幼児から高校生までのSTEAMカリキュラムを試行錯誤
--SGEのSTEAMやプログラミング教育の全体像を教えてください。
ソニー・グローバルエデュケーションは、コンピューターサイエンス教育全般+デザイン、少し広い意味でのSTEAMカリキュラムを志向しています。小学生向けロボットプログラミング教材のKOOV(クーブ)は主力商品で、日本と中国とアメリカの3か国で展開しています。ただKOOVは高価で、誰でも使えるようにするには少しハードルが高く、もう少し安価なものを提供するためにも、KOOVの次につながるラズベリーパイによる新たなカリキュラムを開発することにしました。小学校でKOOVに触れ、その後、中高でラズベリーパイを使って、さらに発展的な学びにつながるような、一貫性のあるカリキュラムを展開しようと考えています。
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並行して、Z会さんに対してはPROC(プロック)というプログラミング教材を展開しています。こちらはロボットではなくスクリーンを中心にしたプログラミング教材です。Scratchにコンテンツをつけたような形で学びやすく、おかげさまで好評です。タブレットやスマホで簡単にプログラミングが学べます。
基本的には、KOOVで“モノ”を作って、さらにラズベリーパイでより高度なコンピューターサイエンスを学ぶという流れを、今、組み立てているところです。もともとKOOVは小学3年生以上が対象でしたが、もっと小さいうちから利用させたいと考える親御さんも多く、ボリュームゾーンは現在、小学2~3年生という感じです。早いうちからコンピューターやプログラミングを学ばせたいという親御さんの気持ちにできるだけ応えられるよう、学齢に合わせてカリキュラムを広げようと試行錯誤している段階です。
ソニーグループ全体でラズベリーパイの普及をサポート
--今回のラズベリーパイとの提携の経緯や目的を教えてください。
まずラズベリーパイ財団とは、業務提携に至る前にも、1年ほど前からいろいろと会話をしておりました。ラズベリーパイの基板自体は、ほぼすべてソニーUKのペンコイドにある工場で作っています。そのソニーUKのメンバーを通じて、我々とラズベリーパイ財団が非常に密に会話をさせていただいていて、もともと友好的な関係が築けていました。
ラズベリーパイ財団からは、なぜ日本では普及しないのかという声がありました。欧米では当たり前のようにラズベリーパイを使った教育が浸透していますが、日本では期待するようなボリュームがありません。我々もラズベリーパイのボード(基板)は非常に良くできていて、世界的に普及し安価に作れるという魅力を感じていました。
また、ラズベリーパイはAIの処理にも耐え得る安価なコンピューターであることが強みです。最近では、AIやデータをいかに使いこなすかという教育が非常に重視されていて、自由に扱えるコンピューターとしてラズベリーパイの教育へのメリットは大きいと思います。
そこで、日本に足りないのは先生が教えられるカリキュラムや教材で、それをしっかりと作れば、日本でも普及するのではないかと考えました。財団側と協議したところ、ぜひ一緒にやろうと、日本での普及を協力して行うことになりました。
最近では、教育だけではなく工場向けにもラズベリーパイのボードが使われています。広く普及すれば、さらに安価になることも期待できます。教育界と産業界の双方でラズベリーパイを普及させる。その大きなチャレンジに向けて、ソニーグループ全体がラズベリーパイをしっかりとサポートしていきます。
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高校の情報科の先生たちと教材の開発を開始
--2021年度に国内向けの教材を展開される予定ですね。
現時点で、すでにいくつかの高校の情報科の先生と連携して開発しています。たとえば、聖光学院(神奈川県横浜市)さん。他にも10校程度の先生が協力してくださっています。そして、情報科専任ではない先生でも教えられることを目指して、紙の教材だけではなく、ソフトウェアとも連携した形で、わかりやすさを追求したコンピューターサイエンスのカリキュラムと教材を、2021年度にはなんらかの形ではじめる予定です。教材自体は少し前から作っていますが、ソフトウェアに関しては、まさに開発が始まったばかり。非常にわかりやすいグラフィカルなソフトウェアを開発しようと考えています。
