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学力格差をテクノロジーで解消「すららネット」湯野川孝彦氏

 GIGAスクール構想や新型コロナウイルスによる休校の影響もあって、日本の教育現場や家庭学習におけるICT活用が注目を集めている。「すららネット」代表取締役 湯野川孝彦氏に、激動する日本の教育や同社の展望などを聞いた。

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すららネット 代表取締役 湯野川孝彦氏
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 GIGAスクール構想や新型コロナウイルスによる休校の影響もあって、日本の教育現場や家庭学習におけるICT活用が注目を集めている。「すららネット」は、小中高生を対象に、塾や学校あるいは家庭学習で利用できるeラーニングを提供している、日本を代表するEdTech企業のひとつ。日本でもさまざまなEdTechが登場している現在、先駆者ともいえる「すららネット」代表取締役 湯野川孝彦氏に、激動する日本の教育や同社の展望などを聞いた。

学力格差を独自のテクノロジーで解消へ



--「すらら」の概要や強みなどをお聞かせください。

 小学生から高校生向けのeラーニング、最近で言うところのEdTechのサービスを提供しています。英語、算数・数学、英語を提供してきましたが、2020年3月に小学校・中学校の理科と社会も開始しました。BtoBtoCは現在、学習塾と学校あわせて約1,000校に提供しています(2020年3月時点の正規契約数)。直接エンドユーザーに届けるBtoCは全体のおよそ15%です。また、東南アジアや南アジアを中心に海外でも展開しています。

 私たち「すららネット」は、基礎学力の向上に非常に強い、あるいは学校に通わずとも理解できることがコンセプトです。そのコンセプトに対してこだわりをもって作っていることが、大きな特徴となっています。日本の教育系企業の多くが、裕福な家庭の子どもたちを良い学校に入れることにフォーカスしています。でも私たちは正反対で、学力が低い子どもたち、あるいは障害をもった子どもたち、発達障害や学習障害の子どもたち、不登校の子どもたちでもわかるようにとフォーカスしています。誰ひとり取り残さずに、みんなが学力を高められる、あるいは学力だけでなく自己肯定感や自尊心も向上させることを目指しています。その考え方は日本だけでなく海外での展開でも同様です。

 そのために、アニメーションを使ったインタラクティブなレクチャーでアダプティブ(個別最適化)を実現しています。たとえば、学力に応じて問題を変えることや、私たちが特許をもつ、過去のつまずきを発見して戻って学びなおすといった独自の技術を使うことで、学力を引き上げることが実現できています。

「すらら」誕生のきっかけは個別指導業界での課題



--起業の経緯を教えてください。

 元はベンチャー・リンクという会社で新規事業を担当する役員をやっていました。教育とはあまり関係のない事業をしていましたが、2004年に個別指導のチェーンをお手伝いしたことがあって、それが私の教育事業とのはじめての接点です。そこでの仕事を通じて、学力の低い生徒の成績がなかなか上がらない、場合によっては下がることもあるなど、塾や個別指導の業態そのものにも課題があると感じました。

 そこで、理想のeラーニングを作れば、問題が解決するのではないかと考え、ベンチャー・リンク内で2005年に「すらら」を作りはじめました。2007年には販売を開始し、2010年末にMBOをして独立しました。

--「すらら」という名前は、サービス立ち上げのときからでしょうか。

 そうです。「すらら」は、やさしい音で、スラスラ解けるという音の響きにもつながります。ちなみにスリランカやインドネシア、インド、エジプトなど、どの国でも「すらら」という言葉がなくて、でもみんなに良い響きだねと言ってもらえて、とてもありがたいと思っています。

今後はさらにEdTechを利用した個別最適化が進展



--今の日本の教育に対する考えをお聞かせください。

 現在の集合型の学校教育は過度期だと思います。多くの生徒に一定の知識を教え込んでいく方法では学力のばらつきも大きくなり、このままではうまくいかない状況も出てきています。だからこそGIGAスクール構想で個別最適化されたEdTechをひとりひとりに、ということが起きている。150年200年続いた教育が今、大きく変わろうとしています。

 できない生徒はまったくやる気がなかったり、先生が教えているのに生徒たちは一言も話さなかったり、先生もそれをわかっていて一方的に黒板に向かってひたすら板書をしている場合もある。ただこれでは、生徒も先生も心が折れてしまいます。そうしたところにEdTechを使って、それぞれの実力に応じて対応すると、生徒のやる気や集中力が本当に変わってくるということが起こっています。

--小学生のときに勉強についていけずに楽しくなくなると、その先も授業が苦痛ですものね。

 そうなんです。昔も一定数、ついていけない子どもたちはいましたが、今はそれが増えているように感じます。小学校や中学校で勉強ができないと自己肯定感の欠如にもつながります。自己肯定感や自信、やればできるというマインドセットを身に付けることは、一生を通じて人生に影響を与えることなので、とても重要だと考えています。

