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教育を通じて社会を変える「atama plus」稲田大輔氏

全国の塾・予備校で、AIと人を組み合わせた教育サービス「atama+」の導入が拡大している。コロナ禍でも子どもたちの学びを止めない迅速な対応が注目を集めた「atama plus」代表取締役の稲田大輔氏に、日本の教育や同社の今後の展望などを聞いた。

教材・サービス 授業
特徴的なロゴとatama plus稲田大輔氏
  • 特徴的なロゴとatama plus稲田大輔氏
  • ミッションは「教育に、人に、社会に、次の可能性を。」
  • atama+開発の「ペルソナ」として掲げている藤井真一くん(高校生)と藤井純二くん(中学生)兄弟のフィギュア
  • 学習体験とその課題を見える化。改善は日々続く
  • 楽しさや明るさが感じられる開放的なスペース
  • コロナ対策のアクリル版パーテーションが設置されている会議スペース
  • 「atama+」のペルソナである藤井兄弟と稲田社長
 コロナ禍でも学びを止めない迅速な対応が注目を集めた「atama plus」。AIと人を組み合わせた教育サービス「atama+(あたまぷらす)」は、2020年7月現在、全国の塾・予備校、約1,900教室以上に導入が拡大している。設立3年を超えたばかりのベンチャーは、教育を通じて社会を変えることをミッションとして、先端的なテクノロジーをベースに、自社のサービスを着々と磨き上げる。今回は、「atama plus」を率いる代表取締役 稲田大輔氏に創業の思いや日本の教育、今後の展望などを聞いた。

「AI×人」で新たな教育を



--「atama plus」の概要や強みをお聞かせください。

 現在「atama plus」では、全国の塾・予備校を中心に中高生向けのプロダクトを提供しています。教育の世界の言葉でいえば「アダプティブラーニング」といわれるものです。

 生徒さん向けと塾・予備校の先生向けの2つのプロダクトがあります。生徒さん向けのプロダクトが「atama+」です。子どもたちの強みや弱み、学習履歴、目標など学習中のさまざまなデータを分析して、リアルタイムで生徒ひとりひとりに合ったカリキュラムを自動的に作成するサービスです。

 塾・予備校の先生向けには「atama+ COACH」というプロダクトを提供しています。生徒が「atama+」で学習しているときのデータを分析して、生徒と一緒に目標を設定、伴走しながら励ますことができる、いわゆるコーチングの支援をしています。

 私はAIだけでは新しい教育は作れないと考えています。「AI×人」のベストミックスを目指して、「atama+」のAIとそれを活用する塾・予備校の先生が一緒になって新しい講座を作り上げる。個別指導や集団授業、映像授業のような従来の方法ではなく、AIを活用した新たな授業、私たちが「AI個別」とよんでいる形態に、今、「atama+」を導入した塾・予備校は変わってきています。

教育を通じて社会を変える



--起業の経緯を教えてください。

 atama plusは、私が大学時代の同級生たちに声をかけて、2017年4月に3人で共同創業した非常に若い会社です。私はもともと大学院時代に情報理工学を研究していましたが、エンジニアリングの力を使ってビジネスを作りたいという思いから、11年間、三井物産で働きました。そのうちの7年間を教育分野に携わり、ブラジルでのベネッセとの合弁会社の立ち上げや海外のEdTech事業の投資責任者を経験しました。

 創業のきっかけは、三井物産や5年間のブラジル駐在時代に感じた、海外や社会の変化がベースにあります。教育のアップデートは不可欠です。明治維新以降あまり変わっていない日本の教育では、これからの社会でいきる力を身に付けることは難しくなると感じています。

 ミッションは「教育に、人に、社会に、次の可能性を。」そして、英語や数学、国語などの「基礎学力」、コミュニケーションやプレゼンテーションなどの「社会でいきる力」の両方を身に付けられる教育を作りたいと思っています。

