AIの進歩が加速する中、教育現場でも生成AI活用に向けたさまざまな試行錯誤が始まっている。佐賀県教育委員会は2023年6月、生成AIを授業や校務で適切に利用するため、全国の教育委員会に先駆けて生成AI利用ガイドラインを作成し、県内の学校が安全に利用できるよう周知してきた。
致遠館(ちえんかん)中学校・高等学校は佐賀県立の中高一貫校。佐賀県で唯一のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)である同校は「Cultivate(自己啓発)、Create(創造)、Challenge(チャレンジ)」の校訓のもと、理数科と普通科が併設され、科学技術やグローバルに活躍できる人材の育成を目指している。また「Science=理学、Technology、Engineering=工学、Agriculture=農学、Medicine=医学」の頭文字を取った独自のSTEAM教育に取り組み、佐賀大学などとの連携から教育内容の高度化・充実化を進めている。
致遠館高等学校では、普通科の1年生を対象に、マイクロソフトのSurfaceを用い、生成AIのCopilotを活用した、Pythonによる3Dゲームのプログラミングを学ぶ授業を行った。CopilotはマイクロソフトのAIアシスタントで、文章の要約・下書きや画像の生成、高度なデータ分析などで問題解決を支援する。
教育現場での利用では入出力データが生成AIの学習に使用されないことが重要だが、今回使用された組織向けのCopilotにはデータ保護機能があり、入力した情報は保存されず、AIモデルの学習に利用されることもない。このデータ保護機能を有するCopilotは現在、すべての教育機関向けライセンスの中において無償で提供(※)されている。※13歳以上18歳未満の生徒の利用は、2024年12月現在限定的プレビュー中。
この授業は、講師が直接プログラミングを教えるのではなく、高校生が生成AIのCopilotと共にプログラミングを学ぶという新たな取組みで、生徒はCopilotと試行錯誤する中でAIとの共生の仕方を学ぶ。
講師を務めたのは、プログラミング教室等を展開するCA Tech Kidsの松倉健悟氏。松倉氏は現在、CA Tech Kidsで企業や自治体向け事業を行うグループに所属し、今後はCopilotを使った教員向けの校務・教務効率化の研修や生徒向けのCopilotを利用したプログラミング授業を展開予定だという。高性能なSurfaceとCopilotの組合せから、新たなプログラミング授業を実証する取組みを紹介する。
Copilotを活用してPythonを学ぼう
授業のテーマは『Copilotを活用してPythonを学ぼう!』。講師の松倉氏は、Copilotを活用した学習方法の習得と、Pythonについて理解することをゴールに設定した。授業は2時限(50分×2コマ)で行われた。
1時限目は3Dゲームの操作方法やCopilotを活用したプログラムの作成・修正の方法といった基本的な情報をインプットする時間となった。講師が説明する画面は、生徒の間に設置された中間モニターに投影され、講師はSurfaceペンを使って指示や説明をする。生徒はその説明を受けて、自分のSurfaceでプログラミングを進めていく。
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授業の冒頭で生徒たちは3Dゲームの動作を学んだ。エージェント(ロボット)の視点の変更や移動、アイテムの取得やその設置などを、やり慣れたタッチ操作で難なくこなしていく。その後、Copilotを使ったプログラム作成の基本手順へ。Pythonでコードを記述し、Copilotに質問して動作を確認しながらプログラムを修正する。
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Copilotに質問すると、思うような回答が返ってこない場合もあり、どうしたら良いかと悩む生徒の姿もあったが、松倉氏は「聞き方には工夫が必要で、返答の仕方を指示することもできる」と解説。さらにCopilotの説明がわかりにくい場合は「プログラミングに慣れていない人にもわかるように説明してください」など質問の仕方を変えることを伝えた。
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2時限目は1時限目に学んだ知識をベースに、ブロックを並べたり壁を作ったりするミッションに挑戦。黙々とCopilotにプロンプトを重ねて対話を続ける生徒、隣の人と話しながら協働的に疑問を解消していく生徒など、それぞれの取組み方で試行錯誤しながらプログラムを作成していった。
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高性能なSurfaceは3Dゲームの表示もスムーズなため、エージェントの動きを実行して何度も確認できる。プログラムの実行時には生徒の期待と緊張の面持ちが見られ、うまく動くと、その達成感から周囲の友人と喜ぶ姿もあった。ひととおり課題に取り組んだ後は、生徒同士で自分たちのコードやプロンプトを共有しながら、改善方法についてディスカッションした。松倉氏は、生成AIには間違いもあることやプログラミングの基本的な考え方、AIを日常生活の問題解決手段として活用する例を紹介して授業を締めくくった。
