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学びの過程と成果の両立、コスト95%削減も…日本数学検定協会理事長 髙田忍氏【オープンバッジ連載2】

 リスキリング、アップスキリングを強力に推し進めるためのテクノロジーとして、「オープンバッジ」を紹介する荒木貴之氏による連載。今回は、公益財団法人日本数学検定協会 理事長 髙田忍氏へのインタビューを実施した。

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【オープンバッジ連載2】学びの過程と成果の両立、コスト95%削減も…日本数学検定協会理事長 髙田忍氏
  • 【オープンバッジ連載2】学びの過程と成果の両立、コスト95%削減も…日本数学検定協会理事長 髙田忍氏
  • 日本数学検定協会が発行する「ビジネス数学検定」のオープンバッジ
  • 日本数学検定協会が発行する「データサイエンス数学ストラテジスト」のオープンバッジ
  • 公益財団法人日本数学検定協会 髙田忍理事長

 検定業界でいち早くオープンバッジの導入に踏み切った、公益財団法人日本数学検定協会。紙の合格証をオープンバッジ化することで、約95%の工数とコストの削減を実現したという。同協会理事長の髙田忍氏に、なぜオープンバッジを選んだのか、その理由とオープンバッジを活用した将来構想を伺った。

なぜ、日本数学検定協会はオープンバッジを選んだのか

髙田理事長:当協会では、実用数学技能検定(数学検定または算数検定。以下、数検)とビジネス数学検定を実施していますが、まずはビジネス数学検定で、2020年10月からオープンバッジを導入することにしました。ビジネス数学検定は、インターネット上で受検できるWBT(Web Based Testing)方式を採用していますが、以前は合格証(紙製)の発行と発送のみ手作業で行っていました。紙の合格証をオープンバッジに置き換え、すべての作業をデジタルに置き換えたことで、工数もコストも約95%削減することができました。そういった「実」の部分だけでなく、オープンバッジは、自分が身に付けたスキルの証明として、相手に示すことができるので、非常にわかりやすいですね。

日本数学検定協会が発行する「ビジネス数学検定」のオープンバッジ

荒木:95%の工数、コストの削減とは、素晴らしいですね。ところで、日本数学検定協会がオープンバッジを導入したきっかけは、何だったのでしょうか。

髙田理事長:当協会が発行する検定の合格証と合格証明書は、さまざまな場面で、その人のスキルの証明として認められているものです。その点、改ざんができない、信頼性が高い合格証を発行するということは、とても重要なことです。ブロックチェーン認証付きのオープンバッジで、改ざんすることができないということが、導入のカギになりました。

荒木:数検は、高専・高校・中学校入試で1,090校以上、大学・短大・専門学校入試で530校以上、単位認定制度では、大学・高専・高校で440校以上が活用されているのですね。将来、大学の総合型選抜入試等で、数検のオープンバッジでスキルを証明するような未来も思い浮かびます。

髙田理事長:大学では、文系理系を問わず、データサイエンスに取り組まなければなりません。当協会では「データサイエンス数学ストラテジスト」資格制度を、2021年9月に新設しました。「データサイエンス数学ストラテジスト」では、すでにオープンバッジを採用しています。この資格は、データサイエンスの基盤となる数学スキルを測定して認定するものです。高校では履修主義のもとで単位を取得して、とりわけ文系で数学Ⅰ以外の数学科目を履修しなかった生徒が、大学生になっていきなりデータサイエンスの学びについていけるのか懸念しています。私たちは、そのギャップを埋め合わせるような学びの提供をしていかなければならないと考えています。「学びの過程」と「学びの成果」の両方で、オープンバッジを発行していきたいですね。

 リスキリングや大学のデータサイエンスを履修するのに必要なのは、数検2級(高校2年程度、数学Ⅱ・数学B程度)以上ではないでしょうか。数検の受検者は全体で年間35万人ほどですが、そのうち2級以上を受検する約4万人にオープンバッジを発行することになるかと考えています。

