あらゆる業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速する今、求められているのは、確かな技術力を土台とし、さらに一歩踏み込める人材だ。データの背後にある課題の本質を読み解き、根拠をもって社会に変革をもたらすスペシャリストが、社会の最前線で不可欠な存在となっている。
青山学院大学が2027年4月に新設する「統計データサイエンス学環」は、その高いニーズに応えるための挑戦状ともいえる。IT企業が集積する渋谷・青山の地で、初の理系学士課程として定員60名の徹底した少人数教育を展開するという。なぜ、伝統の青山キャンパスに「統計データサイエンス」を冠した学際的な新しい学士課程を置くのか。新学環開設準備室室長の荒木万寿夫教授に、その設計思想と、同大が描く「未来の専門人材」の姿を聞いた。(聞き手:リセマム編集長 加藤紀子)
※設置構想中のため掲載内容は予定であり変更になる場合があります。
生成AIの時代にこそ問われる「人間が担う役割」

--2027年4月、青山キャンパスに統計データサイエンス学環が新たに誕生します。なぜ今、データサイエンスなのか。立ち上げの背景からお聞かせいただけますか。
データサイエンスとは、データの収集・分析を行い、データの背後に隠された法則や関連性を見つけ出すことによって課題を解決する学問です。生成AIが急速に浸透した昨今、データ分析もプログラミングも一部の定型的処理はAIで効率化できるようになり、データサイエンスを学ぶことの意義自体、以前より薄れているのではないかと思われるかもしれません。それだけに私たちは、「なぜ今データサイエンスなのか」という問いに対してはかなり真剣に向き合ってきました。
その結果、自信をもって言えるのは、「生成AIが急速に普及した今だからこそ、人間が担うべき役割を明確に意識したデータサイエンス教育が必要だ」という答えです。生成AIは主として過去に蓄積された膨大なデータからパターンを学習して動作します。一方で、私たち人間が直面している課題は、「常に何が起きているのか」を把握して、「次に何をすべきか」について責任をもって決めるという、現在と未来に関わるものです。
社会や組織で何かを決めるとき、私たちはまず現状を正しく把握し、そのうえで将来に向けてどの選択肢を取るべきかを考えます。そこには、何を優先するのか、どのリスクを取るのかといった価値判断が必ず伴います。こうした行為は、過去データに基づくパターン学習を得意とするAIにすべてを委ねるわけにはいかず、過去の知見も生かしながらも、人間自身が責任をもって担う必要があります。
AIは有効なツールではありますが、説明し、判断し、合意形成へと導くのは人間の役割です。だからこそ私たちは、そのツールを目的や状況に応じて正しく適切に活用できる力をあわせもたなくてはいけない。この新しい学環の開設は、そのような社会的要請と問題意識が起点になっています。
--学環名が「データサイエンス」だけではなく、「統計」を冠しているのはなぜでしょうか。
先ほど、人間自身が担うべきは説明と判断、そして合意形成だと言いましたが、そこで有用な“筋力”となるのが統計学です。統計学を学ぶとどんな力が身に付くのか。それは次の3つです。
1つ目は、現象を正しく捉えるためにデータの質を見極め、目的に照らして適切なデータを集める力です。データを収集する際、偏った聞き方をすれば偏った回答しか得られません。つまり、「何を知りたいのか」に応じて調査を設計できる力が必要です。
2つ目は、結果に影響しうる要因は何なのかを考え、現象の背景を多面的に捉え、筋道を立てて考える力です。データから見えてくる関係が、単なる相関なのか、因果的な解釈も可能なのかを意識し、必要に応じて追加の検証や比較の方法を考えることも含まれます。
そして3つ目が、根拠と不確実性も示しながら説明し、合意形成を行う力です。社会や組織で意思決定を行う際、「AIがこう言っているから」では十分ではなく、判断の前提や限界、リスクを言語化したうえで、最終的な説明責任と意思決定を担うのは人間です。
