生成AIの活用は教育現場にも広がり始めている。教職員が子供たちと向きあう時間を確保するための手段としても、生成AIへの期待が高まっている。しかし、多くの自治体や学校からは「活用したいが何から始めれば良いのかわからない」「情報セキュリティや回答の正確性に不安がある」といった声が依然として多く聞かれるのが実情だ。
こうした課題に対し、笛吹市教育委員会では、教職員向け研修や相談会に加え、新たに管理職を対象とした生成AI研修に乗り出した。教員の生成AI活用を広げるうえで、管理職への働きかけが重要であることがわかったからだ。管理職研修は、学校現場にどのような変化を生み出そうとしているのか。民間企業による伴走支援のもとで進められている笛吹市教育委員会の取組みから、教育現場における生成AI活用のヒントを探る。
【インタビュイー】
・土田純氏…笛吹市教育委員会 学校教育課 学務担当/情報通信技術支援員(統括)
・小野健夫氏…ディスカバリーズ 取締役副社長
・鈴木慎也氏…ディスカバリーズ カスタマーサクセスグループ プリンシパルカスタマーサクセスマネージャー
笛吹市では、教育委員会と教職員が一体となり、Microsoft 365 Copilot Chat(以下、Copilot)活用を進めているが、その歩みは、段階的に積み重ねられてきた。当初は、土田氏を中心に推進が図られていたものの、現場への定着には課題もあった。そこで、Microsoft 365やCopilotの活用支援を手がけるディスカバリーズが加わり、学校現場に足を運びながら教職員へのヒアリングを重ねていった。
その結果、見えてきたのは、現場の活用を左右していた“組織内の判断のあり方”だった。特に、管理職の理解やスタンスが教職員の行動に大きく影響している実態が浮かびあがり、この点を活用拡大の鍵と位置付けている。こうして、校長や教頭を対象とした「管理職向け生成AI研修」が企画された。
2026年6月に開催される第1回研修に先立って、3月から準備を開始し、5~6月をCopilotの集中利用期間に設定。ICTリーダー(利活用を推進する現場の教職員)の先生方を中心にCopilotの活用に積極的に取り組んだ。
生成AI活用を止めていた“見えないブレーキ”
--生成AIの活用を進めるにあたり、なぜ管理職に着目したのでしょうか。
土田氏:笛吹市では、教職員も児童生徒も全員がWindows OSを使用しています。私自身、プライベートで生成AIを使っており、教育現場にも大きな可能性をもつツールだと感じていました。そのため、教育委員会に着任した4年前から「もっと生成AIを使ってほしい」という思いをもっていました。

しかし、学校現場では想定していたほど活用が進みませんでした。当初は「生成AIに抵抗がある先生が多いのでは」と考えていたのですが、実際に話を聞いてみるとプライベートでは利用している先生も多かったのです。一方で、校務での利用となると、「使ってよいのかわからない」「管理職がどう考えているか見えない」「何かあったときが不安」といった声が多く聞かれました。こうした状況から、現場の意欲というよりも、組織としての判断のあり方が影響しているのではないかと考えるようになりました。
ただ、すべての教職員に直接働きかけるのには限界があります。そこで、ディスカバリーズさんにも入っていただき、まずは管理職への働きかけが必要だと判断しました。
鈴木氏:プロジェクトを進めるにあたり、各学校にいるICTリーダーの先生方へのアンケートや、校長先生へのヒアリングを実施しました。その中で印象的だったのは、現場を止めていたのは、先生方のスキル不足というよりも、「使ってよい」という組織からの明確な合図の不足だったことです。実際、アンケートでも「管理職の考えが気になる」という声が多くあがりました。先生方は生成AIそのものに強い不安を抱いているのではなく、「使っても問題ないのか」「学校としてどう判断しているのか」を重視していたのです。
