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北海道・安平町立早来学園の「地域拠点」づくりとは【チームラボ株式会社】

 「未来の教室」では、民間教育サービス と連携し、学校内の改革を推進してきまし た。2022年には、産業構造審議会の教 育イノベーション小委員会にて、これまで の取組を踏まえた「中間とりまとめ」*を 取りまとめています。

事例 ICT活用
早来学園内での様子
  • 早来学園内での様子
  • CFCI実践中の様子
  • 学校と地域拠点共存のイメージ
  • ICT活用の様子
  • ICT活用の様子
  • 早来学園での演奏イベントの様子

 「未来の教室」では、民間教育サービスと連携し、学校内の改革を推進してきました。2022年には、産業構造審議会の教育イノベーション小委員会にて、これまでの取組を踏まえた「中間とりまとめ」 を取りまとめています。同とりまとめの中では「地域拠点」としての学校インフラの活用を論点の1つとして位置付けています。
 今回は、「地域拠点」として学校インフラを活用している先進的な事例として、北海道・安平町立早来学園(あびらちょうりつはやきたがくえん)を紹介いたします。

子どもと地域住民の「共創」のきっかけが生まれる学校

 公立小中学校の施設は、第2次ベビーブームに合わせて建築されたものが多く、建築後25年以上経過した施設の面積が公立小中学校の施設面積全体の約8割となるといった「校舎などの老朽化」が大きな課題となっています。一方で、「社会に開かれた学校」づくりが求められるなか、学校を地域住民の生涯を通じた「学び・生活・仕事のインフラ」として機能する施設に再デザインする発想が重要となっています。
 安平町では、チームラボ が空間設計を手がけた義務教育学校「安平町立早来学園」(以下、早来学園)が2023年4月に開校しました。早来学園では不特定多数の地域住民が活動場所として利用できるようにしつつ、子どもの安全性を確保する仕組みを導入することで、ひとつの空間に「学校」と「地域のコミュニティセンター」の機能の共存を実現させています。
 早来学園の「地域拠点」づくりについて、安平町教育委員会事務局の永桶憲義(ながおけのりよし)教育次長と井内聖(いうちせい)氏に話を聞きました。

なぜ学校を「地域拠点」として活用しようと考えたのか

 学校再建のきっかけは、2018年9月に発生した北海道胆振(いぶり)東部地震です。震災の影響により、安平町では早来中学校の校舎が利用できなくなってしまい、新校舎を建てることになりました。また、震災時に避難所として使っていた町民センターは耐震化が不十分で、改修の必要が生じました。
 「日本ユニセフ協会の『日本型CFCI実践自治体』 でもある安平町は、子どもにやさしいまちづくりを目指しています。
 学校と地域の施設を統合し、人が集まるような環境を作れば、もっと町が活気づくのではないかと考え、学校を地域拠点として活用することにしました。」(永桶教育次長)
 震災発生翌年の2019年1月、教育委員会は住民と一緒に「新しい学校を考える会」を立ち上げました。行政側では「改修ではなく建て替え」ということだけ決まっていたものの、どこにどんな校舎を建てるといった計画はまさに白紙の状態からの検討でした。
 会議は月に2~3回の頻度で実施しました。まずは、学校のコンセプトを決めるにあたり、教育委員会は住民との議論の中で「学校とはどんな場なのか?」を問いました。さまざまな意見の中に「学校は子どもたちが勉強するだけの場所じゃない」という意見がありました。
 「大人も学校と関わることで新たな友人ができたり、世界が広がったり、学校は子どもだけのものじゃない、みんなの学校だという思いが感じられました。それは、震災によってさまざまな施設が使えなくなり、住民が地域拠点というものを求めていたからかもしれません。そんな住民の思いと、町として公共施設をどのように運用していくかという課題感がうまく合致したのだと思います。」(井内氏)

