「ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち」の著者であり、発達障害を専門分野としICTに長年親しんできた児童精神科医の吉川徹氏と、発達障害の当事者で支援者でもある高山恵子氏によるトークイベントが行われた。ゲーム・ネットとの付き合い方はどこまでが健康な使用でどこからが病的な使用なのか、気を付けるべきポイントはどこなのか、大人にはどんなことが手助けできるのか、さまざまな背景をもつ子どもや家庭をイメージしながら、対談が繰り広げられた。
ゲーム・ネットには魅力があることを知ってほしい
高山氏:書籍「ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち」では、ゲーム・ネットをやめさせることが目標ではなく、どううまく付き合っていくか、当事者側に優しく書かれています。この本で一番伝えたいことはどんなことでしょうか。
吉川氏:書籍で伝えたいことは大きく2つあります。1つ目は、ゲーム・ネットが大好きなのにはそれなりの根拠があるということです。魅力のないものであれば、子どもたちがあんなに好きになる理由がありません。それを子どもだましだという風に思わずに、ゲーム・ネットの世界に本当に魅力があるのだということを大人たちに知ってほしいです。
2つ目は、ゲーム・ネットそのものから起こる問題よりも、ゲーム・ネットが絡むことで周囲の大人との関係が悪くなり、物事がこじれてくる場合がとても多いです。ゲーム・ネットとの付き合い方を理解してくれる大人がうまく関わることで、問題が軽減されるのではないかと強く思います。
周囲の大人は「ゲーム・ネットばかりやらせてはいけない」という意見に揺り動かされやすく、利用させていることの罪悪感を抱きやすいです。一方、ゲーム・ネットが好きで長時間やる理由は、子どもひとりひとり違います。子どもたちはさまざまな使い方をしていて、それぞれの魅力、ハマるポイントがあります。もし、子どもたちがゲーム・ネット以外の活動が好きになってきたときに、ゲーム・ネットの世界に何を求めていたか、どんな魅力でやっていたのかということがわかれば、このゲームが好きな子どもはこんな活動も好きになるのではないかと知る手掛かりになると思います。まずは子どもの目線で「なぜ楽しいのか、なぜ好きなのか」ということを知るアプローチをするのが手堅いと常々思っています。
高山氏:子どもがゲームをやりすぎて保護者が困っているという相談がとても多く寄せられています。支援にあたって子どもに「なぜゲームをやるのか」聞いてみると、「他にやることがないから」という答えが多いです。ゲームの上をいく魅力的なことが周りにないという結果が残念ながらあります。子どもの思いを聞くことが出発点だと感じています。
吉川氏:「他にやることがない」ということは、熱中してゲームをやるより困った状況かもしれません。この状況は3つ考えられると思います。1つは、これまでの人生で好きになったことを何らかの理由でできなくなってしまったとか、取り上げられてしまったことで、ゲーム・ネット以外にやることがなくなっているパターン。もしくは、周りの大人が「これをやってほしい」と思っていることが嫌いになってしまったというパターンです。もう1つは、経験の幅を広げる機会がなく、何かほかに好きなものを作り上げることが、それまでの人生のステージでうまくいかなかったというパターンです。
それぞれのパターンによって、予防法や支援の方向は異なります。これまでの人生で大好きだったことやハマっていたことを思い出したり、それが十分ではなかった場合に新しく好きなことを作り出していったり、ということが必要だと思います。
幼少期はさまざまな経験ができる余地が多いほうが良い
高山氏:やはり幼少期のリアルな経験や、いろいろなものが楽しいという経験、遊びなどが重要ということでしょうか。
吉川氏:バーチャルな世界とリアルな世界と両輪あるほうがいいということは間違いないと思います。ある程度さまざまな経験をした後で、子ども本人が選んでいくという形であれば、とても良いと思います。しかし、選ぶ余地もなくゲーム・ネットの世界だけになっていくというのは、もったいないです。なので、幼児期から小学校高学年くらいまでの間は、さまざまな経験ができる余地がたくさんあるほうが良いと思います。そういう意味では、「小学生は本当に勉強なんかしていていいのか?」と感じています。
逆に私から高山先生に質問です。ストレスのマネジメントスキルとしてICT機器やゲーム・ネットを上手に使っていくためのコツや準備はありますか。
高山氏:自分で決めて自分でコントロールすることができればいいのですが、その力が弱い場合は、「自分はなかなかやめられないのだな」ということを知っておくことが重要です。また、ゲーム以外にどんなストレス発散方法があるか話し合うことも重要だと思います。ストレスの原因が親子関係だったり、学校だったりするので、その話をじっくり聞く時間をもつことが大切です。
