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自ら未来を作る力を養う、ドルトン東京学園「起業ゼミ」の挑戦

 ドルトン東京学園が同校中等部の生徒を対象に「ガイアックス特別ラボ起業ゼミ」をスタート。最終日のようすをレポートする。また荒木貴之校長、「起業ゼミ」担当の木之下瞬先生、ガイアックスの佐々木喜徳氏に背景や目的を聞いた。

事例 企業×学校
Zoomによる授業のようす
  • Zoomによる授業のようす
  • ドルトン東京学園とガイアックスによる「起業ゼミ」はオンラインでの開催となった
  • 授業開始前のようす
  • 起業ゼミ用にカスタマイズされたリーンキャンバス
  • スタートアップにおける仮説と検証のサイクル
  • ブレインストーミングの肝は、考えすぎずに、書くのを止めないこと
  • 生徒のアイデアに対してフィードバックするガイアックス佐々木氏
  • 起業ラボの仕掛け人、木之下先生
 2019年4月に開校し、自立型の教育に力を入れる中高一貫校、ドルトン東京学園(東京都調布市)は、ガイアックス スタートアップスタジオと共同で、同校中等部の生徒を対象に「ガイアックス特別ラボ起業ゼミ」をスタート。2020年7月16日最終日の授業のようすをレポートする。またドルトン東京学園中等部・高等部の荒木貴之校長、同校「起業ゼミ」担当/生徒部長の木之下瞬氏、ガイアックス技術本部長/スタートアップスタジオ責任者の佐々木喜徳氏に、当ゼミを企画した背景や目的などを聞いた。

 この起業ゼミは、社会とつながることで課題設定力や課題解決力の育成を図り、さらに生徒の将来の可能性を広げることが目的。参画しているガイアックスは、スタートアップへの支援や投資を事業としており、大学生や高校生への起業支援、ワークショップの開催経験も豊富である。このプログラムでは、起業の方法や事業の検証を伝えるだけでなく、将来的に参加者から起業家を輩出することも目指している。

 このゼミを通じては、生徒が中学生という早い段階から実社会のビジネスに触れ、起業家などに出会うことで、起業も含めた多様で幅広い進路や生き方の幅を広げることが期待されており、ドルトン東京学園の自主性を重んじる学校文化とも合致する。なお、現時点で決まったカリキュラムは存在せず、参加する生徒を中心にプログラムは展開する。

 今回は、9月以降の本格導入のトライアルを兼ねて、全3回の構成で行われた。7月9日の初回では、スタートアップとは何かを知ることを目的に、実際の起業家の講演などを実施。第2回の7月15日、第3回の7月16日では、既存の事業の狙いなどを分析し、生徒自身が事業アイデアを創出することを体験した。なお、本年9月予定の4回目以降は、ドルトン東京学園の「ラボラトリー」(生徒自身が計画した学びを実践するための場所と時間)を活用して、「起業ゼミ」の継続的な展開を計画している。

授業開始前のようす
授業開始前のようす

本質を考え続け、書くことを止めない



 今回の起業ゼミはコロナ禍により、すべてZoomによるオンライン開催となった。ドルトン東京学園の木之下先生が、「起業ゼミ」担当として企画・運営に携わる。最終日の授業に参加した生徒は、中等部の28名。ガイアックスからは、スタートアップスタジオ責任者の佐々木氏を含む4名のメンバーが参加した。授業開始前に生徒各々が自宅からZoomにログインし、木之下先生による準備物の確認後に授業はスタートした。

 冒頭、前回授業の生徒アンケートに対して、ガイアックスのスタッフからフィードバックがあった。前回は「リーンキャンバス」を使用して事業としての“YouTube”を分析。リーンキャンバスとは、新しい事業のアイデアに対して仮説を立てて、その仮説の検証を行うためのフレームワークで、現在、ビジネスの現場でもさまざまに活用されている。

スタートアップにおける仮説と検証のサイクル
タートアップにおける仮説と検証のサイクル

 生徒からは、課題や独自価値、ソリューションの書き方やリーンキャンバスの使い方に関する質問が多かった。フィードバックでは、YouTubeが世の中に存在していなかったときに、何を課題としていたのか、使ってくれる人にどんな価値を提供するのかなど、ビジネスを立ち上げるためには、本質的な課題や仮説を設定し、検証することが重要であると伝えられた。

起業ゼミ用にカスタマイズされたリーンキャンバス

 振り返りに続き、起業家でもあるガイアックスの峰荒夢(みね あらむ)氏から、ブレインストーミングのレクチャーが行われた。始め「最近のニュース」をテーマにアイデア出しのウォーミングアップ。生徒たちは白紙とペンで実際に手を動かしていく。

