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修繕依頼をアプリで効率化、教育委員会が主導した三島市の校務改善

 静岡県三島市の小・中学校では、学校と教育委員会間の業務効率化のために、サイボウズのクラウドサービス「kintone(キントーン)」を利用して業務効率化を図る取組みを行っている。

事例 ICT活用
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三島市教育委員会(左から)渡辺佑さん、稲木修二さん、杉山慎太郎さん、野村昌寛さん
  • 三島市教育委員会(左から)渡辺佑さん、稲木修二さん、杉山慎太郎さん、野村昌寛さん
  • 先生の業務の変化
  • 修繕依頼をアプリで効率化、教育委員会が主導した三島市の校務改善
 2018年に48の国や地域(※)が参加して行われた「OECD国際教員指導環境調査(TALIS)」では、日本の先生の勤務時間は小学校で週54.4時間、中学校で週56.0時間と、参加国・地域の中で最長だった。先生が忙しい理由はさまざまだが、紙資料でのやりとりやハンコ文化等が残っていることによる校務の煩雑さが大きな要因ではないだろうか。
※ 初等教育は15か国の調査

 静岡県三島市の小・中学校では、学校と教育委員会間の業務効率化のために、サイボウズのクラウドサービス「kintone(キントーン)」を利用して業務効率化を図る取組みを行っている。三島市教育委員会、そして経産省より学校BPR(働き方改革)事業を受託している、IT企業のサイボウズのなかむらアサミ氏、深澤修一郎氏に話を聞いた。

三島市教育委員会
三島市教育委員会(左から)渡辺佑さん、稲木修二さん、杉山慎太郎さん、野村昌寛さん

--サイボウズと三島市教育委員会の接点の経緯を教えてください。

サイボウズ ・なかむらさん: 経産省の学校BPR(働き方改革)事業で、私たちサイボウズが実証校に指定された三島市立中郷西中学校の先生方にヒアリングさせていただいたのが昨年の夏休みです。校務のお仕事にとにかく紙資料が多いことに驚きました。でも、その資料の多くは教育委員会から来ている、ということで教育委員会にもヒアリングさせていただくことになったんです。私はサイボウズのチームワーク総研という部署にいて、企業や自治体の働き方改革の研修をすることが多いのですが、教育委員会とのやりとりは初めてだったので、正直、ちょっと恐る恐るでした。

教育委員会・杉山さん:我々は特に抵抗感はありませんでした。サイボウズという会社ももちろん知っていまし、kintoneというクラウドサービスが他の自治体で使われていることも知っていました。三島でも学校業務で何かクラウドサービスを導入したいと思っていたので、中郷西中がサイボウズとの取組みを始めたという情報を聞いたとき、自分からでもアプローチしたいな、という気持ちがあったくらいです。それと「チームワークあふれる社会を創る」という理念を掲げているじゃないですか、そこにもすごく共感していて。

サイボウズ ・なかむらさん:良かったです、「働き方改革の調査です」と言うと身構えてしまう自治体も多いので嬉しいですね。

 最初は2021年10月にオンラインでヒアリングをさせていただいて、翌月の11月には弊社の深澤もジョインして直接教育委員会に伺いました。深澤は、別部署でkintoneを使った校務効率化の仕事をやっていたことと、三島市出身であることを知っていたので、声をかけて入ってもらいました。サイボウズではこのように部署横断型で仕事をすることも多いんです。

サイボウズ ・深澤さん:話を聞いて、自分でもぜひやりたいな、と思って参加させていただきました。11月に中郷西中に伺う前に教育委員会を訪問して杉山さんたちに会ったのが最初ですね。

教育委員会・杉山さん:そうですね。やっぱり深澤さんが三島出身というのは安心感があったような気がします。

サイボウズ ・深澤さん:教頭先生の仕事を見ていると、教育委員会への提出物の多さに驚きます。どんどんデジタル化したいと思ったのですが、生徒の個人情報に関わるものはクラウド化しにくいので、まずは学校の施設内の修繕を教育委員会に依頼するときの「修繕依頼業務」をkintoneでアプリ化することを提案しました。

教育委員会・野村さん:私たちも修繕依頼業務は改善が必要だと思っていました。何といっても学校の先生の負担が大きい。修繕したい場所ができたら写真を撮ってパソコンに取り込んでエクセルデータを作って、メールを打って送付。緊急であれば電話が必要。必要事項が書いてなくて、私たちからメールや電話で確認することもよくありました。1つの修繕をやるのに二度手間、三度手間だったわけです。