学校という組織では、管理職のスタンスはさまざまな場面に影響を及ぼします。「この情報を生成AIに入力してよいか」と相談があった際に、「判断が難しいので一旦止めておこう」となれば、その時点で活用は止まってしまいます。もちろん、これはリスクを考えれば、ごく自然な判断です。ただ、その状態が続くことで、結果として現場が動きにくくなります。
さらに見えてきたのは、管理職はブレーキだったのではなく、安全に進めるための判断材料を求めていたという点です。だからこそ、まずは管理職の不安や疑問を解消することが重要だと考えました。
土田氏:生成AIの活用が進まないのは、単純に意欲の問題ではないと感じました。それぞれの立場に守るべきものがあり、異なる不安を抱えています。そうした状況を理解せずに「使ってください」と伝えるだけでは、現場は前に進みません。
だからこそ、管理職の皆さんに生成AIについて正しく理解していただくことが重要だと考えています。そのうえで、学校全体として無理なく生成AIの活用を進められる環境を整えていきたいです。
活用を後押しする“安心して使える環境”づくり
--そこで、管理職研修を企画されたのですね。
鈴木氏:はい。ただ、最初から管理職研修ありきで考えていたわけではありませんでした。まず重視したのは、「使ってはいけない理由」ではなく、「このような使い方なら使っても良い」というメッセージを組織として示すことです。
リスクばかりが強調されると、現場は安心して使えません。私たちが目指したのは、生成AIを「禁止するためのルール」としてではなく、「安心して使うための道しるべ」として示すことでした。だからこそ、ガイドラインを整備し、活用できる範囲を明確にしながら背中を押すことが重要だと考えました。
小野氏:ICTリーダーへのアンケートでは、97.4%がプライベートで生成AIの利用経験がある一方、校務利用の最大の課題として68.4%が「ガイドラインがないこと」をあげていました。ついで多かったのが「管理職の考えが気になる(28.9%)」という声です。ガイドライン整備と管理職の意識改革、この両面へのアプローチが不可欠であることがわかりました。
研修を計画するにあたり、アンケートやヒアリング結果から「AIに任せると自分で考えなくなる」「正確性への不安」「自分が使えない」といった先生方のおもな懸念点を整理しました。今回の管理職研修は、「生成AIに対する疑問や不安の解消」「管理職としての役割理解」「現場の先生方に『校務で使っても良い』と伝えられる状態になること」の3つをゴールに設計しています。あわせて、すべてを管理職が1人で抱えるのではなく、教育委員会と連携しながら皆が安心してCopilotを活用できる環境をつくるという役割も明確にしました。

--管理職自身の不安や迷いを解消することがポイントですね。
小野氏:そうですね。研修を通じて、管理職の皆さんに「止めるか、止めないか」を判断する人ではなく、「どうすれば安全に活用できるか」を一緒に考える存在になってほしいと思っています。今回の管理職研修は、生成AIの使い方ではなく、学校全体の文化をどう作るかを考える場として位置付けました。
「便利では動かない」現場理解から見えた本質
--今回の取組みを通じて、新たに得た学びや気付きはありましたか。
土田氏:いちばん大きかったのは自分自身と教職員のマインドの変化です。まず、私自身の変化ですが、これまでは「生成AIは便利なツールなのだから、便利さを伝えれば自然と使われるようになる」と考えていました。しかし、ディスカバリーズさんから最初に言われた「便利だからでは先生方は動かないですよ」という言葉が強く印象に残っています。この一言で、自分の伝え方が相手の状況を考えられていなかったことに気付かされました。
これまでは教育委員会の立場で考えることが多かったのですが、管理職や現場の先生にはそれぞれ異なる悩みがあることを、改めて実感しました。ディスカバリーズさんとの議論を通じて、「どうすれば人が動くのか」という視点を学んだことは大きかったです。制度や仕組みだけではなく、人と人との関係や組織の空気まで含めて考えることの重要性を再認識しました。この学びは、生成AI活用にとどまらず、今後の施策全体にも生かしていきたいと思います。
