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「共創とオープンクエスチョンが鍵」STEAM教育の第一人者、中島さち子氏に聞くNYの教育<前編>

 アートとテクノロジーの狭間にあるメディアアートの研究のために、2年前からニューヨーク大学芸術学部 修士課程に留学していた中島さち子氏に、新型コロナウイルス感染拡大からロックダウンになったニューヨークの教育環境や日本との違いなどを聞いた。

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「共創とオープンクエスチョンが鍵」STEAM教育の第一人者、中島さち子氏に聞くNYの教育<前編>
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  • ニューヨークにてメディアアート研究の仲間たちと
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  • カメラにお絵かきをかざしてAR(拡張現実)音楽を楽しむようす
 国際数学オリンピック金メダリストやジャズピアニストと多才な経歴をもち、2025年の日本国際博覧会(大阪・関西万博)テーマ事業プロデューサーにも選ばれた、中島さち子氏はSTEAM教育の第一人者だ。

 アートとテクノロジーの狭間にあるメディアアートの研究のために、2年前からニューヨーク大学芸術学部 修士課程ITP(Interactive Telecommunications Program)に留学。帰国後、STEAM教育の活動からさらにさまざまなフィールドで活動を広げる中島氏に、新型コロナウイルス感染拡大からロックダウンになったニューヨークのICT教育環境や日本との違いなどを聞いた。

2020年3月、NYの公立校がオンライン化できた理由



--この6月にニューヨークから帰国されたばかりとのことですが、世界中がWithコロナの時代に入った3月はどのように過ごされていましたか。

 ニューヨークは3月1日に初の感染者が確認されました。2月はさすがにパーティーや人口密度が高いところに行くのはやめておこうと思いつつもあまり変わりなく過ごしていて、アジアは大変だねといった感じでしたね。ただ、ニューヨークは中国出身の方が多く、コロナの怖さについてはよく耳にしました。

 当初は、コントロール下にある、予期していたことだと言われていましたが、その後、すごい勢いで感染者が増えていきました。毎日感染者数が倍々になっていき、3月9日には大学がすべてオンラインに切り替えるというアナウンスを出しました。

 もしかしたらもっと拡大するのでは、と思ってはいましたが、まだそこまで現実感はありませんでした。感染者は100人が200人になり、400人になり800人になり、いつ止まるかと思ったら2,000人、4,000人、8,000人、2万人、4万、10万人まで、あっという間に増えていきました。ニューヨークでは、日本のように自粛か経済活動優先かと悩んだり議論したりする余地はなかったと思います。

 ニューヨーク市立の小中高校では、貧しい子どもたちの多くが、朝食・昼食を学校の給食に頼っています。その意味でも全面的なロックダウンになれば大変なことになると、慎重に考えていたようですが、感染者が1,000人、2,000人と増えてきたので、これはもうダメだとなって3月15日、市の小中学校はすべてオンラインに移行するとアナウンスされました。

 ただ、日本と違うのは、もともと区や多くの中学校や小学校でデバイスなどを十分保有していて、中学校の子どもたちはGoogle ClassroomなどのIDをすでにもっていたことです。小学校の子どもたちも年齢に応じてタブレット・パソコン活用経験あり、慣れている印象でした。そのため、市が統括する形で、まずアナウンスの翌日、3月16日の月曜日には学校全体の消毒、次にアンケートを実施して必要なデバイス台数などを把握し、学区からデバイスを各学校に渡して、ソーシャルディスタンスを取りながら、子どもたちが学校に取りに来る日が設定されました。原則は1週間ですべての学校がオンラインに移行しました。

--ニューヨークは非常時の準備が整っていたのですね。日本では、ほとんどの公立小中学校でオンラインでの対応が困難でした。

 ニューヨークは自由な街で、各学校の個性も違いますが、こうした非常時には市がすべてを一括で進めるので、日本よりも学校側の負担が遥かに少ないと思います。どの生徒にもデバイスが行き渡って、オンラインを開始できる状態にするという、最低限のところは押さえられていました。

 貧しい家庭の子どもたちに向けた朝食・昼食の配布は、休校措置の後も、ソーシャルディスタンスをとった上で続けられていました。そのあたりの動きはやはり迅速で明確でした。

--ロックダウン中の生活はいかがでしたか。

 ロックダウン中は、デリバリーで野菜などの食品を買い、ほぼ一歩も外に出ない感じでした。そのデリバリーも、手元に届いたら箱は外に出し、軽く消毒し、火を通して頂くということを皆行っていたようです。私の研究課題は、Zoomを活用してニューヨークの仲間とのコラボレーションがスムーズにできていました。今、帰国しても同じようにZoomでのやり取りでができていて、ニューヨークにいても日本いてもあまり変わらない環境が作れています。

 日本でも、会って交渉するのがなんぼ、会社に来るのがなんぼ、という考えが当たり前だった中、働き方が大きく変わったのではないでしょうか。私の周りでは、女性はオンラインで仕事がしやすくなったという人が多いです。業界にもよると思いますが、コロナ禍で無駄な移動をしないことで、時間を有効に使えるようになった部分もあるのではと思います。

