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リスキリングで自律的なキャリアを叶える社会へ…第一生命経済研究所主任研究員 白石香織氏【オープンバッジ連載3】

 リスキリング、アップスキリングを強力に推し進めるためのテクノロジーとして、「オープンバッジ」を紹介する荒木貴之氏による連載。第3回目となる今回は、第一生命経済研究所主任研究員の白石香織氏へのインタビューを実施した。

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【オープンバッジ連載3】リスキリングで自律的なキャリアを叶える社会へ…第一生命経済研究所主任研究員 白石香織氏
  • 【オープンバッジ連載3】リスキリングで自律的なキャリアを叶える社会へ…第一生命経済研究所主任研究員 白石香織氏
  • リスキリングの2つのパターン
  • 第一生命経済研究所主任研究員 白石香織氏

 国内外の企業における人的資本経営の進展にいち早く注目し、市場リスキリングや企業内リスキリングといった観点から、企業がジョブ型雇用や「適所適材」への転換を図る好機ととらえる、第一生命経済研究所主任研究員の白石香織氏。自律的なキャリア形成のためのリスキリングについて、ご自身の経験も踏まえながら、これからの企業の人的資本経営のあるべき姿や、教育・社会の変革への期待を伺った。


オープンバッジが人材戦略のあり方を変える

荒木:岸田首相は2023年1月23日の施政方針演説で、「働く人が学び直しをするリスキリングによる能力向上支援と併せ、日本型の職務給の確立と成長分野への円滑な労働移動を進める改革を『働く人の立場に立って加速する』」と述べています。リスキリングを賃金上昇に結び付けるにはどうしたら良いのでしょうか。 

白石主任研究員:リスキリングを学び直しで終わらせずに、成長分野を中心とした新しい仕事に結び付けることで労働移動を促していくことが重要です。その際、リスキリングを2パターンに分けて考える必要があります(図表参照)。

 ひとつは、社外への転職を主眼としたリスキリングで、これを私は「市場リスキリング」とよんでいます。国が今後5年間に「人への投資」として投じる1兆円の予算には、個人への転職支援・副業支援が含まれており、政府がこの「市場リスキリング」によって労働移動を推し進めようとしていることがわかります。

 もうひとつが、社内で成長部署や新しい職務に移行するための「企業内リスキリング」です。成長分野でのスキル等を身に付け、ジョブポスティング等により社内で異動することを目的としています。この2つのリスキリングを両輪にとらえ、労働者を円滑に成長分野に促し、企業の収益拡大を目指していくことが、賃上げにつながると考えています。

リスキリングの2つのパターン
(出典:白石香織「リスキリング1兆円予算で賃上げできるのか?~1兆円予算の中身は?カギはスキルを高める労働移動~」)

荒木:リスキリングという観点から、オープンバッジは現在どのように活用されているのでしょうか。

白石主任研究員:オープンバッジを用いて「企業内リスキリング」を行う日本企業が足元で増え始めています。スキルや資格を取得した人にバッジを与え、従業員の学びのインセンティブにつなげるだけでなく、バッジ取得者同士のコミュニティを作ったり、昇給昇格の要件にしたりする企業も出てきています。一方、海外では「企業内リスキリング」に加えて、「市場リスキリング」として採用・転職活動にもオープンバッジが使われ始めています。

荒木:海外ではすでに発展期から充実期に入っているようですね。日本でオープンバッジが広まると、今後企業にどのような変化をもたらすと思いますか。

白石主任研究員:米国の一部企業で実施されているように個人が自身のオープンバッジを公表し、企業もオープンバッジを活用した育成・採用をするようになると、人材戦略の在り方が変わっていくと思います。今までの日本型雇用では、ポテンシャルのある人材を採用し、仕事にあてはめる「適材適所」型の戦略をとってきました。

 今後ジョブ型雇用の流れもあり、さらにオープンバッジも活用されるようになれば、仕事に人をあてはめる「適所適材」型が主流になっていくと思います。あるプロジェクトに必要なスキルをもつ人材をいかに迅速に集めるかが人材戦略の要になっていくのではないかと思います。

荒木:個人にはどのような影響がありそうですか。

白石主任研究員:自身のスキルをオープンバッジで公にすることで、転職や副業、ボランティア等で生かす機会が増えていくと思います。また、オープンバッジは高いスキルだけでなく、これまで社内に埋もれていた名もなきスキルやソフトスキル、活動等を可視化できるため、個人の資質により適したジョブマッチングも進むと思います。

