教育業界ニュース

17万人の児童生徒へより良い教育の提供を目指す、名古屋市の校務DX

 名古屋市では、従来の校務系と学習系を分離したネットワークシステムから、AWSのクラウドを基盤とした統合型の新ネットワークシステムへと大規模な改修を進めている。その背景や経緯、今後の展望について名古屋市教育委員会の天野氏と山田氏に聞いた。

事例 ICT活用
PR
約17万人の児童生徒へより良い教育の提供を目指す、名古屋市の校務DX
  • 約17万人の児童生徒へより良い教育の提供を目指す、名古屋市の校務DX
  • 名古屋市教育委員会 事務局 教育支援部 学校DX推進課 課長補佐の天野 望氏
  • 名古屋市教育委員会 事務局 教育支援部 学校DX推進課 指導主事の山田 謙介氏

 GIGAスクール構想による児童生徒の1人1台端末と高速な通信ネットワークの整備が進む中、教育ICT環境は、個別最適な学びと協働的な学びに不可欠なツールとして、また教員の働き方改革においても大きな役割を果たすものとして期待が高まっている。

 クラウドサービスを前提としたネットワーク構成や校務DXを検討する自治体が徐々に増えてきているが、およそ17万人の児童生徒を抱える名古屋市では、従来の校務系・学習系の分離型のネットワークシステムから、Amazon Web Service(以下、AWS)を基盤に双方の統合を目指して大規模な改修を進めている。その背景と経緯、今後の展望を、名古屋市教育委員会 事務局 教育支援部 学校DX推進課 課長補佐の天野氏、同課 指導主事の山田氏に聞いた。

閉域網にある校務環境が課題、改善に向けた大規模改修

--現在の校務におけるICT利用には、どのような課題がありますか。

天野氏:現在、名古屋市で使っている学校現場のICT環境は、2019年度に構築したものになります。当時の文部科学省によるセキュリティポリシーでは、校務系と学習系のネットワーク分離を強く徹底しており、本市もそれを踏まえて環境を構築しました。当時の学習系端末は、ほぼコンピューター教室にしかなかったほか、校務系の端末についても、職員室からは直接インターネットやクラウドサービスにつなげられず、VDI(Virtual Desktop Infrastructure、仮想デスクトップ基盤、以下VDI)のような環境を使って接続しています。

 そのような環境の中でGIGAスクール構想が始まり、1人1台端末の運用が始まったことから、名古屋市の教員は今、GIGAスクール構想で整備された指導者用端末と、以前から使っている校務用端末の2台を使っています。校務用端末や校務用サーバには、教員が昔から使っている学習プリントといった学習系のデータも、校務系の機微な情報に混ざって保存されているケースがあり、それを指導用の新しい端末にデータ移行するためには、外部記憶媒体を使わざるを得ません。

 また、名古屋市では欠席連絡が保護者のスマートフォンからできるようになっていますが、学校の校務用端末からは直接インターネットにつなぐことができず確認できない点も、校務環境が閉域網にあるデメリットのひとつです。GIGAスクール構想やコロナ禍を経た今、欠席連絡に限らずさまざまなクラウドサービスが開発され、先進的な都市ではすでに利用されていますが、本市ではそれらの導入やスムーズな運用ができないことが課題であると考えていました。

児童生徒により良い教育を提供する、まずは生活面での支援を強化

--名古屋市が2025年8月に導入予定の新ネットワークシステムは、政令市では全国に先駆けて先進的な大規模改修になるそうですね。大規模改修に至った経緯や背景を教えてください。

天野氏:名古屋市が現在使っている校務環境は、2024年度がシステムの更新時期にあたります。リース延長をしたとしても2025年度までには更新しなければならない状況にあったため、どのような環境とするのが望ましいのかという検討を始めたのが、今回の改修のきっかけです。

 文部科学省は、2021年12月に第1回「GIGAスクール構想の下での校務の情報化の在り方に関する専門家会議」を開催するなど、校務DXに向けてさまざまな検討や検証を始めていました。名古屋市も次期更新に向けて、その動きをキャッチしながら、2022年度以降に本格的な調査を開始しました。まずは国の施策やその方向性、ゼロトラストセキュリティ(一切の情報アクセスを信頼しないという考え方)などの技術動向、他都市の事例、民間の事例の調査を行いながら、名古屋市の学校現場における現状や課題、実際に現場で働く教員のニーズ等を確認し、次期はどのような環境とすることが望ましいのかという検討から始めました。あわせて、文部科学省のICT活用教育アドバイザー(現在の学校DX戦略アドバイザー)とも繰り返し相談を重ねていきました。