遊び心満載、ニューヨーク流オンライン学習



--お子さんの生活や学びはいかがでしたか。

 中学生の娘は、海外に来て1年半位でようやく英語での環境も慣れ、米国での友達との生活を楽しんでいたというときに、外に出られなくて誰にも会えない状況になってしまいました。SNSなどもやってはいましたが、どうしても連絡が途絶えがちになっていました。

ニューヨークにてメディアアート研究の仲間たちと
ニューヨークにてメディアアート研究の仲間たちと

 帰国前の3か月は学校に行って、友だちときちんとさよならができたら良かったと感じましたね。大人たちはZoomなどでどんどんやり取りができるけれど、子どもたちはそこまで割り切れないというか、変化を受け入れながら多感な時期を過ごすのは大変そうです。

 オンライン授業は、クラスにもよりますが、Zoomで特に顔を出さなくても良いというクラスもあり、みんな比較的のんびり気楽に受けていたのではないかと思います。メールに返信をすることで出席としていたり、管理はゆるかったと思います。ただでさえ、ストレスの多い中、心身の安全が一番!という空気がありました。

 一方で、先生たちがメッセージをつなぎ合わせて動画を作って子どもたちを励ましたり、ゲームや音楽に合わせて踊ったりするなどで、先生と生徒がつながる企画が早い段階であり、癒されました。授業もなるべくインタラクティブになるよう工夫していたり、ちょっとしたゲームやクイズをやったり。課題を出したら抽選で1人がUber Eatsで使えるチケットをもらえるなど、楽な感じというかラフなんです。日本だとそんなことをやると保護者に怒られそうですけれど、ニューヨークの先生たちは遊び心が満載でした。

 こういう非常時では、まずは子どもたちの心の安定が大切だと思います。大人も子どもも、お互いなるべく笑顔を届けられるようにしたいですね。最初は弱って当然です。亡くなる人も多いこんな状況では、落ち込んで当たり前なんですよね。日本の場合はこういうときだからこそ、と鼓舞することが多いのではと思います。それはそれで素敵なことなのですが、鼓舞することが先に来るのではなくて、まず落ち込んでしまうのが当たり前だと思うんです。

 ニューヨークでは本当に苦しい場合はここに連絡してね、そのうえで楽しもう、という感じで、2段階の考え方になっていました。やはり、こうしたちょっとした会話でも、リーダーの方々の発信や学生からの交渉を見ていても、人々のコミュニケーションの仕方は全般的にうまいと感じました。まずは弱った心に寄り添いながらもふっと心が軽くなるような遊び心があったり、その上で特にリーダーは数値なども用いて明確に率直にロジカルに発信する。多様性の街で、いろいろな人がいろいろな感覚でいるということが大前提なので、さすがニューヨークだなと思うことが多々ありました。

オンラインプラットフォームに共有知



--日本の教育も急ピッチで1人1台のICT環境整備が進められていますが、休校中は保護者や児童生徒が課題のプリントを学校に取りに行く場合もありましたし、登校が再開した現在も今までのやり方を変えられずにいる先生が多いようです。

 アメリカでは日本と違って、授業が終わって子どもたちが帰るときに先生たちも一緒に帰ります。日本だと残業、残業で、毎日夜10時、11時までやって持ち帰りという先生が多い。それとはまるで違います。先生の多くがICTを使いたいので導入も早いんですよね。楽をしたいから(笑)。

 日本は授業の質で言えば、子どもたちに手をかけてあげる文化という背景もあってとても良いのですが、その分、先生や学校の負担が大きい。また、良い先生や学校に当たるかどうかの違いによる格差みたいなことが、非常に起こりやすくなっているように思います。

--先生たちの余裕に大きな差がありますね。時間の使い方が違うのかもしれません。

 日本の場合、教科書は素晴らしいですが、アメリカではそれほど教科書をきちんとは使いません。その分、オンラインプラットフォームで、社会の共有知になっている教材や資料などが数多くあって、少なくとも子どもたちは無料で使えます。それらを使って、宿題などさまざまなことを調べたり、学習します。授業にもどんどん使われているので、先生も子どもたちも管理が楽で、紙に追われることがありませんし、記録を紛失する心配もありません。

 オンラインでの共有知を学校側が無料で提供することは、日本では圧倒的に少ないです。それこそお金のある家庭が有料で買うことになってしまう。ニューヨークの場合は、公立でも最低限のところは整備されています。オバマ前大統領が在任中にSTEM教育を進めたので、この10~20年で各学校にデバイスや共有知が整備されていきました。

 パソコンなどを持っていない保護者や英語を話せない保護者も多くいる中で、どんな家庭の子どもも学校に来たらデバイスや共有知に触れることができる。そして、それを先生たちも使っていく。科学をはじめ、リベラルアーツも自然と入ってくる環境で、STEAM教育の土台が非常にしっかりしている印象があります。

