日本マイクロソフトは2025年12月2日、大学ICT推進協議会(AXIES)年次大会2025で協賛セミナー「DXからAXへ~Microsoft AIで実現する新しい大学経営・教育・研究~」を開催した。同セミナーでは、デジタルトランスフォーメーション(DX)のその先にあるAIトランスフォーメーション(AX)の概念が説明され、香川大学や室蘭工業大学におけるDX/AXの取組み事例、さらに同志社大学による事務部門での生成AI活用の実証結果などが紹介された。
DXの先にあるAX
日本マイクロソフト パブリックセクター事業本部 公共・社会基盤統括本部 教育戦略本部 本部長 日本教育事業統括の宮崎翔太氏は、大学が直面する課題として、真のDXに至る前の段階に留まっている現状を指摘した。
DXへの変革プロセスは、次の3段階を経て進行するという。まず、第1段階の「デジタイゼーション」は、アナログ情報をデジタル形式に変換する「媒体の変化」の段階であり、具体的には紙の資料をPDF化したり、アナログ的な手続きを電子化したりすることがこれに該当する。次に、第2段階の「デジタライゼーション」は個別の業務プロセス全体をデジタル化する段階であり、たとえばワークフローシステムを導入して業務の流れを効率化・自動化することが該当する。そして、第3段階として、組織やビジネスモデル、価値提供を根本から変革する「デジタルトランスフォーメーション(DX)へと到達する。
デジタル・ナレッジの調査によると、日本の大学はオンライン授業導入率が97%に達しているにもかかわらず、その多くが従来の対面授業の録画やライブ配信に留まっている。それは、「第1段階の『デジタイゼーション』に過ぎない状況にある」と宮崎氏は分析する。
日本の大学DXの進行を妨げる構造的課題として、(1)組織文化・ガバナンス、(2)深刻なDX人材不足、(3)厳しさを増す財政的制約、(4)老朽化したレガシーシステム、の4点があげられる。また、トップダウンの改革を阻む部局ごとの強い自治権や、専門人材の圧倒的な不足も課題である。
こうしたDXの課題を乗り越え、大学が持続的な価値創造を達成するために、次なる変革のフェーズとして提唱されているのがAXだ。AIはすでに世界中の高等教育機関に変革をもたらしており、マイクロソフトの2025年調査によると、教員と学生の95%が教育関連の目的でAIを利用した経験があるという。また、IT専門調査会社IDCが2024年に行った調査によると、生成AIへの1ドルの投資あたり、平均3.2ドルの投資回収が得られていることが明らかになった。
AXは、教育・研究・業務の3つの領域すべてにAIを組み込むことで根本的な変革をもたらす。具体的には、教育領域のAXは、従来の画一的な教育から、AIによる個別最適化された学習などにより実現される。研究領域のAXは、AIが膨大な論文の分析、仮説の生成、実験シミュレーションを支援し、研究者の能力を拡張して研究を加速させることにつながる。業務領域のAXは、定型業務の自動化だけでなく、データに基づく意思決定の支援や職員の能力拡張により、人間がより創造的な業務に集中できるようになる。これらすべてを支えるのが「データ駆動型経営」だと宮崎氏は強調する。
海外の先進事例と日本のDX成功事例
海外の高等教育機関はAI活用で次のステージへ進んでおり、「日本との差は『戦略』と『実行速度』にあるとされる」と宮崎氏。
たとえば、Georgia Tech(米国)は2014年に世界初のMOOC(大規模オンライン講座)ベースの修士号プログラムを開始し、学費を80%以上削減し、在籍者は1万6,000人を超えている。アリゾナ州立大学(米国)はOpenAIと包括提携し、200以上のAIプロジェクトを展開しており、11年連続で「もっともイノベーティブな大学」第1位を獲得している。また、ケンブリッジやオクスフォードなど24大学を含むラッセルグループ(英国)は、生成AI活用に関する「5原則」を共同で策定し、「禁止」から「活用」へと転換するなど、日本の多くの大学が「ガイドライン策定」に留まる中、海外では「大規模な実装・展開」が加速している現状が示された。
こうした現状を踏まえ、国内のDX基盤構築事例として、宮崎氏より香川大学と室蘭工業大学の取組みが紹介された。
香川大学:現場主導のDXにより、持続可能な変革体制を確立
香川大学は、2022年5月に日本マイクロソフトと連携協定を締結し、DX推進人材の育成を通じた大学改革を目指している。同大学は、全学の事業部門から職員を選出しDX人材として任命する「デジタルONEアンバサダー」制度を確立。同職員は、Microsoft Power Platform(Power Apps、Power Automate、Power BIなど)といったローコード・ノーコードツールを活用し、専門的なプログラミング知識なしに現場で業務改善アプリを内製化している。その結果、2022年度だけで100件を超えるDXの取組みが現場から創出された。これはトップダウンの号令だけではなく、ボトムアップ型の変革が機能している証拠といえよう。