--アプリ化はどのように進んだのでしょうか。

サイボウズ ・深澤さん:教育委員会と学校のやりとりでは以下のようなものがあります。



 本当は、これらが1つのクラウド上で管理できることが理想です。ただ現状では自治体によって「個人情報保護条例」が違うので、一気にクラウド化は難しい。そこで、まずは個人情報に関係のない修繕依頼業務のクラウド化からスタートしました。

 今回はもともとエクセルの帳票があったので、それをもとに作成しました。kintoneは、オリジナルのシステムをプログラミングの技術なく簡単に作れるのが特長です。普通は1か月~3か月かかるアプリ製作も1週間ぐらいでできます。導入決定から約1か月後に実施、というスピードでできたのは教育委員会の皆さんの決断もありますが、製作時間が短くできたことも理由の1つです。

サイボウズ ・なかむらさん:そうですね、非常にスピーディーに決断していただいたので驚きました。我々サイボウズ から教育委員会へ修繕依頼業務のアプリ化についての説明会を行ったのが2021年12月です。その時点で、年明けの1月6日に校長会があるから、そこで説明をして早速導入してもらおう、という決断をしていただきました。実証校は中郷西中ですが、修繕依頼がなければアプリは使われない。だったら、三島市の全小中学校に取り入れようと。

教育委員会・杉山さん:アプリの内容に何ら問題はなかったし、三島市の小中学校の全校長が一斉に会する校長会で話を取り付けるのがいちばん早いだろう、と思ったんです。ただ、学校独特のしきたりというか、今までのやり方もあるだろうから、どんな反応になるかは少し不安でしたね。

サイボウズ ・なかむらさん:12月の説明会も1月の校長会も、三島の小中学校のICT機器のサポートをされている、アイティエスさんにも同席していただきました。アイティエスさんは、サイボウズ のパートナー企業でもあり、kintoneにも詳しい。今回の取組みをサポートしてもらうのに適任でした。

教育委員会・杉山さん:そうですね。地元企業の支援があったのがスピード感につながったのは確かです。三島市はすでに1人1台端末が配布されており、故障等のトラブルがあったらアイティエスさんがサポートをしているので、各学校にも馴染みがある企業なのです。

--各学校の反応はいかがでしたか。

教育委員会・杉山さん:校長先生はおおむね理解を示してくれました。承認のハンコが必要なくなるので、手間が1つ省けますし。その1週間後に全小中学校の教頭先生が集まる教頭会があったのですが、こちらは「本当にこれで良くなるの?」と、若干抵抗がありました。

 ただ、先生たちの気持ちもわかるんです。すでに実施している校務システムもあるので、「また新しいものが来るの?」という。その後、校長先生ひとりひとりと面談も行いました。今回のアプリは基本的に、教頭先生のみにメリットがあるものですが、校長先生方によると、本当に教員にメリットがあるアプリでないと浸透しないだろうとのことでした。

--実際にスタートしてみて、変化はありましたか。

サイボウズ ・深澤さん:先生の業務の変化をイラストに示したのが以下です。

先生の業務の変化

 改善前は、先生は修繕箇所を見つけると、写真撮影し、それをパソコンに取り込んでエクセルに依頼書を作り、教育委員会の担当者にメールで送らなければいけなかった。それを修繕依頼のアプリを使えば、必要事項を入力し、写真を撮って登録するだけになりました。

教育委員会・野村さん:1か月ですでに各学校から計27件の修繕依頼をいただいています。1回使って慣れてくれば、どんどんできる、という印象ですね。

 そして我々の業務の負担も減りました。今までは必要項目が記入されていないと、学校へ問合せをする必要がありましたが、今は必須項目を入力しないと登録できないシステムになっているので記入漏れがなくなったのです。問合せの回数は格段に減りました。また、修繕がどこまで進んでいるか、以前はメールを受けた担当者でないとわかりませんでしたが、進捗状況を記載する欄があるので、誰でも進捗状況を画面で確認できるのが良いですね。

教育委員会・杉山さん:アイティエスさんのフォローもありましたからね。先生からのアプリの使い方の質問や使いにくい箇所の改善提案等、普段やりとりしている人なら心理的にも言いやすいです。

教育委員会・稲木さん:今まで学校側とメールでやりとりしていたのですが、いろいろなメールの中に埋れてしまって見落としやすいのが難点でした。今はこの修繕依頼アプリを立ち上げると、一度に依頼内容が出てくるので、管理する立場としては非常にわかりやすいです。また、カスタマイズも簡単にできるので、より良いものが自分たちで作れるのも魅力ですね。

教育委員会・渡辺さん:今回の修繕業務のアプリは、やると決まってから運用するまでのスピード感に自分たちでもびっくりしています。アプリを使えばスピード感をもって改善できることが実感できました。他の業務でもどのように展開できるかを勉強していきたいな、と思うきっかけになったと思います。

