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東大副学長・渋渋校長・広尾学園副校長が登壇 「本気で挑むグローバル化への対応とは?」リシードセミナーレポート

 6月23日にリシードが開催した、中学・高校の経営層や教員をはじめ、教育関係者を対象としたセミナー「学校経営・カリキュラム運営 本気で挑む『グローバル化』への対応とは?」の一部をレポート。

イベント 教員
満席となったセミナー会場のようす
  • 満席となったセミナー会場のようす
  • 基調講演:東京大学副学長、同校グローバル教育センター センター長 矢口祐人教授
  • 日本のトップ大学が抱える課題を訴える、東京大学副学長 矢口祐人教授
  • 渋谷教育学園渋谷中学高等学校校長・高際伊都子氏
  • 広尾学園中学校高等学校副校長・金子暁氏
  • 右から渋谷教育学園渋谷中学高等学校校長・高際伊都子氏、広尾学園中学校高等学校副校長・金子暁氏、リセマム編集長・加藤紀子

 リシードは2024年6月23日、中学・高校の経営層や教員をはじめ、教育関係者を対象としたセミナー「学校経営・カリキュラム運営 本気で挑む『グローバル化』への対応とは?」を開催。全国から約60名が参加した。基調講演には東京大学副学長の矢口祐人教授が、クロストークには渋谷教育学園渋谷中学高等学校校長・高際伊都子氏と広尾学園中学校高等学校副校長・金子暁氏が登壇。本記事ではセミナーの一部をレポートする。

日本のトップ大学が抱える深刻な課題

 基調講演では、「グローバル化とその課題~危機にある日本の大学」をテーマに、東京大学副学長・矢口祐人教授が登壇。矢口氏は東京大学で国際教育担当の副学長、2023年4月に設立された東京大学グローバル教育センターのセンター長を務めている。2024年には、国際教育に関する豊富な知見も活かし、『東大はなぜ男だらけなのか』(集英社新書)を刊行。ジェンダーの観点から大学での多様性がいかに重要かを論じ、SNSでも広く取り上げられた。

 矢口氏によると、そもそも科学とは多様性から恩恵を受けるものであり、今日のアカデミアにおいて多様性は必須であるという事実は、科学誌『ネイチャー』をはじめ、あらゆるエビデンスが示されていると言う。

 ところが東大の現状を見ると、国籍の98%が日本人であり、言語もほぼ日本語、出身地域も65%が関東と偏っている。男女比についても、東大では女性は2割程度で、これは過去20年間ほど変わっていないと矢口氏は指摘。

 「教授も9割が男性、歴代総長も全員男性と圧倒的に男性が多い。さらに、合格者の多くが中高一貫の男子校出身者で占められています。親の教育歴、収入などの諸々をあわせても、きわめて均質かつ特殊な空間だと言わざるを得ないのです」

 一方、世界の高等教育を見渡せば、ハーバードやオックスフォード、イェールなど世界の名だたる大学では、女性の学生比率がほぼ50%になっている。東大の学内には、「1学年約3,000人に対し、工学系への進学者が約1,000人なのだから女性は少なくなる」という意見もあるようだが、「MIT(マサチューセッツ工科大学)やCaltech(カリフォルニア工科大学)といった理工系を中心とするトップスクールでも女性学生は4割を超えているのだから、もはやそのような反論はできない」 と矢口氏は喝破。

 依然として東大は「男性の領域に女性を入れているだけで、男性に染まらないと活躍できないという構造的差別が残っている。女性が魅力を感じるような学びの環境が整っていない」とし、近年の東大の取り組みとして、女性研究者の支援や女性人事の加速、多様性包摂共創センターの創設、「#We Change/言葉の逆風」キャンペーンなど、さまざまな施策を進めていると紹介した。

 さらに2027年秋に学修一貫の教育課程として創設予定の「Ccollege of Ddesign(カレッジ・オブ・デザイン)」では、国内外から多様な学生を迎え、英語で授業を提供する一方、学生主体の学びを進めたいと述べた。

