学校の責任はどこまでなのか?
地域住民から学校に対し、クレームが入ることがあります。多くのものが、子どもに関するものです。たとえば、登下校でのトラブル、放課後の遊び方などに関するものです。時折、保護者に関するものの場合もあります。
こういったクレームは「学校の責任はどこまでなのか?」ということを考える良いきっかけとなります。今の日本の学校は「子どものため…」という理由で、子どもに関する事柄の多くを学校が引き受けている状況です。現在はコロナ対応での消毒やトイレ清掃などが新たに学校の仕事に加わっています。それはまるで風船に空気を入れ続けているような状態です。割れてしまいそうな位、空気が入ってしまっているのが現在の学校でしょう。何かの刺激でそのパンパンの風船が割れてしまうような出来事(大きなトラブル、不祥事など)が時折起こってしまっています。
日本においては、学校のある地域での子どもに関するトラブルは、その多くのものが学校に責任があるように思われています。学校が取り組むべき内容については、法律などで定められています。以前、話題にした「子どもの登下校」に関しては、学校は子どもが安全に登下校ができるような指導をすることが定められていますが、通学路などで安全管理をすることなどは求められていません。現在、学校が抱えている取組みのうちの一部は本来学校で取り組む必要の無いものも含まれているでしょう。
授業参観の帰り道に保護者が道で広がっているというクレームに対する具体的な対応について考えていきます。まず、可能な限りクレームを伝えてきた人に丁寧に関わるようにします。言いたいことがある人にはまず「思っていることを言ってもらう」ということが大切です。
ただその後で、学校教育活動の範囲というものの説明をしていくことが望まれます。授業参観の帰り道の保護者の歩き方は明らかに学校の責任ではありません。学校は苦情を言いやすい組織の1つです。それなので、何でも学校に伝えてくる人が時折います。
道に広がった保護者に対しては、そのことに気付いた時に、気付いた人が直接伝えるのが最も良いことでしょう。もし直接伝えることができないのであれば、学校に連絡するのではなく、警察などに連絡するなどの対応になるのでしょう。学校がクレームを伝えてきた人にそういったことを伝えていくことが重要です。
学校が対応できること・できないことを伝えていく
さらに、これまであまり考えることなく学校が担ってきた役割について、捉え方を変えていくことができるように学校が発信していくことも必要でしょう。
たとえば、地域の自治会、敬老会、商店会などの会議などに校長が出向き、現在の学校がどこまででき、どこからはできないのかということを伝えていくことなどです。地域と学校は密な存在であり、地域の協力無しに学校運営が成り立たないことは事実ですが、それと学校(教職員)が子どもに関わることに何にでも対応するということは違うのだと思います。
現在は、コロナによって学校を含めた社会のさまざまな仕組みが変わりつつあります。クレームをきっかけとして、学校が持続可能なものとなるように考えていくのが望ましいでしょう。