GIGAスクール構想第2期(以下、GIGA2.0)において、文部科学省が掲げる柱のひとつである「次世代校務DX」。教員の働き方改革やデータ連携など、実現に向けた課題が山積する中、各自治体は文部科学省の方針に沿ったさまざまな次世代校務環境の構築に取り組んでいる。
2025年6月に開催されたセミナーに登壇した、文部科学省 学校DX戦略アドバイザー、ICT活用教育アドバイザーを務める鹿児島市教育委員会 教育DX担当部長の木田博氏による講演「次世代校務DX推進に向けたストラテジー」から、全国の教育現場が目指すべき次世代校務環境の姿を探る。
DX推進の司令塔を導入し、横断的なデジタル化を
鹿児島市では、教育DX推進の加速に向けて2023年度に「教育DX担当部長」という新たな役職を設置。木田氏は初代教育DX担当部長として着任し、市の教育ICT施策全体の最適化に取り組んでいる。「自治体規模が大きくなると、各課がそれぞれの意向でデジタル化を進めがちですが、学校にとっては“使いにくいシステムばかりが乱立している”という状況になりかねません。結果的にコストも高くついてしまうのです」と、木田氏は縦割りでのDX推進の課題を指摘した。
そのうえで、「全体的な視点で教育DXを総合的・横断的に設計・推進するポストが必要不可欠」と木田氏は強調する。文部科学省や鹿児島県のアドバイザーも兼任する立場から、他自治体の状況を踏まえながら、次世代校務DXを推進するための施策について紹介した。

一貫した整備方針でICT環境を最適化
市内に小学校78校・中学校39校・高等学校3校の計120校を所管する鹿児島市は、GIGAスクール構想の初期段階から端末整備を計画的に進めてきた。小学校にはiPadを、中学校と市立高校にはWindows端末を配備し、そのうちの約8割が2025年度に更新される予定となっている。中学校ではSurface Go 4への刷新が進められているほか、2024年度には普通教室および特別教室のすべてに、65~75インチの電子黒板を一斉に導入しており、ICT環境の均質化と利便性向上が図られている。
GIGA2.0に向けて、更新端末の選定に頭を抱える自治体も多い中、鹿児島市は一貫した整備方針をもとに、学びと校務の両面からICT環境の最適化を進めている。

次世代校務DXの3本柱
文部科学省は2025年3月、全国的な次世代校務DXの推進に向けて「次世代校務DXガイドブック」を公表した。作成に携わった木田氏は、ガイドブックのサブタイトルにある「都道府県域内全体で取組みを進めるために」がポイントだと述べ、次世代校務DXの理想像としてガイドブックに示されている3つの姿を紹介した。

<1> 学校における働き方改革
・Microsoft Teamsなどの汎用クラウドツールを使って、コミュニケーションや情報共有の迅速化・活性化を図る。
・教室や職員室だけでなく、出張先や自宅などからも校務支援システムにアクセスできるようにすることで、校務のロケーションフリー化を実現する。
・紙文化、紙ベースから脱却し、デジタルで処理を完結し、同じ作業を2度と行わないワンスオンリーの考え方を重視していく。
<2>教育活動の高度化
・校務系、学習系のネットワークの統合を行い、教育データを効果的に収集・分析・活用することで、個別最適な学びの実現をめざす。
・これまで勘や経験に頼っていた指導に、データによるエビデンスを組み合わせることで、教育の質をより高めていく。
・データが有効に使われるようにするため、ダッシュボードなどを構築して活用することが求められている。
<3>教育現場のレジリエンス確保
・校内サーバをクラウド化することで、災害発生時でも指導要録などの重要なデータを保全し、自宅や避難所などの学校外からでも業務継続が可能となる環境を整える。
今ある環境でできる校務DXの推進
次世代校務DXを実現するための取組みとして、文部科学省のガイドブックには大きく2つの視点が示されている。その1つ目が「今ある環境でできる校務DX」を着実に進めていくことである。これは、専用システムや大型予算に依存せず、従来業務の見直しを徹底して行い、すでに整備されている端末やクラウドツールを活用しながら業務改善を図るという実践的なアプローチだ。
たとえば、保護者面談や教育相談の日程調整は、多くの教員にとって時間的・精神的負担となる業務のひとつである。従来は紙で希望調査を配布・回収し、手作業で集計し、重複があれば電話やメールで再調整するという煩雑なフローが一般的だった。
これをMicrosoft Formsで希望日を集計することで、紙の配付、回収、集計の作業は必要なくなる。さらに、Microsoft Bookingsで保護者が空いている日時をWeb上で直接予約できるようにすれば、保護者に予約用のURLを伝えるだけで完了する。保護者も予定をすぐ把握できるなどのメリットがあり、喜ばれるという。

こうした事例は、単に業務をデジタル化する“デジタイゼーション”にとどまらず、業務プロセスそのものを見直す“デジタライゼーション”の好例だ。木田氏は「これまで“慣例”で続いてきた業務を、ツールの導入だけでなく運用ルールも含めて見直す時期にきていると思います。汎用クラウドツールと、教務・保健・学籍などを扱う校務支援システムを、必要に応じて柔軟に連携することが、次世代校務DXの前提となるでしょう」と話す。
加えて、生成AIの利活用も注目されている。成績などの重要性が高い情報を扱う教育現場では、AIの活用の範囲は限定される必要がある。そこで鹿児島市では、「校務における生成AI活用事例集」や「生成AIスタートガイド」を作成し、信頼できるAIの範囲を明確にしたうえで、文科省のガイドラインに沿った利活用が測られるよう取り組んでいるという。
たとえば、Microsoft Copilotも市が推奨するツールのひとつだ。Copilotは、教育用アカウントでログインすれば入力情報がAIの学習に使用されない仕組みとなっており、教育現場でも安心して利用できる高いセキュリティ面が評価されている。さらに、Copilotで作成したものが、万が一、著作権の問題で訴えられた場合でもマイクロソフトが補償をしてくれる。鹿児島市では安全性を確保しながら使用できるルールを明確にすることで、生成AIを強力なサポートツールとして校務の味方につけている。