特に、医学部の経営可視化の取組みでは、以前は複数のExcelファイルから手作業で経営資料を作成していたが、Power BIを活用することで大学病院の経営状況をリアルタイムに可視化し、Teamsで即座に情報共有できる仕組みを構築した。これにより、意思決定の迅速化とデータに基づくデータ駆動型経営が実現し、職員は単純作業から解放され、付加価値の高い業務に集中できるようになった。この取組みは「現場主導」のDXであり、持続可能な変革体制を確立した事例である。
室蘭工業大学:Copilotを全学事務部門に導入
室蘭工業大学は、国内大学に先駆けてMicrosoft 365 Copilotを全学事務部門に導入した。2022年に策定した「デジタル・キャンパス推進基本方針」に基づき、データ駆動型キャンパスの実現を目指している。導入は段階的に進められ、まず職員有志による実証実験から開始し、活用事例やプロンプト集をMicrosoft Loop/Teamsで全学共有した。この好循環の結果、効果が認められ、2025年5月から全事務職員への本格展開が決定された。
また、同大学は、Microsoft 365 Copilotの活用アイデアを競う全国大会「Copilot Cup 2025」において、予選を勝ち抜いた13の企業や団体を抑え、唯一の教育機関として優勝を果たした。「Copilotを活用した就職支援シナリオ」をテーマに、大学ならではの課題解決アイデアが独創性と実用性で最高評価を獲得した。この快挙は、大学がもつAI活用のポテンシャルとAXが教育現場で生み出す価値を全国に証明したことを示している。
この2大学の先進事例から、大学の変革を成功に導く3つの共通項が見出された。1つ目は、トップの強いコミットメント(学長直下の推進組織、CDOの任命など)。2つ目は、現場主導の主体的な変革(職員を主役にする仕組み、ボトムアップ型改善文化)。3つ目は、組織的なサポート(ツールの提供、成功事例やノウハウの共有)。この「トップダウンのビジョン」と「ボトムアップの活動」を「組織サポート」がつなぐことで、変革は加速するという結論が導き出された。
同志社大学:生成AI活用の実証と「データ文化」の重要性
同志社大学の情報化推進部 情報基盤課 情報基盤係の水野高士氏は、「大学事務における生成AI利用」の実証事例を紹介した。2023年の情報部門の組織改変に伴い、情報セキュリティポリシーなどをはじめとする大量の規程改正という課題に直面したことが、生成AI活用のきっかけとなったという。従来の規程改正プロセスは、担当者の知識と経験に依存し、膨大な時間と労力を要する属人化された作業であったため、AI活用による属人化からの脱却を目指した。
同志社大学はDXに向けて、2018年4月にMicrosoft 365を導入。コロナ禍を機にMicrosoft Teamsの利用を開始し、2025年1月のDDX(Doshisha Digital Transformation)宣言を経て、生成AI導入の環境を整備してきた。2025年2月からは事務利用生成AI実証事業を開始し、ページワンの「VitaminAI」を採用した。VitaminAIは、RAG(Retrieval-Augmented Generation)とファインチューニングを組み合わせることで、組織内の文書を正確に参照できるソリューションである。
VitaminAIの選択基準は、(1)精度、(2)セキュリティ、(3)実装と運用であった。
実証の結果、規程の条文に関する質問に対し、回答精度と根拠提示の正当率は95%以上と極めて高い精度を確認した。応答速度も3秒以内と迅速で、Entra IDによるアクセス制御などセキュリティ面も評価された。これにより、VitaminAIは、個人利用というよりも「組織・部門間で利用する壁打ちシステムとして十分」と評価された。しかし、本格運用を考えた際に新たな課題、すなわち「AIに寄り添うための工夫」、データ管理の重要性が浮き彫りになったという。
検証を経て明らかになった課題を踏まえ、AIの性能を最大限に引き出すため、メタデータの付与、表記の統一、自然言語での記述、ノイズの除去、ドメイン知識の明示といった「データ整備5か条」が提言された。
水野氏は、「点在する学生データ、事務データ、研究データ、規程類などのデータを安全にAIが利用できる環境を構築するために、全学的なAI利活用を実現するシステム構築、特にMCP(Model Context Protocol)サーバーとの連携や、既存のAzureファイルサーバーとの連携が今後の本格導入のカギになる」と述べた。生成AI導入の旅は、AIが「生きる」データを準備し、「データ文化」を育む旅でもあると締めくくった。
教育機関向けCopilotの新価格とAI支援機能のアップデート
