「前例がないことをする」という社是をもつビジネス・ブレークスルー(以下、BBT)。日本の教育機関として、いち早く2020年にブロックチェーンを使ったデジタル修了証書を発行した。最先端の試みにチャレンジし続けるBBT代表取締役社長の柴田巌氏に、これからのわが国の人材育成戦略、高等教育のあるべき姿について、お話を伺った。
日本の国家戦略としての人材育成
荒木:BBTはわが国の教育機関としては初めて、2020年4月に大前経営塾の修了生にブロックチェーンを使ったデジタル修了証書を発行されましたね。
柴田氏:Fintech等の関係で、2019年初期からブロックチェーンに着目していました。2020年は新型コロナウイルス感染症の渦中でしたので、大学や大学院の卒業式はアバターで行い、大前経営塾の卒塾式では、紙ではなくてデジタル修了証書を渡しました。BBTらしさを出してはどうかというのがそもそもの発端です。
コスト的にも紙の証書を出すよりも安価で納品までの期間が短く、直前まで修正も効きます。また、修了生は一定の割合が企業からの派遣ですから、修了報告も会社の人事部門等に行う必要があります。デジタル証明であれば、メールに添付して送るだけでよく、実際にやってみて非常にスムーズに進んだので、それ以来、紙の修了証書は発行していません。
荒木:すでにブロックチェーンを使ったデジタル修了証書を発行されておられ、さらに、今回オープンバッジ・ネットワーク財団に加盟申請されました。今後、オープンバッジへの期待はありますか。
柴田氏:教育の効果や成果を可視化することについては、コロナ以前から非常に大きな興味関心とポテンシャルを感じていました。私は、教育は人間に対する投資だと考えています。インベストメント(Investment)という言葉には、この人にもっと資本を投下してあげたら、もっと素晴らしいリターンが将来得られるのではないか、という意味があります。
大学の成績は、社会人になってからの実力にはあまり関係がありません。ノンファンジブル(Non-Fungible:固有で複製できないこと)で、偽造ができないような形で、学びのログを自分で蓄積していくことができて、自分なりの学びのポートフォリオ、つまり、自分の歴史とかアルバムを作ることができるというのは、とても「ワクワク」することです。オープンバッジは、そういうことが実現していくためのツールになるのではないかと、非常に大きな期待をもっています。
荒木:BBTは設立当初から、すべての人に対してリカレント教育を提供するということを目指しておられますね。今後の高等教育の発展について、どのようにお考えでしょうか。
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柴田氏:日本の高等教育がよりよくなるためには、AI、ロボット工学、宇宙工学、核融合による発電等、さまざまな領域で、世界中のエキスパートが教えてくれることが理想です。そのためには、インターネットやYouTube等、さまざまなツールを使ってリモートで教えるというソリューションがないといけません。
BBTは「AirCampus(※)」で遠隔授業を実施していますが、日本中の大学が共有できるeラーニングやブレンド型学習(※)のインフラをつくり、そのインフラを活用すれば、どの大学であっても世界中のエキスパートが教鞭をとることができます。知識をインプットするような講義は、先生がリアルで同じ話をずっとリピートする必要はありません。一度録画してしまえば、必要に応じて撮り直せば良いのです。むしろ、ディスカッションやアウトプット等で、先生はファシリテーションする意味が、おおいにあります。
今後、少子高齢化や大都市への一極集中で、定員割れする大学も出てくるでしょう。地方にいる学生にもレベニューチャンス(収益の機会)があることが、とても重要であると思います。
日本は、石油やシェールガス、レアメタルも出ないですから、自然天然資源を武器にして外交や国家戦略を立てるわけにもいかないですし、一方で国家安全保障を武器にして外交をやっていくわけにもいきません。人材育成が非常に大きな鍵を握ります。そうなると、高等教育が少なくともアジアの中で頭ひとつ抜けていることが必要で、国内だけではなく、海外からも日本の大学や大学院で学びたいという状況を何としてでも作らないといけません。そのこと以外に、国家戦略として日本という国が他国と差別化できる切り口は、私には思い浮かびません。
※AirCampus:BBTが提供する、オンライン上で幅広い知識を得たり、議論や情報の共有を行なったりすることが可能なプラットフォーム
※ブレンド型学習:学校での対面学習とオンライン学習等、複数の手法を組みあわせる学習方法のこと
荒木:日本の大人世代は、自分自身の学びに投資してきていないということが、国際比較調査で明らかになっています。今後の人材確保という点では、いかがでしょうか。
柴田氏:移民によって優秀なタレントを国外からも誘致できるという道筋と、日本人が何歳になっても学び直して自分自身をバージョンアップできるという道筋と、両方が組み合わせられたほうがいいと思います。
しかし、移民政策は議論が進んでおらず、新型コロナウイルス感染症では、先進諸国が水際対策を緩和した後に、ようやく日本は動き出しました。そうすると、結局国内にいらっしゃる方々が、いかに優秀になっていくのかということがきわめて重要だと思います。