共創とオープンクエスチョンが鍵



--日本のICT教育の環境整備が進まない理由はどこにあるとお考えでしょうか。

 進まないとはいえ、昨年GIGAスクール構想に大きな予算をつけられたことは大きな意義があると思います。アメリカや中国の取組みは確かに早いです。やるぞと決めたら、立場の上の方たちが自分で実際に調査して、しっかりと適切なものを考えて動く。

 一方、日本は自由度が高い分、特に近年の変革の中では、学校現場や教員の方々へ任せてきた部分が多いのかもしれないですね。GIGAスクール構想が国からどーんと出た今、思想やハードだけでなく中身の具体(ソフト面)もどんどん国や地方自治体も率先して模索し、いろんな失敗・成功事例が社会共有知として整備されていくといいなと思います。先生や学校にもっと光はあてながら。

 また、キャッシュレス決済の普及度合いを見てもわかるのですが、海外だとテクノロジーに切り替えることに抵抗感がありません。でも日本の文化では、ちょっとしたニュアンスが失われるんじゃないかといった懸念もあって、学校の先生も手書きやアナログなものにこだわりがちですよね。もちろん、五感を磨くことは大切だと思いますし、良い部分はたくさんあるのですが。

 教育ICTのテクノロジーは子どもをしっかり見るためのものだと思うのです。日本では先生も道具のように思われがちですが、やはり先生も1人の人間です。学びの主人公は子どもたちなので、だからこそ先生をサポートして、もっと子どもたちと向き合うにはどうしたら良いかを考える余裕ができるといいのではないでしょうか。そしてみんなが快適で幸せな生活が送れると良いですね。

カメラにお絵かきをかざしてAR(拡張現実)音楽を楽しむようす
カメラにお絵かきをかざしてAR(拡張現実)音楽を楽しむようす

 日本は全般的に、近年、横断的共創が苦手と言われています。でも、今の多くのイノベーションは、横断的な専門知のかけざんによって行われています。これは、おそらく日本が近年イノベーションで遅れを取っている原因でもあって、さらに横断的共創を推進するプロデューサー的な人材が少ないことも、その要因のひとつと言われています。世界からは「創造的!」と憧れられている日本なのに、もったいないですよね。

 打開策としては、自分の思ったことをやってみるという感覚が大事になると思います。それは不満があったときに文句を言うだけではなく、自分たちもアイデアを出して動いたら変えられるかもしれないと発想を転換し、自分たちが行動できる具体的なアクションに落とし込んでいくのです。一方的な要求ではなく。

 今は、特に前代未聞のことが起こっているわけだから、答えを皆で一緒に探らないといけないですよね。唯一の正解があるわけじゃないけれど、何かしら自分たちの中で答えを決めていかないとならないことに直面したときに、それこそ忖度して言わないとか、影で文句を言って憂さ晴らしするのではなく、一緒に話し合う場がもっとあるべきだと思います。

 現在の日本で言葉の使い方や批判が人格否定につながりやすいのは、議論する機会が少ないからだろうと思います。オープンな場でみなが意見を正当に言い、みなで考える機会が、教育の現場でも社会の中にも少ない。それが日本の今の課題になっているように思います。それは社会を変えることにもつながっていて、ICT環境やEdTechの導入の問題にもつながっています。

 大人が共創できないと、子どもたちは大人が期待している意見を言うようになります。ニューヨークでは完全に対等な立場で聞かれますね、「黙っていてもわからないでしょう」と。それこそ幼稚園児でも意見は聞かれるし、自信をもって自分の意見を言います。

--対等に話す習慣などは、やはり家庭で意識していくべきところでしょうか。

 親も先生も完璧なわけでもないので、大人も子どももみなひとりの人間だということを思い出すことがとても大事だと思っています。子どもは、意外に大人でもグっとくる言葉を言いますよね。やはり対等に、本気で話したことしかお互い伝わらない。答えがわからない時代だからみなで考えようという、オープンクエスチョン(二者択一の答えではなく自由な回答を引き出す問い方)をもっと学校でも家庭でも使いたいですね。

 日本の学びの場は、高校以上では理系・文系と分かれていることが多く、特に理系分野ではオープンクエスチョンが少ないです。高校までは理系では答えが決まった知識ベースの教育が行われることが多いのですが、大学以降の研究では、むしろオープンクエスチョンや問いの立て方が大事になります。逆に、それがないと、ワクワクはなかなか生まれない。

 今、教科書に書いてある答えも全部が正しいかはわからない。大きな発見があって、まったく違うものにもなるかもしれない。鵜呑みにするのではなく、もっと社会に関係したところを想像しながら、みんなが考えてみる。「今日学んだことはどこで使われていると思いますか。どのように役に立つと思いますか」といった問いかけが大切なのだとニューヨークの教育から感じました。

 今は問いかけられることに慣れていなくても、常に問いかけられていれば、子どもたちは徐々に自ら考え始めるはずです。

 インタビュー後編「『STEAMを起点にワクワクを創り出す』中島さち子氏に聞く日本の教育と万博への思い」へ続く。
《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

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