AIを学ぶカリキュラムの開発も進む
--ラズベリーパイの強みでもあるAIの学習は、どのようなものをイメージされていますか。
AIについては中国と連携して動いています。中国はAI教育が非常に進んでいて、低学年のうちからかなり本格的なプログラミングを学び、日本の小学3・4年生の年齢では、ある程度のアルゴリズムを基礎的なコーディングで書けたりします。高校のAIの教科書では、日本でいう大学の専門教育とほぼ変わらない内容で、日本より3学年程度は進んでいるイメージです。
我々は、これまで北京師範大学と北京大学と連携してKOOVのカリキュラムを作ってきました。現在は、日本向けのオンラインSTEAMカリキュラムを海外のさまざまな大学と一緒に検討しています。たとえば、AIに関しては、これまでの命令型のプログラミングとは異なり、学習させてそれを結果に生かすAIのサイクルをしっかりと学べる体系作りを進めています。現時点では、日本向けには少し高度な内容になるかもしれませんが、5年後くらいには、当たり前のように日本の高校生にも普及すると思います。
ソニーらしいハードにも期待が高まる
--KOOVとラズベリーパイの連携はありますか。
ハードウェアとしての直接的な連携は現時点ではありません。そこは今後に期待していただきたいのですが、カリキュラムは一貫したものを作ろうと思っています。KOOVは、コンピューターサイエンスを詳しく知らなくても、プログラミングの概念がわかっていればロボットを組み立てられる。ラズベリーパイは、本当にコンピューターサイエンスからデータサイエンスまで、かなり深い学びに耐えうるもので、それでいて大学の専門教育のコンピューターサイエンスほどは難しくはありません。
中高生がターゲットなので、当然、値段は大きい要素です。ラズベリーパイは市販で購入しても基板1枚5、6千円で買えます。ただ基板そのものがむき出しで、日本でのイメージはあまり良くないので、そのあたりのハードルを下げようといろいろとアイデアを練っています。
--ラズベリーパイを御社が展開するとなれば、子どもたちが喜びそうなケースにも期待されますね。
今回の教材もソニー本社のクリエイティブセンターと連携しながら進めています。何かインパクトのあるものを、基板だけではなく展開しようと考えています。2020年度内には、何らかの発表をする予定です。
教育現場と話しながら新しい教員研修を模索
--ラズベリーパイ財団はイギリスやアメリカで教員研修をされていますが、日本ではどのように取り組まれるのでしょうか。
日本とイギリスではいろいろと差があります。イギリスの場合は、政府からの予算が潤沢で、広範囲に研修できる体制が整っていますが、日本の場合、現時点ではそこまでの予算が組めず、どうしてもボトムアップでしか研修ができないという悩みがあります。
今、先生方と現場の状況を聞きながら、どういう形ならば幅広く浸透させることができるかをディスカッションしています。少々時間がかかりそうですが、やはり先生へのトレーニングは非常に大事なポイントになってくると思いますので、ラズベリーパイ財団とも連携して、海外の成功事例も考慮しながら、日本らしいものを作っていきたいと考えています。
子どもをきっかけにプログラミングが親にも広まる
--これまでさまざまな塾とKOOVを展開されてきましたが、そこにラズベリーパイを導入する予定はありますか。
KOOVは2017年の発表から3年ちょっと。塾に導入いただいてからも3年が経とうとしています。おもに3年で学びきるカリキュラムのため、初年度に始めたお子さんは一通りKOOVを学び切ったところです。ラズベリーパイは、主に中高生をターゲットにしていますが、それをさらに拡張する形で、塾向けにも展開したいと考えています。今、まさにディスカッションしている最中です。塾でうまく使っていただくようであれば、おそらくシームレスにつながるカリキュラムができるのではないかと思います。
--小学校での展開はいかがでしょうか。