オープンバッジを活用した教育・人材育成の在り方
荒木:オープンバッジが社会で通用していくうえで、懸念されていることはありますか。
柴田氏:活用事例が増えて、円熟した社会の必要不可欠なインフラとして信頼するに足る状態まで、高めていくことが求められると思います。
ブロックチェーンは、ノンファンジブルであり、安定していると言いつつも、1つのNFT(ノンファンジブル・トークン)をベースに複数の仮想通貨がそれを担保にするなどして、連鎖倒産が引き起こされました。これは、仮想通貨やNFT等の技術にとって、教訓にすべきことだと思います。
その結果、日本は実質上仮想通貨を発行することができなくなってしまいましたが、まだまだわが国には周回遅れを挽回するチャンスがあると思います。まずは普及させることですね。
荒木:オープンバッジをこのような場面で使いたいということはありますか。
柴田氏:ジョブ型雇用において、企業の人事部門でニーズがあると思います。
たとえば、ある社員が、5年後には日本でトップ5%以内の実力をもつデジタルマーケッターになりたい、そのためにOJT(※)では、会社の主たるプロダクトポートフォリオの中で、少なくとも主要なものを3つぐらい経験し、社内のマーケティングトレーニングを修了して、社外のBBT大学のデジタルマーケティングのコースを修了したとします。
それらがすべてオープンバッジになっていて、人事ファイルの中にこの人はどのような学びをOJTやOFFJT(※)で行ったのかということが、デジタルで残っていく。それを集積すれば、会社は自社のタレント・データベースを構築でき、さらに、自社のジョブ型雇用におけるキャリア開発を明示することができる、というのがあるべき方向感だと思っています。
※OJT、On-the-Job Training:職場での実践を通じて業務知識を身につける育成手法
※OFFJT、Off-the-Job Training:職場を離れた場所での研修や学習全般を指し、業務を行ううえで、必要な知識や技術を座学やe-ラーニング等で学ぶこと
荒木:リカレント教育やリスキリングにおいて、日本の教育全体が抱える問題点や課題については、どのようにお考えになられていますか。
柴田氏:日本ではどの学校を受験するかということは選べますが、カリキュラムは学習指導要領1種類しかありません。ですから、小学校で学ぶ算数がここまで、中学校で学ぶ数学がここまで、と決められています。
教育とは、国全体で見れば、地球社会が求めているニーズに追随していくためにアップデートする行為です。また、個人のレベルで見れば、教育により個人は社会の求めに応じて価値を提供することができ、前向きな意味で社会とつながっている充実感を得ることができます。
大人でも学びたいと思えるような教育には選択肢が必要ですし、親は、わが子に充実した人生を送ってもらうために、わが子の教育に対して投資をします。芸術家になってほしい、プログラマーになってほしい、連続起業家になってほしいとなれば、やはりカリキュラムが選択できないといけないと思います。
荒木:個人が一生涯を通じて学び続けるうえで、もつべきマインドは何だと思われますか。
柴田氏:自分軸をもつということだと思います。自分というものがどういう存在なのか、自分はどういう人生を歩みたいのか、自分の人生の意味合いは何なのか、ということです。
さまざまな研究でも証明されていますが、豊かで幸せで充実した人生を送るために必要なことは、何歳になっても学び続け、成長し続け、自分の強みや欠点を自覚して、弱みを隠すことなくさらけ出して、強みを用いて自分の仕事や社会との関わりをもち、何歳になっても求められる存在であるということです。家族や地域コミュニティや社会の中で自分の役割があり、ちゃんと社会に役に立っているという感覚がもてる。そのような感覚が何歳になっても維持できることが、ひとりひとりが充実した人生を歩んでいくうえで、とても重要だと思っています。
何歳になっても学ぶ意欲さえあれば、自分を高めることができます。肉体的な体力は20代後半くらいから徐々に落ちていくかもしれませんが、知的なレベルは何歳になっても上がっていくと思います。教育は、ウェルビーイングやセルフアウェアネスと言い換えられるかも知れません。
私は、教育は、人間が発明した偉大なる営みだと思っています。自分自身が豊かになるだけではなく、人間の形成した社会が豊かになっていくということが、本質的にあるのではないでしょうか。ですから、何歳になっても学び続けることが当たり前になることが、とても重要なのではないかと思います。
取材後記
BBTを創業した大前研一氏は、進むべき道について「ジャングルを行け」という。前例がないことをやる、ということは、ジョン・F・ケネディのアポロ計画にも通じるが、アポロ計画を支えたスタッフの平均年齢は27歳であった。柴田氏は、わが国の国家戦略として人材育成や学び直しの重要性を訴え、個人の知的なレベルは何歳になっても向上していくという。前例があるなしにかかわらず、知的好奇心が触発される「ワクワク」した学びに、何歳になっても取り組んでいきたい。
柴田巌
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荒木貴之
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