 日本の学生や先生は皆忙しく、多くの塾・予備校や学校では、基礎学力の習得に100%近くの時間をかけています。そこに「社会でいきる力」を身に付けましょうと言っても、その時間をもてないのが現実です。そのため、まずは基礎学力を習得する時間をテクノロジーで最短化することに注力して、それがしっかりとできるようになったら、その先に「社会でいきる力」に取り組んでいきたいと考えています。

 私たちは、実は教育改革をしましょうというミッションではなく、「教育を通じて新しい社会を作ろう」というミッションを掲げています。社会全体を変えるには、たくさんの人が変わることが大切で、自分の人生を生きる人がたくさん世の中に出てほしいと考えています。

ミッションは「教育に、人に、社会に、次の可能性を。」
ミッションは「教育に、人に、社会に、次の可能性を。」

拡充を続ける「atama+」のサービス



--準備中のサービスはどのようなものがありますか。

 まずは教科の拡充を予定しています。現在、高校生は「数学」「英語」「物理」「化学」、中学生は「数学」「英語」を提供していますが、まもなく中学生の「理科」も始まります。また開発中のものには、小学生の「算数」と中学生の「社会」と高校生の「生物」があります。今後は、塾・予備校に必要な教科は、すべて作っていく予定ですので、できるだけ早くリリースできるよう、みんなで頑張っています。

atama+開発の「ペルソナ」として掲げている藤井真一くん(高校生)と藤井純二くん(中学生)兄弟のフィギュア
atama+開発の「ペルソナ」として掲げている藤井真一くん(高校生)と藤井純二くん(中学生)兄弟のフィギュア

--業界初のオンラインによる大学入試模擬試験「駿台atama+共通テスト模試」について教えてください。

 センター試験から変わる「共通テスト」にはまだ不明な点が多く、受験生はきちんとした対策ができていないのが現状です。新型コロナウィルスの影響で、5月から6月には、多くの予備校の模試が会場実施できず、自宅に送られてくる試験問題で受験するような形式に変わりました。そうしたなか、全生徒に「atama+」を導入していただいた駿台予備学校(以下、駿台)と話をして、コロナの問題は緊急事態宣言が終わっても続くだろう、今後も多くの受験生が困る、ならばオンラインで模試ができないかという話になりました。

 私たちは以前から模試のありかたを見直したい、テクノロジーを活用すれば大きく変えられるという思いをもっていました。模試には2つの大切な要素があって、「測定」とその測定された弱点に対しての「学習」です。ところが、結果が1か月後などと忘れたころに返ってきても、結果だけに一喜一憂して自分の学習に生かされないという問題がありました。

 その問題をテクノロジーで解決できると考え、模試を「再定義」しました。会場に行かなくても、「いつでもどこでも好きなところで模試を受けられるようにしよう」「終わった瞬間にリアルタイムで結果を確認できるようにしよう」「採点した結果を分析して、その後の学習に生かせるレコメンドをしよう」という3つの要素を入れた新しい模試を、駿台さんと企画して、エンジニアリソースも投入し、短期間で作り上げました。これまで見たことがない模試で、マークシートがこうなるかという新技術に、みなさんきっと驚くと思います。

 初回は無料で実施します。今後の共通テストの模試に関しては、「駿台atama+共通テスト模試」として、この先も継続してすべてオンライン化していきます。実は、駿台の教室では今回も紙で同じ模試を受けることができます。紙とオンラインでセットになっていますが、申込数はオンラインの方が多く約1.3倍で、高校生・既卒生向けオンライン模試では国内最大規模となる4万人を突破しました。

日本の教育にテクノロジーを



--日本の教育に対するお考えをお聞かせください。

 前職時代に、EdTechへの投資責任者として世界中のさまざまな会社を見て、世界中でテクノロジーを活用した教育へ変わりつつあることを目の当たりにしました。PISA(OECD生徒の学習到達度調査)のランキングがそれほど高くはない国々であっても、教育へのテクノロジー導入は進んでいます。テクノロジーの活用という意味では、むしろ日本は後進国だと思います。

