一方、新学習指導要領では、今回の改訂でアクティブラーニングの実現を目指し、知識・技能だけでなく思考力や判断力、表現力、人間性などをバランスよく育むとしている。この新学習指導要領は、小学校は2020年度から、中学校は2021年度から全面実施、高校では2022年度入学生から年次進行で実施され、小学校では中学年から外国語活動が開始、高学年で英語が教科化したのも特徴だ。
こうした転換はグローバル化が進む社会に対応したものであり、今後はますます使える英語教育が重要になってくる。今後の英語教育はどうなるのか。大学入学共通テストにより英語教育は何が変わるのか。前教科調査官として、文部科学省で高校英語の新学習指導要領の改訂にかかわり、現在は2021年4月に開校する茨城県立勝田中等教育学校校長の下山田芳子先生と、英語教育学者で国際教養大学専門職大学院准教授(対談時・2021年4月より教授)の町田智久先生に対談いただいた。
グローカルリーダーを育成する学校に
--まずは下山田先生、茨城県立勝田中等教育学校の教育方針、目指す生徒像とはどういったものでしょうか。
下山田先生:茨城県立勝田中等教育学校は2021年4月に公立の中高一貫校として茨城県ひたちなか市に新規開校します。本校が目指すのは、グローバルな視野と起業家精神を兼ね備え、自ら人生を切り拓くとともに、「地域」と「世界」をつないで地域創生に貢献するグローカルリーダーを育成する学校であり、ひたちなか市から世界に発信できるリーダーシップと好奇心と挑戦力をもった生徒を育てたいと考えております。

世界に発信するためには、どうしても語学力が必要です。そこで本校では英語にばかり集中するのではなく、子どもたちがもっている良さを、英語を通じてさらに伸ばしていく教育を行いたいと思っています。そのため本校では、多様な価値観とリーダーシップの育成というマインドセットと、実際に英語を使う場となる国際交流や海外留学などのグローバル教育と併せて実施してまいります。
--勝田中等教育学校では、小・中・高校生向けのTOEFL PrimaryとTOEFL Juniorを導入されます。公文教育研究会との間に結んだ「グローバル教育に関する協定」に期待するところをお聞かせください。
下山田先生:実際に世界で通用する英語力を学校現場で習得するためには、リアルな世界の情報のリソースをもつ外部との連携が不可欠であり、今回公文教育研究会様と提携した「グローバル教育に関する協定」は、まさにそのような外部との連携の好例だと思っております。本協定には、TOEFLテストによる英語力の測定だけでなく、世界で通用する英語力を学校現場で習得するためのさまざまな支援が盛り込まれています。
物事を極め、世界に発信していく立場になれば自ずとどの分野においても英語が必要になってきます。英語に興味がなくてサイエンスが大好き、という生徒であってもサイエンスを極めたければ、どこかの時点で英語が必要になってくるでしょう。その意味で、TOEFL PrimaryやTOEFL Juniorを活用することで、英語嫌いにならず将来にわたって英語を学び続けるマインドを育てていきたいと考えています。
英語の授業がコミュニケーション中心に変わる
--町田先生にお尋ねします。学習指導要領改訂前から英語教育を先進的に進めていた小学校もありますが、そうした先進校における英語教育のあり方やTOEFLの導入についてお聞かせください。

町田先生:私が研究で関わっている秋田県由利本荘市の由利小学校は、2014年から全校で英語教育を行い、6年生では英語のテストにTOEFL Primaryを取り入れています。TOEFL導入の理由は、コミュニケーション能力を測れることや、結果が合否判定ではなくスコアで表示されることです。児童の現在の英語力を正しく把握するためには、合否判定はなじみません。
また、TOEFLは世界基準のテストであること。さらにテスト監督をする教員にとっても、各設問においてこの場面でこんな表現を使っているのかという気付きが得られ、授業に生かせる波及効果も期待できます。
由利小学校では学級担任が英語の授業をオールイングリッシュで実施しています。また、ALTとも一緒に授業を行うために、簡単な英語で指導案も作っています。先生方は英語に特別自信があるわけではなく、当然間違えることもありますが、それも含めてコミュニケーションであると子どもたちに示しているので、楽しく授業ができています。
同校ではTOEFL Primaryを年2回受けていて、子どもたちは「楽しかった」「わかった」「できた」と発言しています。「わかるところから内容を理解しよう」「間違えても大丈夫」という体験を踏まえて、自信につながっているのです。子どもたちが英語を楽しみ、先生方も頑張っているために良い効果がでていると思います。
