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データの可視化から新たな気付きを得る、福島県新地町の取組み

 2020年3月10日に文部科学省・総務省が開催した「学校における先端技術・データ活用推進フォーラム(成果報告会)」のパネルディスカッションから「福島県新地町」の事例を紹介する。

事例 ICT活用
福島県新地町の事例報告
  • 福島県新地町の事例報告
  • 新地町の実証事業の背景と目的
  • 福島県新地町の事業概要図
  • 福島県新地町の教育データ可視化システムのシステム構成図
  • 日常の課題
  • アンケート結果と発言マップの連携
  • 欠席回数と発言マップの連携
  • ケース1:コメントの状況
 2020年3月10日に文部科学省・総務省がオンライン開催した「学校における先端技術・データ活用推進フォーラム(成果報告会)」のパネルディスカッションから「福島県新地町」の事例を紹介する。なお新地町からは新地町教育委員会指導主事 千葉正俊氏、新地町立新地小学校教諭 橘理沙氏の両名が発表者として登壇した。

復興から創生に向かう新地町を担う人材の育成



 福島県の浜通り最北部にある新地町。人口8,150人、公立学校は小学校3校、中学校1校の計4校、児童生徒総数は約650名となっている。同町では東日本大震災後の復興から創生に向かう新地町を担う人材の育成を大きな柱として、2011年度よりICT教育のさらなる充実に取り組んできた。今回の実証事業では、業務の効率化やエビデンスに基づいた適切な指導などの実現を目的に、統合型校務支援システムと授業学習系システムのデータ連携から「教育データ可視化システム」の構築を進めた

新地町の実証事業の背景と目的
新地町の実証事業の背景と目的

 教育データ可視化システムでは、統合型校務支援システム「スズキ教育ソフト」と授業・学習系システム「学びポケット」をデータ連携。児童生徒個人のデータと教科指導に関するデータの組合せから、個々の学習状況や教員の指導状況を授業・学習系システム上に表示する。教職員が瞬時に状況を把握することで、エビデンスに基づいた適切な指導・評価や主体的・対話的な深い学びを得る授業の実現に結び付けようとしている。

福島県新地町の事業概要図
福島県新地町の事業概要図

 校務用セグメントではID・パスワード、サーバ証明書、静脈による認証を行い、仮想デスクトップ経由で統合型校務支援システムにアクセスすることでセキュリティを高め、学習用セグメントでは、iPad、Chromebookなどの多種多様な情報端末の管理にMDN(モバイルデバイスマネジメント)を導入してセキュリティの向上と運用性を高めている。

福島県新地町の教育データ可視化システムのシステム構成図
福島県新地町の教育データ可視化システムのシステム構成図

事例1:アンケート結果と発言マップをもとにした不安を抱える児童の支援



 従来、不安を抱える児童への支援は、担任による観察が中心だったが、児童同士の関係把握や有効な対策を十分に行うことができないという課題があった。

日常の課題
日常の課題

 そこで、授業中に誰と誰がやりとりをしていたのかが一目でわかる発言マップを活用。そこに学校生活での児童の意欲や満足感および学級集団の状態を測定するアンケート「WEB QU」を連携して結果を色別に表示すると、学級の中での児童生徒個々の状態を把握しつつ人間関係がよくわかるデータに、また欠席回数と連携すると欠席が多い児童の支援について具体的に考えることができるようになったという。

アンケート結果と発言マップの連携
アンケート結果と発言マップの連携

欠席回数と発言マップの連携
欠席回数と発言マップの連携

ケース1 孤立した児童への対応



◆データ可視化による状況把握
 ある児童の例。ほかの児童に比べてコメントの送受信回数が少なく、コメントを送った相手、受けた相手どちらも学級生活満足群の児童だった。またコメントを送ったのにも関わらず、その相手からのコメントをもらっていない。アンケート結果を見ると、1人だけ学級の中で孤立し、いじめを受けている可能性があるのではないかと推測
ケース1:コメントの状況
ケース1:コメントの状況

ケース1:アンケート結果の状況
ケース1:アンケート結果の状況

◆実際の指導
 グループ活動は学級生活満足群の児童と一緒になるよう配慮。また授業中に発言マップを確認し、意図的に学級生活満足群以外の友達とペアを組んで考えを伝え合う場を設けた
◆結果
 以前よりも学級の中で孤立している状況は改善されつつある。友達の良さに気付いたり、友達を許したり褒めたりできるようになった。発言マップ上でやり取りのあった学級生活満足群の児童との学習活動を充実させたことが、今回の結果につながったと考えられている。

ケース2 支援の必要性に気付かれない児童



◆データ可視化による状況把握
 次の児童の例。教師の見取りだけでは、支援が必要な児童とは気付かれなかった。発言マップで児童同士の関係を見ると、コメントの送信は10件で学級生活満足群と侵害行為認知群の児童へのものだったが、コメントの受信5件すべてが学級生活満足群の児童からだった。アンケートを見ると、承認得点は高いが被侵害得点も高く、さらに詳しくみると、クラスにいたくないと思うことがあると回答しており、学級での孤立を感じているとわかった

ケース2:コメントの状況
ケース2:コメントの状況

ケース2:アンケート回答状況
ケース2:アンケート回答状況

◆実際の指導
 グループ活動は学級生活満足群の児童と一緒になるように配慮。授業中は、関わりが少ない非承認群や学級生活不満足群とのやり取りも促し、多くの児童と関わる経験を積み重ねて、希望していないグループでもスムーズに入れる人間関係を築くことを進めた。

◆結果
 発言マップ上でやり取りのあった児童との学習活動が充実。普段関わりの少なかった児童との関わりも増えたことで、アンケート結果は改善した。多くの友達との関わりが増えたことで、孤立感なく過ごすことができるようになったと考えられる。

