福島市教育委員会は、「教員が児童生徒と同じ端末を活用したい・職員室以外でも校務支援システムを活用したい・セキュリティを確保したい」といった現場の課題を解決することを目的に、Windows 365とMicrosoft 365 A5を導入し、ネットワークの全体見直しを行った。福島市教育委員会 教育研修課 学校ICT推進係主任の菅野玄徳氏によるセミナー「福島市の選択は、Windows 365」をレポートする。

完全なセキュリティが生んだ使いにくさ
福島市教育委員会で学校ICTインフラの構築や運用、保守などを担当している菅野氏はまず、今回の内容について、「福島市教育ネットワークの全体見直しにおいて、ChromebookでWindows OSを動かし、校務系の事務処理をしていくためのインフラ整備を現在進行形で進めている取組み」だと説明。
福島市における、システム・端末を含む教育ネットワークの沿革をみると、校務系においては2013(平成25)年度頃までは「私物のPC・USBや学校独自ネットワークなどが現場ごとに異なる運用が混在していた時代だった」という。その状況が疑問視され、2014(平成26)年度から市統一で閉域網の校務型ネットワークの構築を開始し、3年後に本格運用を開始した。その結果、2024(令和6)年度現在のネットワークは「閉域網+VDI(仮想デスクトップ)+職員室でのみ作業可」となっていた。
これは校務系(各学校)・校務外部接続系(データセンター)・インターネット系を3層構造でつないだもので、セキュリティ最優先の思想が貫かれており、「ネットワーク間のファイル移動には校長もしくは教頭の決裁が必要」「VDIとシンクライアント端末を運用しているため、ローカル保存が一切できない」などの特徴がある。セキュリティ面では完成形であると評価できるものの、学校現場からは「校務用・指導用で端末2台持ちとなり、シームレスな仕事ができない」「ファイル移動の際の上長決裁が手間」「職員室以外で作業できない」などの問題点や、改善要望が毎年のようにあげられていた。
一方で、学習系については2018(平成30)年にインターネット回線を構築し始め、2020(令和2)年度にGIGAスクール構想により同回線を増強。また、学習系端末の調達については、2019(令和元)年度に教職員用端末としてWindowsタブレットを学級数分導入し、その後2020(令和2)年度にGIGA端末として子供用にiPadを導入。iPadは皆が使い慣れていることを想定して導入したものの、教員内には操作経験のない者も多く、子供達からの質問に答えられないという事態も発生した。
これを受けて2021~2022(令和3~4)年度には教員1人1台のiPadを予算要求したものの、予算は通らなかったという。「教員1人1台も達成されず、児童生徒たちの端末もOSも異なる中で、ICT化やDX化を進めよという無茶な指令に教育現場も戸惑ったのではないか」と振り返る。そうした中で、市のネットワーク全体を見直すきっかけが訪れた。

Chromebookベースで再構成しようとしたものの…課題山積
見直しのきっかけのひとつは、国によるNEXT GIGA事業において、各校のICT端末の更新を図るにあたり、その補助要件の中で「教員1人1台端末整備」の条件が示されたことにあったと菅野氏は言う。
市内では各校とも教員用端末が教室数分しかなかったため、「教員用端末どうすっぺ問題」が勃発。おりしも令和元年度に導入したWindowsタブレット約300台が更新の時期を迎えたことも踏まえ、予算を大きく増やさずに教員1人1台を達成するべく、教員用端末をChromebookに決定。これは、慣れないOSに現場が戸惑う懸念もありつつも、福島県が活用を進めようとしているGoogleアカウントを有効活用できる点や、NEXT GIGA端末はChromebookが第1候補になると予想していること、指導者・学習者とも端末は同じOSが良いという先生の要望もあり、先生に先に慣れていてもらいたいという理由から決定したもので、予算は微増に抑えて教員1人1台端末を達成できる見通しが立った。
加えて、2024(令和6)年度に校務系システムライセンスが急騰する予定であり、また、データセンターや学校の各種機器も校務系・学習系ともに寿命を迎えつつあったことが判明。今後5年間の予算では、現状のネットワークシステムを維持することが極めて困難だった点も、見直しの要因となった。
市教育委員会はネットワーク全体の見直しの目標として、国の方針に従い、下記を設定しChromebookベースですべてを再構成する案を検討した。
1)端末一元化
2)ネットワーク統合
3)クラウド・バイ・デフォルト(クラウドサービスの利用を第1候補に)
4)ロケーションフリー(作業場所は自由)
5)クラウド前提のセキュリティ確保
RFI(Request For Information:情報提供依頼書)でシステム開発会社に情報提供を依頼したところ、ここでもさまざまな課題に直面。具体的には以下のようなものが課題としてあげられた。
【システム管理者視点】
システム管理者視点では、校務支援システムの推奨ブラウザはMicrosoft Edgeのみであること
校務支援システムでダウンロード・アップロードするファイルがOffice系ファイルであり、csvへのカスタマイズは予算上難しいこと
【教員視点】
インストールが必要な指導者用デジタル教科書・文科省英語教材・成績処理ソフト、中学校用時間割作成ソフトなどがあること
【事務職視点】
Windowsでしか動かない給与閲覧ソフトの存在
Excelで行われる金融機関とのデータ送受信