 先ほども申し上げたとおり、今の日本の教育は100%近くの時間を基礎学力の習得に費やしていると思います。そこでよく見聞きするのは、それは無駄じゃないか、「社会でいきる力」に完全に変えればよいじゃないかという意見です。アクティブラーニングに全部変えたほうがよい、基礎学力の学習時間を減らして総合学習のようなものを増やせばよいといったものもあります。私は、“基礎学力は大切”だと思っていて、“基礎学力の学習をやめましょう”というのは反対です。一方で、日本人は「社会でいきる力」が乏しいのではと、海外にいたときに思いましたので、この対策を何もやらないのもよくない。やはり両方をやるには、そもそもリソースを効率化しなければいけませんが、どちらかをあきらめるべきものではないと思います。

一斉休校で変化した塾・予備校業界の役割



--コロナ禍を通じて塾・予備校の取組みに変化はありましたか。

 一斉休校前、「atama+」も塾の中でタブレットを使ってアプリで学習するのが、主流でした。これを自宅でも学習できるようにしようと、自宅のPCやスマホで使える「atama+ Web版」を1週間という超短期間で開発して2月末に緊急リリース。今までの塾での授業体験をそのまま家でできるようになり、何の問題もなく家庭学習に移行できました。

 やはり人によるサポートは大事だと思います。Zoomなどでオンライン授業をしても、生徒の手元が見えないなどの課題がありますが、講師向けの「atama+ COACH」では学習データに基づき、先生向けにアドバイスのヒントを提示しますので、これに従って電話によるコーチングをしている塾が多いようです。

 休校期間、「atama+」の導入が急速に進んだあたりから、塾・予備校業界が大きく変わったと感じています。

 何が変わったか。学校も休校し、授業時間も短く、家庭学習の重みがとても増してきました。家の中で何をやるか、保護者も家で子どもの面倒を見きれない。そこで、塾が家庭学習をトータルでサポートするという流れが始まりました。今まで塾の授業の中だけをサポートしていたものが、塾の授業外の時間、たとえば家庭、自習室を含めて、塾がトータルでマネジメントをするという流れに変わってきています。「atama+」ならば自宅でもできて、塾の授業中はそのときにしかできないことをやる。全部のデータがつながって学習姿勢がわかるようになり、塾の授業外の学習計画も先生が一緒に作って、家庭学習をサポートする。

 保護者からの反応もとても良いです。保護者側にも大きく2つのメリットがあって、まず保護者では家庭学習に対応しきれないことが多いので塾がそこをサポートしてくれる。次に学習履歴がブラックボックスにならず、今どんな感じで進み、どこが強くてどこが弱くて、何をやるべきなのかがわかる。保護者の反応が良いので、塾としてもトータルでサポートする流れになってきています。

改善を重ねてプロダクトを精緻なものにする強み



--グローバルの展開についてはどのようにお考えでしょうか。

 私自身、海外での仕事を経験していますので、いつか世界に出て行きたいと思っていますが、現状は国内の学生の学力向上に貢献すべきだと考えています。最近は少しずつプロダクトを紹介してくれる英語の記事も出てきて、海外からの問合せが増えています。ここまで精緻なアダプティブラーニングをやっているプレイヤーは海外にもあまりいないので、うちの国に来てくれといった話はよくあります。

 私たちのプロダクトは、ひとりひとりにレコメンドするエンジンがとても強いわけですが、レコメンドエンジン自体は創業して3か月くらいのころにリリースしているんですね。大きな構想は変わらず、ずっと地道にアップデートし続けて、プロダクトを毎週更新しています。レコメンドエンジンも定量的なデータだけではなく、実際に学んでいる生徒さんを観察して、1週間に1度、改良しています。そういう地道に粘り強く継続できるところは、日本人の強いところかもしれないですね。

学習体験とその課題を見える化。改善は日々続く
学習体験とその課題を見える化。改善は日々続く

--どのようなチーム構成で取り組まれているのでしょうか。

 社員100名程度の会社で、そのうち6割くらいがプロダクト開発に関わっています。エンジニアもいれば、デザイナーもいれば、コンテンツを作るスタッフもいます。私たちは「ものづくり」の会社だということが大きな特徴です。プロダクトは絶対に外注しない。超一流の開発チームで、全部自前で作っています。たとえばGoogleの検索エンジンやFacebookのプラットフォームは、自前でつくって改善し続けています。私たちもテクノロジーの会社なのですべて自前で開発します。

