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【NEE2023】先進的ICT教育自治体のトップが語る未来の教育と現在の課題

 2023年6月1日から3日まで開催された「New Education Expo 2023東京」。2日目に行われた特別セッション「全国ICT教育首長サミット Next GIGAが日本の未来を変える~先進的ICT教育自治体のトップが語る未来の教育~」のようすをレポートする。

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全国ICT教育首長サミット
  • 全国ICT教育首長サミット
  • 全国ICT教育首長協議会会長/佐賀県多久市長の横尾俊彦氏
  • 全国ICT首長協議会主催「日本ICT教育アワード(本年は7月3日から9月29日まで受付)」審査委員長の大久保昇氏
  • 日本教育情報化振興会の山西潤一氏とイギリスのローハンプトン大学教授マイルズ・ベリー氏が飛び入りで挨拶
  • 文部科学省大臣官房 学習基盤審議官の寺門成真氏
  • ICT教育推進の取り組みの際に知りたいこと
  • Next GIGAについての現場の声
  • 提案「GIGAスクールの更なる進化のために」

 2023年6月1日から3日まで開催された「New Education Expo 2023東京」。2日目に行われた特別セッション「全国ICT教育首長サミット Next GIGAが日本の未来を変える~先進的ICT教育自治体のトップが語る未来の教育~」のようすをレポートする。

 まず全国ICT教育首長協議会会長・佐賀県多久市長の横尾俊彦氏の開会の挨拶に続き、一般財団法人日本視聴覚教育協会会長/全国ICT首長協議会主催「日本ICT教育アワード」審査委員長の内田洋行 代表取締役 兼 日本視聴覚教育協会会長の大久保昇氏が、日本ICT教育アワード(2023年7月3日から9月29日まで受付)を紹介した。

全国ICT教育首長協議会会長/佐賀県多久市長の横尾俊彦氏

全国ICT首長協議会主催「日本ICT教育アワード」審査委員長
内田洋行 代表取締役 兼 日本視聴覚教育協会会長の大久保昇氏

日本教育情報化振興会 会長の山西潤一氏と英ローハンプトン大学教授マイルズ・ベリー氏が飛び入りで挨拶

さらなる伴走支援でNext GIGAへ

 基調講演では、文部科学省 大臣官房 学習基盤審議官の寺門成真氏が登壇。寺門氏は現在、初等中等教育局でGIGAスクール構想等を担当している。GIGAスクール構想は、教育現場や自治体の多くの苦労を経て実現に向かったが、これだけの人口規模のある国が、わずか1、2年で児童・生徒のほぼ全員に対して端末の整備を完了させた例はないと寺門氏は説明。G7サミットで行われた教育大臣会合でも、世界的なICT人材の獲得競争を背景に、各国大臣の最大の関心は日本のGIGAスクール構想だったと寺門氏は振り返った。

 なお地域や学校間でICTの利用に差がみられるのは課題だが、この2年間はコロナ対応に追われる中でも着実に対応していただいていると認識していると述べた。さらに寺門氏はGIGAスクール端末の更新時期が迫っていることに触れ、「GIGAスクールはさらに進化しなければならない。その一方で地域間・学校間の格差を是正するために、GIGA StuDX等による積極的な伴走支援で自治体の実情にきめ細かく寄り添ったサポートをしていきたい。その上で国策として相応の予算をしっかりと確保し、デジタル学習基盤を盤石にしたいと考えている」と締め括った。

文部科学省大臣官房 学習基盤審議官の寺門成真氏

全国ICT教育首長協議会のアンケートから見るNext GIGA成功の鍵

 続いて横尾氏が再度登壇。全国ICT教育首長協議会では課題を抽出し、解決策を提言書にまとめて文科大臣に提案してきたという。また教育委員会へのアンケートでどんな情報ニーズがあるのかを把握し、協議会では求められる情報を提供している。