こうした取組みは、高度なICTスキルを必要とせずとも、教職員のマインドチェンジによって今すぐにでも始められるものばかりだ。木田氏は「まずは身近な業務を見つめ直し、ツールを使って“変える”意識が何より大切です」と語る。
安全・効率の両立へ…新たな環境整備としての校務DX
次世代校務DXを実現するうえで、文部科学省が示す2つ目の視点が「新たな環境整備によって実現するDX」である。これは、既存のツール活用では補いきれない校務業務の抜本的な見直しを進めるものであり、強固なセキュリティの確保や、都道府県単位での共同調達・共同利用といった仕組みが重要な鍵となる。
文部科学省のガイドブックでは、新たな環境整備の要素として「強固なアクセス制御」「ネットワークの統合」「クラウド型校務支援システムの整備」「教育データの利活用環境の構築」の4つがあげられている。特に木田氏が強調したのが、これらを市町村単独で取り組むのではなく、「都道府県単位での共同調達・共同利用によって域内一体となって実施する」ことだ。

児童生徒が引っ越しや進学などで域内の別の学校に移った場合、市町村ごとに異なるシステムを使っていれば、教育記録や成績情報といったデータの継続利用が困難になる。こうした状況を防ぐため、少なくとも都道府県内のシステムを統一することで、児童生徒の学びの連続性を担保できるというメリットがある。
また、システムの導入・運用にかかる事務的負担も軽減される。調達事務の簡略化に加え、クラウドベースであればアップデートやメンテナンスも一元管理が可能となるため、基礎自治体のIT担当者への負荷も大きく下げることができる。「環境整備を伴う校務DXを進める場合には、決して安くはない予算がともないますので、自治体規模に関係なく、大きなスケールメリットが享受できる点も、共同調達の強みです」と木田氏は続けた。

校務DXに不可欠なセキュリティ設計
環境整備型DXを推進するにあたり、もっとも重視すべきポイントがセキュリティ対策である。学校現場では、成績情報や健康情報、個人記録など多くのセンシティブなデータを扱っており、アクセス制御の甘さが情報漏えいに直結するリスクが潜んでいる。
文部科学省の「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」では、情報資産ごとに「誰が」「どの範囲まで」「どの方法で」アクセスできるかを明確に定義することが求められている。これを実現する技術的手段として、多要素認証やリスクベース認証、データの暗号化などが必要となる。
報道によるとある学校では、学習支援ソフト上に誤ってアップロードされた機密ファイルが生徒に閲覧されてしまうという事案が発生した。こうしたどこでも起こり得るリスクに備え、ファイルを適切に暗号化し、権限のないユーザーには閲覧できないように設定しておくことで、被害は最小限に抑えることができる。木田氏は「こうしたインシデントは決して特殊な例ではなく、どの学校でも起こり得るものだからこそ、強固なアクセス制御によるセキュリティを設計の前提として据えるべきなのです」と語る。
強固なアクセス制御は、Microsoft 365 A5ライセンスを活用することでも実装できる。具体的には、オーバーシェアリング(意図しない情報の共有)を防ぐDLP(情報漏洩防止)機能の導入や、メール誤送信に対する注意喚起・事前チェック機能などがあげられる。校務における情報共有の多くがクラウドを介して行われる現在、こうした対策は「できれば導入したい」ではなく、「必ず備えておくべき」ものになりつつある。
このように、次世代校務DXにおける新たな環境整備は、単なるICT導入の延長線ではなく、安全性・効率性・継続性をすべて満たす仕組みを構築することが求められる。木田氏は、「まずは都道府県単位でのビジョン共有とロードマップ策定から始めていただきたい」と、自治体間連携の必要性を改めて呼びかけた。
次世代校務DXの推進、今が正念場
文部科学省は、教育DXの目指す目標として、2026年度までにすべての自治体が次世代校務DXの導入に向けた検討を開始し、2029年度までに全国の自治体で本格導入を完了することを明確なKPIとして示している。つまり、校務用PCやネットワーク環境の更新が目前に迫る今こそが、DX推進のタイミングを逃さない“正念場”といえる。

文部科学省は、ガイドブックで「都道府県域内全体で取組みを進める」という方針を明確に打ち出しており、国をあげて校務のあり方を次のステージへ押し上げる方針を示している。「次世代校務DXを実現するための鍵は、自治体が個別に動くのではなく、都道府県域全体で戦略を描き、共同調達・共同利用で進めることです」と、木田氏は全国の自治体関係者に向けて力強いメッセージを送った。
次世代校務DXは、単なるシステム更新ではない。教育の質を高め、教員の働き方を根本から見直すための、いわば「教育現場の社会インフラ整備」である。形式的なデジタル化ではなく、校務・授業・組織文化のすべてを見直す“構造改革”ともいえる。その決断を求められているのは「いつか」ではなく「今」なのだと、木田氏の講演を通じて改めて感じた。まさに今、教育委員会が地域全体の未来を見据えて、覚悟をもってDXの道を切り拓く姿勢が求められている。
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