施策の検討に活用できる。このサイクルから教員の経験に加えて、エビデンスを活用した指導・支援を実施していく。

データ利用のプロセス
データ利用のプロセス

 なお、本システムでは、児童生徒の変容、学校/学級の状況、学校生活の状況、声かけすべき対象と内容、授業の理解度、学習意欲と成績という6つの観点で可視化できるという。

事例1:問題点の早期発見と個に応じた指導



 これまで教員は児童生徒のようすを観察して経験からの見立てを実施、口頭や指導要録等の帳票で引き継ぎを行っていたが、それでは児童生徒の細かなようすや長期的な変化が捉えにくかった。本システムでは、教員同士の引き継ぎに加えて、過去のアンケートや日常所見情報の確認ができるため、児童生徒の変容を捉え、問題点の早期発見と個に応じた指導・支援の実践が可能となったという。

実践の背景と方針
実践の背景と方針

 本システムで連携・活用したデータは、日常所見情報(校務系データ)と児童生徒のアンケート結果(授業・学習系データ)。児童生徒のアンケートは、子どもたちを取り巻く環境や状況の変化を捉えるために奈良市の実証校で実施していたもの。児童生徒がタブレット端末を用いてアンケート全32問に4段階で回答。頻度は学期末に一度、年に計3回実施。アンケート項目は、家庭生活、学校生活、授業評価、自我意識そして教科等評価の観点に関するもので構成されている。

児童生徒アンケートの概要と設問項目と設問数
児童生徒アンケートの概要と設問項目と設問数

アンケート内容
アンケート内容

 まず教員は教員用端末から奈良市のスマートスクールポータルサイトにアクセスし、6種類のリストから選択すると、対応した画面が起動する仕組みとなっている。ここでは「児童生徒の変容」を選択。

 次に、アンケートから変容の大きい児童生徒を発見する。4段階のアンケートで、もっとも悪い報告の「1」を回答した児童生徒は、何らかのアラートを出していると考える。教員が「1」をつけた児童にいち早く気付くことができるよう、「1」が多い児童生徒と今学期のアンケートで「1」が急増した児童生徒をグラフ表示。その後、気になる児童生徒をクリックすることで、対象の児童生徒のアンケート詳細を確認できる。

変容の大きい児童生徒の発見
変容の大きい児童生徒の発見

 続いて児童生徒の詳細状況を確認する。アンケート結果が左から時系列に並べられている。1つの設問に対して、これまで実施した5つの回答結果が表示される。児童生徒のネガティブな回答はオレンジ、青からオレンジへの変化、オレンジから青への変化、また継続して同じ色になっている部分と、教員が直感的に捉えられる仕組みだ。これまで教員が記録した日常所見も確認できるので、過去のようすを基にした適切な指導を検討・実施できるという。

 アンケートに対して3学期末から1学期末の学年をまたいで、青からオレンジ、つまりポジティブからネガティブになる変化があった児童の具体的事例が紹介された。教員は、まず学力面で確認したが問題はなく、続いてネガティブに大きな変容が見られた項目を確認。そこで、授業ではしっかりと参加できず、自分の意見を言えていないことが原因ではないかと推察するに至った。

児童生徒の詳細状況の確認(事例)
児童生徒の詳細状況の確認(事例)

 そこで実際の指導へ。この児童は話すことが苦手ではないため、得意な社会や算数の学習時間で意図的に発言を促し、授業形態を工夫してペアワークやグループワークを多く取り入れることで、授業での活躍の場を設定。また、頑張りに対する称賛や本人を認める声かけを継続した。

 こうした取組みを粘り強く続けたところ、得意科目以外の授業にも進んで参加・発言するようになったという。結果として、2学期のアンケートでは、11件あった「1」の回答は3件となり、8件の改善が見られた。