KOOVは特に私立の学校を中心に導入いただいていますが、公立はある程度、予算が潤沢なところでの導入になっていますね。ハードルはやはり価格ですが、ラズベリーパイでも高いと言われてしまうので、それはかなり悩ましい。基本的には、やはりラズベリーパイも小学校高学年くらいならば、ある程度使えるようになりますので、そこを機会と捉えています。
--今年から小学校でプログラミング教育が必修化されましたが、コロナ禍で話題が少なくなった印象です。実際の教育現場ではいかがでしょうか。
4月、5月に関しては、プログラミング教育よりもオンライン化を進めることが優先されていました。もともとプログラミングの塾に通っていたご家庭は特にコロナだからといって大きな変化はありませんが、少し気になっていたというご家庭ではコロナですっかり忘れさられたかもしれません。ただ、コロナ禍でも世界的にIT企業は非常に強く、所得の高い層を中心にプログラミング教育に対する関心は、おそらく過去にないくらいに高まっていると感じます。その意味では二極化が進んでいますね。
一部の所得の高い層では、以前に比べて、親も含めてプログラミングを本気で始めています。以前は、子ども向けが中心でしたが、子どもをきっかけに親も学びはじめる傾向が見られます。その意味でも、ラズペリーパイは、教材次第で幅広い層に使っていただける可能性があると思います。
プログラミング教育に関心の高い層は、創造的な、新しいものを生み出す教育という捉え方をしていると思います。我々もクリエイティビティに重きを置いたプログラミング教育、論理的思考力とともに創造的な教育を浸透させていきたい。そこに重きを置いたカリキュラムを考えています。
デジタル化を進めて日本の教育をアップデート
--日本のプログラミング教育に関してどうお考えでしょうか。
いろいろ活動している中でわかってきた事は、通常の科目とプログラミングは、やはり学び方も含めて異なるということです。プログラミング教育という新しいものが追加されれば、まず基本をしっかり学んで、その後に応用的なことをやろうと先生方は考えると思います。
でも、コンピューターサイエンスでは、基本的なことはとても難しい。たとえば、コンピューターがどう動いているか、ビットだ、バイナリーだ、二進数だといった基本的なことは難しく、応用的なことはむしろ誰でも作って使えてしまいます。
本当に基本的なことを理解していなければ、応用的なことはわかりませんが、応用から入って徐々にベーシックに移るというのが、コンピューターサイエンスの学び方で、今までの学び方の考えを変えていく必要があります。そこが既存科目と新しい時代の21世紀型スキルの大きな違いであると思います。そうした新しい時代の教育を作ることが、プログラミング教育以上に大事ですので、我々としてはクリエイティビティをその代表的なものとして、新しい教育のあり方を模索していきます。
短期的には、学校にもしばらくは浸透しないかもしれませんが、新しい時代の教育は世の中で必要とされるはずで、プログラミング教育からはじめて少しずつ歩み寄っていきたいというのが、我々の大きな戦略です。
中国や米国は、国の意識やスピード感があります。特に中国はものすごい。我々としては少しでも近づけるように、日本の教育全体をアップデートするような心意気でやっています。プログラミング教育単体というよりは、教育の全体像も含めて、システムとして変えられないかと考えています。
現在、埼玉県とAIを活用した学習データの分析に取り組んでいます。学校全体のIT化も広く視野に入れながら、プログラミング教育を行っていきたいと考えているところです。教育全体のデジタル化、IT化がさらに進むことで、ビッグデータを生かせるようになります。GIGAスクール構想でデジタル化が進めば、すぐに子どもたちの苦手なところがわかり、つまずきポイントがわかって、授業で何をすればいいかがわかる。そうしたフィードバックループが早くなることで、可能性が広がっていくと感じています。
--ありがとうございました。
ラズベリーパイの生基板を見れば、確かにハードルの高さを感じる教員や保護者もいるだろう。だがAIやIoTなどは、今や私たちの日常に入りつつあることも確か。礒津氏との話からは、ソニーならではのクリエイティビティが、日本に新たな教育をもたらす可能性があることを感じた。今後もソニー・グローバルエデュケーションの動向に期待したい。