ICT教育推進の取組みの際に知りたいこと

 ICTの利用格差については、自治体や教育現場で活用率を高めることが大事との見解を示した一方で、特に端末整備に関しての財源は、やはり国費で賄ってほしいという声が多く出ているという。自治体の予算状況は厳しく、全台数をすべて自治体の予算で整備するというのは難しい。貸借に関する補助や教職員の1人1台端末の整備、保守や保険などソフト面の必要性も現場からは上がっており、特に国費で実施することを求める声がアンケートからは見て取れる。

Next GIGAについての現場の声

 またICT導入の成果については「デジタルリテラシーを高めることで、デジタルでの問題解決ができるようになる。それは進学や就職においても大事なスキル。またテレワークも可能になり、介助やケアを必要とするご家族がいらっしゃる先生方にとっては画期的だった」と評価した。

 最後に横尾氏はGIGAスクール構想の更なる進化へのポイントとして、人生100年時代に不可欠なデジタルリテラシー、国立教育学院(NIE)を設置しているシンガポールのような教員の能力の向上等を挙げ、「当面の課題は1人1台端末の更新をどうするかということ。セキュリティを含めて、世界的なスタンダードを認識しながらやっていく必要がある。首長協議会はこれらのことを皆さんと一緒に取り組んでいく」と結んだ。

提案「GIGAスクールの更なる進化のために」

ICT教育による学力向上と村おこし

 熊本県球磨郡山江村の村長、内山慶治氏からは先進的なICT教育への取組みと村おこしの事例が紹介された。総人口3,300人弱の山江村には今、小学校2校と中学校1校がある。今から30年ほど前に住民がビデオカメラを持ち、地域を取材・編集し番組作りを手掛ける住民ディレクター活動を始め、埋もれていた地域情報が一気に広がる原動力になったという。「発信力は今後の世の中で大切になると考え、子供たちにも番組を作る能力を身に付けて欲しい。今も子供たちは番組作りを通して、企画や取材を行う多様な学びを進めている。それが学校教育にICTを取り入れることにつながり、コロナ禍でもいち早くリモート授業やオンラインでのハイブリッド授業ができたのだと思う」(内山氏)

山江村村長、内山慶治氏

 ICTを活用することで情報活用スキルを身につけ、学びに興味や関心をもち、結果として学力向上に結びつける。「ICTの整備では、先生たちのやりたいことを聞きながら、子供たちの授業やグループワークを観察し、少しずつ段階的に整備を行ってきたことが良かった。計画的に進めたことで、教員の指導力向上や子供たちの学力向上につながった」と内山氏は振り返った。

 また山江村は令和2年7月の豪雨で大きな被害を受け、災害からの復旧復興に取り組んできた。その事業の1つとして、氾濫した球磨川の上流に位置する山江村の小学校と下流に位置する八代市の小学校とで、環境問題についてのオンラインによる遠隔交流学習を実施。こうした遠隔交流学習は、同一県内の小学校やALTの出身地であるシンガポールの学校との交流に広がっている。

環境問題を中心に遠隔地交流学習を実施

 今では保護者や地域にもICT教育の重要性について理解が深まり、地域で子供を育てる機運がさらに高まっているという。「子供たちには世界中で活躍できるグローバルな感覚と、地元を愛するローカルな感覚を持ち合わせたグローカルな人になってほしい。現在は英語学習を中心にICTの推進を図っている。中学校卒業時の英検3級取得者を60%にする目標を掲げ、英検受検料を無料化。国際的視野を深めるために英検3級取得者はシンガポールへの語学研修に参加できるなどの取組みをしている。すると中学生がみんな英語の勉強をはじめて、英検3級取得者は81.8%に達した。英語学習とICTは非常に相性が良いこともわかった」(内山氏)