CFCI実践中の様子 画像提供:未来の教室 ~learning innovation~

チームラボがパートナーとして参画

 震災後の学校再建をどのようにしようかと検討し始めた時、北海道出身のチームラボ担当者から「地震で被災した児童生徒のために何か協力したい」と声がかかりました。地域拠点になるような学校として、早来学園の校舎を50年、100年にわたって使い続けたいという思いを共有し、住民とチームラボ設計事業者のアイデアを融合して現在の学校の構想が出来上がったのです。
 「参画したメンバーが実現したい未来を描きながら、絶妙なチームワークを発揮できた。」と井内氏は振り返ります。
 「チームラボの参画によって気づいたことは2つあります。1つ目は『本質を絶対に外さない』ことです。住民たちとの議論の末に決まった早来学園のコンセプト『自分が「世界」と出会う場所』について、彼らは安全面に配慮しつつ、技術や予算の問題での妥協は一切せず、どういった出会い方をするのが一番良いのかをとことん考え抜いてくれました。
 2つ目は『対話によって最適解を見つけていく』ことです。彼らの妥協を許さない姿勢がプロジェクト内の衝突を招くこともありましたが、自分たちの要求を無理に通すのではなく、丁寧に対話を重ねながら着地点を見つけてくれました。この2つはチームラボからの大きな学びであり、プロジェクトに良い効果を与えてくれたと思います。」

学校と地域拠点を共存させることで、自治体・学校・住民がWin-Winに

 早来学園の活用例の一つとして、地域に校舎を開放する「安平シェアスペース」で月に2~3回実施している介護予防教室があります。介護予防教室の参加者がワクワクしながら学校に来て、子どもたちの姿を見て笑顔になることが、大きな介護の力になっています。
 「高齢化の問題は高齢者に限定して考えるのではなく、子育て世代の人たちを呼び入れることが解決につながるのではないでしょうか。」(永桶教育次長)
 また、スクールバスで通うような地方では、学校の外で、子どもたちが塾、習い事などの「先生」以外の大人と出会う機会が少なく、地域の大人との接点もとても少ないのが現状です。教職員も同じく、学校の外で教職員以外の大人と交流することがなかなかありません。
 ところが、早来学園のように、学校と地域拠点が共存することで、「先生」以外の大人と出会うことができるようになります。さらに教職員にも、様々な人々とのつながりが生まれます。直接コミュニケーションをとらなくても、例えば、図書館でテレワークをしている人を子どもたちが見て、こんな働き方もあるのかと気づくなど、「従来の学校が持っていた価値観が揺さぶられているのを実感します。」と井内氏は語ります。
 一方で、学校と地域拠点を共存させる上で難しかったのは安全面です。学校と地域拠点を共存させると、学校に不特定多数の人が出入りすることになり、安全面での不安は拭えません。「塀はどのくらい高くするのか」という指摘も町内からありましたが、たとえ塀を高くしても安全を担保できるものではありません。そこで安平町では発想を変え、「学校と地域拠点を共存させるということは、デジタル技術を活用した上で、人と人との付き合いの中で安全を確保するのが一番良い」という結論に至りました。
 「そこで、学校に不特定多数の地域住民が出入りすることから、児童生徒の安全性を確保するため、「顔認証システム」を導入しました。出入り口は学校施設と一般利用とを物理的に分け、さらに「顔認証システム」により、児童生徒や教職員のみが学校施設側へ出入りできるようにします。なお、一般開放される図書室は、司書や管理人などが常駐し、さらに伴の自動開閉システムを採用し、児童生徒が利用する際は、一般利用側にロックがかかる仕組みとします。
 顔認証システムは認証カード等が不要なため、利用者のアクセス性も担保できます。しかし私たちが目指したのは、学校を地域に開放したとき、みんなが知っている「地域のみなさん」の目によって、不審者が来た時に怪しいと警戒するセンサーを持つことです。地域住民が学校の活動を手伝ったり、子どもたちが地域住民に元気を与えたりするような関わり合いの中で、安全性は自ずと確保できると思うのです。」(永桶教育次長)