日本数学検定協会が発行する「データサイエンス数学ストラテジスト」のオープンバッジ

数学を基盤とするプラットフォームの構築

髙田理事長:2022年4月には、学校の先生(おもに算数・数学教員の方)を対象として、「SAME(セイム)」というオウンドメディアを立ち上げて、数学が実社会のどこで使われているかといった情報を発信しています。実社会で数学の言葉で書かれていることはたくさんあるので、それを学校の先生に伝えたいと考えています。先生には、自信をもって、授業を進めていただきたいですね。

 また、小学校低学年の保護者をメインターゲットとして、2021年11月から「ひとふり」というオウンドメディアも運営しています。マセマティクス(Mathematics)の由来は、「マテーマ」というギリシャの言葉で「知識」「学ばれるもの」を意味し、「考えること」といえます。生活の中では考える場面や選択する場面はたくさんあるので、そのときにどちらが得かとか、どちらが今後に生かせるかとか、考えている瞬間に、大人も生活の中で日常的に数学を使っているわけです。

公益財団法人日本数学検定協会 髙田忍理事長

荒木:なるほど、オウンドメディアからの発信により、数学がより身近に感じられそうですね。教員免許の更新制が発展的に解消される中、文部科学省は教員研修を新たに構築していく過程で、教員の資質や能力を高めていくために、民間の力も活用しようとしています。日本数学検定協会が教員向けの情報を発信し、そこでの学びの証明をオープンバッジとして教員に発行するようになれば、そのバッジを学校の管理職や教育委員会が研修として認めるようなことにも繋がりそうですね。

髙田理事長:データサイエンスに関する数学を指導する先生もまだまだ不足しています。数検の上位階級を受けて合格した方に、データサイエンスを学んでいただいて、教える側にシフトしていただけないかと考えています。当協会には、算数・数学のインストラクター制度がありますが、学校の先生もいれば、塾の先生もいます。民間の企業で働いていた方もいます。

 私たちは公益法人として、数学を基盤とするプラットフォームを構築し、さまざまな形で情報を発信したり、サービスを提供したりしていきたいと考えています。そのような事業の再構築の中で、学びのエビデンスを求められたときに、オープンバッジが有効に働いてくると考えています。

 そして、数学と情報と統計、この3つをしっかりと把握することが、先生に求められています。それぞれの分野で学んだことを証明するのも、オープンバッジに期待しているところです。

荒木:なるほど、先生としてのスキルやコンピテンシーの証明として、数学だけではなくて、情報や統計等も、それぞれオープンバッジを取得して、それらのスキルセットを統合するようなオープンバッジを発行するということも考えられますね。

髙田理事長:スキルを単体で考えるのではなくて、たとえば、ある営業職には、英語ではこのようなスキルが必要で、数学ではこのようなスキルが必要である等、スキルを横串の総合力としてとらえることで、学びのエコシステムが構築できるのではないでしょうか。

学びやリスキリングへのオープンバッジの活用

髙田理事長:当協会は、ICT CONNECT 21という団体に所属していて、学校で導入されている学習eポータルやスタディログについて検討する分科会に参加しているのですが、オープンバッジは重要なキーになると思います。学びの過程で、ひとつのクリアする基準としてオープンバッジがあることで、学びの空間や環境が、自然とできあがります。そして、学びの道をオープン化して、さらにみんながわかりやすいように整えてあげるというスパイラルにより、大きく学ぼうという意欲が生まれてくると思います。

荒木:学びの道筋(ラーニングパスウェイ)が、オープンバッジにより示されて、共有化されると面白そうですね。たとえば、国際数学オリンピックで3年連続してメダルを獲得した方の学びの道筋はこうだったから、同じ道筋をたどってみようかとか、いや違う道筋で行ってみようかとか。ただそうなるためには、ある程度のバッジの発行数がなければならないと思いますので、日本数学検定協会の今後の取組みにも期待したいです。

髙田理事長:海外には、国立の数学研究所が設置されている国もありますが、残念ながら日本にはありません。まだまだ学びのエコシステムは構築されていないので、推進するには大きな力が必要になりそうです。