ケース3 欠席の多い児童



◆データ可視化による状況把握
 欠席回数のデータと発言マップを連携させると、欠席が多い児童の状況が可視化された。コメント送信数7件に対し受信数は4件と少なく、普段いつも一緒にいる友達を中心にコメントを送信していた。

ケース3:コメントの状況
ケース3:コメントの状況

◆実際の指導
 授業中に話しやすい環境を作るため、発言マップを参考にグループを構成。友達との関わりを確認、普段関わりのある児童と突然関わりがなくなった場合は、適宜、話を聞いた。また、授業以外の活動を充実、日頃からの声かけや良いところを認めるなど、自己肯定感を高めるようにした。

◆結果
 欠席率はほぼ変わらなかったが遅刻回数は減少。登校した際には、グループ編成に配慮。児童の良さを認めることで登校に対する抵抗感を減らし、楽しく学校生活を送ることができてきた。

教員は授業でシステムをどう使用しているのか



 授業の中では子どもたちの話合いのようすからタブレットを確認、友達との関わりが少ない児童をまず発見。アンケート結果や欠席情報を連携し、そこから適切な支援を見つけて指導に生かす。教員によって利用頻度はさまざまだが、毎日の活用か特定の教科を決めて活用する場合もある。どの教員も効果的に活用しているという。

事例1における成果のまとめ



 発言マップとアンケート結果、出欠情報を連携することで、不安を抱える児童の早期発見と適切な支援につながった。経験のある先生からも、この子たちはこんな風に関わっているのかという驚きの声もあり、教員の経験年数の差に関わらず、子どもたちに対して適切な指導ができる可能性が見えたという。なお新地町では、支援の必要な児童が各クラス約1名から2名程度見つかり、どの児童もアンケート結果は改善している。

事例2:出欠席や保健室利用状況とデジタルドリル学習支援をもとにした不登校生徒への組織的対応



 従来、教職員の情報交換は口頭での伝達が多かった。特にスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーとの情報交換では、時間設定の難しさや情報伝達における時間差があった。

教職員間の情報伝達に課題
教職員間の情報伝達に課題

◆データ可視化からの状況把握
 校務支援システムのデータから生活のようすを把握、協働学習支援システムからは期間を選択して、不登校生徒のドリル学習の状況を把握した。

学習状況を確認
学習状況を確認

◆実際の指導
 学習した教科、単元、実施時間、正答率などをもとに、担任が校内SNSのタイムラインで学習のアドバイスや励ましを細やかに実施。養護教諭やスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーとも学習結果を共有し、別室での登校やカウンセリングに活用した。

タイムラインでコミュニケーション
タイムラインでコミュニケーション

◆組織的な対応
 多くの教職員が、出欠席や保健室、来校のログを確認し、共通理解から生徒を支援。スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーは、担任が記録したログを確認し、週に1回の訪問でも学校生活のようすを把握したうえでカウンセリングや助言ができるようになった。養護教諭は、出欠席や保健室利用情報などの入力、保健室内での会話などの記録を提示、またクラスや授業のようすを確認したうえで声掛けにつなげた。

担任だけでなく組織的に対応
担任だけでなく組織的に対応

◆結果
 不登校の原因は多様で見極めは難しいが、学習の遅れは大きな要因のひとつ。授業担当教師が数多くの生徒を個別で支援することは実際には難しいため、気になる生徒がいた場合、クラスや学年の枠を超えて可視化したデータですぐに確認できることがチーム対応の第一歩につながった。

 またシステムの利用で情報伝達にかかる時間が短縮。教職員全体で情報が共有されることで、子どもに対して複数の目で多面的に支援することが容易に。さらに不登校生徒への支援にデジタルドリルを利用し、自宅での学習のようすを把握。生活に関するアドバイスや学習への支援を、担任や学年教員などが行った結果、授業学習系のシステムで自宅学習を行った生徒の登校日数が増加する成果もあったという。

新たな気付きを得る新地町の取組み



 新地町が構築したデータ可視化システムのおもな成果は下記の4点。

交流のようすを把握したグループ編成



交流の様子を把握したグルーピング
交流の様子を把握したグルーピング

 アンケートと発言マップの連携から、授業における児童同士の関わりを可視化しグループ編成に活用。これまで教師の経験や勘だけでは気付きにくいことに対応できた。

主体的・対話的で深い学びの充実



主体的・対話的で深い学びの充実
主体的・対話的で深い学びの充実

 児童一人ひとりの学びを蓄積したポートフォリオを活用。主体的・対話的で深い学びが充実した。

不安を抱える児童生徒の早期発見・支援



不安を抱える児童生徒の早期発見・支援
不安を抱える児童生徒の早期発見・支援

 出欠情報や保健室利用情報をもとに、不登校児童生徒への支援、不安を抱える児童生徒の早期発見・早期支援ができた。

チーム・学校を機能させるさまざまな教員などの連携



チーム学校を機能させる教員等の連携
チーム学校を機能させる教員等の連携

 教員の感覚に頼っていた部分が可視化され、教職員の指導力の差が少なくなったことや、教職員間の情報共有が容易になったことで指導の効果が質的に向上、客観的データから個々に合わせた学習支援が可能になったことは、目指していた教育の質の向上と教育効果の最大化につなげることができた。

 新地町の事例報告では、教員の経験や勘に加えて、さまざまなデータの可視化から新たな気付きが生まれて多面的なサポートに結び付いているようすがあった。児童生徒も自分の居場所を見つけられれば、さらに学び合う面白さや楽しさに気付くのではないかと感じる。今後も新地町の取組みに期待したい。
《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

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