使いやすさを追求してデータ活用を日常的なものへ
渋谷区の小中学校は、小学校が18校、中学校が8校、うち小中一貫校1校を含めて計26校。児童生徒はおよそ8,200名、教員は約700名。タブレットは予備機を含めて約9,000台を運用している。
2017年月9からタブレット端末を全校の児童生徒および教職員に1人1台ずつ配布し、ICT教育の環境を整備してきた。校務系システムと学習系システムをネットワーク分離し、セキュリティを確保したシステムへ。なおLTE回線を用いているため、児童生徒が家庭や校外の学習でタブレットを活用できる。
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
今回の実証事業の狙いは、教育活動に関わるデータを可視化し、教員がそのデータを活用、教育活動の質の改善を行うこと。そのために渋谷区ではセキュリティ、個人情報保護に配慮したデータの収集方法を確立し、校務系と学習系のデータを連携してきた。

データ可視化システムでは校務系システムと学習系システムを連携。校務系システムでは統合型校務支援システムのデータを管理。学習系システムでは、オンライン学習教材「スタディサプリ」、協働学習ツール「コラボノート」、デジタルコンテンツ「EduMall」、渋谷区アンケートシステム、端末利用ログ「LANScope-CAT」の5つのデータを管理している。

渋谷区では児童生徒・教員を合わせて約9,000台の端末から情報が集まる。データ量はWebフィルタリングのログだけでも1日約8GB。ほかにも上記の学習系教材や端末利用のログから多くのデータを集めてデータ可視化システムは運用される。大容量のデータを高速に処理することが可能なシステムを構築し、調整している。
渋谷区の実証事業の特徴は「データ活用の日常化」。その取組みは下記の3点。
1.データ可視化システムのユーザーインターフェースの改善
シングルサインオン対応からスムーズな活用が可能になった。
2.データ活用に関するワークショップ研修会の実施
データ活用が教員に新たな負担とならないための工夫。
3.アラート機能の設置
教員がデータの変化に気付くため。
これらの取組みによって快適な利用環境が確保できたという。
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事例1:生活面の状況把握と学年での情報共有による組織的指導に関する取組み
最初の事例は「生活面の状況把握と学年での情報共有による組織的指導に関する取組み」について。定期テストなどのテスト結果や出欠情報、保健室利用情報、生徒用タブレット利用記録を連携し、中学生の学年全体への生活指導に活用した。
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まず中間テストの得点分布がいびつで、結果も良くないという状況があった。ベテラン教員からは学年全体の生活習慣や雰囲気などに課題があるとの気付きがあったという。そこで、保健室の来室状況や遅刻・欠席、タブレットの深夜利用といったデータをチェックし、問題を教員間で共有して学年全体の指導や担任からの個別指導につなげた。
大塚氏からは、この事例での実際のシステムの利用手順が示された。まず数学のテストの度数分布グラフを確認して「学習の状況」を把握。中間テストの数学の度数分布グラフにより低い得点の生徒の多さがわかった。またグラフ全体がデコボコな形をしていることから、学習の取組みに課題があると推定。従来このような分析は紙面によって行っていたという。
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続いて「生活のようす」の把握。出欠状況やその理由を確認。欠席や遅刻の数も多いため、保健室の来室状況をチェック。クラスごとの保健室来室数を表示する。この学年の生徒がほかの学年の生徒よりかなり多く保健室に来ているということがわかった。従来は紙の書類で調べていたが、データ可視化システムでは簡単に確認ができるという。

家庭での「タブレット利用状況」からは夜の12時を越えてタブレットを使っている生徒がいることがわかった。深夜の利用回数が多い生徒の学習状況や保健室への来室数と関連付ける。回数の定義は、深夜利用は半年間に0時5分から午前3時までにアプリケーションを起動した回数、放課後利用は午後3時半から0時までの間に1つのアプリケーションを1時間以上使った回数。データ可視化システムがなければ、タブレット端末を使っている生徒の状況は把握できなかったという。
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今回の事例では、ベテラン教員による生活全般や集団の雰囲気に課題があるのではないかという気付きがデータ可視化システムによって裏付けられた。そのデータをもとに学年全体に対して生活面の改善や学習への雰囲気づくりを進めていくという教員間の共通理解を進める取組みがはじまった。進路指導の全体講話でも生活態度や学習習慣について生徒自身の奮起を促すような内容へ。指導結果から生活習慣や授業態度の改善が見られたという。
先生たちからは「学力の問題には生活習慣や学年集団の雰囲気などが大きく関わっていることを再認識した」「学年集団の影響も大きいが問題行動が起こらないと課題が捉えにくく、うまく指導の機会を得られなかった」「データ可視化システムによりベテランの先生の気付きがデータとして明確になり、スムーズな共通理解へと進んで指導につながった」「データ可視化システムはどんなタイミングでも担当外の教員でもアクセスができるためとても有用だと感じた」という声があった。
事例2:自尊感情測定尺度の調査結果をもとにした指導に関する取組み
次の事例は「自尊感情測定尺度の調査結果をもとにした指導に関する取組み」について。テスト結果と生活面に関するデータに加えて、東京都作成の「自尊感情測定尺度アンケート」の回答結果を連携・活用。教員がこの調査結果を注意深く見たところ、非常に自尊感情の低い生徒がいることに気が付いた。担任や学年の教員でデータを確認し、フォローの必要性があるとの共通認識をもった。