学校と地域拠点共存のイメージ 画像提供:未来の教室 ~learning innovation~

ICT活用により、先生の働き方改革と情報共有が促進

 早来学園は平日だけでなく、年末年始除く土日祝日も含め、毎日9時から夜9時まで開放し、学校施設の運用管理を教育委員会事務局が行っています。このような地域拠点が教育資源であり価値があるというビジョンの下、施設管理を教育委員会に所属する校長の裁量に任せ、現場に委ねず、教育委員会が率先して管理しているのです。
 「『学校は誰のものか』という問いへの答えが、『先生』という発想だと早来学園のような学校運営は難しいと思います。ただでさえ多忙な中、学校を開放して地域との接点が増えれば、先生の負担は増すばかりです。先生自身、児童生徒の安全をしっかり守らなければならないと責任を強く感じるほど、外部との接点を避ける方向に向いてしまう。学校開放を先生たちだけで行うには限界があります。
 他の自治体でも学校開放を成功させるためには、学校施設の運用管理を先生たちの負担にさせないことが重要なのではないでしょうか。」(井内氏)
 こうした学校開放の仕組みは、ICTが支えています。例えば、教職員が授業の時間割を作るだけで、システムがいつ、どの教室が使用可能かを自動的に管理してくれるのです。
 「ICT活用により、誰がこの施設を使っているのかが具体的に見えるようになりました。施設の前に設置されたタブレット端末にはどの団体がいつどんなことをしているのかが表示されているので、『チアダンスのチームがあるんだ』とか、『いつもバスケットボールの練習をしている団体はこういう名前なんだ』といった情報が児童生徒や教職員だけでなく地域住民もわかり、地域での活動の輪が広がっていくことも期待できます。」(井内氏)

ICT活用の様子 画像提供:未来の教室 ~learning innovation~
ICT活用の様子 画像提供:未来の教室 ~learning innovation~

学校が移住の呼び水に

 さらに安平町は、2025年度までに部活動の地域移行を完了予定です。「家庭への費用負担は現状と変わらず、地域を越えて活動する場合も大きな負担にならないよう、国の実証事業や寄付を活用するなどの工夫をしながら、継続可能な形で進めている」と永桶教育次長は語ります。
 「地域の少子化で、チームが組めないほどの人数にまで減っているところもありますが、子どもたちには学習面だけでなく、スポーツに出会う環境も残してあげたいというのが目標です。また、部活動の地域移行は、先生の負担軽減にも繋がります。」
 早来学園は公立学校であり、特別な教科書を使っているわけでもなければ、特別な授業内容を行っているわけでもありません。限られたリソースを活かしながら、地域と繋がり、地域と共に育む教育なのです。
 2023年4月の開校から半年の間に多くの反響があり、安平町には移住の問い合わせも増えているといいます。「これを一時のブームに終わらせないよう、安平町に住みたいと思ってもらえるような環境づくりを続けていきたい」と永桶教育次長は意気込みます。
 日本全体で少子化・高齢化が急速に進む中、各地域では地方創生が求められています。一方で、過疎化の進行や地域社会の繋がりの希薄化により、「地域で子どもを育てる」という考え方が失われつつあります。早来学園の事例は、地方創生や学校の地域拠点化のヒントとなるのではないでしょうか。

産業構造審議会の「教育イノベーション小委員会中間とりまとめ:https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shomu_ryutsu/kyoiku_ innovation/20220922_report.html

チームラボ:「ICTを活用してデジタルで体験価値を変える」という理念の下、サイエンス・テク ノロジー・デザイン・アートなどによるソリューションを提供する企業。 https://www.team-lab.com/

日本型 CFCI 実践自治体:「子どもにやさしいまちづくり事業(CFCI)」とは、世界中の地方自治体やコミュニ ティが、子どもたちにとってより良い環境になるようユニセフが提唱する活動。日 本では2021年6月に正式に開始し、日本ユニセフ協会の定める基準を満たした5つの自治体(北海道ニセコ町・北海道安平町・宮城県富谷市・東京都町田市・奈良 県奈良市)がユニセフ日本型CFCI実践自治体として承認されている。 https://www.unicef.or.jp/news/2022/0006.html

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※この記事は、令和5年度「学びと社会の連携促進事業「未来の教室」(学びの場)創出事業」で作成した、「未来の教室」通信を全文転載しているものです。
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《未来の教室(経済産業省)》

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