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生きたいように生き続ける人を育てる…Teach For Japan代表理事 中原健聡氏【オープバッジ連載5】

 リスキリング、アップスキリングを強力に推し進めるためのテクノロジーとして、「オープンバッジ」を紹介する荒木貴之氏による連載。第5回目となる今回は、認定NPO法人Teach For Japanの代表理事 中原健聡氏へのインタビューを実施した。

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生きたいように生き続ける人を育てる…Teach For Japan代表理事 中原健聡氏【オープバッジ連載5】
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  • Teach For Japan代表理事 中原健聡氏

 認定NPO法人Teach For Japanのフェローシップ・プログラムでは、参加者が教員になるための研修を受け、各自治体の臨時免許状等を活用しながら学校現場に教員として赴任する。スペインでプロサッカー選手として活躍したのち、教育の大切さに気付き、Teach For Japanのフェローシップ・プログラムで小学校教員を経験し、さらにはTeach For Japanの代表理事となった中原健聡氏。何歳になっても、自分がなりたいものになれることが大切と力説する中原氏に、Teach For Japanでのオープンバッジの活用と、教育を通じた社会システムの変革へのチャレンジについて、お話を伺った。

自分がどう生きたいかを自ら設計していく

荒木:中原さんご自身もTeach For Japanで研修を受講され、小学校教員として2年間活躍されました。Teach For Japanといえば、企業に就職する前の若者が教員になるための研修を受け、2年間の学校での教員生活ののち、一般の企業に就職したり、海外の教育大学院に進学したり、ということが標準的な姿なのかと思っていましたが、最近では多様な方が参加しているようですね。

中原氏:この4月には60歳を超える方も教員としてのキャリアをスタートします。人生100年時代において、その人が教師になりたいと思ったときに、円滑にそのキャリアを選ぶことができるのは大切なことです。「適応的熟達(※)」という観点で能力を評価するとき、年齢が上がることにより適応的熟達度も上げることができれば、年齢が高いからという理由で転職しづらくなるということは一概に言えないと思います。何歳だからできない、ではなくて、自らの人生において何歳であっても職業選択の自由はあるはずで、必要なトランジションがどのような形で構築できているかということが重要です。健康寿命が伸び、ウェルビーイングという価値観が広まってきて、誰かに評価をされるというのではなくて、自分がどう生きたいかを自ら設計していく必要があると思います。

 Teach For Japanのプログラムでは、オープンバッジを用いて、学習能力(適応的熟達能力)を価値付けていきたいですね。そして、オープンバッジという新しいテクノロジーを使って、自分の人生を生きて行ってもらいたいと思います。

※ものごとを熟達する過程において、自身の経験を生かし、知識やスキルを状況に応じて柔軟に適用できること。

荒木:シニア世代の方々にも夢が広がりますね。

中原氏:これまでに遭遇したことのない状況で、既存の知識では解決できない問題を解決する能力である流動性知能は20代がピークだと言われています。一方で、個人が長年にわたる経験、教育や学習等から獲得していく結晶性知能は、60代まで伸びると言われています。そこで、自分自身の結晶性知能をメタ認知しながら、経験則と科学的概念とをつなぎながら知能を再構築できれば、適応的に幅広い領域に活動を広げること、いわばキャリアを拡張し続けることができるのではないかと思います。

サッカー選手として考えた、自分の社会的価値

荒木:私は、学校改革に取り組む札幌新陽高校を訪問し、当時校長の右腕として探究コースの構築に取り組む中原さんに出会いました。その後、中原さんはTeach For Japanの代表理事となりましたが、そもそも中原さんはなぜ教育にかかわろうと思ったのですか。

中原氏:きっかけは、ファーストキャリアのサッカー選手のときです。その前に、サッカー選手になった経緯と、そこから得たものを少しお話しすると、私は、大学でサッカー部に所属していましたが、所属していたのはDチームでした。大学の公式戦には出場したことがなく、スペインでプロを目指すと言ったときは、多くの人から無理だよと言われました。しかし、日本のサッカーとスペインのサッカーでは、選手がプロになる評価基準が同じだとは思えなかったのです。そこで、単身スペインへ渡ることを決意しました。