ブレインストーミングの肝は、考えすぎずに、書くのを止めないこと
ブレインストーミングの肝は、考えすぎずに、書くのを止めないこと

 次は「自分が困っていること」をテーマに、1分間で6個以上を目標として書き出す。終わると今度は「自分がよく知っている人の名前」を、白紙の右上に10秒で3人以上を目標に。最終的には、よく知っている人の名前をベースに「あの人が困っていること」を、5分間で10個以上を目標として、思いつくかぎりのことを集中してどんどん書き出していった。

 こうして、まず自分は何に困っているかを考え、そして他の人は何に困っているかを考える、いわば「他人を纏う(まとう)=他の人の身になる」ことで、思考が広がることを体験する。

 峰氏は「こうして課題を拾っていくことが、ビジネスを作るうえでとても大事になってきます。書いたものは、リーンキャンバスに書く課題の候補です」とアイデア出しの意味を説明した。そして「課題を見つけるために感度を広げること」「思考が止まったときは、他人を纏う、周りの人と話す、動物を纏う(動物の身になる、次回以降に説明は持ち越し)」とアドバイス。最後には「考えすぎずに、感じて答えを出す」「書くのを止めるな!」を強調した。

自分で考えて動き、学校を利用する



 ブレインストーミングのやり方を学び、いよいよ自分で考えた課題を解決するための事業をリーンキャンバスにあてはめながら考えていく。ここで書いたリーンキャンバスは、後日提出されて、9月のゼミ活動につなげていく予定だ。

 Zoomのブレイクアウトルームを利用して、1グループ7名、4グループに分かれてグループワークに入る。それぞれのグループにはガイアックスのメンバーが1名ずつサポートに入った。

 まずは生徒が各自リーンキャンバスと向き合う。10分が経過したところで、ガイアックスのメンバーが、状況確認の声をかける。生徒は、途中でも自分の考えを発表し、ガイアックスのメンバーからフィードバックやアドバイスを受けていく。

 佐々木氏がサポートしたグループでは、新型コロナウイルスの影響によって、音楽家が練習するのが難しい、料理のレシピを教えるサイトがわかりにくい、外出制限による運動不足が発生、兄弟との喧嘩を解決したいなど、ステイホームが続いた際に明らかとなった生徒の身近にある課題が数多く見受けられた。

 佐々木氏は、生徒の声を傾聴したうえで、課題設定や独自価値、ソリューションの本質的な意味、現在の市場動向や顧客の課題、それを解決するための技術に対する見方などを、丁寧にフィードバック。グループワークの最後には「25分から30分の短時間でリーンキャンバスをこれだけ書けるのは良いですね。1時間2時間うーんって悩んで書く人がいますが、それはあまり意味がなく、1枚を早く書いて、ちょっと違うなと思ったら、またもう1枚書いてみる。そういう使い方をするものです。9月までにこの課題は、と思ったら、すぐにリーンキャンバスを書いてみる。そうしたチャレンジをしてほしいと思います」と伝えた。

 グループワークが終わると、全員がメインルームに戻り、各グループで出た面白いアイデアを生徒本人が紹介した。佐々木氏や峰氏からは「自分が感じている課題をきちんと設定し、どうソリューションできるかを考え、また世の中の多くの人の課題として何ができるのか、“市場”を前提としてサービスを考える視点があった」「競合を知る。競合があるということは、それだけ世の中に課題が大きいということなので、サービスとしては価値がありそうということ」「リーンキャンバスを書くときに、課題とターゲットと独自価値とソリューション、それぞれがつながりのある状態かどうかを意識して作ると良い」というコメントが述べられた。

 また最後の挨拶では、佐々木氏から「すでにあるサービスやビジネスを真似しても革新的にはならない。新しい課題をみつけて独自の価値を生み出すことがとても重要」「実際の社会で起業をするためには、わからないことがあっても自分から取りに行く。主体性がとても大切で、自ら学んで自らアウトプットしていく」などの生徒へのメッセージが発せられた。

 木之下先生は参加した生徒に向けて、「これから会社を起こしていくなら、法律の知識も必要になる。ならば社会の教師である私をうまく使えばいい。プログラミングで数学や英語が必要になるならば学校の先生をうまく使えばいい。学校をうまく使って社会とつながってほしいし、(ここは)そういう学校。与えられたものだけをやるということではなく、主体的に、どういうふうに必要な情報や知識を学びとっていくのかを意識しながら、起業ゼミに限らず、うまく学校を使ってほしいと思っています」と、学校文化のコアである“アクティブラーナー=自律的な学習者”への意識付けを求めた。

授業を展開するガイアックス佐々木氏と木之下先生
授業を展開するガイアックス佐々木氏と木之下先生

起業ゼミでの刺激が未来につながる



 授業後に、参加した5名の生徒にインタビューが実施された。そのコメントの一部を以下に紹介したい。

 まず「起業ゼミ」への参加のきっかけでは、家族や知人が実際に起業をしている、あるいは興味をもっているので、という声が多かった。

 「父が会社を経営していて、私もいつか起業して会社を経営したいと思っています。顧客を呼び込む戦略などが全然わかっていなかったので、今回のガイアックスのラボに参加したいと思いました」(磯邉利沙子さん、中1)