 集合教育とEdTechによる個別最適化をブレンドしていくことは良いと思います。ただ個別最適化の要素は、今後必ず必要になると思います。教育ICTは、今の教室での集合授業を一部デジタル化して効率化するという流れがありますが、現在起きつつある個別最適化の流れは、集合授業ではできないことをやる流れで、おそらく必然になるでしょう。

休校の影響で注目高まる



--新型コロナウイルスによる休校で、ICTを活用した学習が注目されていますね。

 「すらら」も学校と塾には3月2日から無償で提供を開始しました。最初に学校50校に提供しましたが足りなくなって、さらに50校の枠を増やしました。塾も50校、放課後等デイサービスも増やしました。今は全部でおよそ10万ID(無償提供分)を提供していて、それまでは70,000IDだったので倍以上増えたことになります。4月の緊急事態宣言を受けた休校延長に伴い、無償ID提供期間を5月6日まで延長します。

 臨時休校になり、デジタルかアナログかという選択ではなく、従来のやり方ではできない個別最適化、家庭学習における学校の管理といった必要性を、日本の保護者も教育関係者もかなり痛感したと思います。日本人の教育に対するマインドセットが大きく転換したのではないでしょうか。

--先生と子どもたちがICTでつながることもできますね。

 それはとても大切だと思います。EdTechは、学校だけで使っている、塾だけで使っているというサービスが多いのですが、「すらら」は最初から家庭でも使える形でした。今回、学校では生徒の学習状況が管理画面で詳細にわかり、こうした基準ならば出席扱いにするということも学校側がスピーディーに対応できたと思います。

 また一部ではありますが、家で時間割どおりに学習することも行われています。「すらら」にはリアルタイムモニターという機能があって、誰が何をやっているかがわかります。たとえば、塾ならば普段の時間割と同じように入室して勉強することにします。子どもたちもリズムを壊さずにできますし、他の子どもたちとも一緒にやっている感じが出てきます。もちろん先生もリアルタイムにメッセージを送ったりして、機能をフルに活用していますね。現場の先生たちも工夫していろいろと使ってくださっています。

 「すらら」ならば、生徒の状況を把握することはもちろん、宿題・課題の作成から配信やメッセージなどすべてができますので、学校や塾の先生方にお役立ていただけているのだと思います。

日本の教育の良さと基礎力重視が海外でも好評



--グローバル展開についてお聞かせください。

 「すらら」のサービスは、海外、特に途上国の子どもたちにも必要ではないかという声がありました。海外進出には資金の問題がありましたが、そうしたなかJICAの中小企業支援を受けることができました。

 最初はスリランカ。子どもたちが算数をゼロから学ぶ「Surala Ninja!」というコンテンツを提供したところ、学力が半端なく伸びるんです。1年間で数百人の平均点が30点から90点にもなる。大きな手応えを感じました。

 日本の教育は内部では批判もありますが、私はとても良くできていると思っています。基礎的なところをみっちりやる部分と、発展的・応用的な学習をバランス良くやっているのです。教科書もカラフルでとてもわかりやすい。日本の小学校でやっている、当番制や掃除、ルールを守るなどの規律、道徳的なところも含めて、途上国でも受け入れられる要素があります。やればやるほど日本の教育は、輸出産業に足りうると感じます。

すららネット 代表取締役 湯野川孝彦氏
インタビューに応える湯野川孝彦氏

--進出されている国を教えてください。

 進出した順番では、スリランカ、インドネシア、インド、フィリピン。まだ調査をはじめたばかりなのがエジプトです。

--海外にも競合はありますか。

 国によっては、eラーニングのようなものがありますが、私たちのように初等教育、小学生に対して基礎的な内容を体系的に現地語で提供するというサービスはあまりありません。もちろんアプリで算数をゲーム的にやるものは山のようにありますが、数を数えるところから懇切丁寧に教えて、加減乗除、複雑な筆算ができるとこるまでを全部カバーしているものは、あるようでありません。またアニメーションを使って、インタラクティブなレクチャーを作るのには、たいへんな手間とコストがかかるので、実はなかなかやらないんですよね。提供側の多くは、そこは学校で習っているという前提で、計算をたくさんやるプログラムを作るほうに流れてしまいます。

--各国の通信やデバイスなどのデジタル環境はいかがでしょうか。

 年々どこの国でも、LTEが都市部やその周辺に整備されています。固定回線がなくてもモバイルで4Gが使えれば、問題なく「すらら」を使えます。もちろん整備されていない地域もありますが、年々改善されています。

 スリランカは仏教、インドネシアはイスラム教、インドはヒンドゥー教など宗教が違っても、子どもたちの反応や成績の上がり方は変わりません。これならばどこにでも行けると思います。