荒木:人的資本開示の義務化がこの3月から始まりますが、この影響をどのようにお考えでしょうか。

白石主任研究員:これまでブラックボックス化していた人材戦略の見える化が進み、人的資本がいかに企業の収益・価値に結び付いているかを示すことが求められるようになります。一橋大学の伊藤邦雄名誉教授も指摘されていましたが、人的投資としてどれくらいのインプットを行ったかという情報に加えて、そのアウトカムのひとつであるオープンバッジを示すことで、その過程でとった人材戦略をナラティブに投資家に伝えられるようになると思います。

荒木:人的資本投資にも結び付きそうですね。ところで、企業のオープンバッジの活用と、個人のリスキリングのためのオープンバッジ活用の思惑は、相反することにならないでしょうか。

白石主任研究員:これまで日本企業は「人材を囲い込み社内で育成」してきたため、市場価値が高まるオープンバッジの活用は企業の思惑と相反すると感じる面もあるかと思います。ただ、変化が激しい時代においては、企業に高い価値をもたらすのは社内だけでなく、外でも通用するスキルをもつ従業員であることから本来はWin-Winのはずです。

 ですので、経営者がリスキリングする意義を示し、企業と従業員の目指す方向性を同じにできるかが経営手腕の見せどころになるのではないでしょうか。また、人的資本開示の観点からも、オープンバッジ活用は投資家だけでなく、今いる従業員、そして未来の従業員への抜群のアピールになりますので、企業のメリットも大きいはずです。

荒木:企業に入ってからも学びたいというニーズはあるし、そのような人材育成に熱心な企業が、労働者に選ばれるケースもありそうですね。労働者が1つの企業の中でキャリアを完結するということも変わっていきそうですが、オープンバッジは、個人のセカンドキャリアや企業のアウトプレースメント(再就職支援)にどのように生かされると思いますか。

白石主任研究員:いちばんリスキリングが必要なのは、中堅・シニア層だと思っています。会社主導のキャリア形成により自律的なキャリアを歩みづらかったこの層が、オープンバッジ取得により、自身が積み上げてきたスキルが可視化されることで、自律的なキャリアを歩みやすくなるのではないでしょうか。

 欧米では従業員の転職や起業を後押しする「アウトスキリング」を進める企業もあります。中堅・シニア層のリスキリングを促し、生産性を高めるとともに、次のキャリア支援をするのは企業にとっても重要な戦略になるかと思います。

荒木:中堅・シニア層については、一時期、退職したら何をすれば良いのかわからない、ということも話題になりましたが、余裕があるうちから自律的にリスキリングに取り組むことが必要になりそうですね。

第一生命経済研究所主任研究員 白石香織氏

教育・キャリア・コミュニティ…子育て世代としてオープンバッジへ期待すること

荒木:白石さんは小さいお子さんを3人育てるワーキングマザーとのことで、ここからは子育て世代としての視点をお伺いしていこうと思います。仕事と子育てでお忙しい中ではありますが、今取得したいと思われているオープンバッジはありますか。

白石主任研究員:Excelで統計を扱う仕事が増えてきたので、実践的な統計スキルを習得できる「ビジネス統計スペシャリスト」のオープンバッジ取得が今年の目標です。将来的には大学院で学びたいと思っているのですが、3人を育てながらだと、社会人向けの大学院ですら通学するのが難しい状況です。オープンバッジが広がり、大学での単位を1個ずつ取得して、積みあげて修士号が取れるようになれば、時間に制約のある子育て世代でも学び直しやすくなると思うのですが。

荒木:マイクロクレデンシャル(編集部注:学位より詳細な単位で、学習内容や技能等を個別に認証するもの)にもつながる考え方ですね。次に、母親としての目線で、日本の教育がどのようになって欲しいとお考えですか。

白石主任研究員:子供の小学校から大学までの学びが途切れずにつながっていけば良いなと思います。2020年から小学校で「キャリア・パスポート」という制度が導入されました。小学校から高校まで、学校で得た学びや経験を継続して記録していくことで、タイムカプセルのようにこれまでの人生を振り返り、将来を考えるきっかけを与えることができます。オープンバッジでも同様のことが実現できるのではないでしょうか。