 矢口氏は、「グローバルに見ると日本のトップ大学の環境は明らかに不公平。女子枠は『女性に下駄を履かせるのか』との批判もあるが、下駄を履いているのはむしろ男性のほう」と強調。「男性がその自覚を持ち、どうやったら下駄を脱げるかを議論するのが第一歩。我々世代も男女問わずこうした環境を容認してきたことを猛省し、当事者意識をもつこと。そして、多様性を確保するためのあらゆる新しい発想をデザインし、実施していくこと。それが今、東大の国際化にも求められていることだ」と訴えた。

東京大学が抱える課題を訴える、矢口教授

渋渋・広尾学園はどのように「グローバル化」を実現したのか

 次いで、渋谷教育学園渋谷中学高等学校(以下、渋渋)校長・高際伊都子氏、広尾学園中学校高等学校(以下、広尾学園)副校長・金子暁氏によるクロストークでは、リセマム編集長・加藤紀子がファシリテーターとなり、「学校経営・カリキュラム運営 本気で挑む『グローバル化』への対応とは」をテーマに議論を深めた。

右から渋谷教育学園渋谷中学高等学校校長・高際伊都子氏、広尾学園中学校高等学校副校長・金子暁氏、リセマム編集長・加藤紀子

 渋渋・広尾学園共、大正時代に設立された女子校にルーツをもつ。その後、渋渋は1996年に、広尾学園は2007年に共学化。渋渋はユネスコスクールやSGH(スーパーグローバルハイスクール)の指定校に、広尾学園はインターナショナルコースや医進・サイエンスコース(医サイ)を設置するなど、両校は年々生徒たちの活躍の場が広がり、今や受験生から熱望される人気校だ。

 まず加藤が、両校で経営目標としてグローバル化を掲げた理由を尋ねると、高際氏(渋渋校長)は「日本という国は海外との交流によって成長してきた」という歴史的な背景に触れたうえで、「グローバル化の価値は英語力以上に、海外で多様な経験をしてきた人たちと、日本という軸をもって育ってきた人たちが互いに学び合えること。学校にそんな環境をつくりたかった」と語った。

 一方で金子氏(広尾学園副校長)は、在校生の大幅な減少による廃校の危機を脱するため、「それまではこれといった特色がない女子校が唯一打ち出せるのが、1970年から帰国子女の受け入れ校になっていたことだった」と当時の苦境を振り返った。現在は500名近くいるという大人気のインターナショナルコースも、「初年度はたった4名」というまったく先の見通せない幕開けだったというから驚きだ。

 では、両校ではどのようにして、生徒たちが世界に視野を広げていける環境をつくっていったのか。その工夫について加藤が尋ねたところ、高際氏は「渋渋は教員が生徒に背中を押されて自己変革をしてきた」と述べた。多様な文化に揉まれてきた生徒たちを受け入れることで、「英語の授業レベルに満足できない」「米国で習った歴史の授業スタイルとは違う」「先生の発言はジェンダーに無自覚」など、教員は率直な意見を日々突きつけられるのだと高際氏は言う。

 「これは教員にとってみれば、けして楽な環境とはいえません。生徒の意見に耳を傾け、対話を重ねて理解しあうには、多くのエネルギーも必要です。でも、普段からそうやって生徒と教員間のキャッチボールができているところに、渋渋なりの工夫があるといえるのかもしれません。」

 金子氏も渋渋と同様、広尾学園でも「教師の都合ではなく、生徒の成長を優先してきた」とし、加えて帰国生と帰国生ではない生徒を「混ぜる」ことにもフォーカスしてきたと語った。