 そのような取組みを経て、2022年には文部科学省の目指す校務DX環境への意向が望ましいという方向性が出ましたが、その時点では庁内の意思決定は行われておらず、移行後のイメージを描きながらあるべき姿を定めたといった段階でした。

 その後、2023年にPoC(Proof of Concept、概念実証)で小規模な検証を行い、構成に問題はないかを確認し、さらに予算規模を確認しながら予算確保に向けて取り組んでいきました。最終的に予算が認められて、現在、2025年度に向けて調達と構築を進めている、という流れです。

--新ネットワークシステムの目的を教えてください。

天野氏:文部科学省は校務DXの方向性として、働き方改革・レジリエンスの向上・データ連携という3つの観点をあげています。働き方改革や校務の効率化により教職員が得られるメリットは大切ですが、新ネットワークシステムにおいて名古屋市が目指すのは、教育データの利活用を通じて児童生徒により良い教育を提供することです。働き方改革、校務の効率化は最終的な目的ではなく、目的を達成するための手段のひとつであると考えています。

--新ネットワークシステムの稼働で教育現場はどのように変わっていくのでしょうか。

山田氏:今利用している校務支援システムでは、欠席情報や成績情報、日々のようすなどといった各機能や同種のデータごとに画面が表示されており、児童生徒の情報を一画面で見ることはできません。従って、児童生徒の日々のようすといった情報は、入力した担任の頭の中にはあるものの、それを教務主任や教頭、校長などほかの教員と可視化して共有するのは難しい状況にあります。

 更新後のシステムにおいては、個人の情報はダッシュボード(※1)として一画面にまとめられ、児童生徒ひとりひとりの出欠席の情報や留意すべきポイントなどを可視化して、関係者で共有できるようになります。
※1:さまざまな情報を集約し、一覧表示する機能・ツール。

天野氏:現在進めている教育システムの再構築は、校務系のシステムが中心です。従って、まずは校務支援システムに入力されているような各種の情報、出欠席や遅刻の情報、齲歯(虫歯)や肥満といった保健管理の情報、成績の情報、日々のようすなどといった情報を可視化し、生活面での支援(※2)を優先して充実させていきたいと考えております。
※2:校務系データと学習系データを連携して行うデータ活用においては、学習指導の充実だけでなく、生活面における指導の充実も期待されている。文部科学省が示したデータ活用のパターンでは、生活面における指導の充実として、担当教員による「生活面の状況把握と個に応じた指導」、教員全体による「学校全体での情報共有による組織的な支援」、管理職による「生活面で抱える問題の早期発見と適切な対応」での活用が想定されている。

 また、校務系のシステム更新の1年後には学習系システムの更新を行う予定ですので、まずは生活面での支援を中心に稼働させながら、今後更新される学習系システムとの連携を踏まえて、少しでも子供たちにより良い教育を提供できるよう、教育DX環境を作りあげていきたいと思っています。

--データを教職員間で共有できるようになり、子供たちを見守る大人の目が増えるということですね。

天野氏:そうですね。名古屋市は、いじめの相談や自殺防止を支援する施策に積極的に取り組んでいる自治体です。それをさらに後押しする形で、新たな環境をうまく活用していきたいです。また、こども家庭庁の「こどもデータ連携」も見据え、将来的に福祉・保健系データとの連携が必要になった際にもうまく連携できるように準備を進めています。

 名古屋市の新ネットワークシステムは、2023年3月の「GIGAスクール構想の下での校務の情報化の在り方に関する専門家会議」の提言に則って構築を進めています。子供たちへの支援をより手厚く、より良い教育環境を提供し続けていくために、今できることに全力で取り組んでいます。

--新ネットワークシステムを安全・安心に使うためのセキュリティ対策について教えてください。

天野氏:国の校務DXに関する専門家会議で示された、ゼロトラストセキュリティの要素技術に対応しています。文部科学省が公表した「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」に記された必須要件を前提として、事業者から提示された製品の検討を重ねて、セキュリティ対策を検討しました。

