大学ICT推進協議会(AXIES:Academic eXchange for Information Environment and Strategy)は、2025年12月1日から3日までの3日間、札幌コンベンションセンターで2025年度年次大会を開催した。AXIESは、ICTを活用した高等教育機関の教育・研究、経営の飛躍的強化をビジョンとし、2011年2月に発足した組織。現在は正会員206機関、賛助会員115社が参加している。2025年度年次大会は「Hokkaido. Expanding Horizons with ICT.」をテーマに掲げた。
北海道大学の西邑隆徳副学長(総合イノベーション創発機構・特任教授)は、この年次大会2025にて、「北大フィールド研究DXを基盤とするリジェネラティブ農林水産研究の展開」をテーマに基調講演を行った。地球規模の食料危機と環境問題を乗り越えるために、北海道大学がもつ独自の広大なフィールドと最先端のデジタル技術を融合させ、環境を再生するという革新的なアプローチを通じて、持続可能な社会変革を世界に先導していく考えだ。
北大が目指す「Novel Japan University Model」
初日に開催された基調講演で西邑氏は、北海道大学が進めるJ-PEAKS事業の概要と、その先に描く大学のビジョンについて説明した。

「J-PEAKS(地域中核・特色ある研究大学強化促進事業)は、日本全体の研究力の向上と新たな価値創造を促進するため、各大学の特色に応じたテーマで強化を図る事業であり、大学ファンドによる国際卓越研究大学への支援と並行して行われている。2023年度に北海道大学など12大学、2024年度に13大学の計25大学が採択された」(西邑氏)。
北海道大学がJ-PEAKSで掲げたテーマは「フィールドサイエンスを基盤とした地球環境を再生する新たな持続的食料生産システムの構築と展開」。これは、全学の経営戦略に基づき、トップダウンで新たな融合研究領域を戦略的に創発・育成するシステムを構築し、そのシステムを活用して研究力の向上を図ることを目指している。農学、水産学、環境科学、生態学を結集し、リジェネラティブ(環境再生促進型)な持続的食料生産システムの研究開発を推進するものである。

同事業では、DX基盤をどのように強化していくかについて、大学ICT推進協議会2025年度年次大会の大会委員長でもある棟朝雅晴氏を中心に取り組んでいる。具体的には、情報基盤センターで研究DX基盤システム(HUCIEP)を整備し、AI技術の利活用など情報系研究者による研究DX支援を推進。この事業を通して、北海道大学は2023年に制定した中長期戦略「HU VISION 2030」で掲げた「持続可能なWell-being社会」の実現に向けて、世界の課題解決・社会変革を先導する大学となることを目指すという。参画機関は、北海道立総合研究機構、室蘭工業大学、小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学、北海道国立大学機構。
HU VISION 2030では「Novel Japan University Model」とよばれる大学像を掲げている。「これは、世界レベルの研究卓越性と、特色ある強みを生かして世界の課題解決に貢献する社会展開力を兼ね備えた大学のモデルだ」と西邑氏は述べ、次のように具体例をあげた。
「研究卓越性を示す既存の拠点としては、化学反応創成研究拠点『ICReDD』やワクチン研究開発拠点『IVReD』、人間知×脳×AI研究教育センター『CHAIN』などの拠点があげられる。また、社会展開力の事例としては、リジェネラティブな持続的食料生産システムや、キングサーモンとマコンブの完全養殖を目指す『函館マリカルチャープロジェクト』、こころとからだのライフデザイン共創拠点『COI-NEXT』などがあり、これらは7万ヘクタールにおよぶ広大な研究フィールドを応用する取組みだ」。