自尊感情測定の結果から個々の児童生徒の状況を把握。データ可視化システムではアンケートの取得から集計まで自動で行うことが可能だ。設問は全部で22問、「そう思う」「割とそう思う」「あまりそう思わない」「思わない」の4尺度で回答し、その結果がグラフで表される。「自己評価」「関係の中での自己」「自己主張」という3つの項目の点数を結んだグラフで三角形が小さいほど自尊感情が低い。当該生徒では、おとなしく、目立たず、周囲に合わせるという傾向が出ていた。

次に定期テストの結果から学習状況の確認。すべての教科で平均点を下回るため学力はやや低いと考えられ、特に数学は厳しい状況だった。3回の定期テストの推移、入学当初から夏休みまでほぼ変わらず低い得点が続いていた。
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出欠の状況確認。欠席・遅刻・早退はほとんどない。保健室への来室の情報も確認する。

生徒は、自尊感情の数値が低く、成績に課題がある状況だったが、欠席や遅刻もなく保健室に頻繁に行くわけでもなかった。一見、問題がないように見える生徒なので見逃してしまいがちだが、自尊感情測定尺度の開発に携わった教員が気付き、担任や学年教員と情報を共有、当該生徒の日常観察へ。苦手な数学は小学校の段階から復習、三者面談で家庭のようすを聞き取るとともに本人が目標を設定して達成することで自尊感情を高める取組みを進めたという。
先生方からは「いろいろなことを我慢しているかもしれないので、何かあれば挫けてしまう可能性もある」「中学校では組織的にフォローが必要な生徒についてデータ可視化システムのように生徒に関する情報を多方面から見られることは非常に効果的」「生徒へのアンケートや質問調査などでペーパーベースのものは結果が出た直後は見るが、後で分析することはほとんどないので、いつでも見られるのは有用」「システムで何か気が付いたことがあればすぐに報告して共有することができる」という声があった。
この事例では、何か1つの気付きがあれば、勉強はどうか、休みはどうか、深夜までタブレットを使っていないかとさまざまなデータを確認することで、見逃しやすい生徒の状況を把握して新しい気付きを得て、個に応じた指導が実現した。
気付きを得られるアラート機能は全職員の情報共有にも活用
アラート機能では、欠席、深夜、課題の取組みなどすべての状況が通知される。そこから先生方の会話は始まり、クラス一覧から分析・情報共有を踏まえて指導につなげている。
ベテランの先生の知見も大きいが、アラート通知で若手の先生も会話をしやすく、情報共有も進んでいるという。アラートは全職員に対して発信されているため、学年の先生が若手同士で組んでいても、ベテランの先生や養護の先生、管理職といった他教職員との情報連携がしやすいとのことだった。
協力企業とのコラボレーションが鍵
渋谷区は、区立小中学校の児童生徒にLTE対応のタブレット端末を1人1台貸与、通信費も区が負担するなど、GIGAスクール構想に迫る先進的な取組みで注目度も高い。だが、その端末の管理には多くの課題があったという。
「Windowsのライセンス、ASPサービスのさまざまなライセンスを各端末と結び付けていき、それをデータとして可視化していくことにかなりの大変さがありました」と大塚氏は説明。協力企業の提案やサポートは欠かせず、学校が使いやすい環境を手に入れれば、さらに子どもたちへの気付きが得られ、教育の質も高められる可能性があるとのことだった。
なお、新型コロナウイルスの拡大による休校では、ドリル学習や協働学習支援ツールでの学習、クラウド上で連絡事項や課題を掲載するなどオンラインでの教育活動を実践した。学びの継続が多くの自治体で問われる中、渋谷区には今後も子どもたちを主体とした教育へのさらなる進化が期待される。