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【NEE2023】ICT利活用の支援体制づくりに奮闘…世田谷区・神奈川県の事例を共有

 「New Education Expo 2023 東京」2日目に開催されたセミナー「GIGAの活用をどう支援するか?~運営支援センターやICT支援員の配置等を通じ~」のようすをレポートする。

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 2023年6月1日~3日に開催された「New Education Expo 2023 東京」(以下、NEE 2023東京)。この記事では、イベント2日目に開催されたセミナー「GIGAの活用をどう支援するか?~運営支援センターやICT支援員の配置等を通じ~」のようすをレポートする。登壇者は、神奈川県教育委員会 教育局支援部 子ども教育支援課 副主幹の上野学氏と、世田谷区教育委員会 事務局 教育研究・ICT推進課 教育ICT推進担当 係長の日高雄三氏。コーディネーターは宮城教育大学 特任教授の菅原弘一氏が務めた。

宮城教育大学 特任教授 菅原弘一氏
世田谷区教育委員会 日高雄三氏(左)と神奈川県教育委員会 上野学氏(右)

多忙を極めるICT担当者

 はじめに、菅原氏より現在の小中学校におけるICT利活用推進体制についての見解が述べられた。GIGAスクール構想での1人1台端末の全国的な整備が始まって3年目に入り、教育現場ではICT端末をいかに活用するかというフェーズに入った。しかし、日常的な活用やそれを支えるICT支援員の配置状況については学校間・地域間で大きな差があることも事実だ。

 菅原氏が仙台市内の小中学校ICT担当者を対象に実施したセミナーで実施したアンケートでは、学校のICT担当者のほとんどが教員で、そのうち約8割が学級担任だったという。ICT担当者のおもな業務について尋ねると、ICT利活用の推進ではなく、機器やアカウント、パスワードなどの管理だった。また、1人1台端末の日常化に伴い、端末だけでなく附属品も含めた点検や所在の把握、報告などの作業、児童生徒や保護者への説明文書の作成・配布など、ICT担当者にのしかかる負担は大きく、活用に向き合うことが難しいという現実がある。

 菅原氏は、多くの学校で端末のリプレース時期が近付いていることを踏まえ、「多くの自治体が、今回の端末整備を振り返っているところだろう。次の端末整備はどのように行うのか、そして現場の端末活用をどのように支援していくのかは密接に関わっている」と述べた。

神奈川県教育委員会の事例

市区町村を巻き込んで得られたと金銭的メリット

 1つ目の事例紹介として、神奈川県教育委員会の上野学氏が登壇した。

 神奈川県教育委員会では2021年度、文部科学省「GIGAスクール運営支援センター整備事業」にあわせ、センター設置に向けた動きを進めた。この事業は、学校での端末活用の日常化を目指し、ヘルプデスク業務やトラブル時の出張対応などを担うGIGAスクール運営支援センターの設置について、民間事業者への委託費用を補助するもの。当時は市区町村が単独で実施する場合の補助率は3分の1、都道府県が広域の市町村と連携して実施することで補助率が2分の1になるという内容だったことから、神奈川県教育委員会では連携を進めるべく県内各市町村への説明、訪問を行った。

 2022年9月に神奈川県GIGAスクール運営支援センターの開設を迎えたが、県との連携実施に至ったのは1市1町。そのうちヘルプデスク業務では海老名市が参加し、市内の19校に加えて県立の169校もあわせての契約となったため、割安で実施できたという。

 神奈川県は翌2023年度の同事業についても同様に県との連携に参加する市町村を集めたが、「業務委託を一括契約等して共同実施する必要はない」との見解が国から示されたことから、参加を取りやめる市町村も現れた。その結果、前年度からは増えたものの、2023年度は4市1町との連携実施となった。このうちモバイルルータ通信契約については、複数の市町が参加したことでスケールメリットが働き、割安で契約することができたという。

ヘルプデスクのフローを効率化

 海老名市が参加した神奈川県GIGAスクール運営支援センターのヘルプデスク業務のフローは当初、学校現場でトラブルが起きた場合にセンターへの報告が行われ、センターが海老名市教委を案内。現場から教委へ報告しなおし、教委が修理判断を行う、というもので、トラブル発生から修理までに時間がかかるという課題を抱えていた。県教委は、海老名市教委、受託事業者である内田洋行との話し合いを経てフローを改善。修理に利用できる予算を市教委があらかじめ運営支援センターへ提示しておき、修理判断・依頼を市教委ではなくセンターで行う体制に見直した。市教委は、報告を受けた後に予算残額を報告するだけでよく、素早く組織的にトラブル対応が行えるようになった。

 神奈川県は今後、県運営支援センターへの参加自治体の増加を促し、スケールメリットによる財政的負担の軽減や、ICT運営支援業務の標準化・マニュアル化、そして国の制度や好事例を即時的に共有することによる市町村の施策展開の支援などに取り組むという。また上野氏は市町村との連携に取り組んだ経験から、多忙を極める市町村教委との連携を実現するためには各担当者との強固な信頼関係が不可欠であると強調した。

 そのほかに上野氏は、GIGAスクール運営支援センターについて国に期待することとして、市町村の財政的メリットや制度的安定性の確保、そして細分化されていない包括的な補助メニューの実現などをあげた。

世田谷区教育委員会の事例

新旧ネットワークを併用、今後は一元化へ

 次に登壇したのは、東京都世田谷区でICT推進を担当する日高雄三氏。世田谷区では、社会が予測困難で急速に変化し続ける中、20年後、30年後の社会で活躍する人材を育てることを念頭に置いて教育DXを推進している。日高氏からは、学校におけるICT環境を整えるために、どのように区内の学校のネットワークを整備しているかが紹介された。