この3つの力はいずれも統計学が中核となって支え、AIの支援を生かしつつも、人間が主体的に担うべき領域です。統計学を基軸としつつ、得られたデータに基づいて新たな知見を得て、課題解決を図っていくまでを一体で学べる。「統計データサイエンス」という名を冠したのは、そのようなカリキュラムを展開していきたいと考えたからです。
なぜ「学環」なのか…複数領域の専門性を統合して育成する仕組み
--なぜ「学部」ではなく「学環」なのでしょうか。
データサイエンスに関わる教育や研究の対象は、統計学や情報学だけでは完結せず、多様な領域の課題にまたがります。関連する技術進歩も速いため、社会課題にあわせて教育内容を機動的に更新する枠組みが必要になります。その点で「学環」は、学部の枠を超えた教育プログラムを編成することができ、学内のさまざまなリソースを有効に活用した学部横断型教育を実現しやすい学士課程です。学環という形態をデータサイエンスの学びの場とすることで、既存の5学部(教育人間科学・経済・法・経営・理工)の専門性を結集し、生成AIと著作権、データ駆動型経営と会計データサイエンス、AIと新しい教育手法など、それぞれの分野の専門家が、最新の論点を踏まえつつ実践的な授業を展開することが可能になります。
--理工学部でもAIやデータサイエンスを扱っていますが、既存学部とはどう違うのですか。
既存の学部と新学環との違いは「主専攻として何を深めるのか」という点です。理工学部は、理学・数学・情報・各工学分野などの専門領域を基盤に、AIやデータ分析をそれぞれの分野の研究・開発・ものづくりに生かしていく学びが主体となります。
一方で統計データサイエンス学環は、データサイエンスの体系的学び自体が教育の目的で、主専攻はデータサイエンスそのものです。加えて、既存の5学部との連係により、学生は法律や経営、教育といった学問分野も、自分の関心や研究上の必要性に応じて学ぶことができます。
高校数学を基盤に数理的理解を深め、実践力を磨く

--統計データサイエンス学環では、統計学や数学といった理論、あるいはAIを駆使したビジネスへの応用や実践に対し、どちらに重きを置いているのでしょうか。
これまでに他の大学で開設された文理融合系のデータサイエンス学部や学科では、演習やPBL型(プロジェクト型学習)など実践的な科目が手厚く配置されている例が多い印象をもっています。もちろん、データサイエンスは実践的性格の強い学問なので、これは当然と言えるかもしれません。
一方で、実際に直面する課題は、教科書どおりに解けるわけではありません。教科書のサンプルデータを使った課題であれば、現在はAIのアシストを受けながら、少々のプログラミングの知識があれば、一定の手順に沿って分析ができてしまいます。けれども実課題は、データの欠損や偏り、定義の揺れ、目的・制約条件の違いなど個別性が高く、便利なツールを使って “それらしい結果”を出すだけでは解決に至らないというケースが少なくありません。
だからこそ、統計学をはじめとする数理的理解に裏打ちされた「どこまで信頼できるかを見極める力」が欠かせません。たとえば、得られた結果がデータの偏りに左右されていないか、偶然のばらつきによる見かけの差ではないか、別のデータや条件でも再現するのか、前提や限界はどこにあるのかーーこうした点を確認しながら解釈できて初めて意思決定に耐える知見になります。理論があるからこそ、実践の場で柔軟に対応できるようになるのです。
つまり私たちは、データサイエンスは理論と実践が完全に両輪として噛み合って初めて機能する学問領域だと考えています。
--データサイエンス系の学部では文理融合型が多い印象ですが、統計データサイエンス学環は理系の教育課程を前提に設計されていますね。具体的には高校数学のどの範囲が土台となりますか。
データサイエンスを正しく理解するためには、線形代数学や解析学といった大学数学がとても重要です。したがって、高校で学ぶ「数学I・II・III・A・B・C」の6科目すべてが大切な基盤になります。社会に出た後に改めて数学を体系的に学び直すのは簡単ではありませんから、高校数学から地続きで大学でも4年間しっかりと学び、理論の土台を築いてもらいたいと思っています。
