東京大学大学院教育学研究科附属 発達保育実践政策学センター(東京大学Cedep)とポプラ社は、「本」の価値を科学的なアプローチで明らかにする「子どもと絵本・本に関する研究」プロジェクトに共同で取り組んでいる。今回、「デジタル時代の子どもと絵本・本」シリーズと題した全4回のオンラインセミナーを企画し、6月15日に第1回を開催した。
「子どもと絵本・本に関する研究」プロジェクトの意義とは
最初に東京大学Cedepセンター長の遠藤利彦教授が、「子どもと絵本・本に関する研究」プロジェクトの意義やこれまでの研究で得た知見について講演。「絵本の効果は一見簡単なようで非常に難しい」としたうえで、科学的なデータに基づいて検証する重要性を指摘し、具体的な取組みとして子供の反応等を調べる「実験研究」、家庭・園の環境や子供の発達への影響を探る「調査研究」、園や自治体の先進事例を探す「事例研究」の3つをあげた。
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子供たちに長く愛される絵本の影響力
「ぐりとぐら」(福音館書店)、「いない いない ばあ」(童心社)といった人気の絵本や児童文学を多数取り上げ、幅広い子供たちに長い期間にわたって読まれる絵本の影響力の大きさについても指摘した。
「子供は濃密な相互作用である『遊び』の中で育つ」とし、遠藤氏自身が尊敬しているという発達心理学者で哲学者のアリソン・ゴプニック氏の「Gardener(木工職人)よりもCarpenter(庭師)としての養育者・教師」という言葉を引用。思い描いた形や完成体を設計図どおりに作る木工職人より、その時々のようすを見ながらじっくりと見守り自発的な遊びを支える庭師としての働きの大切さを問いかけた。
相互作用や遊びにも重要な役割
絵本については、「相互作用や遊びに重要な役割を果たすものとして存在している」との考えを示すとともに、「絵本は人と人をつなぐ、それ自体が探索の対象となる。そして、自発的な遊びを豊かにする」と説明。「絵本がなくとも子は育つ。でも、絵本があればより豊かに育つ、大きな可能性が拓ける」「絵本は文化が紡いできた究極の遊び・学び・コミュニケーション支援ツール」等と語った。
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「紙絵本は、情報の離散性という意味では究極のデジタル」との持論も紹介。「絵本の中には実は見えないものがたくさんある。子供たちは積極的にその間を自分の頭で埋めようとする。シンプルで素朴であることが、発達的には豊かな結果を生み出すのではないか」と話した。
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保育者と子の関係性を紡ぐつなぎ役
また、「絵本は相互作用のつなぎ役」とも述べ、他者からの読み聞かせ・他者との読み合いにより、親子の関係性をつないだり、保育者と子の関係性を紡いだり、子供同士で絆を結ばせたりすると説明。「絵本の真価は、発達の早期段階においては、1人使い以上に2人使い、あるいは集団使いの中にある」と語った。さらに「デジタル絵本にそれがどこまで可能か」と問い、デジタル絵本やアプリ型絵本についてはしっかり検証していく必要があるとした。
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デジタル化の進展による子育てや教育の変化については、「時代にあわせて変えていかなくてはいけないところはたくさんあると思う。ただし、逆に言えば時流に動ぜずに変えてはいけないところもある。子供に専門的に接する大人が心しておかねばいけないことだと思う」と発言。「大人の都合ではなく、子供の目線で、子供にとって良いものは何か、逆にマイナスに作用するものは何なのか考えていかなければならない」と語った。教育や保育のICT化が、現場と乖離(かいり)した形で一部の大人目線で子供が置き去りにされて進行・暴走してしまうことも危惧した。
デジタル絵本は「読み手」視点で考えて
紙絵本とデジタル絵本に関しては、「双方にメリットとデメリットがあると言える」としたが、デジタルメディアやアプリには多様な刺激や工夫が盛り込め、刺激を強めることができるため、子供の注意・興味を一時的に喚起する一方、子供の脳や心には過大な認知的負荷、刺激・情報過多かもしれないとも解説。作り込まれたアプリ型絵本はおもしろいが、逆に言えば子供の注意を奪い、ある意味読み方を強制してしまい、自由度が低下してしまうこと等があるとし、「作り手」視点と「読み手」視点を分けて考える必要があると強調した。
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課題は、紙媒体・電子媒体それぞれの強みを読み手である子供視点で最大化することだとし、「子供が喜ぶ」「欲しい」「売れる」という短期的視座ではなく、「子供の心・脳の発達に適う」という長期的視座をもって作り、提供していくことが重要だと言及。「どちらが良いはナンセンスで、共存・棲み分けの形を実証的に探ろう」と語り、このことが今回のプロジェクトが最終的に目指すところでもあるとした。
紙とデジタルの魅力は?
講演後は、保育者で絵本作家でもある柴田愛子氏(りんごの木代表)が登場し、遠藤氏と「紙とデジタルどうちがう?~絵本の役割と子どもの育ち~」をテーマに対談を展開した。柴田氏は、保育の現場で経験した子供と絵本の多様な関わりに触れ、保育者の立場から「絵本を共有することでイメージの世界が共有できる。絵本は読みものであるけれど、遊びものでもある」と語った。
絵本の読み聞かせについては、「共通理解の絵本がタネになる。テレビだとみんなが見ているわけではない。家で体験していることにはバラつきがある。そこを心して保育の中に入れていくことで広がっていく」と述べた。
デジタル絵本やアプリ型絵本については、遠藤氏が「スクロールやクリックで音が鳴ったり、仕掛けができる分だけ、一時的には魅了されるが、やっているうちにすぐ飽きてしまう部分がある。絵本のように何回も繰り返し読み続けることが少ないと感じるが、そこをどううまく補っていくと良いか」と問いかけた。柴田氏は自身の経験にも触れながら「一番役に立つと思ったのは図鑑。アリの微妙な動きが見えるものもある。昔に戻るのではなく、どう前進させていくかだと思う」と語り、紙とデジタルをうまく選択することが大切との考えを示した。