 2023年3月時点で区内の小中学校に整備された端末(iPad)は児童生徒用と教員用をあわせて55,388台、無線アクセスポイントは固定型と可搬型をあわせて2,311台。現在は技術、家庭、音楽、さらに協働学習などに使用されるランチルームなど、あらゆる場所でアクセスポイントを使用したいという声があがっており、ICT利活用が進んでいることを感じているという。

 2020年度後半からは、従来使用していた教員用端末などで使用するネットワークと併用する形で、1人1台端末用のネットワークを運用開始した。従来のネットワークは区の教育センターを経由してインターネットにアクセスする集約型だったが、新規に整備したネットワークには学校から直接インターネットに接続するローカルブレイクアウト方式を採用した。なお、現在設置しているアクセスポイントからどちらのネットワークにも接続できるようになっている。日高氏は、「今後、このネットワークを統合して一元化していくことが大きなテーマのひとつになる」と述べた。

 世田谷区教育委員会のICT推進担当の体制については、学習系と校務系をあわせて4名のみが担当している状態で、世田谷区全体の学校のインフラを安定的に運用するには「かなり厳しい体制」だったという。そこで、2021年度の途中からは業務支援委託事業者が2名常駐し、大きな戦力になっている。

世田谷版教育DXにおけるICT活用支援

 世田谷区が掲げる「世田谷版教育DX」は、児童生徒、教員、保護者や地域、そして教育委員会が一体となって教育DXを推進するというものだ。世田谷区ではこれまで、1人1台端末を通じて蓄積される学習データと、従来の校務支援システムが連携しておらず、また保健・学籍・校務・成績といったデータが分散している状況だった。そこで、2023年4月より統合型支援システムを導入。学校生活に関するデータと学習データを連携させ、個別最適化された学びを効率的に運用することを目指している。

 そこで必要になってくるのが、学びにおけるICT利活用や教員の働き方改革を推進するために学校への迅速なサポートを行う体制づくりだ。世田谷区では「教育ICT統合運用支援委託」の導入やヘルプデスクの連携強化などを通じて、児童生徒や保護者からの問い合わせに対し切れ目のない対応を行うことを目指している。

 たとえば、これまではネットワークごとに3つに分かれていたヘルプデスクを段階的に統合。2023年度からはヘルプデスクとICT支援員事業者が完全に統合されることで、対応の円滑化とコストの最適化を図った。また「世田谷区教育委員会のICT活用方針」というWebサイトを通じて、タブレットに関するFAQやルールに関するリーフレット、学校における活用に関するガイドブックを配布するなど、区の教育ICT推進の方向性や取組み内容を一元的に整理・提供している。

 世田谷区では、各学校におけるICT利活用を促進するため、ICT支援員による支援体制を強化。ICT機器やツールの操作・利活用研修を実施し、学校全体のICT活用力の向上を支援し、端末やアカウントの管理面でもサポートを行っている。日高氏は、「多様化・複雑化するICT運用業務から教員を解放し、新たな学びの充実に充てる時間を確保しなければいけない。そのためにも国や都道府県からの金銭的な補助が重要だ」と語った。

 最後に日高氏は、世田谷区にとって、そして「おそらく全自治体共通の課題」として、1人1台端末やネットワークのリプレース対応、そして端末・ネットワークの運用・保守・サポート体制の強化をあげた。特に体制の強化については、GIGAインフラが複雑化する中で、「日々、機器やネットワークが快適に使えることが大前提」と強調。個人的見解として、各自治体の教育ICT推進に関する人的体制のさらなる強化が不可欠だと述べ、講演を終えた。

組織間の連携が課題

 講演の後にはディスカッションも行われた。菅原氏から県内の市町村との連携の難しさを問われた上野氏は、市町村の担当者に相談する際には3つのハードルに直面すると回答。1つ目は、担当者自身に「やろう」と思ってもらわなければいけないことだ。特に小さな自治体では担当者が1人で、ほかの業務を含めて多忙を極める中、従来のやり方から変えるという決断をしなければならず、検討の段階にすら進まないことも多い。担当者と話し合いを重ね、信頼感を得られて初めて検討が始まるのだという。

 ハードルの2つ目は、保守業者と市町村の間でこれまでに築かれた関係性。すでに1つの事業者にさまざまな業務を任せている市町村も多いうえ、使用している端末やOSによっても保守の体制は異なることが障壁となりやすいようだ。

 3つ目は金銭面の問題だ。上野氏はこの点に関して、担当者との話し合いに加え、ICT推進協議会とも連携して国からの補助を受けられることを理解してもらうことで連携に繋げたいと述べた。

 次に、菅原氏は日高氏に対し、教育委員会内でのICT環境整備に関する組織体制について意見を求めた。日高氏は、多くの自治体では学校ではない部分でのICT環境整備を首長部局内で行ってきた一方、学校での整備になると教育委員会の指導主事などがその担当となるというケースが多く、業務負担になりやすいため自治体単位での改善が必要なのではと指摘した。

 東京23区内でも世田谷区のようにICT専門の課を設置している区はほとんどないという。世田谷区においても、それまで教育総務課が担当していたICT環境整備を専門の課が担当することになったおかげでスピード感は上がったものの、それも限界が来るのではないかと危惧。そのうえで首長部局と教育委員会が連携する体制を整えることが重要だと語った。



 学校におけるICT利活用というと、現場の教員がいかに使いこなすかという点に注目しがちだが、現場の負担を軽減し、困りごとをスムーズに支援するためには支援体制も同様に必要だ。その実現のためには人員面、金銭面において課題が多い。文科省、各地方自治体がこれまで以上に密に連携し、GIGAスクール構想が次のステージに進むことを期待したい。

《編集部》

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