南北約600kmに28の有人島を含め1,200以上の島々が連なる鹿児島県は、43市町村に700校以上の公立学校が点在する。地域性・多様性を生かした教育が展開されている一方で、離島・小規模校における教育環境の確保や、教職員の異動に伴う負担、校務の効率化などが課題となっていた。
こうした中、鹿児島県教育委員会は、誰ひとり取り残さないICT活用を推進しており、2021年には、全国に先駆けて公立学校の教職員および児童生徒全員に「県域アカウント」を配布し、小学生から高校生まで一貫して同一アカウントを利用できる環境を整備。これにより、学習履歴の継続的な活用が可能となったほか、教員の異動時にも自作の教材データなどをそのまま活用できるなど、県全体を貫く教育基盤が構築されている。
さらに鹿児島県は、校務DX推進の一環として、2026年度より県内の公立小中学校で使用する県統一のクラウド型校務支援システムとして、スズキ教育ソフトのevanixを順次導入する。この共通基盤はMicrosoft Azure上で構築されており、市町村ごとに異なっていたシステムを統一することで、データの連携や業務の標準化を図り、「次世代校務DX環境」の実現を目指す狙いがあるという。本プロジェクトを担当する鹿児島県教育庁 総務福利課教育DX推進室の川原省吾氏、時任志郎氏に話を聞いた。
自治体ごとの“バラバラ運用”が大きな負担に
--県として、広域での共通基盤整備に踏み切った背景にはどのような課題があったのでしょうか。
川原氏:県内の多くの自治体で校務支援システムは導入されていましたが、実際の運用は自治体に委ねられており、システムの使い方や運用ルールがそれぞれ違っていました。そのため、教職員が異なる市町村に異動した際には、新しいシステムや運用ルールを一から覚え直す必要があり、物理的にも心理的にも大きな負担となっていました。
鹿児島県では、教員は必ず離島勤務を経験します。島ごとに文化や教育環境は大きく異なり、教育委員会によっては、システム担当者が1人しかいないケースもあります。異動のたびに新しい環境へ適応する負担をいかに軽減するかが、課題のひとつでした。

校務基盤の統一がもたらす効果、データ継続・負担軽減・コスト削減
--県内全域で校務環境の統一を進めるうえで重視したこと、また期待する効果を教えてください。
時任氏:重視したのは、児童生徒のデータの継続性と、その利活用の推進です。次世代校務DX環境の構築において、校務支援システムの県域での統一が、継続的なデータ活用のスタートになるという認識で進めてきました。
自治体ごとにシステムが異なっているため、児童生徒が転入・転出した際にデータを十分に引き継げないことも課題でした。学習履歴や出欠、健康状況といった重要な情報がそこで分断されてしまうのです。そうした点からも、データを切れ目なく継続して活用できる環境を整えることが重要であると考えました。データが継続的につながることで、児童生徒ひとりひとりの状況に応じた指導や支援にもつながるものと考えています。
また、校務環境の統一が進めば、教職員は異動しても同じ環境で業務を行えるようになり、負担の軽減につながります。自治体職員にとっても、共通仕様のもとで運用できるため効率化が図れます。
さらに、コスト面での効果が見込める点もポイントです。これまで自治体ごとに発生していたサーバーの管理や保守、研修などの費用を、県全体で集約することで、自治体にとっても大きな費用負担の軽減が期待できます。
クラウド共通基盤が生んだ、自治体間の横のつながり
--クラウド前提の基盤設計と、その中でMicrosoft Azure上で稼働するシステムを採用したことで、どのような効果を期待していますか。
時任氏:各自治体では、すでにさまざまなシステムが運用されています。自治体ごとにシステムの導入・更新時期が異なるため、すべてを一斉に切り替えるのは現実的ではありません。クラウドであれば、こうした違いを吸収しながら段階的に移行することが可能です。各自治体で従来から活用していたサービスとも連携できるうえ、今後さらに新しいサービスを導入する際にも柔軟に対応できるなど、拡張性の面でもクラウドのメリットは大きいと考えています。
川原氏:今回はクラウド活用を前提に校務支援システムを選定しており、そのシステムがMicrosoft Azure上で稼働していることから、既存の環境との親和性や運用面での安心感がありました。鹿児島県では、すでに県域アカウントとしてMicrosoft環境を活用しているため、既存のアカウントと連携できる点も大きな判断材料となりました。
県内全域で校務DX基盤を共通化することで、県と市町村が課題を共有しながら相互に学びあう関係が生まれます。学力データや出欠、健康観察、AIドリルなど、さまざまなデータを組みあわせた活用も可能になります。セキュリティ対応も県全体で担えるため、各自治体の負担軽減にもつながります。
不安から前向きな相談へ、43市町村の「温度差」をどう乗り越えたか
--共同調達を進める中で、どのようにして市町村の理解を得たのでしょうか。また、もっとも大変だったのはどのような点でしたか。
時任氏:昨年度(2025年度)のプロジェクト開始以来、「連携部会」という市町村の担当者による意見交換の場を設け、方向性の共有や状況把握を進めてきました。当初は「クラウド環境で何が必要かわからない」という不安の声も多くありましたし、自治体間で取組みの進捗に差が出ることへの不安もありました。一方で、「共通仕様があることはとても助かる」という前向きな意見もあり、議論を重ねる中でお互いの理解が深まっていったと感じています。

