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教育DXによる子供の学びの行方は、日本と世界の現状と未来

 「KGF2022」が2022年4月29日から7日間にわたり開催され、「教育のICT化の世界比較。教育のDX」と題し、すららネット 代表取締役社長の湯野川孝彦氏と、国際大学GLOCOM 准教授・主幹研究員の豊福晋平氏によるセッションが行われた。

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セッションに登壇した豊福氏(左上)と湯野川氏(右上)、モデレーターの定松氏(下)
  • セッションに登壇した豊福氏(左上)と湯野川氏(右上)、モデレーターの定松氏(下)
  • デジタルシフトで変化する学習観
  • 日本の教育情報化は世界の最底辺
 日本がグローバルで勝つためのさまざまな課題について、関心のある人々が共に学び、国境を越えて繋がり、グローバルで成功する日本人・日本企業を増やすことを目的としたカンファレンス「キリロムグローバルフォーラム(KGF)」。第9回目となる「KGF2022」が2022年4月29日から7日間にわたり開催された。

 日本がグローバルで勝つための教育の在り方について、また、日本は世界にどのようなインパクトを与えることができるのかという可能性について「教育のICT化の世界比較。教育のDX」と題し、日本や海外にeラーニング「すらら」のサービスを提供しているすららネット 代表取締役社長の湯野川孝彦氏と、国際大学GLOCOM 准教授・主幹研究員の豊福晋平氏によるセッションが行われた。モデレーターは、キリロム工科大学 産学連携担当副学長の定松真理子氏が務めた。

セッションに登壇した豊福氏(左上)と湯野川氏(右上)、モデレーターの定松氏(下)
セッションに登壇した豊福氏(左上)と湯野川氏(右上)、モデレーターの定松氏(下)

日本の教育DXの現状



 新型コロナウイルス流行の影響もあり、前倒しで実施されたGIGAスクール構想。全国の小中学校において、1人1台端末の環境整備が完了しつつあるが、日本の教育DXの現状について、豊福氏は「そもそもDXとは、デジタル技術を駆使することで合理化・効率化することを指す。しかし、日本の教育DXの現状は、合理化や効率化以前の状態だと言わざるを得ない」と厳しく指摘する。

 豊福氏によると、教育DXによる合理化・効率化が起こる際、情報の「量的な変化」と「質的な変化」という2つの変化フェーズを経ることになるという。現在の日本の学校現場は、その1つ目である圧倒的な量の情報を得ることができる準備がやっと整った段階だ。豊福氏は「GIGAスクール構想による環境整備がやっと完了しようとしている段階であるにも関わらず、現場である学校・教員は授業の課題、つまり質的な変化のほうを心配して足踏みしているように見える。授業の内容等を心配する前に、もっと日常にデジタルを入れていかなければ普及しない。どのような使い方でも良いから、まずは端末をとにかく使うことが大切だ。授業のやり方等の前段階の話だけれど、それができていない」と述べた。

日本における教育DXの課題



 デバイスだけが行き渡り、日常的な使用もなかなか進んでいない状況である日本の教育現場。その原因として、教育現場において教育DXのメリットへの理解が進んでいないことを湯野川氏は指摘する。

 湯野川氏によれば、教育DXの最大のメリットは、同じ教室内にいながら生徒ひとりひとりが自分のペースで最適な学習を一斉にできることだ。しかし、黒板や紙、鉛筆で、全員に同じ内容の授業を実施してきた教員にとって、教育ICTをどの場面で取り入れれば良いのかイメージできていないことが多く、このことが大きな壁になっている。教育DX担当を任せられた若手の先生が孤軍奮闘しているようすも全国の学校で見られるという。このように、デジタルへの抵抗が大きい教員に浸透せず、教育DXが遅々として進まないことは珍しくない。

 「教育DXのメリットを教員全員が真の意味で理解することが大切だ。教育DXが進むことで、生徒の学習姿勢、ひいては自己肯定感にも大きなプラスの変化が起きる。さらに、過酷と言われている教員の働き方改革にもつながっていく。このメリットを正しく理解し、関係者全員を巻き込んで、学校全体での変革が必要だ」と湯野川氏は言う。

 「これまでの授業は、集団に対して短時間で効率よく教えることを目的としていた。しかし、巷に参考書があふれ、学習指導塾もあり、学校外で学ぶ機会が豊富にある現代において、学習観が大きく変化している。授業の目的が変化していることを理解し、パターンを変えなければならない。今までの授業の中でデジタルを活用するという認識では、教育DXは進まない」と豊福氏は指摘した。

先生の役割が変わる



 教育DXが進むことは、教員の役割が変わることだと両氏は強調する。豊福氏によれば、教員の役割は学者・医者・易者・役者・芸者と5者あると言われる中で、これまでは黒板の前という舞台で、より多くの生徒に関心をもって聞いてもらうため、教員は「役者」「芸者」の要素を強く求められてきた。しかし、教育DXが進む現場に必要な教員の姿勢は「医者」や「易者」だ。つまり、ICT端末を活用してひとりひとりに必要な学習ができるという前提で、どの場面でどのように活用することがベストなのかわからない生徒に対し、得意なことを評価し、勉強方法をうまくアシストすることが、教師の大きな役割になるという。