 3日間での気付きと9月に参加する際にチャレンジしたいことを聞かれると、生徒それぞれが自分なりの可能性を感じて課題を設定する大切さが芽生えたようだった。

 「起業は難しい、自分にはできないというイメージがありました。話を聞くと自分の身近なことに起業する種があることに驚きました。9月は、探究心をもっている人と先生のマッチングアプリを考えていますが、まだどんな方向性になるかはわかりません。しっかりと自分で形にしてみたいと思いました」(小峰新汰さん、中1)

 「課題は見つかりましたが、独自価値がうまく出てこなくて、とても難しいと感じました。今後は、今日やった課題の独自価値を磨き上げて、その次に自分が目標とする建築系ビジネスのリーンキャンバスを書いてみたいと思います」(福本暖さん、中2)

インタビューに応じた生徒たち。上段左から小峰新汰さん(中1)、磯邉利沙子さん(中1)、下段左から堀内文翔さん(中2)、福本暖さん(中2)、Mさん(中2)
インタビューに応じた生徒たち。上段左から、小峰新汰さん(中1)、磯邉利沙子さん(中1)、
下段左から堀内文翔さん(中2)、福本暖さん(中2)、Mさん(中2)

「起業ゼミ」の進化は続く



 経済産業省の「未来の教室」をきっかけに、ガイアックスと「先生と企業人の交換留学」を実施したドルトン東京学園。木之下先生は、それを機にガイアックスの多くのメンバーやスタートアップスタジオの責任者である佐々木氏と出会い、「学校と社会をつなげていきたい」という両者の思いから、このプログラムははじまったという。

 荒木校長は「学校は子どもたちが社会に出るための準備期間。いろんなことにチャレンジしてほしいし、安全な環境の中で失敗してもらいたいのです。学校の中でジレンマとかコンフリクトも味わってほしいし、そういうものはなかなか通常の授業ではできないので、本校だけではなくて、いろんな学校が社会とつながっていくべきだと思います」と話す。また子どもたちがリーンキャンバスを書くようすを見て、これは起業だけではなく、いろいろ応用が可能ではないかと思ったという。「勉強以外の部分でも何か新たな活動を起こしてみる、そんな教科の学びだけでは得られない、自分の未来のために役立つツールを生徒は手に入れた。授業だけでは培われない知識や力を、この講座で生徒たちは伸ばしていくのではないかと思います」と、このゼミから得られるものに手応えを感じているようすだった。

 今後、「起業ゼミ」はどのように進化していくのだろうか。

 9月以降の本格導入に向け、現在プランニングが進められている。佐々木氏によると基本的に起業や事業検証に終わりはなく、個別に期間を決めずに進めたいところもあるが、3か月を1タームとしてゼミに受け入れる予定とのことだった。

 木之下先生は「3か月1タームを基本としても、起業ゼミに6年間、延々と出続ける子がいても面白いし、違うなと思って理科の実験に行き、また起業に戻ってくる。理科の実験をして何か培養したら、これを人の役に立てたい、アイデアを他の教科を利用して作っていき、方法論としての起業があっても良いと思います」と、興味深い展望を話してくれた。

 また、そうした長期・中期・短期のものを個別最適化できるゼミのためには、オフラインの授業だけでは苦しいかもしれないと話しているという。「オンラインとオフライン、同期型と非同期型の4つのブレンドをいかに組み合わせるか。オフラインでやっても、みんながバラバラのことをやっているという非同期型もありますし、最初のトレーニングみたいに、みんなが集まって同期型でやることもありますし、オンラインでも同じですね。この4つを組み合わせた形のゼミにして、かつ場所もガイアックスのコワーキングスペース「GRID」でやってもいいし、ドルトンでやってもよし。そういう形で、あまり学校側がサービスを提供しすぎるのではなくて、生徒自身が外に出ていってつかみとっていく、自ら動いて出会ってつながってうまれるみたいなものを意識して作っていきたいと思います」と話してくれた。

 今回の起業ゼミは、起業を学ぶだけでなく、良い事業には投資することまで視野に入っているという、まさに“本気度”を感じるものだった。そうした一貫した本気の姿勢や本物との出会いは、時に人を変えていく。コロナ禍で社会全体が停滞するという声も多い中、その機会を課題として独自の価値を見つけ、具体的にソリューションに結び付けるならば、年齢はまったく関係なく、こうしたゼミをきっかけに日本や世界を変える起業家が出てくるのではないだろうか。9月以降の本格導入にも注目していきたい。
《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

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