30年目を迎える「NEW EDUCATION EXPO 2025 東京(以下、NEE2025東京)」が、2025年6月5日より3日間にわたって開催されている。会期1日目には、本イベントを主催する内田洋行と中富良野町(北海道)による、北海道中富良野町が取り組む“つながる”学校づくりに関する発表が行われた。
北海道のほぼ中央に位置する中富良野町は、人口約4,500人の町。少子高齢化、過疎化の課題を抱えつつも、観光業に力を入れており、年間およそ120万人が訪れるという。長年、課題としてあがっていた学校の建物の老朽化問題に2015年ごろから本格的に取り組み、2025年8月に義務教育学校「ラベンダーの杜中富良野町立なかふらの学園」が開校する。
教育の未来を拓く、新しい学びの空間づくり
冒頭の挨拶には、内田洋行 代表取締役社長である大久保昇氏が登壇し、自身が30年前に立ち上げたNEEの歴史を振り返り、「30年前、インターネットが教育現場で活用され始めた黎明期において、NEEは学校の情報化がおもなテーマであったが、現在では教育全般に広がり、内容の深化・多様化へと関心が広がっている」と、教育におけるICT活用の変遷を語った。

さらに大久保氏は、教育環境を考えるうえで「建物」がもつ意味の大きさを強調。日本の近代教育は1872年(明治5年)に始まり、その後わずか20年で現在の小学校数を上回る学校が全国に建設された。これによりきわめて早く、日本の教育の基盤を形成することができたと語る。
日本の学校の教室は、全国約3万校、50万教室のほとんどが8メートル四方の同じ大きさで作られている。また、教室に自然光を取り入れるために南側には大きな窓が設けられていることも共通だ。南側に設けられた窓は、蛍光灯が無かった当時は重要な役割を果たしていたが、現代においては冷房効率の低下を招く一因になっている。このような画一的な学校建築は、世界的に見ると珍しく、現代の多様な学びのスタイルを展開する際には課題となる場合もあるという。
このような背景を踏まえ、大久保氏は北海道中富良野町における新しい学校づくりの取組みを紹介した。中富良野町では、教室、図書館、そして職員室のあり方を根本から見直し、新しい学びの空間を創造しようとしている。教育内容の変革は文部科学省や教育委員会が主導するものであるが、建物の変革は、より直接的に、そして確実に教育環境を変える力をもつ。中富良野町の挑戦は、日本の教育が新たなステージへと進むための重要な一歩であり、この取組みが全国へと波及していくことへの期待を述べ、挨拶を締めくくった。
中富良野町の「つながる」学校づくり、地域と未来を紡ぐ学びの拠点
続いて、北海道中富良野町の企画課 建築景観課長の高橋純氏と、同町教育委員会 教育課 課長補佐の三谷和生氏が登壇し、「つながる学校づくり」と題した先進的な学校事例を紹介した。

三谷氏が役場に入庁した1997年当時、すでに町内の小中学校の老朽化は深刻な問題となっていた。約40年間にわたり大規模な修繕が行われてこなかった校舎は、古い・暗い・暑い・寒いなどの問題を抱えていたという。子供たちは毎日当たり前のようにその環境で学んでいたが、教職員や議会からは改善を求める声が強くあがっていた。
この課題に対し、町はPTAや地域住民、学校関係者と協議を重ね、町内の小学校と中学校を統合し、旧中学校のグラウンドに新たな9年制の義務教育学校を建設する方針を決定。2025年度の利用開始を目指し、地域全体の理解と協力を得ながらプロジェクトを推進してきた。
「創る人」を育む、Nプロジェクト
新校舎建設と並行して進められたのが、新たな教育理念を具現化するための「Nプロジェクト」である。これは中富良野町の義務教育学校推進計画の通称であり、大阪府教育委員の尾崎えり子氏をアドバイザーに招聘し、「創る人」を育てる教育を基本理念に据えた。