教育委員会・杉山さん:実証事業としては2022年3月までだったのですが、それですと効果の検証が難しいので、もっと長くやりたいと申し出たところ、サイボウズさんも快く承諾してくれました。来年度もこのまま使わせていただき、2023年度の予算編成までに結果を出したいですね。

サイボウズ ・深澤さん:修繕依頼だけでなく、他の業務だけでもチャレンジしていただいて、費用対効果を出していければと思います。2023年3月までこのまま伴走していきたいです。

--今後の課題は何だとお考えですか。

サイボウズ ・なかむらさん:校務のデジタル化については、やはり個人情報の扱いの問題ですかね。先ほども話が出たように、自治体によって個人情報保護条例が異なります。そこが大きな問題です。そこは経産省や新しくできたデジタル庁も認識していて、今後は1つに統一しようとする動きはあるようです。そこがクリアになれば、クラウドで扱える業務が格段に増えてくると思います。

教育委員会・杉山さん:学校側が本気で校務をクラウド化したい、という声が上がれば、自治体の個人情報保護審議会で諮問して承認を取る、という流れを作ることは可能だと思います。ただ、1校だけでなく、まとまった声として上がってくることが必要でしょう。教育委員会としても教育長の判断もありますし、「みんなでやっていこう」という雰囲気づくりが大切です。校務のクラウド化は今後必須だと思っていますが、今のところ文科省から標準仕様の通達が出ていなく、補助金も出ていないので移行できかねている自治体が多いのが現状ではないでしょうか。国からGIGAスクール運営支援センター整備には補助金がつくことが決定しましたが、やはり校務効率化のための支援金もいただきたいですね。

 また、1人1台端末のこれから5年後の構想も、私物の端末の持ち込み可否を含め、早く示してほしいな、と。現場からはICT支援員制度は今後もずっと続けてほしい、という声もありますが、いつまでも続くものではない、いつかは独り立ちしてほしい、ということは校長先生や教頭先生を通じて現場の先生方に伝えていただいています。

--国の制度も変わる必要がありそうですし、学校現場でのICT活用もより活発になると良いですね。

教育委員会・杉山さん:そうですね、どうしても従来のやり方を変えることに抵抗がある先生方もいらっしゃいます。まずは意識を変えてもらって行動に移してもらうのが理想だとは思っていたのですが、人のマインドを変えるのは難しい。最近は先に行動してもらうための仕組みを作るにはどうしたら良いか、ということを考えています。我々教育委員会としては先生方に負担を強いるのではなく、業務改善によって今までの無駄な時間と労力を減らしてもらうことが目的です。

--行動してもらうための仕組みづくりとは何だとお考えですか。

教育委員会・杉山さん:行動せざるを得ない状況に改善していくことですかね。そのためには、自治体の教育のトップである教育長から発信してもらう必要がある。まずは教育長にやりたいことをしっかり伝え、納得してもらう。もちろん、各学校の文化や風土、校長先生の意向もあるのでそこも蔑ろにはできません。そこは可能な限り前もってリサーチして、どんな学校なのか、どんな感じの校長先生なのかな、というのを頭に入れてから話をもっていくようにしています。ICT活用に意欲的な校長先生ならざっくばらんでも良いですが、慎重派の先生にはなるべく丁寧に説明する。そんなちょっとした工夫は必要だと思います。

--ICTに苦手意識をもっている先生は大変ですね。

教育委員会・杉山さん:GIGAスクール構想に加えて校務の改善と先生が大変なのは事実です。学校間、教員間でのレベルの差もありますし、課題は多いです。現在、三島市では学校のICT機器の管理業務は先ほどからお話ししているアイティエスさんにお願いし、ICT支援員はまた別の業者さんにお願いしています。一体化することもできるのですが、やはり機器の管理と先生のサポートは別の仕事と考えているからです。いずれにしても、どうすれば日々の業務が効率化できるか、先生や業者さんたちの声も丁寧に聞きながら、最終的には先生方がハッピーになるようにサポートしていければと思っています。

--ありがとうございました。

 先生の「働き方改革」はなかなか進まないと言われているが、何事も一気に変えるのは難しい。今回の事例は膨大にある先生の校務のうち、「修繕依頼業務」という1つに特化したものであるが、IT企業のサイボウズと三島市教育委員会の連携によって、業務改善の提案から実施までわずか1か月というスピード感で行われたことが注目だ。相談窓口として地元の業者を入れ、校長や教頭と密にコミュニケーションを取っていることも見逃せない。校務のICT化をよりいっそう進めるためには手軽に使えるサービスと、先生方がその利点を実感されることが重要だと感じた。

サイボウズによる校務改善

<事例>働き方改革に動き出した鹿児島市立谷山中学校
《江口祐子》

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