リシードは2026年5月14日、「テクノロジーが拓く高校教育の新しいかたち」と題した教育関係者の交流会を開催した。基調講演には、信州大学名誉教授・特任教授の東原義訓氏が登壇し、「これからの高校教育改革と遠隔教育」をテーマに講演。会場では、参加者同士の活発な情報交換や交流も行われた。
N-E.X.T.ハイスクール構想が示す高校教育改革の全体像
開会にあたり、リセマム・リシード統括の田村麻里子が挨拶。司会進行は、この4月にリシード編集長に就任した野口雅乃が務めた。基調講演に先立ち紹介された東原氏は、文部科学省の遠隔教育実証事業に数多く関わり、現在も新潟県や大分県などで高校遠隔教育の助言にあたっている。
講演のテーマは「これからの高校教育改革と遠隔教育」。東原氏は、2040年を見据えたN-E.X.T.ハイスクールを「本腰を入れはじめた高等学校改革」と位置付けた。なかでも文部科学省に新設された「高等学校振興課」に着目し、今後の高校教育の方向性を読み解くうえで重要な鍵になると指摘。2020年前後からの審議会やさまざま計画を背景に、国としての大きな方針として形成されてきたという。

背景にあるのは、少子化による就業人口の減少と就業構造の変化だ。今後、どのような人材が必要とされ、その人材をどのように育成・供給するかが、喫緊の課題となっている。「子供たちが幸せになるためには、社会から必要とされる人材になることが重要です。期待される人材は不足していて、人への投資が重視されており、求められる人材になることがウェルビーイングにもつながる。その認識を高校生に伝えていく必要があります」と東原氏は語る。

また、N-E.X.T.ハイスクールの進展により、中学校の進路指導にも変化が及ぶと東原氏は展望する。遠隔教育の動きはその兆しのひとつであり、高校のみならず中学校教員への周知も重要だとした。そのためにも「高校無償化とあわせて、高校教育改革そのものの話をもっと広める必要がある」と訴えた。
N-E.X.T.ハイスクールでは、国がグランドデザインを示し、都道府県が地域の産業構造やニーズに応じて、都道府県が地域の実情にあった実行計画を策定する。高校だけではなく、自治体の産業労働部などとの連携も鍵となる。「国が都道府県による実行計画を後押しするために約3,000億円規模の基金を用意し、まずは3年間を見据えていますが、私は30年くらいかかると思います。私が1人1台のコンピューターの環境で最初に授業をしたのが1978年で50年も前です。またICT支援が必要だと訴えたのは1988年で、やはり30~40年経たないと国の標準にはなりません」と東原氏は指摘。そのうえで、「だからこそ改革を急ぐ必要がある」と加速の必要性を強調した。

2040年に向けたN-E.X.T.ハイスクールにおける改革の柱は大きく3つ。専門高校の改革、普通高校の改革、そして多様なニーズに対応する遠隔教育の推進だ。これを支える財政的基盤が「高等学校教育改革促進基金」(約3,000億円規模)であり、「産業イノベーション人材育成等に資する高等学校等教育改革促進事業」として公募が行われた。

公募は以下の3類型で構成される。
・類型1:アドバンスト・エッセンシャルワーカー等の育成支援
・類型2:理数系人材育成支援
・類型3:多様な学習ニーズへの対応
東原氏は、採択に向けた申請書作成のポイントにも言及。「審査要項で求められている事項は必ず説明が必要。データに基づいた説得力のある構成が求められる」と助言を行った。地域別就業構造や人口推計などのデータ活用の重要性に加え、各都道府県は、各自治体の実情に即して計画を立てる必要があると強調した。

遠隔教育の進化と質向上に向けた課題と展望
東原氏は、遠隔教育の黎明期から関わってきた経験を紹介。1995年にはコーネル大学が最初にMacintosh向けに開発した「CU-SeeMe」を使って、つくば市と長野県の小学校を結んだ遠隔授業を実施している。こうした長年の実践から、遠隔教育において重要なポイントがあるという。
COREハイスクール事業では、生徒用のタブレットの必要性が明確になった。さらに長野県の中学校では、生徒が1人2台で遠隔授業を受ける試みも進んでいる。一方で、ハードウェア整備が進む反面、クラウドを含むソフトウェア基盤への理解と予算確保は依然として課題となっている。
東原氏は、「異なるソフト環境が混在すれば授業設計に支障が出る。遠隔教育では、システムを標準化し配信センターを核とした運用も検討すべき」と述べ、導入当初からハード・ソフト両面の整備が必要だと指摘した。