 実際にプレーしてみて感じたのは、日本は試合開始後に、選手1人当たりが1試合の中でボールに触れる時間である「1分30秒」を評価しますが、スペインでは1試合を構築する時間である「88分30秒」を評価するということです。90分後の目標に向けて、11人対11人の選手それぞれの特性や個性、ファンの状況等の情報を瞬時に集めて、仲間の間で解像度の高いそのときにすべき行動(戦術)を共有します。ですから定型的な再現性ではなく、適応的な解決力が求められます。

 このことは新規事業やマネージメントに応用できるところが多く、学級経営にもおおいに役立ちました。サッカーでの経験が、今の私の物事に取り組むときの思考力の基礎になっています。

Teach For Japan 代表理事 中原健聡氏

 教育に関心が高くなったきっかけですが、あるとき、ナイジェリア人のチームメイトから、「あなたはなぜサッカー選手をしているのか」と聞かれました。「バロンドール(※)を取って、世界最高の選手になるためだ」と答えましたが、彼は「それは答えになっていない」と言うんですね。ただサッカーをしていても何かを生み出すわけではない。サッカーは人の気持ちを動かして経済効果を生み出したり、世界を動かすための最たる社会貢献活動にもなると。私は衝撃を受けました。この時点で、私と彼のサッカー選手としての社会的価値は雲泥の差だと感じました。

 そして、彼に「なぜ、サッカー選手をしているか」と問い返すと、彼は「自分と同じ肌の色の人たちの尊厳を高めるためだ」と即答しました。自分は生まれながらにして差別の歴史を背負っていて、今なおその差別と戦っている。これから生まれてくる自分と同じルーツをもった子供たちにとって、今の時代よりも少しでもより良い時代を作りたい。どのタイミングで差別が無くなるかは分からないが、今より良い状態で、次の世代の子供たちが生きることができる社会にしたいと。それを叶えるために、ナイジェリアではサッカー選手に、ある程度の発言権や政治的な影響力もあると考えて、キャリアを選択したと言うんです。

 国際大会でのメッセージ発信やパフォーマンスを通じて、自分と同じルーツをもった子供たちに対して勇気を与えたいし、そういった時代を少しでも変えていきたい。そのためにサッカー選手をやっているんだって言われました。

 自分とは違いすぎていて、それがいちばんの衝撃でしたね。そこから自分の人生観は大きく変わり、キャリア観もすごく影響を受けました。当時は、自分は人生で何を得たいかということばかり考えていたのですが、自分の人生を通して何を残したいのかということを考えるようになりました。そして、自分の人生を通して社会に貢献する手段として、教育が最も有効だと考えるようになりました。

※バロンドール:全世界のサッカー選手を対象とした、年間最優秀選手賞。

荒木:それは素晴らしい出会いでしたね。

社会の人生観を変えたい

荒木:ところで、今、Teach For Japanがかかわっておられる教育委員会はいくつありますか。

中原氏:16都府県と46市区町村になります。

荒木:とても多くの教育委員会と関わっておられるのですね。若者に来てもらいたいというニーズがあるのではないですか。

中原氏:おっしゃるとおりです。しかし、大切なのは、子どもたちの学習権を保障することであって、若者が行くことが目標ではないと思います。多様なニーズがある子供たちの学習権を保障するために、教師もさまざまな年代やバックグラウンドをもつ組織であるということが重要で、そういった本質的な目標を教育委員会と合意していくことを心がけています。

 また、今すでに人生100年時代と言われており、今の子供たちが50歳を超える時には100歳以上まで生きられる時代です。そのような時代において、年齢にかかわらずチャレンジできる仕組みを、子供たちが学齢期から認識できることは重要で、その視点で公教育も構築する必要があります。

荒木:Teach For Japanへ応募する方は何名くらいいらっしゃるんですか。

中原氏:今年度のフェローシップ・プログラムの応募人数は200名弱で、選考を経て赴任前の研修をしています。

 よく勘違いされるのが、臨時教員免許を取得した人は、質が低いのではないかと思われてしまうことですが、重要なのは入職までのプロセスです。単に臨時免許を発行して赴任するのでは危惧されているようなことはあるかも知れません。そこで、我々の赴任前研修では、学習科学を基礎理論として、人はいかに学ぶのかということを、自身のアンラーンやメタ認知を通して、自身が変容しながら学んでいきます。そのことを、他者の学びのデザインにも応用して、学習指導につなげることができる教師を育む研修設計をしています。

