関西学院は兵庫県西宮市に本部を置き、幼稚園から大学院、インターナショナルスクールまでを擁する総合学園だ。7つの拠点で約2,000回線の固定電話を運用し、拠点ごとにPBX(構内交換機)を設置してきた。最大規模のPBX更新には約1億円を要するなど、電話インフラの維持管理は大きな負担となっていた。
こうした状況の中、関西学院は約2,000回線におよぶ電話インフラのクラウド化に取り組んだ。背景には、老朽化したPBXの更新だけでなく、災害時にも連絡手段を維持するためのBCP強化や、多様な働き方への対応、AI活用による業務効率化への期待がある。
本記事では、同法人の情報化推進機構 DX推進専任主管の藤澤快氏が登壇したウェビナーをもとに、関西学院が取り組んだ全学電話DXのねらいと導入プロセス、そこから見えてきた大学DXの可能性について紹介する。
7拠点・2,000回線の電話網、長年続いた課題
関西学院では長年、拠点ごとにPBXを設置し、学院全体で約2,000回線の固定電話を運用してきた。しかし、設備の維持・更新には大きなコストがかかるうえ、電話環境そのものにもさまざまな課題を抱えていた。そのひとつが、長年利用してきた「親子電話」だ。複数人が同じ内線番号を共有する仕組みのため、誤って受話器を同時に取ると混線してしまうケースも発生していたという。
藤澤氏は、「隣の人が話していても気づかずに受話器を取ると、その会話が自分の電話機から聞こえてしまう。電話先の相手にご迷惑をおかけするような事態も発生していた」と振り返った。
電話システム刷新の議論そのものは10年以上前から検討が進められたものの、各拠点でPBXの更新時期が異なっていたため実現には至らなかった。当時の調査では、メインキャンパスではPBXを更新したばかりで、「あと10年くらいは変えられない」と判断せざるを得なかったという。
設備面だけでなく、機能面での課題も大きかった。多くの部署ではナンバーディスプレイや録音機能を利用できず、「電話がかけられるだけ」の状態だったという。総務部や広報室、学生課など一部の部署を除き、利便性の高い電話環境とは言い難い状況が続いていた。
阪神・淡路大震災の教訓がBCMを後押し
電話DXを大きく後押ししたのが、BCM(事業継続マネジメント)への危機意識だ。関西学院では阪神・淡路大震災の経験から、「入試時期の連絡先喪失」「大規模災害時の拠点間連絡の困難さ」「特定の場所に依存した電話運用」といった課題が浮き彫りになっていた。
当時の報告書によると、西宮市では震災後約1週間にわたり電話回線が混雑し、通信機能が大きく制限された。そこで関西学院は大阪市内に臨時の「関西学院大阪連絡所」を設置。開設後わずか1週間で1,000件以上の問合せが寄せられ、非常時における連絡手段の重要性が改めて認識されたという。

藤澤氏は、「震災当時は1月でまさに大学入試直前、入試自体は実施できたが、かなり綱渡りだった」と語る。阪神・淡路大震災から30年を迎えた2025年。「同じことが再び起きたらどうするのか」という議論もありクラウド化を後押しする要因となった。
災害時でも止まらない電話環境へ
クラウド電話の大きな特徴は、災害やシステム障害が発生しても電話での業務が継続しやすい点にある。電話システムは複数の拠点で運用されているため、ある拠点が災害のダメージを受けても、他拠点にてサービスを継続でき、インターネット環境があれば職員は学外からでも学院の電話番号で発着信できる。さらに、万一クラウド側で障害が発生した場合にも、あらかじめ設定した番号へ一括転送することで受電を継続できる。
関西学院がクラウド電話に求めたのも、災害発生時であっても電話対応を止めない仕組みだった。こうした電話DXを後押ししたのが、番号ポータビリティ制度の拡充だ。2025年には光電話発番の電話番号も番号ポータビリティの対象となり、既存の電話番号を維持したままクラウドへ移行できる環境が整った。藤澤氏は、「変えなくてはいけない番号が実質ゼロになった。外部の方に新旧システムの違いを意識させることなく移行できる。これはかなり大きなポイントだった」と話す。