Windows 365 と Microsoft 365 A5で課題を一気に解決
それらを全部一気に解決したものが、マイクロソフト社が提案したクラウドPC「Windows 365」だったという。Windows 365は、インターネットを通じて使えるクラウド型のWindowsデスクトップ環境で、手元の端末がWindowsでなくても、ログインするだけでいつでもどこでも自分専用のWindowsデスクトップを使用できる。データはすべてクラウドに保存されるので、安全に作業でき、端末が変わっても同じ環境にアクセスすることが可能だ。
「Windows 365」の導入により、教員の1人1台端末のChromebookでWindowsが使えるようになった。校務支援システムの推奨ブラウザであるEdgeも使え、指導者用デジタル教科書等もインストール可能となり、課題が一気に解決した。
また、校務支援システムは今まで通り動作し、ダウンロードやアップロード、外字対応なども問題なし。インストール版の各種ソフトウェアも正常に動作。クラウド内で通信をするため通信速度が非常に速くなるというメリットもあった。
とはいえ「Windows 365」は仮想PCであり、端末にすぎない。そのため、キーポイントであったセキュリティについては、専用の不正アクセス・情報漏洩対策ソフトである「Microsoft 365 A5」を導入することで強化したという。
菅野氏は、同ソフトが搭載している「ラベル機能」が、特に下記の3点で有益だという。
ファイル作成時にデフォルトの機密レベルを設定できる
機密ラベル付きファイルはドメイン外ユーザーは開けない
データ移行時に自動で既存ファイルにラベル付与できる
これにより、たとえメールの誤送信があったとしても、ファイルは暗号化されており、問題にならないというメリットがある。
福島市では今後、データセンターに格納されている全データのSharePoint Online(マイクロソフトが提供するクラウド型のコラボレーションプラットフォーム)への移行を予定しているという。更新後のシステムはフルクラウド化し、教職員用ChromebookのみがWindows 365にアクセス可、Windows 365からのみ校務支援システムおよびSharePoint Onlineにアクセスできるようになるといい、セキュリティも保たれるそうだ。

先生・子供の笑顔と未来を構築へ
菅野氏はこのように、市の教育ネットワーク全体見直しの中でWindows 365導入に成功したことについて、実際の予算化においては「もちろんそれなりの金額は必要。ネットワーク統合や通信機器入れ替えといったネットワークシステム全体見直しの中で5年総額費用を抑えられることや、児童生徒の学習環境を守ること、教員の利便性があるといったメリットを財政部門に説明して理解を得た」と過程を説明。さらに市内全校へのカラー複合機設置や、学校給食センターのシステム環境整備も盛り込み、実現できたと成果を述べた。
取組みのまとめとして、「マイクロソフト社からの提案を受けずに通常の意思決定プロセスでは、少なくとも3年は要したのではないか」と分析した。
今回の取組みにおいて、「校務と学習データの連携の可能性を開き、ロケーションフリーの働き方やラベルと仮想PCによるセキュリティ確保を実現することができた」と菅野氏は評価した。一方で、今後は、「先生方の家族サービスの時間を確保し、仕事中の先生の笑顔や子供たちの未来を構築したい」と展望した。そして、「自分自身は学校現場に直接立つことはなく、子供達を直接指導はしていないものの、そのインフラを整備する仕事に携わることができ、非常に感慨深く感じた」と語り、セミナーを締めくくった。

福島市の取組みは、進化する教育ITソリューションにより、現場のさまざまな複数の課題が一気に解決する筋道が立った好事例といえよう。煩雑な校務作業の効率化と、どこでも作業できる利便性、さらにデータ漏洩を防ぐセキュリティ確保という要素をすべて実現するネットワークシステムを実装できたのは、やはり技術革新のたまものであり、マイクロソフト社による、福島市の実情にあった最適システムの提案によるものであったといえるだろう。現場の課題を解決するITソリューションの導入の参考にしてほしい。
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