 教員からは、「本システムを活用することにより学年をまたいだ情報共有ができ、より細かい情報を基にした指導・支援が可能になった」「シンプルでわかりやすい画面構成の教育データ可視化システムであるため、この教育データ可視化システムをきっかけに教員のデータ活用の機運が高まった」「児童生徒の変容を定量的にとらえることができるため、教員の取組み自体を評価することができるようになった」という評価の声があった。

事例2:客観的情報を基にした学級運営の実施



 事例2は「客観的情報を基にした学級運営の実施」。

 これまで奈良市ではテストやアンケートが統一されていなかった。そのため、学校間での比較をすることが困難で、教員が自学級の客観的な特性を見ることが難しい状況だったという。そこで「学びなら」という算数の統一単元テストを実施、本事業実証校では統一したアンケートが実施され、他校との比較が可能に。これによって教員は、自学級の客観的情報を得て、特性を考慮した学級運営が可能になった。

 この事例で連携・活用するデータは、全市統一の算数単元テスト「学びなら」の結果(校務系データ)、児童生徒アンケート結果(授業・学習系データ)。これらのデータは、内容の統一に加えて、取得するタイミングも揃っていることがポイントだという。

実践の背景と方針
実践の背景と方針

 まず学校・学級の状況を表示する。教員は、学年が始まる4月に児童の学習の状況を把握するため、グラフ内の「学校・学級別の学び残しの積み上げ」に注目。学び残しは全市統一の算数単元テスト「学びなら」の結果が50%以下の場合と定義されている。今回、当該教員は他校に比べて全学年の学び残しが多いことを確認した。

他校に比べて学び残しが多いことがわかる
他校に比べて学び残しが多いことがわかる

 そこから学級の詳細状況を確認。教員が着目したのは、児童生徒アンケートの回答分布。この分布図では、アンケートに対してネガティブな回答を行っているものは赤およびピンク、ポジティブな回答は水色および青、またその人数が円の大きさで表される。「自分の意見や考えを説明できる」「自分の考えや調べたことをまとめることができる」といった質問に対して、赤やピンクなどのネガティブな回答が見られるところに着目。加えて「国語の勉強は好きだ」「算数の勉強は好きだ」といった設問に対しても、同じく赤およびピンクのネガティブな回答が見られることに気付いた。

児童生徒アンケート回答分布
児童生徒アンケート回答分布

科目のアンケート状況も確認
科目のアンケート状況も確認

 こうしたデータの確認から、学び残しが他校と比べて多く、児童アンケートからはネガティブな回答を答えている児童に学び残しが多いことの2点が見て取れたという。

 そこで、学習意欲が低い児童の底上げの必要性を学年教員で議論。適正な個別の支援を学年で揃えて行うことを決定した。明らかになった学び残しの多い苦手分野にフォーカスして個別の支援を実施していくと、宿題をしてこなかった児童が必ずするようになり、児童自らがプリントを手に取って学習を進めるなど、学習習慣が少しずつ身に付く状況が見られるようになったという。

 教員からは、「このシステムを使うと児童の状況を客観的に把握することができる」「年度当初から児童・生徒の実態に即した学年経営方針を立てることができる」「児童ひとりひとりのつまずきを正確に把握することができる」「重点を定めて復習をすることができる」「個別の支援においては学習プリントが作成しやすい」といった評価を受けた。

学校間のデータ活用で良い議論へ



 学校同士のデータを比較する取組みでは、現場から当初、学校の序列化やランキング化につながる懸念もあったという。

 奈良市教育委員会事務局の谷正友氏は「それ以上に、より良いデータの活用方法を見い出すためには、共に取り組んでいる学校同士で、比較をしながら、より良い実践、子どもたちにデータに基づいて何を返すのかという議論をしやすくするためにも共有していこうと、そんな機運が生まれました」と振り返った。

 子どもたちが主体であることを軸にした奈良市の取組みは、実践からさらに多くの気付きが得られる可能性や、他自治体でのエビデンスを基にした教育実践の参考になるのではないだろうか。奈良市の今後の取組みに注目したい。
《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

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