「AI時代の教育」は、元高校英語科教諭である林直宏氏による寄稿。18年間の公立高校勤務を経て、現在は非常勤講師として教壇に立つ傍ら、生成AIの教育利用について積極的に発信している。英語教育の実践者としての視点から、授業づくりや校務における生成AI活用の可能性を探り、教育現場で活用するためのヒントを示す。
今回のテーマは、「生成AIが『答え』を出す時代、なぜ探究が重要なのか」。
「正解を出す学び」から「正解のない問いに向きあう学び」へ
私は勤務校で探究活動のカリキュラムづくりに関わってきました。探究活動では、生徒が自ら課題を見つけ、問いを立て、仮説を考え、調査や検証を行い、その結果を自分なりにまとめて他者に伝えていきます。最初から1つの正解が用意されているわけではありません。むしろ、答えが定まっていないものに対して、自分なりの道筋をつくっていくことに意味があります。
もちろん、これまでも学校教育の中に課題解決型の学びや調べ学習はありました。しかし、学校で長い時間をかけて行ってきた学習の多くは、知識を覚えたり、与えられた問題に対して正しい答えを導き出したりするものでした。教員が問いを出し、生徒が答える。テストでは、その答えが合っているかどうかが評価されます。
一方、社会に出ると、正解がある問題ばかりではありません。何が問題なのかを自分で見つけなければならないこともあれば、いくつかの選択肢の中から、状況に応じてより良いものを選ばなければならないこともあります。正解がわからないまま、判断して動かなければならない場面もあります。
こうした力は以前から重要でした。ところが生成AIの登場によって、その重要性はさらに高まっているのではないかと感じています。
これは、知識を身に付けることや正解を導く学習が不要になるということではありません。基礎となる知識があるからこそ、AIの回答を吟味したり、自分の問いを深めたりできます。そのうえで、知識を使って何を考え、どう動くかまで学びの射程を広げることが、これからはより重要になります。
AIが「知的な作業」まで担う時代
生成AIは、質問に答えるだけの道具ではありません。情報を整理し、要約し、比較し、アイデアを出し、文章を書き、データを分析することもできます。これまで人間が時間をかけて行ってきた知的な作業の一部を、短時間で支援してくれるようになりました。
たとえば、ある社会問題について「原因を3つあげてください」「解決策を複数提案してください」と尋ねれば、AIはすぐに整った回答を返してきます。文章の構成を考えたり、発表原稿のたたき台をつくったりすることもできます。
だからこそ、これからは「答えを出せること」だけでは十分ではなくなるのではないでしょうか。AIが複数の選択肢を提示できるのであれば、人間には「そもそも何を問題だと考えるのか」「どの方向に進むのか」「どの案を選ぶのか」「実際にやってみるのか」といった判断が、より強く求められます。
AIが考えることをすべて代わりにしてくれる、という意味ではありません。むしろ、考えるための材料が大量かつ瞬時に提示されるようになるからこそ、その材料をどう扱うかが重要になります。何を問い、何を確かめ、何を信じ、最後に何を選ぶのか。探究活動は、まさにそうした力を使う学びです。

AI時代に価値が高まる「一次情報」
探究活動を考えるうえで、AI時代には「一次情報」がこれまで以上に重要になると思います。
生成AIに質問すれば、さまざまな情報をまとめた回答を得ることができます。しかし、その回答の多くは、すでに世の中に存在する情報をもとにつくられたものです。一方、自分が実際に現地へ行って見たもの、地域の人から直接聞いた話、自分たちで行ったアンケートや実験で得たデータ、その場で感じた違和感や驚きは、自分が動かなければ得られません。
たとえば、地域の観光について探究するとします。AIに「この地域の観光の課題は何ですか」と聞けば、一般的な課題や対策をあげてくれるでしょう。しかし、実際に地域を歩いてみると、観光客が迷っている場所に気付くかもしれません。店の人に話を聞けば、ネットには書かれていない困りごとを聞けるかもしれません。自分たちで観光客にアンケートをとれば、予想とは違う結果が出るかもしれません。
そうした経験から、「AIがあげた課題とは違うのではないか」「本当に問題なのはこちらではないか」という新しい問いが生まれます。