さらに、連携部会を重ねていく中で、「共通システムをもとに今後どのような環境を作れば良いか」という前向きな相談も出てくるようになりました。校務支援システムの導入をきっかけとして、子供たちの学びの環境そのものをどう変えていくかを考え始める自治体が現れてきたことは、大きな手応えを感じた部分です。
大変だったのは、やはり「どこまで統一するか」という点です。自治体ごとに導入状況や考え方が異なるだけでなく、実際に使っているサービスの種類や更新時期もさまざまで、それぞれの事情や思いをどう揃えていくかに苦労しました。
すでに校務支援システムを導入している自治体では、更新のタイミングを見据えながら「次世代に対応したクラウド型に移行したい」という考えがある一方で、未導入の自治体では「そもそも本当に必要なのか」という段階から説明が必要なケースもありました。そうした違いを踏まえながら、丁寧に意見をすり合わせ、段階的に整理していく中で最終的な共通仕様に落とし込んでいきました。
校務DXの先に描く未来…個別最適な支援と、県全体での教育の充実
--今後の展望と、県として子供たちの学びの環境をどのように変えていきたいかを教えてください。
川原氏:今後は、各自治体への導入が段階的に進んでいく中で、ネットワーク更新や端末整備など、新たな課題も出てくると考えています。文部科学省が掲げる「令和10年度までに次世代型校務支援システム100%整備」の達成に向けて、これからが本番だと捉えています。
クラウドサービスは、インターネットにつながれば場所を選ばずに使える仕組みですので、今後はさまざまな働き方への対応も進めていきたいと考えています。
今回の整備は義務教育段階の小中学校が対象ですが、将来的には県立高校の各種システムとの連携も視野に入れています。たとえば入試手続きや名簿、調査書などのデータがつながれば、進学時の負担軽減にもなるはずです。高校進学時にデータを引き継げる環境の整備は非常に重要だと感じており、地域ごとに差が出ないよう、県全体で取り組んでいきたいと考えています。
一方で、校務DXによって校務環境が整うことは、先生方の働き方改革にもつながります。そこで生まれた時間を、子供たちと向きあう時間にあてるのはもちろん、先生方自身のスキルアップにも活用してほしいですね。現在は、先生方が自ら学べるオンデマンド研修の環境整備も進めています。
子供たちに対しては、県域アカウントで蓄積される学習データと校務支援システムを連携させることで、ひとりひとりにあった個別最適な指導ができる環境を目指しています。学習履歴に加えて、出欠や健康観察といったデータも組みあわせることで、たとえば、体調不良や成績の変化といった兆候を早期に把握し、適切に支援できるようになると考えています。
食物アレルギーへの対応も同様です。児童生徒のアレルギー情報とその週の給食献立を照らしあわせ、注意点を全職員が共有できれば、担任だけでなく学校全体でその子供を守ることができます。こうした、データを軸にした「チームとしての支援」を実現していきたいと考えています。
こうした仕組みが整えば、特定の経験をもつ先生だけでなく、すべての先生が子供たちの変化に気付き、支援できるようになります。システム導入とデータ活用によって、子供たちひとりひとりに寄り添った支援ができる環境を実現していきたいと考えています。
ただ、ICT環境の共通化はあくまでも手段です。その先に目指しているのは、子供たちの情報活用能力の育成であり、それを支える先生方の指導力の向上です。基盤が整うことで、本来の目的である子供たちの成長について、県と市町村が一緒に議論しあえる環境が生まれると考えています。
--広域・県域での校務DX基盤整備を検討しているほかの自治体に向けて、伝えたいことはありますか。
川原氏:自治体によって財政状況はさまざまで、基盤整備にはいくつものハードルがあります。ただ、教育の情報化への思いは、どの自治体も同じはずです。大切なのは、県と市町村が思いを共有しながら協力して進めること。今回の校務支援システムの県域調達を通じて、県と市町村の協力関係をより深めることができました。県内の自治体が課題意識を共有し、方向性をそろえて連携していくことが、もっとも重要だと考えています。

鹿児島県は、都市部から琉球文化圏に属する離島まで、地域差と文化的多様性に富んでいる。こうした背景のもと、それぞれで地域に即した教育が展開されてきた一方で、システムや運用ルールも自治体ごとに大きく異なり、運用負担や市町村をまたぐ異動・進学時の負担が課題となっていた。そうした課題を乗り越え、各地の教育の良さを生かしながら、教職員の負担軽減や自治体のコスト削減に加え、システム共通化による自治体間の連携強化、さらにはデータ継続・連携による学びと支援の個別最適化への展開など、多方面での効果が期待されている。地域の多様性を尊重しつつ、教育基盤を底上げしていく鹿児島県の挑戦は、今後の校務DXのあり方を考えるうえで、参考になるだろう。
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