--現地のカリキュラムに合わせた調整はしているのでしょうか。

 たとえば、インドネシア語版を作るときは、インドネシアのカリキュラムとシラバスを見て、少し調整をします。これが高等教育ならば受験制度や受験内容が国によってまったく違いますから、国ごとにゼロから作ることになると思いますが、私たちは初等教育の計算なので普遍性があるのですね。だから「Surala Ninja!」という基本的なノウハウがあって、それを若干、国に応じた表記や概念の違いを微調整している感じです。

--海外からは日本の教育はどう見えているでしょうか。

 日本は、多くの国からそもそも好感をもって見られています。科学技術が進んだ、礼儀正しい国という印象がありますから、その日本の教育というと、非常に興味をもたれます。また、算数と日本のマナーや規律的なところも一緒に教えるという部分が、受け入れられる要素になっていますね。

--日本のマナーや規律的なものを教える機会とはどのようなものでしょうか。

 「すらら」で運営している学校の場合、ラップトップPCが置いてあるPCルームをひとつ作ります。生徒はそこで「Surala Ninja!」で学びますが、たとえば、教室に入る前に整列して手を洗う。挨拶も日本語でやっている国が多いですね。「起立、礼、着席」とやっています。もちろん、その後は自分たちの国の言葉での挨拶も。当番は、記録用のバインダーをみんなに配って、終了時には後片付けをします。こうしたことをきちんとやると、「子どもが家でもしっかりするようになりました」とお母さんたちから喜ばれたりします。

 こうした日本のマナーや規律的な部分は全部ひとつのパッケージです。基本的にはオペレーションを標準化して、どこでも同様にできるようにしています。

国内外における連携で教育格差解消に取り組む



--SDGsにもある教育格差をなくすための取組みをお聞かせください。

 学力格差は家庭の所得格差と大きな相関がありますが、経済的困窮世帯に対する学習支援に取り組むNPO法人などに「すらら」を提供しています。また、発達障害や学習障害の子どもたちを預かる放課後等デイサービスでの利用も増えています。子どもたちは喜んで学んで、とても励みになっているとのことです。

 また不登校の子どもたちは、「自宅でICT等を使って学習活動を行った場合」や「学校外で指導を受けている場合」に地元の学校の校長の了解さえあれば出席扱いにできるという文部科学省からの通達がありますが、ほとんど使われていないのが実情です。これを今、もっとも使っているのが「すらら」ではないかと思います。いわば全国の駆け込み寺のようになっていて、保護者や学校、各地の教育委員会から多くの問合せをいただいています。

 海外では、スリランカでマイクロファイナンスをやっている組織と組んでいます。マイクロファイナンスは、現地のスラム地域や貧困層に対して少額の融資をしていますが、ファイナンスの次は「教育」も提供しませんかと。本当にスラム街の真ん中で「Surala Ninja!」で学ぶ寺子屋を作っています。

EdTechは市場の拡大からテクノロジーも進化へ



--EdTechの今後の動向についてお聞かせください。

 本当に2020年が転換期だと思います。GIGAスクール構想があるなかで、今回の休校の話があったので、一気に広げようと前倒しする機運も出ています。

 EdTechは、経産省・文科省など国の方針によって、当たり前のものとして教育に組み込まれていく過度期にあるのだと思います。それが今の新型コロナウイルスの休校によって、さらに必要性を喚起して、日本の教育関係者や保護者のマインドセットを変えています。大きな節目です。

 ここ数年は、EdTechベンチャーがどんどん出てきて、そういう意味では非常に活況を呈しています。市場も大きくなって大手企業も参入していますが、EdTechのテクノロジーそのものの進化も、さらに進んでいくのではないでしょうか。

公立の学校にも「すらら」



--今後の展望をお聞かせください。

 私たちが今までやってきたことを、世の中の方向を見て変えるということではなく、やってきたことを、世の中がだんだん受け入れる状況になってきていると実感しています。

 これまでの方針や戦略には狂いもなく、日本で「すらら」を広めていきたい。今までは塾と学校、それも私立学校が多かったわけですが、今回のGIGAスクール構想で公立学校にも広がると思います。先日、NECさん、日教販さんと提携を発表した「ピタドリ」(すららネットが開発するAI を活用した個別最適化ドリル教材)は公立の小中学校に提供されます。それ以外にも自治体での導入を進めるために、各地に営業拠点がある企業、たとえば大塚商会やNTTなどと提携して、これまでとは異なるやり方で提供していきたいと考えています。

 国内とともに海外にも広げていきます。東南アジアや南アジア、それから中東。ゆくゆくはアフリカの子どもたちにも。

すららネット 代表取締役 湯野川孝彦氏
インタビューに応える湯野川孝彦氏

--ありがとうございました。

 湯野川社長のインタビューからは、学習者の個別最適化が進めば、教師の役割はより学習の支援が中心となり、子どもたちの学習は自発的なものに変わっていく可能性があると感じた。数多くのパートナーと“教育”を核として意欲的な取り組みを進める「すららネット」に今後もおおいに期待したい。
《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

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