一方で、トラウマを抱えた人が「ゲームに救われました」というケースも多く、ゲームで辛い体験を忘れられる人もいます。ICT機器やゲーム・ネット利用のバランスをみんなで考えていくことが大事だと思います。そのためには、子どもが本音を言える関係性がどこかにあってほしいです。
吉川氏:そうですね。ストレスがあるときにゲームをやりたくなる子どもが、おしまいにするのが苦手だから母親が手伝う、というように特性に関する理解があり、それを周りの大人と共有することができると良いと思います。
ADHDとインターネットゲーム障害(IGD)
吉川氏:ヨーロッパ系の児童精神医学のジャーナルに掲載された研究結果を紹介します。3年間でインターネットゲーム障害の状態からそうでない状態へ回復する割合について、ADHDの人はそうでない人と比べて、回復率が下がっていました。ADHDでない人が93%回復したのに対し、ADHDの人の回復率は60%でした。また、同じ研究期間でいったん回復したけれどもインターネットゲーム障害の状態に戻りやすかったのは、ADHDの人でした。
そのため、ADHDの人に対して、ゲーム障害が再発しないための手立てを考えておいたほうが良いと思います。また、インターネットゲーム障害の症状が良くなると、ADHD症状も良くなるということが研究結果から明らかになりました。
また、研究では、家族関係がインターネットゲーム障害の改善に与える影響が大きいことも強調されています。それは、私が病院で診察をしていても実感することです。家族関係が悪いとゲームの問題から抜け出しにくくなってしまいます。一番もったいないと思うのは、ゲーム・ネットの問題があるせいで、より家族との関係が悪くなり、ゲーム・ネットの問題からも遠ざかりにくくなっていることです。ゲーム・ネットを急いでやめさせたり、取り上げたりすることで、かえって状況が悪くなっていくことを多くの人に知ってほしいです。
夫婦で方針が異なる場合
ゲーム・ネット問題を抱えた家族に対して周りの支援者(たとえば、親せきや学校の先生、市役所の子ども支援担当者、児童相談所の担当者など)から「ゲーム・ネットをやめさせなさい」「保護者がゲーム・ネットのしつけをしないからよくならない」というようなメッセージを出されることがあります。しかし、これは多くの場合、解決から遠ざかってしまいます。
どういう方向で支援していくか、まずその子どもの状況を理解することから出発点にします。どのようにアドバイスすると、保護者と子どもとの関係が改善していくのかをいちばん大事にして支援していくことを強く望んでいます。
父親と母親が完全に一致しなくても、方針のすり合わせがある程度できるようになってきたときに少しずつ前進していくケースが多いです。家族の中での大人同士の関係の調整が、結果的にいちばん苦しい状況から抜け出す助けになります。
夫婦で方針が異なる場合、一般論としては、子どものことはいったん棚上げしておきましょう。どちらかというと、夫婦のことを先に取り組んだほうが良いと思います。育児以前に夫婦関係をどうしていきたいか考えるほうに時間と気力などのリソースを割くことを優先してほしいです。夫婦の間で大きなズレがある状態で、子どものことを何か一緒にやろうとしたとき、子どもを盾にとって責められているように一方が感じて、余計にややこしくなることが多々あります。
ゲームばかりしていて勉強することの意義を感じられない
不登校中学生への支援…質疑応答
視聴者:不登校中学生でゲームばかりしていて学校に行くことや勉強することの意義を感じられず、意欲のない子どもの支援をしています。好きなゲームに関連付けながら、将来収入を得てゲームを買うことへの動機づけや勉強の意欲向上、学習支援をしています。このような支援についてどのように感じますか。
吉川氏:ご提案いただいたとおりの支援が手堅いと思います。お勉強を自分の人生にどれくらい組み込んでいきたいかということを、それぞれの子どもが決めていかなければならないと思います。お勉強を人生に組み込んでいくと得なこともあるし損なこともあります。お勉強を人生に組み込むのが似合う人もいるし、似合わない人もいます。そのフラットなところから「じゃあ君は、お勉強を人生に組み込んでいくっていうことをするのかしないのか。もし、お勉強を人生に組み込んでいくと、どんな得なことがあると思ってそれをやるのか」ということは、お話ししていかないといけないのだと思います。今の日本では、お勉強をそこそこ人生に組み込んだほうが稼げるお金が増えて使えるお金が増えていく可能性はそこそこ高いので、それを選んでいくかどうかという提案は、手堅い方法だと思います。やみくもに「学校には行くべきだ」とか「勉強するべきだ」と導く方法は、学校や学習から遠ざかることもあります。
出版記念トークイベントでは、ゲーム・ネットと子どもの関係について、ポジティブな方向から、気を付けるべきポイントや支援のヒントなどが語られた。大人から子どもの世界に近づいてみると、子どもとゲーム・ネットとの上手な付き合い方が見えてくるかもしれない。
次回、出版記念トークイベント第2弾は、2021年5月8日に開催予定。著者の吉川徹氏と兵庫県立大学准教授の竹内和雄氏が出演し、子どもがゲーム・ネットと付き合うときに、医療と教育においてどんなことができるかついて対談する。