Zoom Phone採用の決め手とAI活用への期待
関西学院では特定の製品ありきではなく、まず要件を整理したうえでRFP(提案依頼書)を作成。複数製品を比較検討した結果、Zoom Phoneを採用した。採用の決め手となったのは、既存番号を維持できる柔軟性に加え、KDDIの音声網を利用した「Cloud Calling for Zoom Phone」の存在だ。クラウド基盤に障害が発生した場合でも、通信を継続できる仕組みが、関西学院の事業継続要件に合致したという。
また、藤澤氏はZoom AIによる業務支援機能にも期待を寄せる。通話内容の要約や議事録作成、翻訳、タスク抽出などを通じて、業務効率化につながると考えている。藤澤氏は「電話を切った頃には文章ができている。議事録や引き継ぎ資料を作る手間が大きく減った」とその効果を説明する。
一方で、AI活用そのものを目的にはしていない。「AIを使いましょうと声高に呼びかけるのではなく、話した内容が文字になり、タスクが整理され、結果としてAIが自然に利用されている状態を目指したい」と藤澤氏は語った。
学内合意形成から始まった移行プロジェクト
関西学院では、システム選定よりも前に学内の合意形成に取り組んだ。2024年初頭には学内版パブリックコメントを実施し、「変えなくて良い」「不安がある」「期待している」といった幅広い意見が寄せられた。集まった声を要件に反映したうえでRFP(提案依頼書)を作成し、事業者選定へと進んだ。藤澤氏は、「学内版パブリックコメントを実施したことで、利用者の声を要件に反映できた」と振り返る。
2025年はPoC(概念実証)やパイロット導入を段階的に実施。まず約200人規模で先行利用を開始し、運用上の課題や利用者の声を確認しながら対象を拡大していった。2025年末の回線切替に向け、段階的な移行を進めた。

移行作業はおおむね順調に進んだものの、運用を進める中でいくつかの課題も見えてきた。そのひとつがネットワーク機器障害への対応だ。クラウド電話はネットワーク環境に依存するため、AP(アクセスポイント)やネットワーク機器が故障した際に、いかに通信手段を確保するかが重要になる。
また、一部では通話が途切れる事象も発生した。しかし原因を調査したところ、部署ごとに独自で導入していた機器による電波干渉が原因だったことが判明。不要な機器の停止や無線チャンネルの調整を行った結果、問題は解消できたという。藤澤氏は、「クリティカルな問題は発生しておらず、想定していた以上にスムーズに移行できている」と現状を評価した。
BCM強化とAI活用、その先の大学DXへ
藤澤氏は今後の展望として、災害対応の再点検や事業継続体制の強化をはじめ、電話の役割の再定義、AI活用の定着などをあげる。その先には、業務効率化によって生まれた時間やリソースを教育・研究活動へ還元していきたい考えだ。「AIも活用して効率化することで、さらに質の高い教育・研究の実現を支援していきたい」と、藤澤氏は語る。
関西学院の取組みは、単なる電話設備の更新にとどまらない。阪神・淡路大震災の経験を踏まえた事業継続についての意識、番号ポータビリティ制度、そしてクラウド技術の成熟といった複数の条件がうまく重なったことで実現した大規模な電話DXだ。
7拠点・約2,000回線という大規模な電話環境の刷新は、同様の課題を抱える中大規模大学にとっても参考となる取組みだろう。電話という身近なインフラを見直す取組みは、大学DXの新たな出発点となるかもしれない。
セミナーで紹介しきれなかった質問に回答
セミナーの最後に行われた質疑応答では、多くの質問が寄せられた。すべての質問を紹介できなかったため、ここでは藤澤氏から後日寄せられた回答を紹介する。
Q. 外線電話が事務室にかかってきた場合、事務室に設置された固定電話が鳴り、その部署の職員が自席のPCで応答するような運用になるのでしょうか。
A. 外線や内線は「コールキュー」と呼ばれるグループ番号として設定できます。コールキューでは、その番号への着信時に、どのメンバー(人または電話機)を呼び出すかを設定できます。また、個人については、応答できない場合に自身で着信をオフにすることも可能です。
Q. 個人に内線番号が紐付くとのことですが、専任・非常勤・アルバイトなど身分を問わず全員に付与しているのでしょうか。
A. 教員については専任教員に内線番号(必要に応じて個人の外線番号も)を付与しています。事務職員については、業務用PCを配付している人を対象に付与しています。専任・契約・派遣・アルバイト職員にも内線番号を付与しています。
Q. 人事異動があった場合、個人の内線番号は変わらず、そのまま利用するのでしょうか。
A. 同じ番号を継続して利用します。クラウド電話では電話番号を場所や電話機ではなく、人に紐付ける考え方を採っているため、人事異動後も番号を変更する必要はありません。
Q. 学内電話帳には、事務室の代表番号と個人の内線番号の両方が掲載されているのでしょうか。
A. 事務室などの代表番号はグループ番号(コールキュー)として設定しています。電話帳には代表番号と個人番号の双方を掲載しており、利用者は代表番号にかけることも、個人を指定してかけることもできます。また、発信時には個人番号だけでなくグループ番号を表示することも可能です。