もうひとつ大きかったのが、教職員のマインドの変化です。民間企業という外部の視点が入ったことで、現場の空気が少しずつ変わってきました。教育委員会同士の学びあいも重要ですが、どうしても視野が狭くなりがちです。ディスカバリーズさんが学校に入り、ヒアリングを重ねる中で、これまでとは違う問いかけや視野が生まれ、教職員の反応にも変化が見られるようになりました。
特に印象的だったのは、現場の雰囲気が大きく変わってきたことです。それまでは少し慎重な空気がありましたが、ディスカバリーズさんとの関わりを重ねる中で、現場にワクワクした雰囲気が広がってきているように感じています。
また、ヒアリングも、聞き手が変わることで先生方の言葉が変わることを実感しました。そうした声を丁寧に拾いながら進められた点も、今回の取組みの大きな成果のひとつだと感じています。
--「便利だからでは先生方は動かない」と伝えた背景には、どのような考えがあったのでしょうか。
鈴木氏:企業では、効率化や生産性向上がAI活用の目的になりますが、学校で「効率化」を強調すると、「楽をしていると思われるのでは」「自分で考えなくなるのでは」と不安に感じる先生も少なくありません。

そのため「便利だから使う」ではなく、生成AIで生まれた時間を何に使うのかまで共有することが重要だと考えました。子供たちと向きあう時間や教材研究を充実させるために使う。そこまで理解することで、先生方が納得できるのだと思います。私たちが大切にしたのは、ツールの使い方を教えることだけではなく、先生方が安心して一歩踏み出せる状態を作ることでした。
職員室に生まれた「学びあい」の光景、動き出した学校現場
--集中利用期間中にCopilotを先生方が積極的に利用していたそうですが、どのような変化を感じましたか。
土田氏:先日、管下の学校を訪問した際に、職員室で先生方がタブレットを囲み、生成AIの使い方について話しあっている場面に出会いました。それぞれが入力したプロンプトや結果を見せあいながら、「こう聞くとこう返ってくる」「この書き方のほうが詳しい回答が出てくる」といったやり取りが自然に生まれていました。以前であれば考えられなかった光景で、現場の空気が少しずつ変わってきていることを実感しました。
会話も「校務で使えるプロンプトを教えてほしい」という段階から、「こんな使い方ができるのでは」「こうしたらどうなるか」といった主体的な内容へと変わってきました。生成AIをきっかけに、先生方が互いの試行錯誤を共有するようになったことは、単なるツール活用を越えた大きな変化だと感じています。将来的には、先生方の実践を集めた「笛吹市版プロンプト集」のような形も実現できたら良いと思っています。
生成AI活用で生まれるゆとり、その先にあるのは子供と向きあう時間
--今後の展望について教えてください。
土田氏:私が目指しているのは、生成AIを使うこと自体ではありません。それぞれの先生方が、本来向きあいたいことに時間を使える状態を作ることです。働き方改革というと、「早く帰ること」に目が向きがちですが、本質はそこではないと考えています。
子供たちと向きあう時間や教材研究、自己研鑽などにもっと時間を使うために、生成AIが担える部分は積極的に活用していくべきです。これこそが学校現場の働き方改革だと捉えています。先生に余裕が生まれれば、それは必ず子供たちにも還元されます。すべての子供たちのために、今後も取組みを続けていきます。
笛吹市の取組みは、単なる研修にとどまらず、学校組織の変革そのものだと感じた。管理職の一言は現場の行動を左右し、「まずは使ってみよう」という空気が挑戦を後押ししていく。生成AIは目的ではなく手段であり、その先にあるのは、教員が子供たちと向きあい、専門性を発揮できる学校の姿だろう。笛吹市の取組みは、教育委員会・学校・民間企業が連携し、新たな教育のあり方を模索する挑戦でもある。笛吹市で始まった取組みは、全国の教育委員会や学校が次の一歩を考えるうえでも、多くの示唆を与えるものとなりそうだ。
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