下山田先生:英語科の免許をもっていない小学校の先生がオールイングリッシュで頑張っているというのは驚きです。どのようにして自信をつけていったのでしょうか。
町田先生:秋田県教育委員会と協働しながら、本学で県内の小学校教員を対象に英語研修を10年近く続けています。毎年夏に3~5日間の日程で、本学の留学生と英語で話したり、クラスルーム・イングリッシュを学んだり、地元の小学生に英語で教えたりするワークショップを行い、研修に参加した先生方は学校に戻ってほかの先生にその成果を伝えています。研修の中では、参加する先生方が英語を使って成功体験することを重視しています。
留学生と話をして、通じた、わかったという体験を先生自身がすることがとても大切で、そうすると子どもたちにも同じ体験をさせてあげたいと思うものですよね。一般に、小学校の先生方はさまざまな知識を子どもたちに伝える「知識の伝道者」という意識がありますが、英語に関してはほかの教科と同じような姿勢ではうまくいきません。
そこで、研修のときに(他教科と)同じ姿勢で向き合うのはやめて「英語学習の先輩として子どもたちと一緒に学ぶ、英語学習の伴走者になりましょう」と呼びかけています。「間違ってもいいし、一緒に楽しみましょう」ともよく言っています。そのほかに、由利小学校では学校独自の英語の教員研修も実施しています。

中学や高校の先生方も英語で授業をする際には、文法解釈をするなどの言語学の授業ではなくて、英語を使ったコミュニケーションだと考えることが重要です。とはいえ、特に進学指導に重点を置く高校だと模試の結果をほかの学校と比較したり、大学合格者数を重視したりする傾向にあるため、先生方がコミュニケーション中心の指導に不安を持つ気持ちも分かります。しかし、大学入試も変わり、今までのやり方では通用しなくなってきたことを踏まえると、小学校段階からコミュニケーション中心に英語教育を行っていくのが良いと思います。
TOEFLを受けることが楽しい学びに
下山田先生:大学入学共通テストが大きく方向性を変えましたが、これだけコミュニケーションに舵を切ったというのは日本の初等・中等教育における英語教育の大きな転換期になりますね。そのためにも、小中学校からTOEFLで技能を問う問題に触れさせるのは大切なことだと思います。
町田先生:大学入学共通テストへの変更では、英語を活用して学ぶ姿勢が大事だと示されたことや、それに伴って高校の授業が変わることが大きいと思います。波及効果によって、コミュニケーション中心の授業や、英語を使って問題解決をする、情報処理をするという授業を行うきっかけになるのではないかと考えています。
すると今後は英語ができるのは当たり前で、英語を使って何ができるのか、どのように学んでいけるのかということが大学生には求められます。そうした大学での学びに対応できるよう、高校での学び方も変えていく必要があります。
TOEFLが優れているのは、英語を学ぶうえでの良いペースメーカーになる点です。TOEFL PrimaryとTOEFL Juniorには学校や家庭など児童・生徒に身近な場面が出てくるので、こんな場面ではこういう表現が使えるのだと、テストを通じて必要な英語力を子どもたちが身に付けられるのです。
下山田先生:日本の英語教育における課題の一つに教科書があると思っています。日本の教科書で扱っている語彙数には制限があるため、実際の生活の中で頻繁に使う語彙を十分に学ぶことができないのではないかと思うのです。
その点TOEFL問題集は実生活でよく使う語彙を網羅していると感じます。また、生徒の発達段階や認知能力を考慮して作られているので、TOEFL PrimaryとTOEFL Juniorは児童生徒の発達段階にちょうど合う場面がテストの中で設定されています。小学生がTOEFLを受けて楽しいのは、身近に感じている生活の中で「こんな英語を使うんだ。」という発見があるからだと思います。テストの中にも学びがあるから楽しいんですね。
TOEFL PrimaryとTOEFL Juniorはテストなのに、日常の英会話の疑似体験をやっているような、英語のアクティビティに参加したような充実感があります。私自身がTOEFLを学校の学びに取り入れたいと思ったのは、「テストが楽しいから」です。どのように評価されるかは人が英語を学び続けるうえで非常に重要です。テストが楽しければ英語を嫌いになる生徒は少なくなると思います。そういう意味で、生徒の生活に即した英語の能力を測れるテストであるTOEFLを導入することで、英語を学ぶモチベーションの向上につながると考えています。