日本マイクロソフト所属の中田寿穂氏は、AIが指示を待つ「アシスタント」から「自律的エージェント」へとパラダイムシフトしている現状を説明した。今後は、複数のタスクを協調して実行する自律的なエージェントが登場し、ユーザーの業務スタイルや好みを学習し、セッションを超えて文脈を記憶する新しいインテリジェンス層「Work IQ」により、AIは真のパートナーへと進化するという。AI導入を加速させる重要な発表として、Microsoft 365 Copilotのアカデミック版を2025年12月より提供開始したことを明らかにした。一般企業向けの月額30ドルに対し、アカデミック版は1ユーザーあたり月額18ドルとなり、教職員、事務職員、13歳以上の学生を対象に、最小購入数制限なく、標準版と同じ全機能を提供する。
教員向け:授業デザインと準備を革新する「Teach機能」
教員向けには、教育現場を支援するCopilotの専門エージェント機能のアップデートについて紹介。教員向け「Teach機能」は、Microsoft 365 Copilot内で追加費用なしで利用可能であり、AIが授業準備の時間を大幅に削減するという。おもな4つの機能は、シラバスに基づき授業計画を自動生成する「レッスンプラン」、評価基準表を瞬時に作成する「ルーブリック」、さまざまな形式の問題を自動生成する「クイズ・テスト問題」、言語や読解レベル、難易度を柔軟にカスタマイズする「自動調整」がある。EdGateとの提携により36か国以上の教育基準に準拠しており、日本の学習指導要領にも対応予定だという。
学習者向け:ひとりひとりに最適化された学習体験を実現
学習者向けには、批判的・内省的思考の発達を支援する適応型学習エージェント「Study and Learn エージェント」を、2025年11月からプレビュー提供として公開した。また、OneNote内で講義ノートなどを基に、AIが要約、演習問題などを自動生成する「Copilot Notebooks」を2025年秋より一般提供している。これらは一部を除き追加費用なしで利用できる。
研究者向け:世界最先端のHPC基板が研究を加速
研究者向けには、AI/LLM向けのGPUインフラとして、「Azure ND GB200 v6」を紹介。H100比で2.5倍の理論性能向上を達成した。また、CFD(数値流体力学)やシミュレーション向けには、AMD EPYC 9V64Hプロセッサ搭載の「Azure HBv5」が提供される。さらに、AI駆動の研究プラットフォームとして「Microsoft Discovery Platform」を紹介。専門エージェントチームが仮説生成や実験シミュレーションを支援し、材料設計やライフサイエンス研究を加速するという。このプラットフォームのソフトウェアはオープンソースですべて無料提供され、Azureの利用料金のみで、最先端のAIワークシステムが使えるようになる。
IT・管理者向け:既存のLMSとのシームレスな統合が実現
IT・管理者向けには、既存のLMSとのシームレスな統合が実現。AIエージェントのセキュリティとガバナンスについては、統合管理プラットフォームの「Agent365」が導入される。Agent365は、組織内のすべてのエージェントを可視化し、リスクベース制御やリアルタイム監視を行う。AIエージェントに人と同じ「Zero Trust」セキュリティが適用される。
日本の大学にとって最重要なアップデートとして、「2025年末より、Copilotのプロンプトと応答が日本国内のデータセンターで処理されるようになる。これにより、日本の大学顧客が、コンプライアンス上の懸念を抱くことなくCopilotを安全に利用できるようになる」と述べた。
そのほか、Microsoft Purviewの機能拡張により、個人情報などを含む応答のブロックする「Copilotプロンプト向けDLP(Data Loss Prevention:データ損失防止)」や、「AIエージェントへのDLP拡張」が2025年12月にプレビュー開始予定だ。
Microsoft TeamsはAIとの共同作業を加速させるハブとなり、「Channel Agent」を使えば、チャネル内の議論をもとに進捗レポートを自動で生成できる。また、Teamsの「Facilitator Agent」により、会議の議論から重要なタスクを自動で抽出し、担当者を割り当てる。
プログラミング教育に特化したツールとして、「GitHub Copilot Education」を無償提供する。これはAIを使ってコーディングができる仕組みであり、教職員と学生は申込みをすれば無償で利用できる。大学のプログラミング教育において、AIを活用した最先端のコーディングを導入する際に活用を推奨している。
機能実装ロードマップについて、LMS(学習管理システム)内でCopilotを利用可能にする「Copilot Chat in LMS」は、すでにプレビューを開始した。また、コンプライアンスとセキュリティに関わる重要な機能として、2025年12月中旬ごろに「Purview AI拡張」機能がプレビュー提供される予定であるという。
マイクロソフトが2025年末には国内データ処理を開始するなど、具体的な支援策が示された。大学DXの次の段階の「AX」が提唱され、AI導入の後押しとなりそうだ。