4年間で基礎から実践へと段階的に学ぶカリキュラム設計
--4年間はどのようなカリキュラムになるのか、全体像を教えてください。
データ活用の現場では、試行錯誤を重ねて仮説検証を繰り返し、「次に何を確かめるべきか」を粘り強く考え、優先順位をつけながら判断し続ける力が重要になります。本学環ではこのような力を育成すべく、統計的思考を重視しながら、データサイエンスを「基礎→応用→実践」へと段階的に学んでいくカリキュラムを構成しています。具体的には次のような力を身に付けることを目指します。
数理・統計学の基礎力
数学・統計学の基礎を重視し、データ分析に必要な数理的基盤を体系的に学んでいきます。これにより、卒業後も新しい技術や手法を自ら学び取り、最新の統計解析・機械学習を活用して、データに基づく意思決定や問題解決に主体的に取り組む力を育成します。
プログラミングやAI・機械学習を活用したデータ分析力
合理的な意思決定には客観的な根拠が必要です。ですから社会や組織の計画には、調査から得られたデータの分析が欠かせません。数学・統計学と共に、プログラミングやAI・機械学習についても基礎からしっかりと学び、実践的なデータ分析力を鍛えます。
実社会の課題に対して、設計・検証・説明までをやり切る課題解決力
1学年60名の少人数制を生かし、1年次からゼミ形式の指導やPBL型授業を取り入れることで、実践を通じて論理的思考力やコミュニケーション力などを磨きます。
具体的には、1・2年次から「基礎ゼミナール」を設けており、特定課題に対するアプローチ方法、発想方法、逆に無駄になる思考の罠などを体験的に学んでもらいます。こうしたゼミ形式での学びは3年次の「統計データサイエンス演習」に引き継がれ、ここでは企業との共同研究などに参加することを通じて、それまでに身に付けたさまざまなスキルを実践します。このようなプロセスを経ることで、強靭な課題解決力を身に付けることができます。

--まさに理論と実践の両輪で進む、良く練られたカリキュラムですね。データサイエンティストがグローバルにも活躍の舞台が広がるよう、英語教育や海外の事例研究などはどのように組み込まれますか。
国際標準のデータサイエンス教育では、英語は単なる語学科目ではありません。データサイエンスの現場における仕事の言語として、「書く・話す・伝える」を円滑に行うためのコミュニケーションスキルの獲得が目標として捉えられています。本学環では次のようなステップで、英語で統計データサイエンスという専門性を支える論理的思考力と発信力を育てること、そして最終的な到達点としては、アカデミックライティングの経験をもつ講師の指導により、学生が英語で論文を書けることを目指します。
1年次:学習方法の転換と論理力の育成(必修科目)
高校までの受動的な学習から脱却し、正確な記述への意識改革を行います。AIリテラシーを確立しつつ、文法をデータや事実を誤解なく伝えるための構造として再学習させるほか、論理的思考力を養うため、パラグラフ・ライティングの作法や対話の基礎を固めます。
2年次:要約ライティング、ノートテイク、読解力や伝える力の育成(必修科目)
基礎を応用し、より複雑な情報の処理能力を養うことを目指します。時事問題を要約し、書く力を1年次から引き続き強化するほか、視聴覚教材を用いたノートテイクを行い、長時間の聴解力を鍛えます。さらに、事実と意見を区別する読解力を養い、オピニオン・エッセイの執筆やプレゼンテーション技術を習得させます。
3年次:専門性の統合と完成(選択科目)
これまでの集大成として、専門論文読解、学術論文執筆、専門的議論、研究発表という専門に特化した4科目を配置します。これらはすべて、1・2年次の必修科目が土台となって実現するものです。
少人数制だから継承できる、データサイエンティストとしての“熟練知”
--60名と定員が少数ですが、少人数制の教育はどのようなメリットを生むとお考えですか。
少人数制が生む大きなメリットのひとつが、実践的な教育が行いやすいという点です。