町田先生:TOEFLの特徴のひとつに「対策ができない」ことがあります。詰め込めば点数が取れるものではなく、本当の意味で基礎力を上げなければ得点に結び付きません。そのため児童・生徒の実力がわかります。つまり、テストの信頼性が高いといえます。定期的に受けることで、いわば英語の体力テストといったものになるのではと思います。昨年に比べてどのくらい伸びたか、実力がどのくらいついているかなどを実感できます。
下山田先生:知識を問うテストではないからこそ、体力テストのように英語力を測れる。身長や体力の伸びと同じように、「英語の力がついた。」と純粋に感じることができるから楽しいんですね。
10年かけて使える英語を習得する
町田先生:楽しい思いをすることが英語嫌いをなくしますね。
ただ、学びの連携という点でみると、小中連携・中高連携がなかなかできていないのが現状です。由利小学校と由利中学校の先生方はお互いにどのような授業をしているのかを見学し合っているので、うまく連携できています。中学校の先生が小学校の授業を見ると、クラス運営のうまさや、子どもたちを集中させる活動のアイデアなどの学びがあり、ノウハウを取り入れながらコミュニケーション中心の授業を行っています。そのように連携する学校が少しずつ出てきていますが、すべての学校がそのようにうまくいっているわけではありません。
下山田先生:学びの連携については、今回の学習指導要領改訂で初めて小・中・高を貫いて学習目標がつながるようになりました。小学3年生から高校3年生までの10年の教育の中で、実践的な英語力を育成していくという方針を打ち出したのが今回の新学習指導要領です。今回、「英語についてどれだけ知っているか」ではなく、「英語を使って何ができるのか」という技能的な達成目標が各学校段階で示され、コミュニケーション能力をきちんと伸ばすということがはっきりと示されました。
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傾向が似ているTOEFLと大学入学共通テスト
--TOEFLと大学入学共通テストの親和性についてはどのようにお感じになっていますか。
町田先生:両テストは、情報処理や問題解決型の設問、さらには生徒の身近な場面での説明や対話を含んでおり、似ているところがあると感じています。そして、同じような傾向をもつTOEFLが学校現場で普及することにより、英語で行う授業がさらに定着することに期待しています。今回大学入試が変わったので、次は授業が変わる番だと思います。
下山田先生:今回の新しい大学入学共通テストの問題は「聞く、読む、話す、書く」の4技能の力をバランスよく身に付ける新学習指導要領の方向性を表していると思います。大学入試においても、英語についての知識ではなく運用能力がこれまで以上に求められるということです。英語が、内容科目ではなく技能科目である以上、評価するためのテストも「英語を使ってどのようなことができるか」を測るための技能テストである必要があります。
その点で、大学入学共通テストはこれまでの知識を問うテストから、技能を測るテストへと大きく舵を切り、TOEFLの問題傾向に非常に似てきたと思います。TOEFLを小中から活用して、技能を測る出題内容や形式に慣れることは、早くから「使える英語」に触れることであり、実践的な英語力を育成するためにはとても有意義なことだと思っています。
さらに、今回の大学入学共通テストを見て教科書も変わると思いました。共通テストに対応するためには、技能統合のタスクをたくさん入れた教科書を使う必要があると考えられます。どの学校も共通テストに対応できるような教科書を選ぶようになるはずですので、教科書が変われば、先生たちもそのような教科書にあった教え方をするようになると思います。そうすれば、英語教育は今後どんどん変わっていくと考えられます。
--ありがとうございました。
英語を使ってさらに先の活動へ
今回の対談では英語教育とその目的の転換が改めて示された。英語の学習はこれまでのように単語を覚えて詰め込むものではなく、道具として身に付けるものであり、英語を使ってさらに先の活動を行うために、運用能力の習得が求められる。そして、それを学ぶために小学校から10年かけてコミュニケーションを中心とした授業が行われ、英語が通じる・わかる成功体験をすることで英語を楽しく学んでいくようになる。その中で、TOEFL Primary、TOEFL Juniorも楽しい学びの一環であり、体力テスト的に受けるのが日常的になっていくのだろう。