 文部科学省の教員養成フラッグシップ大学構想では、「学習観・授業観の転換」ということが言われていますが、Teach For Japanではすでに2年前から取り組んでいます。学習科学に基づく省察的実践(仮説設定、教育実践、省察)を通じて学び続ける教師としての意識・態度の育成において、実績が蓄積されていますし、新学習指導要領にも沿っています。

荒木:とても価値ある活動なので、Teach For Japanにチャレンジする人が増えてほしいですね。

中原氏:一般企業で、MBAを取得したり、関連企業に出向したりすることが人事評価につながるのと同じように、Teach For Japanのフェローシップ・プログラムを通じて、学校現場で教員として活躍することが、キャリア形成や昇進につながるような価値訴求をしていきたいです。

 年齢が高い方々、たとえば、40歳を超えた方々が、ご自身の経験を再解釈して学びに転用したときの幅の広さには感心します。

荒木:なるほど、企業からもTeach For Japanへの参加に手を挙げるということも、増えていくかもしれませんね。

中原氏:キャリア観、人生観を変えていく必要があると思っています。従来は、定年という考え方が主で、定年後は社会保障の中で生きるということが前提、働くことは苦痛という考え方があったかもしれません。

 そうではなくて、どう生きたいのかという人生の一部に仕事があるはずで、どう関わりたいのか、どう生きたいのかという選択肢は本人にあるはずで、生き方の捉えを変化させていく必要があります。

 さまざまな人の人生のロールモデルを私たちが提示して、世の中の価値観とかキャリア観を大きく変えていきたいと、本当に思いますね。

荒木:社会に必要とされるということが、幸福感につながりますからね。私も以前は60歳を超えたら仕事をやらないで楽をしたいって思っていましたが、人生100年時代になって、80歳までは働かないといけないなと思い直しているところです。自分が60歳を超えても、来てくれと言われるのは嬉しいですね。

 多様な方々が、Teach For Japanのプログラムを経験し、学校で活躍されることを祈っています。本日はありがとうございました。

取材後記

 スペインでプロサッカー選手として活躍したのち、NPO法人Teach For Japanの活動を通じて、公教育の充実を支える中原氏は、年齢にかかわらず職業選択の自由があり、なりたいものになれるシステムを構築することが必要と唱える。自分の人生を描いていきましょうという言葉には、平均年齢が50歳に近づき、世界最速で高齢社会を迎える我が国の取るべきヒントが示されている。また中原氏は、人は変えられるのは嫌だが、自ら変わることは嫌ではない、と語る。自ら学びにいき、自分自身の変容も受け入れながら、社会の一員として貢献していくことができればと思う。

 オープンバッジ・ネットワーク財団には、NPO法人として、今回インタビューに協力いただいたTeach For Japanのほか、MITやYale大学など海外大学の良質な授業を、日本の受講生にOER(Open Education Resource)として提供しているAsuka Academyも加盟し、受講生や翻訳ボランティアにオープンバッジを発行している事例もある。知識やスキル、経験のデジタル証明として、オープンバッジの新たな活用が広がっている。

中原健聡


サッカー選手としてスペインでプレー後、「生きたいように生き続ける人であふれる社会の実現」をビジョンに教育分野で活動を開始。帰国後は大学で事務職員、Teach For Japanのフェローシップ・プログラムを通して公立小学校で勤務。プログラム修了後は、札幌新陽高校に校長の右腕として着任し、学校経営・開発に携わり、2018年に同校で、「学歴ではなく最新学習歴の更新」を軸に探究コースを創設。2019年よりTeach For JapanのCEOに就任し、公教育の変革、教育格差の解消に向けて、コレクティブ・インパクトによる社会課題の解決に挑戦している。経済産業省産業構造審議会教育イノベーション小委員会委員、四條畷市未来教育会議委員、さいたま市教員育成協議会委員。

荒木貴之


株式会社ネットラーニングホールディングス、学びのDX総合研究所所⻑、情報経営イノベーション専⾨職⼤学特任教授、社会構想⼤学院⼤学客員教授、⽇本アクティブ・ラーニング学会副会⻑、AI時代の教育学会理事、⽂部科学省ICT活⽤教育アドバイザー、デジタル庁デジタル推進委員、社会教育士。博⼠(情報科学・東北⼤学)。
《荒木貴之》

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