荒木:国は「リスキリングの支援に5年で1兆円」と表明しましたが、オープンバッジは基本戦略のひとつであり、学びや人材育成に関して、閉塞している状況をブレークスルーできるテクノロジーではないかと考えています。学びも単線的なものではなくて、学習者自身が学びを決められるような時代になってきています。そのような状況の中で、身に付けたスキルやコンピテンシーについて、オープンバッジを武器として、自分を売り出していく。そんな世の中になってほしいなと思います。

髙田理事長:先日、東京都小金井市の教育長である大熊雅士先生とお話しする機会があり、学校に登校することが難しい児童や生徒さんに対して、DXを用いて、アバターでメタバースの教室に登校することを認めたい、その空間の中に数検をうまく取り入れて、合格できたら単位が取れるような仕組みを作りたいということを伺いました。学びの空間も、本当に変わってきていますね。

 数検でいえば、小学校低学年の児童が、難易度が高い階級に合格するケースも出てきています。そういう子供が、中学校の数学を履修するとなると、違った学びを提供しなければならないという状況が生まれてくるでしょう。

 学習が進んでいる児童生徒には、もっと深く探究できる環境を提供することが大事です。たとえば、大学と連携して、いずれ大学に進学したときに単位認定できるような仕組みを作る際には、ブロックチェーンで改ざんできない形でオープンバッジが存在しているということがすごく重要になるわけです。

荒木:そうですね。本来、学びは楽しくて、面白くて、できたら嬉しいものです。その成果としてオープンバッジがもらえて、それを公開して、もっと学びの意欲が高まるような、好循環が生まれてくれればと思います。

髙田理事長:私たちは、数検を実施していますが、受検者が身に付けた実用的な数学は、探究に波及していくことになると思います。探究をするためには、やはり基礎的なものをちゃんと積み上げ、そして探究し、またそこで「なぜ」を発見して、また基礎に戻り、そしてまた次の探究に向かっていくという、スパイラルで考えていかなければなりません。「なぜ」を発見することをずっと続けていくのが、良いリスキリングではないかと考えています。私たち日本数学検定協会は、今後も人づくりやリスキリングを支援していきたいと考えています。

荒木:公益財団法人としての日本数学検定協会の教育や人材育成への熱い思いが伝わってきました。本日はありがとうございました。

取材後記

 一般財団法人オープンバッジ・ネットワーク財団には、今回お話を伺った日本数学検定協会のほか、日本漢字能力検定協会、日本書写技能検定協会、日本英語検定協会等、多くの検定協会が参加している。オープンバッジの導入が、工数やコストを削減するだけでなく、オープンバッジが学びの道筋(ラーニングパスウェイ)の道標となることで、学習者の学びの意欲が高まるだろう。また、オープンバッジの所有者がSNS等で情報を公開することで、結果的に受検者が増加し、修了率も高まることが予想される。

 検定の受検に際しては、十分な事前の学習が不可欠である。髙田理事長のお話にあったように、オープンバッジは「学びの過程」と「学びの成果」の両方の場面で、スキルやコンピテンシーの証明となる。大学入試や入社試験においても、オープンバッジの活用が望まれる。

髙田 忍

公益財団法人 日本数学検定協会 理事長。1995年3月大学卒業後、都市計画に関する総合コンサルタントに就職。1997年4月に日本数学検定協会に転職し、約20年にわたる検定業界での活動を通じて、数学と社会の融合や新たな分野の創造に従事している。現在は「なぜ?を発見!できる人づくり」をコンセプトに活動の幅を広げている。

荒木貴之

株式会社ネットラーニングホールディングス執⾏役員、学びのDX 総合研究所所⻑、情報経営イノベーション専⾨職⼤学特任教授、社会構想⼤学院⼤学客員教授、⽇本アクティブ・ラーニング学会副会⻑、AI 時代の教育学会理事、⽂部科学省 ICT 活⽤教育アドバイザー、デジタル庁デジタル推進委員。博⼠(情報科学・東北⼤学)。


オープンバッジ連載 第1回はこちら



《荒木貴之》

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