データサイエンティスト協会はデータサイエンティストのレベル分けに、「見習い」「独り立ち」「棟梁」といった言葉を用いています。こうした呼び名が示すとおり、データ分析の現場では、経験者の仕事ぶりを間近で見ながら師弟のような関係で一緒に手を動かしながらデータをさばき、教科書だけでは学べない“暗黙知”を受け継ぐような実践的な教育が可能です。
では実践的な教育の中身は何か。それは、実データを用いた分析です。医学部に大学病院があり、そこでの臨床が教育に欠かせないように、データサイエンスの教育においても、教科書の事例だけでは学びきれない側面があります。実社会のデータには欠損や外れ値が多く含まれ、分析以前の前処理(クレンジング)に多くの時間を要することも珍しくありません。
データサイエンス人材を養成するにあたり、学生たちにはぜひ、この「うまくいかないのが当たり前」という現実を体験してほしい。その試行錯誤をきめ細かく支え、途中で何が起きているのかを言語化しながら共有するためには、少人数であることが大きな強みになります。そうした体系化しにくい“暗黙知”を学びの場で共有するには、この規模の定員が最適なのです。
--この学環にも実社会のデータを扱える環境があるのですか。
はい。実践的な教育の中核となるのが、本学環が設立する統計データサイエンス研究教育センター(予定)です。ここでは実データを扱ううえでの契約・情報管理・倫理などの枠組みを整備し、学生にはデータを扱う責任の重さも実感してもらうと共に、教育、研究を継続的に高度化する役割も担います。また、青山キャンパスに近い渋谷・青山エリアはBIT VALLEYと呼ばれ、ITベンチャーが数多く生まれているエリアなので、こうした企業との共同研究や教育プログラムも積極的に実施していく予定です。

統計データサイエンスはどんな進路につながっていくのか
--新学環はどのような人に挑戦してもらいたいですか。
ビジネスだけでなく、スポーツ、医療、コスメ、ゲーム、推し活など、関心のある分野は何でも良いです。ただ、情報を鵜呑みにせず、「このデータから本当にそう言えるのか」「別の見方はないか」と立ち止まって考えられる人、根拠に基づいて現状を読み解き、責任ある意思決定や発信力を身に付けたい人にはぜひ受験してもらいたいですね。
--卒業後は、どういった分野で活躍できるのでしょうか。
企業のデータサイエンティストやAIエンジニア、アナリストをはじめ、多様なデータを活用して意思決定を行う職種は年々広がっており、本学環で身に付く力はどの分野でも生かせます。分析結果を通して誰かの意思決定を支えたり、チームで議論しながらより良い選択につなげたりすることに喜びを感じられる人にとって、データサイエンスはさまざまな分野で活躍できる可能性を広げてくれます。
情報・通信、コンサルティング・マーケティング、金融・証券、製造・建設、法務・知財、教育・公共、あるいは大学院進学などあらゆる進路が考えられますが、どれを選んだとしても、データを根拠に考え、判断し、説明できる力というのは必ず強力な武器になるでしょう。
どんな時代でも活躍できる専門人材に
--最後に、これから進路を考える高校生や、その保護者に向けてメッセージをお願いします。
高校生の皆さんは、スマホを通じて膨大な情報にリアルタイムで触れる時代を生きています。大切なのは、情報を「知る」だけでなく、どう「読み解き、判断し、行動につなげる」かです。統計データサイエンス学環はそのための力を4年間かけて鍛える場であり、データ分析を通して社会に貢献するリーダーを養成します。
変化の激しい、予測困難な時代と言われますが、ぜひ私たちと、社会の最前線で学べる統計データサイエンス教育で、どんな時代にあっても活躍できる専門人材として成長していきましょう。
--ありがとうございました。
データを集め、根拠をもって説明し、合意形成につなげる。AIが加速度的に進化する時代において、こうした力こそ人間が担うべき役割であり、今後はますます社会のあらゆる場面で求められるようになる。社会に役立ち、新しい時代を創りたいと願う高校生にとって、本学環は無限の可能性をもつ有力な選択肢となるだろう。
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