 「2010年からは、インターナショナルコースに一般生もスタンダードグループとして入れるようになっています。クラスの半分が帰国生、半分が一般生で圧倒的に英語力が違う中、これは学校として大きな挑戦でしたが、蓋を開けてみると、『混ぜる』ことで両者が刺激し合って伸びていくことがわかりました。帰国生は入学した段階で英語力では圧倒的かもしれませんが、一般生が帰国生のレベルを目指してひたむきに努力する姿や、たゆまぬ探究心で学びに向かっていく姿に、自分もしっかりしなければと鼓舞されるのです。そうやって、一般生と帰国生が高め合いながら一緒に成長していく。これこそ、本校の強みであり、工夫だといえるでしょう。」

「生徒が挑戦したいと思ったことを可能な限り応援する」と語る高際氏

海外大学の進学実績は「帰国生頼り」ではない

 また、両校といえば、海外大学への進学実績も注目を集めるところだ。「学部からの進学となると、現地の学生と比肩する高い英語力が求められるだけに、圧倒的に帰国生が多いのではないか」と加藤が問うと、高際氏からは、「現在、海外大学に進学する生徒の6割は一般生」という意外な回答があった。

 「帰国子女だからといって必ずしも海外の大学に行きたいわけではなく、むしろ日本の大学で学びたいと考える生徒も少なくありません。一方で一般生の中では、帰国生からも刺激を受け、より広い世界に挑戦したいと海外の大学を志向する生徒が増えつつあります。進路指導では、生徒ひとりひとりの成長にどのような環境がベストかという視点から、我々は必ずしもハーバードやスタンフォードといったビッグネームにはこだわりません。ですから、あえて少人数の教養教育に重きを置いたリベラルアーツカレッジなど、日本では知られていなくてもその国では評価が高く、奨学金も充実していて、英語の指導も含め行き届いた環境を選ぶ生徒も多いのです」

 今や広尾学園は海外大学では日本一の合格実績だが、こちらも帰国子女ではない生徒も数多く海外大学に進学している。だが金子氏によると、インターナショナルコースを立ち上げたころは右も左もわからない状態だったそうだ。そんなところから、ある1人の若手女性教員が単身で渡米し、現地の大学フェアに赴いて入試担当者とつながることで、ひとつずつ進学先を開拓していったのだと言う。教員のこうした行動力がトリガーとなり、学校が大きく変わっていったようだ。

 「生徒が挑戦したいと思ったことを可能な限り応援する」という渋渋。「学年の壁をなくして生徒のリミッターを外し、ホンモノの体験を通じて背伸びをさせる」という広尾学園。両校とも、受験生はそんな学舎で過ごす生徒たちの「ワクワクして楽しそう」「キラキラしている」といった雰囲気を感じ取り、「自分もあの世界に加わりたい」と思うのだ。

 矢口氏、高際氏、金子氏の講演からは、「励まされた」「いくつもヒントをもらった」といったポジティブな感想が数多く寄せられたほか、懇親会では登壇者と参加者が懇談するなど、深い対話も実現した実り多いセミナーとなった。

「一般生と帰国生が高め合いながら一緒に成長していく。これこそ、本校の強み」と金子氏

生徒を公平に扱い多様性と真摯に向きあう

 多様性に欠ける日本のトップ大学の危機を示し、グローバル化には公平・平等・多様化の実現が重要と述べた基調講演。そして、クロストークでは時代の変遷に合わせて女子校から共学化、国際化の変化を遂げ、世界への進学や活躍を視野に入れた学びを提供する人気校の取り組みが赤裸々に語られた。今回のセミナーでは、男性向けにつくられた大学という目的が先行し、現場を無視し続けてきた東大の危機と、逆に現場の生徒と先生が主役であり、生徒の成長を優先して積み重ねた結果、今の多様性が確保されている渋渋・広尾学園が浮き彫りになったといえるかもしれない。学校経営の参考にしてほしい。

《羽田美里》

羽田美里

執筆歴約20年。様々な媒体で旅行や住宅、金融など幅広く執筆してきましたが、現在は農業をメインに、時々教育について書いています。農も教育も国の基であり、携わる人々に心からの敬意と感謝を抱きつつ、人々の思いが伝わる記事を届けたいと思っています。趣味は保・小・中・高と15年目のPTAと、哲学対話。

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