また、遠隔交流授業の教育的効果にも言及。単発の実施でも高い効果があるが、2~3回の継続的な交流により、対話的かつ深い学びが実現するという。「特に探究学習では、専門家の支援が必要になる場合があり、遠隔教育はその接点として有効に機能します」(東原氏)。

さらに今後の課題として「遠隔授業の質の向上」をあげ、従来の延長ではなく、N-E.X.T.ハイスクールの各類型と連動した設計が必要だとした。新潟県が作成したルーブリックの活用も有効な手段として紹介された。

講演の締めくくりとして東原氏は、遠隔教育の可能性について「多様なニーズに応えることが重要であり、それが次の時代に求められる人材の育成にもつながります。また質の高い教育を実現すること。専門性の高い教員から学べる環境を拡げることが重要です。さらに知識や技能の統合的理解を意識した授業設計も不可欠です」とし、そのうえで、学校や地域の垣根を越えた学びの実現に向け、対面・遠隔・オンデマンドの組みあわせによる新たな教育モデルの構築を提唱した。
遠隔授業の運営から見えた進度と主体性の変化
続いて、大分県教育庁遠隔教育配信センター次長の釘宮隆之氏が、遠隔教育の開始から約1年間の運営から得られた2つの知見を紹介した。
1つ目は授業進度。釘宮氏によると、遠隔授業は対面に比べて年間の授業進度が90~95%程度、すなわち5~10%遅くなる傾向が見られたという。しかし、これは単純なデメリットではない。生徒ひとりひとりの学習状況をリアルタイムで把握しやすく、教員が必要に応じて説明を補い、考える時間を確保することで、個別最適な指導の実現につながっており、満足度は98.4%という高い水準となった。
2つ目は主体性の向上である。遠隔で行う理科実験では、教員が直接介入しにくい環境がかえって生徒の主体的な思考を促した。生徒からも「自分たちで考えることができて良かった」という声があがるなど、対面とは異なる学びの価値が確認された。
釘宮氏は、「遠隔だからこそ生まれる学びの在り方をさらに検証していきたい」と今後への展望を語った。
垣根事業の実践報告に見る遠隔教育の成果と改善の方向性
文部科学省の「垣根事業」における2年間の取組みをもとに、認定NPO法人カタリバが実践報告を行った。イベント当日に公開された報告書では、11地域の遠隔教育の実態が整理されている。
発表した起塚氏は、授業形態や配信環境、教員の立ち位置などを具体的に可視化した点を紹介。さらに、生徒・教員アンケートをもとに、満足度向上の要因や多様なコミュニケーション手段の有効性を分析している。また、「見取り」という曖昧になりがちな概念の再定義や、教員同士の横のつながりの重要性についても言及。配信拠点のモデルケースを整理することで、今後の課題と改善方向を明確に示している。
協賛各社が教育への取組みを紹介
懇親会の前には協賛企業の紹介が行われた。ノルウェー・オスロ発のWEB会議用デバイスメーカー「Neat」、探究教材や日本語学習教材を提供している「すららネット」、対面に近い遠隔授業や授業録画・授業分析を実現できる「Zoom」が、それぞれの製品・サービスを紹介し、高校現場で実現される新しい学びの形を提示。Skyは資料提供を行った。
続く懇親会は穏やかな雰囲気の中、セミナー参加者が交流を深めた。場は盛り上がり、あっという間に終了時刻となり、名残惜しさを残しつつ散会となった。
今回のイベントからは、高校教育改革が具体的な実装段階に入り、教育の「質」があらためて問われていることが浮き彫りとなった。とりわけ遠隔教育は、地域差や学校間の制約を超えて学びを拡張する重要な基盤となりつつある。一方で、その実現にはハード・ソフト双方の整備に加えて、生徒中心の授業設計、運用体制、さらには地域産業や行政との連携を視野に入れた包括的なビジョンが不可欠だ。今回のような場での知見共有と交流が、各地の実践をさらに前進させる契機になることが期待される。