同じ場所に行っても、何に気付くかは人によって違います。同じ話を聞いても、どこに引っかかるか、何を面白いと感じるかは異なります。その個人の中に生まれた「ずれ」や「違和感」は、AIが最初から与えてくれる模範解答の外側にあります。
AIに聞けば得られる情報だけでなく、自分が動かなければ得られない情報をもつこと。そして、その情報から自分なりに考えること。探究活動では、そこが大切になります。
AIは「答えをもらう相手」ではなく「壁打ち相手」に
では、探究活動の中で生成AIを使わない方が良いのでしょうか。私はそうは思いません。むしろ、使い方によっては、AIは探究を深める有効な相手になり得ます。
私が大切だと考えているのは、AIを「答えをもらう相手」ではなく「壁打ち相手」として使うことです。
自分の考えをAIに伝え、「別の見方はありますか」「この仮説の弱点は何ですか」「反対の立場から見るとどうなりますか」と聞いてみる。返ってきた回答をそのまま受け入れるのではなく、「それは本当にそうなのか」「なぜそう言えるのか」とさらに問い返していく。こうしたラリーを繰り返すことで、自分ひとりでは気づかなかった視点に出会うことができます。
また、AIの回答と自分の考えの違いを比べることで、「自分はなぜこちらを選んだのか」と考えるきっかけにもなります。AIの答えを吟味し、根拠を問い、自分の理解を確認するような使い方ができれば、クリティカルシンキングやメタ認知を促す可能性もあります。
ただし、AIが出した回答を読んで「なるほど」と受け入れるだけでは、思考は深まりません。AIを使うこと自体が探究なのではなく、AIとのやり取りを通して自分の考えをどう動かすかが重要です。
「問いを立てなさい」が一番難しい
実際に探究活動に関わっていると、理想通りにはいかないことも多くあります。特に難しいのが、生徒自身が課題や問いを見つけることです。
「自分が興味のあるテーマを決めましょう」「探究したい問いを立てましょう」と言われても、すぐに思いつく生徒ばかりではありません。「何を調べれば良いかわかりません」「特に興味のあることがありません」と手が止まってしまう生徒もいます。
こうした場面でも、AIを使う意味があると思います。ただし、AIに「私の探究テーマを決めて」と頼み、その答えをそのまま採用するのではありません。
たとえば、「地域の観光に興味がある。高校生が実際に調査できそうな問いを、異なる視点から10個あげて」と頼んでみる。すると、AIはいくつかの選択肢を提示してくれます。その中から、生徒自身が「これは面白そうだ」「これなら実際に話を聞きに行けそうだ」「この問いは自分でも確かめてみたい」と感じるものを選ぶことができます。
AIに決めてもらうのではなく、AIによって選択肢を広げ、最後は自分で決める。問いをゼロから生み出すことが難しい生徒にとって、これはひとつの足場になるのではないでしょうか。

「好き」「気になる」「やってみたい」を形にする
生成AIに問いを入力すれば、整った文章や、それらしい結論はすぐに返ってきます。これからさらに性能が高まれば、学校で求められるような「模範的な回答」をつくることは、今以上に簡単になっていくでしょう。
そうであるなら、教育で大切にするべきものも少しずつ変わっていく必要があります。
何を知っているか、正しい答えを出せるかだけではなく、「自分は何が気になるのか」「なぜそれを不思議だと思ったのか」「実際に確かめたら何が見えたのか」「そこから自分はどう考えたのか」を大切にすることです。
さらに言えば、「好きだからもっと知りたい」「気になるから確かめたい」「こうしてみたい」「実際にやってみたい」という気持ちを、具体的な問いや行動に変えていくことです。
AIは、その途中で情報を集めたり、考えを整理したり、別の視点を示したりすることができます。しかし、何に心を動かされるか、どの問いを自分の問いとして選ぶか、実際に人に会いに行くか、試してみるか、そして最後にどう判断するかは、生徒自身の側に残ります。
AIが「答え」を出せる時代だからこそ、「問いをもつ力」「自分で確かめる力」「自分で選ぶ力」「行動する力」を学校でどう育てるかが重要になります。
探究活動は、そのための学びのひとつです。AIがあるから探究が不要になるのではありません。むしろ、AIが整った答えを簡単に示す時代になったからこそ、自分自身の好奇心や経験、一次情報をもとに、正解のない問いに向き合う探究の価値は、これまで以上に高まっているのではないでしょうか。