 「昨今では、生徒の学力のバラつきが昔よりも大きくなっている。テクノロジーを活用することで、子供ひとりひとりに合った難易度の問題を解くことができ、必要であれば学年を越えて復習することができる。本当の意味での誰も取り残さない教育ができるようになる」と湯野川氏は強調する。

 自分のペースで、自分に合った難易度の勉強に取り組み始めると、勉強ができるようになっている実感が湧き、学習姿勢が積極的になることが多い。「自分でやった」という達成感につながるため、自己肯定感の向上というメリットまであるという。教員がデジタルツールを使いこなすことで、すべての子供にあわせた授業展開ができるようになるうえ、紙で管理するよりも効率的に事務作業を行うことができ、働く時間の短縮につながるという好循環が生まれる。

 「このような好循環が生まれる段階まで成功した事例が身近に増えれば、積極的にDXに取り組む学校が増えていくだろう。今はスタートラインに立った段階。まだまだこれからだ」と湯野川氏は期待を込めて述べた。「教育DXにより『先生が教えない』時代になる。学校は、デジタル端末で使ってインプットしてできた素地を生かし、知識の共有や課題解決等によって学びを深める場所となることで、教育DXは真価を発揮できるのではないか」と、学校側のチェンジマネジメントの重要性を豊福氏は説明した。

学校の役割は変わっていく
学校の役割は変わっていく

海外の教育ICTと外から見た日本



 それでは、現在の日本の教育現場のICT活用は、世界と比べるとどの程度進んでいるのだろうか。豊福氏は「日本の教育の情報化は、OECDの中で最下位にあり、その状況が10年以上続いている。2009年と2018年の調査結果を見ると、日本だけが大きく離れて最下位に位置しており、その他の国はどんどんICTの学習活用が進んでいるため、差が大きくなってしまっている」と危機感を示した。これは、日本の子供たちがITに疎いことを示しているわけではない。1人用のゲームで遊ぶ割合は、先進諸国の中でもトップクラスだ。しかし、PCを使って宿題や学習を実施する割合は最下位のまま。つまり、学校側が教育DXに対応できていないと言わざるを得ない。

日本の教育情報化の遅れ
日本の教育情報化の遅れ

 これに対し湯野川氏は、OECD諸国の中では教育DX化についての遅れは認めつつも、全世界で見ると日本の教育にはおおいに希望があると話す。「先進国の中では日本の教育DXは遅れているものの、途上国等も含めた全世界で見ると、日本の教育は大きなポテンシャルを秘めていると感じる。日本の基礎教育のレベルは世界水準でも高く、教材は体系的でわかりやすい。日本の教育・学習方法をもとにして作られた『すらら』のサービスをさまざまな国に提供しているが、宗教や民族問わずどのような国や地域でも成果を出している。これはとても誇るべき点で、世界において日本が貢献できる分野だと感じている」と日本の教育の底力を評価した。

 途上国における教育DXには、先進国とは別のメリットもある。多くの途上国では、内戦やクーデター等の影響で教員の質が圧倒的に低く、抜本的な教員の質の底上げが必要となっている状況だという。そのような国々で教育DXが進むことで、最先端の教育を子供たちに届けることができ、並行して教員を底上げすることが可能となる。

 また教育DXにおいては、途上国の発展が先進国よりも速いスピードで進む「リープフロッグ現象」が起きているという。途上国は教育環境が整っていないからこそ、教育ICTを前提とした教育環境をゼロから構築することができる。対して日本では、一度成功した教育法を壊し、ICTを活用した教育環境を構築するという点において、途上国で教育DXを浸透させるよりも時間がかかる可能性すらあると豊福氏は語る。

 「日本の場合は、子供がデジタルデバイスを使用する際の制約が多い。YouTubeやインターネットは時間制限、SNSはフィルターをかけて、と基本的に『禁止』してマネジメントしている。この方法は、まだ情報モラルがない子供のセーフティーネットの役割となり、睡眠時間を確保することにはつながるが、ICTを生活の中で主体的に使いこなす能力が身に付かなくなってしまう。自分の快適な生活のためにICTの使い方や時間をコントロールできることをデジタルシチズンシップとよぶが、この感覚を根付かせることこそ、日本における教育DXの近道だ」とデジタル化に振り回されない知識やスキルの必要性を語った。

 その他、湯野川氏は、日本が培ってきた教育に関してのノウハウは他国でも十分効果がある、と指摘。途上国の場合は停電が日常茶飯事であり、田舎にいくとインターネットもつながっていない状況が多い。ODAもインフラ整備が多いという。「教育DX以前に電気やインターネット等のハード面が未整備という状況において、ODA等の国際協力のインフラ整備プロジェクトの中に教育DXも含めることで、日本はこれからさらに価値のある支援を提供できるのではないか。教育とは、人づくりであり、国づくりだ。日本国内の教育DXが世界に与えるインパクトも、これから大きくなる可能性をもっている。これからの日本に期待している」と結んだ。

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《田中真穂》

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