グローカルな人材育成へ

 「自然豊かな山江村で先進的なICT教育を受けさせたいと、他県や周辺の自治体から移住してくる人も増えている。ICTを活用した学びを楽しみ、主体的に自分の世界や可能性を広げることは子供たちの財産。またICT機器だけに頼らず、アナログを大切にしてきた山江村の教育は、ふるさとを思う心を育み、地域に根指す人材育成につながる。小さい村だからこそ、輝けることがある」(内山氏)

学校と社会、今と未来をつなぐ授業

 奈良県生駒市教育委員会事務局 教育こども部 教育指導課 課長 花山浩一氏からは「学校と社会、今と未来をつなぐ授業」が紹介された。

奈良県生駒市教育委員会の花山浩一教育指導課長

 生駒市では、子供たちにこれからの新しい時代を生きていく力をどのように身に付けさせるかを考え、OECDのラーニングコンパスで示されるコンピテンシー、非認知能力を育成していくことが大切だとした。OECDのラーニングフレームワークを現場で活用するために、トップだけでなく教育に関係するすべての人がフレームワークを理解・共有し、変革に向けた意識をもって行動するボトムアップ型の取組みを実現し、現場の思いを具体化するための効果的なサポートが必要だと考えているという。

OECDラーニングフレームワーク

 ボトムアップに必要な3つの要素の1つ目はICT教育の環境整備だ。各教室に大型モニターや投影機、先生の1人1台端末、児童・生徒の画面がすぐに投影できるソフトを導入した。2つ目としてICT支援員を各校に配備し、各小中学校からはエバンジェリストと呼ばれるICTを各校に広めるための教員を指名。教育委員会の指導主事が研修を実施し、エバンジェリストがそれを各学校で研修を行い、ICT活用を広めていく。

 そして3つ目は、公立学校にはなかったスキルや経験、ネットワークをもつプロ人材の採用だ。先生たちが新しい世界を知り、これからの教育が目指すべき未来を見据えるため、先生の伴走者として一緒にプロジェクトを進めてきた。たとえば、プロ人材として採用されたキャリア教育プランナーの尾崎えり子氏は、まず現場の先生の声を丁寧に聞くところからはじめたという。すると、先生が授業をする中で、さまざまな人や他校、地域、企業などとやりたいことはあるが、どうつながっていけば良いのかわからない。またその連絡の時間や相手との調整などに困っていることがわかってきた。

 尾崎氏はコロナ禍で実施が難しくなった職業体験を、3つの学校を結ぶ「オンライン職業体験」として実現した。中学生のアイデアを会社経営や戦略に役立てたいと考える8つの企業や団体と連携し、SDGsを軸としたミッションを設定。子供たちはそのミッションに対して、チームでアイデアを出しあって提案し、実際のビジネスの流れを体験した。子供たちは仕事や社会に対するイメージがポジティブなものに変化したという。

 また生駒市では、アプリケーションを作るプロジェクトも進められている。小学生がデジタルクリエイターになり、地域のデジタル図鑑を作成し、地域の魅力を創造する新しいアプリができた。こうしたICTを活用した取組みをカタログ化し、また授業の裏側のようすを詳細に記載したブログも開始した。「ICTを活用して子供同士がつながる、人と人がつながる、学校と社会がつながる、世界とつながる、生きる力につなぐ、自分の生き方につなぐ、など『つなぐ』『つながる』をキーワードとして進めています」(花山氏)

キーワードは「つなぐ」「つながる」

一人ひとりが幸せを実感できる学校・社会を目指したつくば市の取組み

 茨城県つくば市教育長の森田充氏からはまず、つくば市の教育大綱が紹介された。目指すのは「一人ひとりが幸せな人生を送れるように」。そのために考え方の転換が求められているとして、「教えから学びへ」「管理から自己決定」「認知能力偏重から非認知能力の再認識へ」の3つがあげられた。

