教育業界ニュース

リスキリング、アップスキリングを強力に推し進めるテクノロジー…荒木貴之氏【オープンバッジ連載1】

 現在、新たな学びの形を支える技術として急速に注目を集めている「オープンバッジ」。リシードでは、ネットラーニングホールディングス執⾏役員、同社学びのDX総合研究所所⻑の荒木貴之氏による新連載をスタートする。

事例 その他
【オープンバッジ連載1】リスキリング、アップスキリングを強力に推し進めるテクノロジー…荒木貴之氏
  • 【オープンバッジ連載1】リスキリング、アップスキリングを強力に推し進めるテクノロジー…荒木貴之氏
  • 筆者がデジタル庁から受領したデジタル推進委員のオープンバッジ
  • 数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度概要(文部科学省ホームページより抜粋)

 「リスキリングの支援に5年で1兆円を投じる」。2022年10月3日、第210回臨時国会での岸田文雄首相の所信表明演説は、メディアでも大きく報じられた。長らく、わが国では「リカレント教育」(社会人の学び)という言葉が定着していたが、現在急速に、新たな職種に転換するためにスキルを学ぶ「リスキリング」や、同一の職種を続けながらステップアップするためにスキルを学ぶ「アップスキリング」が注目されはじめている。

 その背景には、WEF世界経済フォーラム(通称ダボス会議)が2018年1月に示した、「Towards a Reskilling Revolution -A Future of Jobs for All」(リスキリング革命に向けて - すべての人に仕事がある未来)がある。人が持ち合わせているスキルは4年ほどで陳腐化してしまうが、リスキリングを行うことにより、離職者の95%は次の職に就ける可能性があるというのだ。

 2023年初頭から、アメリカでは、IT業界や金融大手による大量解雇が続いている。「必要なのは、自ら道を切り開くことだ」と述べるアナリストもいる。人的資本の流動性が世界的に増す中で、働き続けるためには、学び続けることが必須条件となる。そして学びとは、本来学び手が自発的・自律的に行うものであり、その学びにより自らが獲得したスキルやコンピテンシーは、学び手が自らの意思で公開することにより、新たな職や新たな学びの場(学校を含む)とのマッチング(出会い)の精度を高めていくことができる。

 全7回の連載を通して、今注目を集めているリスキリング、アップスキリングを強力に推し進めるためのテクノロジーとして、「オープンバッジ」を紹介する。オープンバッジは、教育分野における国際コミュニティ1EdTechコンソーシアム(旧IMS Globalコンソーシアム)が提唱する世界共通の技術標準規格である。デジタル庁によれば、オープンバッジはデータとして授与され、自分専用のオープンバッジウォレットで一元管理される。授与されたオープンバッジはSNSでの共有ができ、資格に対するオープンバッジであれば、その内容証明としても使用されることが示されている。また、真正性を保証するブロックチェーン技術を活用することで、偽造や改ざんが困難な信頼性のある証明書として使用され、講座や研修、資格試験等の修了証明として活用することで、その人のスキルを可視化することができるとされる。

 個人がこれからの時代を生き抜いていくための必携のアイテムとして、あるいは企業が人的資本経営、人的資本開示の潮流の中で、最優先すべき核心戦略としてHRM(ヒューマンリソースマネジメント)を進め、かつ、社外から投資を呼び込むためのソリューションとして活用できる可能性を、オープンバッジは内包している。オープンバッジは、今までの教育や人材の発見・育成・活用を創造的に破壊するプラットフォームとなり得るテクノロジーであると言えよう。

オープンバッジを受領する

 オープンバッジは、電子メールと紐付けされている。2022年11月10日、筆者の元へ1通の電子メールが届いた。

 「当メールは、デジタル庁からのオープンバッジ授与に関するお知らせをするものです。[受領手続きをはじめる]ボタン、またはURLをクリックして、14日以内にバッジを受け取ってください。デジタル庁よりオープンバッジが授与されました。このオープンバッジは、ブロックチェーン技術を取り入れた、改ざんを防ぐ強固な証明書です。」

筆者がデジタル庁から受領したデジタル推進委員のオープンバッジ

 筆者は、全国で123名(2023年1月13日現在)が任命されている、文部科学省ICT活用教育アドバイザーの一員である。ICT活用教育アドバイザー事業は、平成27年(2015年)から始まっており、アドバイザーの使命は、自治体や教育委員会等の学校設置者等からの相談や問合せを対象とし、教育の質の向上に向けて、ICT環境の効果的な活用を一層促進するため、指導方法、方針の策定等、専門的な助言や研修支援等を行うこととなっている。

 そして、デジタル推進委員は、「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル社会」の実現に向け、デジタル機器・サービスに不慣れな方等を支援する取組みに携わる意欲がある者について、本人または所属企業・団体等からの応募に基づき、デジタル大臣が任命するデジタル庁の事業である。これには、すでに国、地方公共団体、各種団体等が行っているデジタル機器・サービスに不慣れな方等に対する事業や取組みとも連携することとなっており、筆者は文部科学省ICT活用教育アドバイザーに加え、デジタル庁デジタル推進委員にも任命されることとなった。