環境再生型農林水産研究拠点「IRAFF」の取組み
北海道大学は、リジェネラティブ農林水産研究を推進するため、2025年4月に「リジェネラティブ農林水産研究拠点(IRAFF)」を開設した。IRAFFの目標は、耕地、森林、水圏といった生物生産において、自然環境の再生と生物多様性の回復を図りながら、農林水産業の生産性と収益性を高め、安全で安定的に食料を供給するシステムを構築・展開することにある。この取組みは、ネーチャーポジティブかつ地域社会ポジティブで持続的なWell-being社会の実現を目指しているという。そのためリジェネラティブ農林水産業では、食料生産を果たしながら「4つの環境」を再生するべきと考えているという。
この再生すべき4つの環境とは、「食料生産環境」「地球生態環境」「地域社会環境」「人間内的環境」。それぞれの環境を再生することで、「安定的で持続可能な食料供給基盤の再生、自然環境と生物多様性の回復のほか、地域コミュニティの維持と活性化、そして農林水産業を通じて心身を整え、生きる意欲を育むことをここに含んでいる。農林水産業がもつ『環境を再生する力』を社会全体で生かす仕組みを築くことで、日本や世界のさまざまな人々が穏やかさと豊かさを実感できるWell-being社会の実現を目指すものだ」と西邑氏は提言した。
なお、IRAFFの研究体制は分野横断的であり、農学、水産科学、環境科学に加えて、哲学・倫理学、AIロボティクス、応用人類学、環境政策学、知能情報学など、多岐にわたる分野の研究者で構成されており、これは「北大総合知の反応場」と位置付けられている。
DX基盤「HUCIEP」とAI技術による研究支援
このようなリジェネラティブな研究を支えるため、北海道大学は情報基盤センターを中心に研究DX基盤システム(HUCIEP)を整備し、情報系研究者による研究DX支援に取り組んでいる。HUCIEPは、共同研究などを通して学外機関や企業などのデータ利用を促進し、データ共有やデータ駆動型研究の全学展開、およびフィールドデータ分析のためのAI活用を促進し、研究DXの実現を目指しているという。

このDX基盤を活用した「先進的なAI技術の利活用支援」も実施されており、基盤情報センターの特任教員の支援のもとで、画像解析などへのAI活用が進められている。具体的には、透過型電子顕微鏡やX線CTから得られた画像データの解析支援、および大規模言語モデル(LLM)を用いたファインチューニングなど、先進的な画像解析技術を取り扱う解析支援が行われている。
なお、研究グループ向けに、研究開発に必要な基盤を整備する「プライベートAI検証基盤の構築」にも取り組んでいる。この基盤では、「LLMとRAG環境(生成AIに外部の情報検索機能を持たせる技術)を構築。研究推進を担う人材や研究者が、研究内容情報に基づくLLMとRAG環境を活用するシナリオ検証を行える」(西邑氏)という。

「予測型」食料生産システムへの転換
また西邑氏は、食料安全保障の観点から、育種戦略の重要性を強調。新しい品種を作るには通常10年、15年という長い期間がかかるため、ゲノム編集などを活用して期間を短縮することも考えられる。しかし、「それよりも重要なのは、将来どのような環境変化が起こり、社会が何を求めるのかを予測し、それに合わせて今から育種戦略を重視していくことが、日本の食料安全保障の根幹だ」と指摘する。

「研究を進めるうえでの課題として、環境データはさまざまなところから取得できるようになっても、それと連動させるプラント情報などの生物生産データとのリンクが十分ではないため、農業者や漁業者にとって有用なデータとして提供できていないのが現状だ」(西邑氏)。
さらに、「食料生産を従来の『環境変化対応型』から『環境変化予測型』へと転換することが、持続可能な食料生産システム構築の鍵である」と強調した。急速な環境変化に対応するため、将来の気候変動やマーケット需要を予測し、それに最適化された新品種作出をはじめとする育種戦略をゲノム基盤技術で効率化するこの取組みは、AI/IoT農業技術を活用し、低農薬・低肥料でも高い収量と生産効率を実現することを目標とする。

基調講演では、人類の食料危機を乗り越えるため、現場で農林水産業に取り組む関係者たちが、北海道大学の推進する研究DX基盤を活用し、将来の環境変化や市場動向の予測をどのように取り扱うべきか、という点が重要であると示された。これまで北海道が取り組んできた「環境変化対応型」の農業開発から脱却し、予測型のシステムを確立するためには、生産者と研究者が、予測データに基づいて環境を再生しつつ生産効率も高めるリジェネラティブな食料生産システムをどのように切り拓いていくか、その取組みをみなさんと一緒に検討・推進していきたい、と西邑氏は呼びかけた。これは、農林水産業が本来もつ「環境を再生する力」を社会全体で生かす仕組みを築き、持続可能なWell-being社会を実現するための共創を呼びかけるものであった。