つくば市教育大綱

 幸せな学校作りに向けて、幸せとは何かを考えて、まず受け身の教育から自ら考え判断し行動する教育への転換が必要になるとした。「自分で決められる学校に。学級や行事では子供が考え、ルールは子供自身に考えさせる。問題が発生したら、みんなで話しあって合意形成を図る。そういう成功体験をさせることが、幸せな学校づくりにつながるのではないか」(森田氏)

つくば市教育長の森田充氏

 森田氏は「子供たちは興味関心も違うし、学ぶ力も学び方も違う。たとえば植物や動物を学ぶ単元でも、外で観察する子やインターネットを使う子、顕微鏡を使って調べる子、外部の方と交流して教えてもらう子など、自分が学びたい方法を選択・調整し、そして自己決定できる学びが大切だと考えている」と説明。

 その事例として、小学2年生の児童たちが事前にSDGsを学び、疑問に感じたことについて研究者とZoomでつないで対話する映像が映し出された。「子供が研究者に質問したときに、研究者が『これ、わからないんだよね』と答えると、子供たちは『研究者もわからないんだ』と本当に楽しみながら勉強していた」(森田氏)

研究者との対話を通じて学びを深める

 また子供たちが生活の中で困っていることを、自分たちで考えて解決する授業では、湿度と温度を同時に計る装置やドアの開けっ放しを知らせるアラームを作るなど、ICTの恩恵はとても大きいものだったという。

生活の困り感を解決

 子供が自らICTの利用についてルールメイキングする取組みは、NPOカタリバの協力のもと1年かけて全校で実施。アンケートや話しあいでルールを決め、PTA本部や管理職との対話を通して最後まで作りあげたという。「子供たちが自分たちで作ったルールなので大事にされているし、今も見直しを図っている」(森田氏)

 こうした取組みからは子供たちの新たな発想や行動も生まれている。「トルコ・シリア大地震の募金では、子供たちから市全体の小中学校でやった方が良いという声があがり、全中学校の生徒会がオンラインで議論をした。募金方法なども話しあい、その後、中学校から小学校にも広げて、最終的には234万円をユニセフに寄付することができた。これこそ協働の実践だと考えている」(森田氏)

ディスカッション「Next GIGAが日本の未来を変える」

 現在のGIGAスクールにおけるICT利活用の格差を解消するために必要だと考えられることを、各登壇者が紹介した。

 つくば市の森田教育長からは、子供たちの学びを前面にすることの大切さ、先生方への基本的な研修からニーズに合わせた研修の実施、実践事例集の作成など安心して真似ができる環境づくり、各学校から推進委員1名を選んでリーダーを育成することが挙げられた。

 生駒市の花山氏は、まず管理職に使い方を理解してもらう取組みを紹介。校長会をすべてペーパーレスにして、端末で資料を事前配布。管理職が良さを知ることで学校に持ち帰り、学校での改革が進んだという。

 山江村の内山村長は、ICTの授業利用についての学級や学年ごとの小規模研究会から始まり、学校全体、さらに他校との合同実施まで広がったことが紹介された。また先生方の対応のスピードに合わせて少しずつハードを整備していったことも良かったと振り返る。

 多久市の横尾市長は、まず永岡文部科学大臣からの「今後の更新期の端末整備に向けて、各学校にある端末を充分に活用して欲しい」という要望を会場に伝え、お互いに協力してICT利活用に取り組む「意識」の大切さを強調した。

 寺門審議官からは、文部科学省が令和5年度と6年度を更新に向けての集中的な推進期間と位置づけ、自治体が抱える課題の解決、たとえばネットワークや指導者用端末の整備、ICTアドバイザーの集中派遣などのプッシュ型の提案を実施すること、また文科省と教職員支援機構で多様な研修機会を提供し、管理職やICTに苦手意識をもつ教員全員の受講を推進することなどが掲げられた。

ディスカッションのようす

 最後に、寺門審議官から文部科学省の継続した伴走支援が重ねて伝えられ、セミナーは盛況のうちに幕を閉じた。

《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

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