楽しさや明るさが感じられる開放的なスペース
楽しさや明るさが感じられる開放的なスペース

コロナ対策のアクリル版パーテーションが設置されている会議スペース
コロナ対策のアクリル版パーテーションが設置されている会議スペース

--教科が増えていくと、チームもどんどん大きくなりますね。

 採用が大変ですけどね。毎日、面接しています(笑)。

世界のEdTech事情を発信



--注目しているEdTechの動向などをお聞かせください。

 日本ではグローバルのEdTech事情に触れる機会は多くないですよね。そこで発信したいと思い「atama+ EdTech研究所」を設立して、定期的にグローバルのEdTech動向を発信するようにしています。そこでも少し触れていますが、EdTechという言葉は日本では最近になって言われはじめましたが、世界ではかなり前から言われています。

 2010年代前半には、まず自分たちで、ものづくりをするテクノロジー集団がEdTechプレイヤーとして世界で勢いを増します。そのとき生まれた多くのプレイヤーは、オンラインで講義動画を配信したり、アダプティブラーニングのレコメンドエンジンを提供したりしていましたが、そのうち失速してしまいました。ただテクノロジーを提供するだけでは、生徒の利用が続かなかったのです。それを受けて、2010年代後半くらいからはテクノロジーだけでは教育は作れないという流れになりました。

 私たちは「AI×人」と言っていますが、教育は100%テクノロジーでやるものではなく、人の力とうまく融合することが大切だと思っています。世界でも今は人の力をうまく取り入れるデジタルとアナログを組み合わせたプレイヤーたちが伸びてきています。中国やインドなどでたくさんのEdTechプレイヤーのユニコーンが出てきていますが、彼らはみんなテクノロジーだけではありません。その意味では、日本は2段階前、世界で2010年代前半に起こったEdTechプレイヤーが生まれてくる、その前くらいのタイミングかなと思っています。歴史的に良い教育がある日本ならば、もっとテクノロジーを生かさないともったいないと感じています。

教科と学年を広げながら、トータルな学習体験へ



--今後の展望を教えてください。

 まずは教科を広げること、学年を広げることに注力したいと思います。

 また多くの塾では、学習とテストが断絶されて、うまく連携されていません。模試は測定するだけになっていますが、測定したらそれに基づいて学習し、学習したらそれに基づいて測定するというアセスメント(評価)とラーニング(学習)の融合をやっていきたいと考えています。

 短期的には、塾や学校外の家庭学習を含めた全体で、アセスメントからラーニングまでをスムーズに連携するサービスを提供したいと思っています。それを小学生から高校生まで幅広く提供したい。中長期的には、「基礎学力」だけでなく「社会でいきる力」まで提供して、それをグローバルにまで広げたいと考えています。

--学校向けのサービスはお考えですか。

 塾向けのプロダクトと学校向けのプロダクトは異なるだろうと考えています。日本では、子どもたちの半分くらいが塾に通っています。学校と塾のセットが日本の教育だと捉えていますので、塾が変われば自然と学校も変わっていくのではないかとも思います。

「atama+」のペルソナである藤井兄弟と稲田社長
「atama+」のペルソナである藤井兄弟と稲田社長

--ありがとうございました。

 インタビュー後、稲田氏にオフィスを案内していただいた。多くの人が働きたくなる開放的なスペースには、「atama+」のペルソナである「藤井兄弟」が随所に見られた。稲田氏によれば、“ユーザー”という言葉は、開発に関わるひとりひとりのイメージが異なってくるために使用せず、藤井兄弟の名前を使って開発するという。また、両親や家庭環境も設定されており、その緻密さからはこだわりの一端が感じられた。ものづくりの会社を標榜するatama plusは、日本の教育と社会をどのように変革していくのだろうか。今後の進化に期待は高まる。
《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

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