 一方で、職員だけで検討を行うのではなく、文部科学省の学校DX戦略アドバイザーや、さまざまな事業者からも広く意見を聞きながら、外部の目も入れながら最適な環境となるよう取り組みました。

業務効率化で子供たちと向きあう時間を作る

--新ネットワークシステムの稼働により、教職員の働き方はどのような改善が見込まれますか。

天野氏:校務DXの専門家会議の資料に「ロケーションフリー」とは書かれていますが、教員の通常業務のすべてを家庭で行うことができるとは想定していません。基本的に教員の仕事は、子供たちの近くにいてこそだと思います。

 しかしながら、夏休み中の研修に自宅から参加できる、大規模な自然災害やコロナ禍のような感染症による休校といった非常時に、指導も校務も継続できるというロケーションフリーを想定しています。また、育児や介護、自身の病気など、さまざまな事情を抱える方でも担える職域が増えることで、より柔軟な働き方ができるようになると考えています。

山田氏:校内におけるロケーションフリーという意味では、これまで職員室でしかできなかった校務を教室で行えるようになることで、教員が授業の合間に教室と職員室を行き来する時間を削減でき、子供たちに接する時間を確保することができます。

 また、学習用と校務用の端末とのデータ移行のためにUSBを使うには、金庫の開閉や利用簿への記録などの手続きに時間がかかります。職員室の校務端末から、教員が教育委員会事務局にメールを送るには、USBを使ってVDIを立ち上げてWebメールを送って、USBをしまわなければなりません。このような細かい業務を積み重ねると、1か月で数時間の作業が発生しています。それが削減できれば、子供に向きあう時間が増えるのではないでしょうか。

AWSのクラウドを選択した理由

---新ネットワークシステムでAWSのクラウド基盤を選択された理由を教えてください。

天野氏:校務DXの前提が、学習eポータルやさまざまなサービスと連携して教育データの利活用を進めるために「パブリッククラウド上のクラウド基盤を使う」ということになっていました。そのためAWSだけでなく国内・国外のクラウド基盤を検討しましたが、調達に際しては製品の指定はせず、金額や仕様などに折り合いがついた中から応札事業者の選定にお任せする形をとっています。

 今回、結果的にはAWSのクラウド基盤を利用して校務支援システムなどを運用することとなりましたが、名古屋市はガバメントクラウドとしてAWSを採用していることから、行政系のシステムとの将来的な連携もやり易くなるのではないかと期待しています。

 また、AWSはISMAP(Information system Security Management and Assessment Program、政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)に登録されているので、大規模な自然災害などが起きた場合であっても、データセンターの安全・安心は確保されていると考えています。

スケールの大きな教育データの利活用へ

--名古屋市の教育における今後の展望をお聞かせください。

天野氏:今回の新ネットワークシステムは、働き方改革やレジリエンス向上が主目的ではなく、データの利活用による教育の高度化が最大の目的です。望ましいのは、校務系・学習系の両者を連携させてダッシュボード化を進め、各システムの標準機能を超えたデータの利活用を展開して教育に生かすことですが、それはまだ手探りの状態で、費用対効果を見ながら、どのように進めていくかと考えていきたいと思います。

 教育データの利活用については、国が推進しており本市としても取組みを進めて行きたいと考えておりますが、まだ数値上の明確な定量的な効果がはっきりしていない面もあると思われます。現在、そうした定量的な効果の検証が国や各事業者により行われていると思いますので、それを把握しながら、どこに予算をかけるかを市民の皆さまの意見を聞きながら進めたいと思います。

 名古屋市という大きな都市で、大規模な校務DXに取り組んでいます。この大きなフィールドを、検証と活用の場として、どのような効果があるかを一緒に探っていただけるような民間事業者のパートナーの存在にも期待しています。

名古屋市教育委員会

NAGOYA SCHOOL INNOVATION

--ありがとうございました。

 Next GIGAが始まり、校務系と学習系の統合をはじめとして教育現場にはICTをフルに活用できるネットワークシステムが求められている。今回の話からは名古屋市が進めるAWSによる新ネットワークシステムは子供たちのより良い学びに向けて確実に進むだろうという印象を強くした。今後の動向に期待したい。

【協賛企画】アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社

《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

+ 続きを読む

この記事はいかがでしたか?

  • いいね
  • 大好き
  • 驚いた
  • つまらない
  • かなしい

【注目の記事】

特集

編集部おすすめの記事

特集

page top