 デジタル庁が示しているように、デジタル推進委員のオープンバッジは、Twitter、Facebook、 LinkedIn等のSNSで、1クリックで簡単に共有することができる。また、URLを相手に送ったり履歴書に貼付したりすることによって、ブロックチェーン認証により、学び手のスキルの真正性を相手に検証してもらうこともできる。さらには、検証の過程で、発行者、説明、取得条件、スキルタグ、発行日、受領者の名前等が閲覧できるようになっている。デジタル庁は、1万人へデジタル推進委員のオープンバッジを発行することを目論んでいる。デジタル庁以外にも、静岡県藤枝市では市民大学の参加者へオープンバッジが発行されている他、東京都デジタルサービス局が一般財団法人オープンバッジ・ネットワーク(以下、OB財団)に加盟する等、自治体から住民へのオープンバッジの発行が広まっていくことが予想される。

オープンバッジとは何か

 オープンバッジは、画像データとメタデータとで構成され、メタデータには、スキルの詳細、取得条件、発行元情報、受領者情報が記録される。技術標準規格には、「Issuer」(発行)、「Host」(保管)、「Display」(表示)の3つがあり、3つすべての技術標準規格をクリアすることにより、メタデータの表示ができることに加えて、バッジの受領者は、個人で専用のバッジウォレットを開設して、バッジの保管や管理、他のウォレットへのバッジの移動を自由に行うことができる。バッジを公開するか、あるいは非公開とするかは、受領者自身が設定することができる。そして、真正性を保証するブロックチェーン技術が搭載されたオープンバッジは、発行者に関わらず、永続的に自らが獲得したスキルについて、信頼性が高いデータとして、相手に示すことができる。

 OB財団の会員数は、2023年1月1日現在で195団体であり、会員数およびオープンバッジの発行数は増加の一途を辿っている。

(最新の会員一覧は、こちら

 オープンバッジは、今までの教育や人材発見・育成・活用を創造的に破壊するプラットフォームであると述べた。OB財団の岸田徹理事長によれば、オープンバッジにより実現できるものは、次の10であるという。

1.学びの動機、継続、モチベーション

2.知識・スキル・活動の見える化

3.人材の発見・育成・活用の統合、ジョブ型組織

4.人的資本経営への活用、人的資本の開示

5.大学改革、学歴から学習歴、学びの動機、マイクロクレデンシャル

6.オープンスキルフレームワーク

7.オープンパスウェイ

8.マッチング、人材流動化

9.コストダウン、マーケティング効果

10.学びのエコシステム

 ここで、いくつかの事例を紹介したいと思う。

○「学びの動機、継続、モチベーション」に関連して、先行事例としてIBMの事例をあげることができる。IBMでは、職種に必要なスキルをあらかじめ300ほど定義し、獲得したスキルをバッジで明示化していった結果、導入前と比較して、オンライン講座の受講申込みは129%、修了率は226%、講座最終試験合格者は694%、講座最終試験合格率は255%にも上昇したという。

○「人的資本経営への活用」に関連して、旭化成は2024年の全従業員デジタル人財化を目指して、2021年6月から5段階のレベルによる独自のオープンバッジ制度の運用をスタートし、グループ4万人のリスキリングを推進している。

○「大学改革」に関連して、大学や高専(高等専門学校)を対象とする「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」(MDASH)について文部科学省は、リテラシーレベルの修得を年間50万人、応用基礎レベルの修得を年間25万人とすることを目指している。その認定審査において文部科学省は、学生への学習支援の項目に「学修成果の可視化等の導入」を掲げており、これを受けて、大学や高専が新たにデータサイエンス系の学部学科を設置する際には、学修成果を可視化するツールとしてオープンバッジを授与する例が見られる。

数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度概要(文部科学省ホームページより抜粋)

オープンバッジの未来

 リスキリング、アップスキリングという新しい学びの言葉から想定されるのは、社会の中での生き残りをかけた戦略というイメージかもしれないが、本稿では、そのリスキリングやアップスキリングを強力に推し進めるテクノロジーとして、オープンバッジを取り上げた。わが国におけるオープンバッジの活用は、企業や大学だけでなく、省庁や自治体にも広がりを見せている。さらに、各種検定に関わる団体やNPOにもOB財団への加盟が見られるようになってきた。

 学ぶという行為が、自発的・自律的であるならば、学びにより獲得したスキルやコンピテンシーを、オープンバッジという形で学び手が所有し、管理することは至極当然な流れである。学びは学校だけで行うものではなく、その生涯を通じて、さまざまなコミュニティに所属しながら、個人が獲得していくものである。学びが多様化、個別最適化する中で、人それぞれ生きる道筋が違うように、個人の学びの道筋(ラーニングパスウェイ)はそれぞれ独自のものとなる。オープンバッジはその可視化をさらに進め、それによって最適な学びを得られる機会もさらに増える。そして、ラーニングパスウェイはキャリアパスウェイと同義にもなり得るのだ。

 最終の学歴よりも、最新の学習歴が評価される時代はまもなくやって来る。次回以降、企業や大学、NPOや各種検定に関わる団体のオープンバッジの取組みや、企業に求められる人的資本への投資という観点から、連載を進めていきたい。

荒木貴之


株式会社ネットラーニングホールディングス執⾏役員、学びのDX 総合研究所所⻑、情報経営イノベーション専⾨職⼤学特任教授、社会構想⼤学院⼤学客員教授、⽇本アクティブ・ラーニング学会副会⻑、AI 時代の教育学会理事、⽂部科学省 ICT 活⽤教育アドバイザー、デジタル庁デジタル推進委員。博⼠(情報科学・東北⼤学)。
《荒木貴之》

この記事はいかがでしたか?

  • いいね
  • 大好き
  • 驚いた
  • つまらない
  • かなしい

【注目の記事】

特集

編集部おすすめの記事

特集

page top