この「創る人」というキーワードは、町が従来から掲げてきた教育目標「心豊かに学び明日のふるさとをともに創る人を育む」という言葉の中から見出されたものである。「創る人を育む」とは自らの可能性に挑み、他者と協働しながら新たな価値を生み出せる力をもった子供たちを育てることを目指している。
新校舎の設計にあたっては、以下の3つの柱が掲げられた。
1. 学びと環境の共生:自然エネルギーを最大限に活用し、環境負荷を低減するとともに、快適な学習環境を実現する。
2. 高い可変性と拡張性:将来の教育ニーズの変化や児童生徒数の変動に柔軟に対応できる、フレキシブルな空間構成とする。
3. 誰ひとり取り残さない教育:多様な個性をもつすべての子供たちが、安心して学び、自己肯定感を育めるインクルーシブな環境を整備する。
この3つの柱に基づき、新校舎は環境省の「ZEB Ready(ゼブレディ)」認証を取得。これは、年間の一次エネルギー消費量を50%以上削減する建築物に与えられるものであり、北海道の厳しい気候条件下(夏は35℃超、冬は氷点下25℃以下)においても、高断熱・高気密設計、地中熱ヒートポンプ、壁面設置型の太陽光発電パネル(積雪対策と反射光利用による発電効率向上)などを採用することで実現した。また、中央監視システムを導入し、スマートフォンから空調や照明を操作。エネルギー使用量を「見える化」することで、環境教育への活用も図る。

50年先を見据えたという新校舎には、従来の学校建築の常識を覆すような、独創的で機能的な空間設計が随所に見られる。

・多目的ホール:校舎北側に配置されたガラス張りの吹き抜け空間。自然光をふんだんに取り込み、明るく開放的な学びと交流の場を提供する。幅広の階段はベンチとしても利用でき、子供たちの多様な活動を促す。
・可変式の普通教室:一部の普通教室には可動式の間仕切りを導入し、授業内容や人数に応じて教室の大きさを自由に変更できる。これにより、グループワークや個別学習など、多様な学習形態に柔軟に対応する。
・家具・設備の配置:教室内の家具は移動可能なものを採用し、レイアウト変更を容易にしている。教員スペースは窓際に配置し、教室全体を見渡せるように配慮。黒板ではなくホワイトボードを採用することで、プロジェクター投影もスムーズに行える。
・プレイコート:校舎中央には、小規模な体育館としての機能をもつ「プレイコート」を設置。運動だけでなく、発表会や地域イベントなど、多目的な利用を想定している。トップライトや中庭に面したカーテンウォールから自然光を取り入れ、明るく快適な空間となっている。
・特別教室の呼称:理科室や音楽室といった従来の特別教室の呼称を廃止。「〇〇号室」と番号で呼ぶことで、特定の用途に縛られない柔軟な活用を促す。
・図書館:書架を低く抑え、全体を見渡せる開放的な空間設計。子供たちが本に親しみやすい環境づくりを重視している。
・校内教育支援センター:不登校の予防的観点から、校内に相談室や休憩スペースを設置。子供たちだけでなく、教職員も気軽に利用でき、心身のリフレッシュやリセットができる「居場所」としての機能を担う。
・フリーアドレスの職員室:教員の働き方改革の一環として、固定席を設けないフリーアドレス制の職員室を導入。これにより、教員間のコミュニケーションの活性化などが期待される。
地域材の活用と地域との連携
新校舎の建設にあたっては、地域とのつながりも重視された。特に象徴的なのは、50年前に小学校の学校林に植えられた木々を、新校舎の内装材や家具として活用したことである。これは、地域住民が未来の子供たちのために植えた木々を、新たな形で未来へと繋いでいこうという思いの表れであり、地域住民や森林組合の協力のもと実現した。子供たちが日常的に触れる場所に地域の木材を使用することで、郷土への愛着や自然への感謝の気持ち育むことも期待される。

中富良野町が今後目指すもの
三谷氏と高橋氏は、新校舎の完成はゴールではなく、あくまでスタートであると強調した。この新しい学びの場で、子供たちが主体的に学び、多様な他者と協働しながら未来を切り拓いていく力を育んでいくこと、そして学校自体も常に変化し、成長し続けていくことが重要であると述べた。中富良野町の挑戦は、地方の小規模自治体における学校づくりの新たなモデルケースとして、全国的にも注目されるであろう。

今回紹介された大久保氏の教育への情熱と、中富良野町の先進的な学校づくりの実践は、これからの日本の教育が目指すべき方向性を示唆するものであった。ICTの進化、グローバル化、価値観の多様化といった社会の変化に対応し、子供たちひとりひとりの可能性を最大限に引き出すためには、教育内容だけでなく、学びの「場」そのものの変革が不可欠である。中富良野町の事例は、その具体的な道筋を力強く示すものであり、今後の教育改革に大きな示唆を与えるものになるだろう。