荒木:学校で得た学びや活動に対してオープンバッジを発行して、学びの道筋「ラーニングパスウェイ」を明示するのは、学習者の振り返りにも効果的でしょうね。

白石主任研究員:小学生の長男は読書が大好きで、月に100冊以上読みます。たとえば、「図書室の本を〇冊読んだらバッジゲット」とボーイスカウト感覚で気軽にもらえたら、子供の自信につながると思うんです。今の小学生は授業でタブレット等を使っていますから、オープンバッジもすぐに受け入れられると思いますし、それを積み上げていけば、将来就職にも活用できるかもしれません。オープンバッジの普及によって小中高大の教育における学びをつなげていけるのではないかと期待しています。

荒木:オープンバッジが初等中等教育で使われるようになれば、大学の入学者選抜の在り方も変わっていきそうですね。受験生がどのような学びの道筋を辿ってきたのか、総合型選抜で評価したほうが、受験生と学校とのミスマッチがなくなるのではないでしょうか。

白石主任研究員:そうだと思います。子供ひとりひとりがもつ良いところを見落とさないためにも、そのような多様な尺度で測ることを社会が受け入れてくれたらと思います。また、就職活動で初めて「自己分析」を行う人も多いですが、小さいころから学びの記録を積み上げていけば、早くから人生を考えるきっかけにもなると思います。

荒木:今、「育休中のリスキリング」が話題になっていますが、どう思われますか。

白石主任研究員:私自身、3人の妊娠・出産で合計約5年間の産休・育休を取り、仕事だけをしていたらできない貴重な経験をしました。産休・育休は子供を育てることが目的ですから、育児に余裕が出たときに希望する人がリスキリングすれば良いかと思います。その際、仕事に直結するものでなくても良いと思っています。地域の活動に参加するとか、趣味を極めるのでも良い。私も、ママ友づくりや趣味の資格取得、政治塾やプロボノ(職業上のスキルや経験を生かして取り組む社会貢献活動)への参加など、やってみたかったことに挑戦しました。

荒木:リスキリングと言っても学ぶだけでなく、新しいコミュニティに参加することも個人の視野を広げる意味で有益ですね。

白石主任研究員:おっしゃるとおりです。なかでも、育休プロボノに参加したことは自身のキャリアを考える上ですごく有益でした。バックグラウンドがまったく違う育休ママが集まって、地域のNPOに対してコンサルティングをする活動です。こうした会社以外のコミュニティに参加することによって自身を客観視し、今後何をやりたいのかを考えるきっかけとなりました。

荒木:オープンバッジは、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会でも、東京都が運営する都市ボランティア「シティキャスト」に発行されました。そういったコミュニティの活動でも、オープンバッジが発行されると良いですね。

白石主任研究員:これからは、プロボノやボランティア、副業、社外の勉強会等、横のつながりから学ぶことが重要になると言われています。オープンバッジはそういったコミュニティ形成にも役立つのではないでしょうか。子供の教育のつながりやキャリア構築、コミュニティ形成等、オープンバッジには子育て世代の視点からも期待できることがたくさんありますね。

取材後記

 先の国会では、岸田首相が発した「産休・育休中のリスキリングを後押しする」という答弁が大きな波紋を呼んだ。一方、白石香織さんは、実体験として、育休中のプロボノ活動や、余裕ができたときのリスキリングを勧めてくれた。COVID-19への対応は、社会生活の困難さの一方で、我が国のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を強力に推し進め、在宅勤務も含めて働き方は大きく変わった。

 「時間があればリスキリング(学び直し)をしたい」とする回答が80%を超えるというアンケート結果も報告されており、国民全体のリスキリングへの意欲は高まりつつある。国策としてリスキリングに舵を切ったシンガポールの動向等も注視しながら、我が国ならではのリスキリング支援について、具体的な政策提言に期待したい。

白石香織


第一生命経済研究所主任研究員。慶應義塾大学卒。第一生命保険入社後、米ノースカロライナ大学にて経営修士号(MBA)取得。その後、フランスOECD経済産業諮問機関にて政策アドバイザーとして国際ロビーイングに従事。2011年より現職。プライベートでは7才、3才、1才の3児の母として仕事と育児に追われながらも、いかに乗り切って楽しむかを模索中。

荒木貴之


株式会社ネットラーニングホールディングス、学びのDX総合研究所所⻑、情報経営イノベーション専⾨職⼤学特任教授、社会構想⼤学院⼤学客員教授、⽇本アクティブ・ラーニング学会副会⻑、AI時代の教育学会理事、⽂部科学省ICT活⽤教育アドバイザー、デジタル庁デジタル推進委員。博⼠(情報科学・東北⼤学)。

オープンバッジ連載 第2回はこちら



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《白石香織》

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