プログラミングの授業で、教員が直接コードの書き方を教えるという方法ではなく、生成AIを使って生徒が自ら解決する新しい取組みについて、松倉氏は「Copilotなどの生成AIを扱ううえで、人間が考えたほうが良いところ、AIに頼ったほうが良いところと、やはり両方あります。これらは共存するものですが、その中で生徒たち自身が判断しながら学んでいくようすを見て、生成AIの本質的な使い方に非常に近いと感じました」と手応えを語った。
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致遠館高等学校で教科「情報」を担当する片波哲教諭は、生徒にも馴染みのある3Dゲームをプログラミング学習に使うことで生徒が興味をもって取り組めたとしたうえで、「特にプログラミング学習では、教員がプログラミングの形を教えると、生徒は指示されたとおりに入力する作業になってしまうことがあります。生成AIの力を借りることで、生徒たちは自分で考えながら、やりたいことを実現するために自ら取り組めるようになりました。またCopilotは、入力した情報を取得しないという面でも安心ですね」と生徒たちが主体的に自ら進んで学ぶようになったこと、セキュリティ上の懸念がないことを強調した。
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佐賀県教育委員会 教育DX推進グループからは「生成AIの活用によって生徒たちが課題解決に向けて主体的、個別最適に学ぶことができるため、生成AIは生徒の優秀な伴走者になりえると感じました」と生成AIを利用した教育活動への期待が寄せられた。
高性能なSurfaceとCopilotが「より良い学び」を広げる
2022年6月に改訂した「学校施設整備指針」で文部科学省は、従来のコンピュータ教室を、個別の端末では実現が難しい学習活動を効果的に行う空間として捉え直し、個人やグループでの活動が可能な自由度の高い空間にすることが望ましいという指針を示した。この方向性に基づいて、各学校では子供たちひとりひとりの興味やニーズに合わせた学び、協働して問題解決に向かう学び、発展的な学びなどを見据えたPC教室の在り方と活用方法を再構築する動きが広まっている。
講師を務めた松倉氏は「今回は、プログラミングを学習するために3DゲームとCopilotを組み合わせましたが、3Dグラフィックスの処理や生成AIの活用には、高性能なPCが必要です。それがSurfaceで実現できました。また今回の3Dゲームはタッチ操作に特化しているのですが、Surfaceのタッチ操作はとても反応が良く、生徒たちもPCへの苦手意識をもたずに直感的に操作できていたようです」と、ハイスペックかつ2-in-1デバイスの活用が、より良い学びに結び付いたことを語っていた。
また松倉氏は「中間モニターに私のSurfaceの画面を映して、Surfaceペンを使ってポイントを囲んで示したり、コメントを書き込んだりしています。生徒には私の言葉とあわせて視覚的な情報を伝えられますので、1対多の授業ではとても有効です。授業前は、プログラミングやCopilotのスクリーンショットを準備しておけばよく、授業中に書き込みながら指導できるので、ペンが使えることで授業準備がとても楽にできました」と授業の進行と準備を振り返った。
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片波教諭は今後、教科「情報」をはじめとするさまざまな分野での利用を視野に入れている。プログラミングはもちろん、モデル化とシミュレーション、データ分析といった単元での活用に期待する。さらに「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)では、理数や情報分野の「課題研究」として、ドアの自動開閉システムや学習用ゲーム開発、ゲーム理論の研究などに取り組んでいます。その際の高度なプログラミングやシミュレーションには、やはり高性能なSurfaceとCopilotがおおいに活躍しそうですね」と発展的な学びには充実したICT環境が欠かせないと話した。
Surfaceは、今回の授業を受けた生徒にも好評だ。普通科1年生の松野さんは「Surfaceは高性能でサクサク動いて、画質が本当に良いと思いました。肌触りもとても良く、キーボードも打ちやすかったです。自分用の端末のほかに、PC教室でこういう高性能なPCが使えると学ぶ意欲が高まり、学びやすくなると思います。また学習していくうえでは、1人の先生から学ぶと得られる知識が限られてしまうこともありますが、生成AIを使って、世界中の言語の壁を越えた知識を活用して、より幅広く学びたいと考えています」と、生き生きと語ってくれた。
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講師の松倉氏が「生成AIの本質的な使い方に非常に近いと感じた」と語る授業では、生徒たちが生成AIと自然に対話しながら学び、問題解決の糸口を見つけて次々と新たなプログラムを作成していくようすが見られた。致遠館高等学校の今回の授業は、これから生成AIに取り組む多くの教育関係者にとり、参考となる良い先行事例になったのではないだろうか。
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